真・勇者VS魔王
「そういえば、ベルさん、本当に魔王だったんだね……」
「本当にって、俺が魔王かもしれないとは思っていたんだ?」
「ああ、ベルさんは命の恩人だからね。悪魔大虐殺はベルさんがやったんだろ? ほら、こっちの足も上げて」
トランスハッピーの小部屋で落ち着きを取り戻した魔王とマルゲリータは、出入り禁止よりも世間的にはよっぽど重要だと思われる件について、会話を重ねている。その間もかいがいしくマルゲリータは魔王の衣装を整え、魔王もマルゲリータに言われるがまま服を着る。
「まあ、魔王なのは事実だな。あ、でも、お前に嘘をついた覚えはないからな」
「わかっているよ。最初の日に魔王プレイとか言っているから、おかしなお客さんだとは思っていたけどね」
思わず目があった2人は、そのまま同時に吹き出した。すると一転して真剣な表情に戻ったマルゲリータが魔王に問う。
「ところで魔王さま、本当に世界征服をするつもりなのかい?」
「ベルさんでいいよ。 ん? 世界征服なあ……。お前は俺に征服されたいか?」
「何を今さら……」
そんな2人のところにも勇者の叫び声が響いた。竜戦乙女と竜の首を差し出せという言葉が。
その言葉にマルゲリータは真っ青になる。
「大変だよ、これは!」
「何が大変なんだ?」
「ワーランの宝石箱は知っているかい?」
「ああ、ベルルナルが世話になっている少女たちだな。気のいい乙女たちだ」
「竜戦乙女っていうのは、彼女たちのことだよ。何で勇者は彼女たちの首を差し出せなんて言うんだろう。ちょっと、私も様子を見てくるよ」
「まて、俺も行く」
マルゲリータと魔王が表に出ると、そこにはベルルナル以外、誰もいなかった。
ベルルナルだけが、
「あ、魔王さま、お待ちしてました。早く爺さまたちのところに遊びに行きましょう」
と、ニコニコしながら立っている。
魔王はマルゲリータとベルルナルを引き連れ、勇者の叫び声の方向に向かっていった。
「うわっ! 魔王だ!」
「いいからちょっとどけ!」
「ストローハットさま、魔王だなんて嘘だよね?」
「知らん!」
魔王は人だかりを割り、彼らの質問をあしらい、自警団たちを押しのけて、最前線にいるワーランの火薬庫たちに並ぶ。そこには既にフェルディナンドとアルフォンスも到着している。
魔王の姿に気付いた彼らだが、あまりにも自然に農夫衣装を着こなし、麦わら帽子が似合うこの男が魔王だとは到底思えない。
魔王も他の連中のことは無視して、声の主を見つめる。
「あれ?」
魔王は素っ頓狂な声を出した。続けて彼は自分自身にラウドネスを唱え、勇者に向かって叫ぶ。
「おい、マザコン、お前、そんなところで何を遊んでんだ!」
聞き覚えのある声で突然話しかけられた勇者は声の主を見つけ、反射的に返事を返した。
「何だ、麦わら帽子、お前こそ、そこで何をしてんだ」
「マルゲリータさんとのプレイをしに来たに決まっているだろう。ところでお前、愛しの赤毛ちゃんの姿が見えないな」
「うるせえ!」
「あ、お前、さては彼女に振られたな! ばっかでー!」
「ど阿呆、マリオネッタが俺を嫌いになる訳がないだろう!」
「黙れマザコン。ところで、結局お前、そこで何してんだ?」
「マザコンマザコン言うな! 俺は勇者、勇者グレイなの!」
「マジ?」
「マジ!」
魔王はマルゲリータに振り返り、勇者を指差して、最後の確認をする。
「ねえ、アイツ、本当に勇者なの?」
それに黙って頷くマルゲリータ。
魔王は驚いた。装備が揃うまでは出会いたくねえなあと思っていた、とっても強いはずの勇者。まさかそれが気のいいマザコンのあいつだったとは。
それと同時に、なんかむかついてきた。
「お前、勇者の癖に、幼女の首を寄こせとか、恥ずかしいこと言ってんの?」
「黙れ、王命だ」
「へえ、ならお前、王に命令されたら、ちんこ出して逆立ちするんだ? マリオネッタと別れるんだ? 馬鹿じゃねえの」
