だめだこいつら
ここは王の寝所。
「ザクロマの気配が消えたわね」
「あいつもグレートデーモンのはしくれ、そうそうやわではないはずだがな」
「もしかしたら例の悪魔大虐殺犯が出たのかしらね」
「そうかもしれんな。だが、そいつの命運もここまでだろう」
「そうね、せいぜい踊ってもらいましょうね」
王の両側で、男と女はクスクスと笑った。
さて、こちらはワーラン。
南瓜死肉騒動が一旦終結し、自由の遊歩道は落ち着いた。とは言えない状況になっていた。とにかく誰もアクションを起こすことができない。
なんせ、これまでワーラン市民が「どこかの領主さまの隠し子」だろうとか、「高名な魔術師の先生」なんじゃないかと噂していた麦わら帽子さまが、実は「魔王」でした。などと言われて、誰が信じられるだろうか。
確かにものすごい勢いでカボチャ頭を殲滅した力はすさまじいものであった。それはお連れさんのベルルナルも同様である。が、人々の心には全国放送で「死か奴隷かを選べ」と冷酷に宣言した存在が魔王であると刻み込まれている。
ところが目の前の「魔王らしい男」ときたら……。
「だから何で俺が出入り禁止なんだよ!」
「しつこいね、そう言う決まりなんだから仕方ないだろ! そうしなきゃ若い子たちに示しがつかないんだよ!」
「じゃあせめて本番をやらせろ!」
「こんなところでなんてこと言うんだい、あんたは! 恥ずかしくないのかい!」
「大体お前ね、何でそんなセクシーな格好を俺の許可なしに人前に晒してんだよ! ブラとかパンティとか丸見えだよ! 俺を嫉妬で縊り殺すつもりか!」
「全裸でここまで突き進んで来ようとしたあんたに、そんなこと言われたかないよ! お願いだから前くらい隠しとくれ!」
フェルディナンドを始め、ここにいる連中、ワーラン市民も、ウィートグレイスの兵士も、ウィズダムの魔導隊士も、目の前でマルゲリータと痴話喧嘩を始めている優男が「魔王」だとは、とても信じられなかった。
その横ではベルルナルとメベットが、2人にはお構いなしとばかりに、倒したカボチャ頭の数をニコニコしながら自慢しあっている。
誰もこの空気を動かすことができない……。
と、伊達者の楽園に、魔王とマルゲリータの着替えと荷物一式を取りに帰っていた受付嬢が、慌てて戻ってきて、マルゲリータに差し出した。
「ストローハットさま、マルゲリータ姐さん、まずは着替えて、落ち着いてください!」
はあはあと粗い息をつきながら、互いを罵倒し合っていた2人は、受付嬢の言葉に我を取り戻した。そして深呼吸。
その後2人は衆目が自分たちに向けられることに気がつき、とたんに恥ずかしくなる。
「手前ら見せもんじゃねえ! さっさと