この一言、特に後半は見事に勇者の心に突き刺さり、彼はブチ切れた。
「黙れ許さん!」
勇者はその場で剣を抜き、怒りにまかせて麦わら帽子に向け、闘気をまとった剣を振りぬく。
「伏せろ!」
勇者の動きを察知したバルティスが全員に慌てて指示を出す。が、次の瞬間、彼らは予想もしなかった結果に目を見張った。
「何だ、ぬるいなあ。俺はこんなのにビビってたのね」
麦わら帽子の男は、グレートデーモンすら貫く勇者スラッシュを、片手で受け、消滅させたのだった。
「貴様、何者だ!」
これまでは必殺であった勇者スラッシュを止められたグレイは、驚いた表情で改めて友人だった男に問いなおす。
「さってと、当ててみな。これがヒントだ」
続けて魔王は呪文を紡ぐ。
「太古の魔共よ、我に従い時空を歪めよ 『クローズドディメンション』!」
勇者は半透明の光の箱に囚われた。
「地獄の番犬共よ、汝らの欲望に従い、全てを喰らい尽くせ 『ブラザーハングリー』!」
続けて箱の中に地獄の魔犬たちが次々と召喚され、勇者を食らいつくすべく牙を次々と突きたてる。
その光景は悪魔大虐殺時にワーラン市民全員が震撼したものであった。
が、それは一瞬光ったかと思うと、粉々に砕けた。
「犬っころなんかを焚きつけるなよ。俺は動物愛護家なんだ」
何もなかったかのように勇者は姿を現した。そしてさびしそうに言葉を続ける。
「麦わら帽子、お前が魔王だったんだな。良い友人だと思っていたが、残念だ。だが、貴様の世界征服の野望は俺が止める!」
「ばーか、何を格好つけてるんだ。お前、俺の世界征服を止める前にやることがあんだろ。可愛らしいお嬢ちゃんたちの首を切り落とすとかいう、ご立派なお仕事がよ!」
「黙れ魔王、今ここで成敗してやる!」
急激に勇者の気合が膨れ上がる。
「うるせえ! 俺はマルゲリータと人生をエンジョイするんだよ!」
同時に魔王を中心として強力な結界が球状に張り巡らされた。
「俺だってマリオネッタとお茶を飲んでいたいんだよ、馬鹿野郎!」
勇者は剣を振りかぶり、先程よりも大きな踏み込みで、再度剣撃を振り下ろす。
「『勇者メガスラッシュ』!」
魔王はそこに魔力の塊をぶつけていく。
「『ブラックロンギヌス』!」
白と黒の2つのエネルギーは両者中央で激突し、目もくらむような閃光と轟音を放った。大気が震撼し、大地が鳴動する。
2つの力は全くの互角。それは対消滅をするかのように膨大なエネルギーを周囲に撒き散らし、消えていった。
固唾を飲み、戦いを見守っていたワーラン軍とセラミクス軍は一瞬のうちに、その光に飲み込まれた。
皆が、「俺死んだ」と思った。
が、ワーラン軍は魔王の結界に、セラミクス軍は勇者の闘気に守られ、全員が無傷で済む。
しかし、それは偶然。このままでは、勇者と魔王、力負けをしたどちらかの後ろにいる者たちは全滅してしまうだろう。かといって、今から逃げようとしても、逃げるところなど、どこにもない。
「何だ、口ほどにもないな。次はもっときついのが行くぞ!」
勇者は魔王に虚勢を張るも、内心では
「メガを止められたらギガしかないけど、それを止められたら種切れだよ俺……」
と、結構真剣に困っていた。
「お前、剣撃しか能がないのか? こんなんいくら食らっても屁でもないぞ」
魔王も勇者に言い返すも、内心では
「やべえ、アイツの剣撃、シンプルなだけに、たちが悪いぞ。これじゃ詠唱呪文を使えねーじゃん……」
と、結構真剣に焦っていた。
2人は睨み合う。
……。
まず動いたのは勇者。
「すまんな、俺には時間がない。全力で行かせてもらう」
それに魔王が、薄笑いを浮かべながら答える。
「お前、心に余裕が無いとすぐにハゲるぞ」
……。
……。
「いくぞ!」
「ふん!」
勇者が構え、魔王が迎え撃とうとした瞬間にそれは起きた。
パンッ!
2人の頭上でウォーターボールがはじける音。2人は同時に頭から水をかぶる。続けて「冷静になりなさいな!」と響く声。
次の瞬間、勇者の前に竜戦乙女の金髪の幼女がゆっくりと降り立った。
着地した瞬間に、幼女は魔王の方を向く。
「マルゲリータ姐さん、ベルルナルさん、そこの頭の悪そうな魔王とやらをしばらく押さえておいてね」
その言葉に一瞬ぽかんとした後、自分がバカにされたと気づいた魔王は幼女に向かって歩もうとするも、それを後ろからマルゲリータとベルルナルが魔王の両腕を掴んで止める。
「ベルさん、落ち着いて!」
「ご主人さま、なんだか楽しそうです」
続けて幼女は勇者に振り返り、すべてを見透かしているような瞳で、勇者の目を睨みつけながら彼に言い放った。
「人1人分の命なら、1人分の対価が妥当でしょう! 私の首を持って行きなさいな!」
そう言い放つと、幼女は白のブラウスに赤のジャンパースカート姿を翻し、勇者に背を向け、ぺたんと座り込んでしまった。
そして自身のうなじを指さし、勇者に続ける。
「ここから斬ってね。お願いだから痛くしないでね」
幼女の言葉に、セラミクス軍もワーラン軍も凍りついた。あの娘は何を言っているのだ! と。
一瞬の静寂の後、ワーラン軍から天をつんざくような叫び声が湧き上がった!
「馬鹿野郎! エリス! お前何言ってんだ!」
「エリスお嬢さま! 正気ですか!」
「お前ら、突っ込むぞ! ここでエリスを救えなくてどうすんだ!」
ワーラン軍はいきり立って前進しようとするが、突如その前に碧の麗人が降り立つ。
「ワーランの諸君、気持ちは嬉しいが、あれはお嬢の意志だ。止まれ、止まってくれ!」
そう言いながらレーヴェはカタナブレードを引き抜き、それを正眼に構える。
その気迫に押さえこまれたワーラン軍は、口々に文句を言いながらも止まった。が、
「黙って見ていて欲しい」
という、レーヴェの言葉に沈黙するしかない。
「ということで、アホで間抜けで根性なしの勇者さま、バッサリやってくださいな」
エリスは勇者に背を向けながらも、挑発するように軽口を叩く。
勇者はエリスのうなじを見つめた。穴が空くほどに見つめた。
何とかそこに集中できないかと必死で見つめた。が、勇者はうなじだけを見つめることができない。どうしても自身に背を向けて、首を切り落としなさいと座り込んでいる幼女の姿が視界を奪う。その小さな背中が大きく見える。小さな背中に覚悟が見える。
一方で、幼女の首を切り落とすと決めた自分の心を絞め殺したくなる。
……。
「そうだな、オレはアホで間抜けで根性なしだ。俺は、どうしたらよかったのかな。マリオネッタ、ごめん……」
勇者は剣を取り落とした。
剣が冷たい音を響かせながら勇者の足元に転がる。
……。
勇者は絞りだすようにエリスに話しかける。
「エリスちゃん、すまなかったな。俺はスカイキャッスルに戻るよ」
「合格」
「え?」
次の瞬間、涙で顔をくしゃくしゃにさせながらも、満面の笑顔で空からマリオネッタが勇者のもとに落ちてきた。
「グレイさま、大好き!」




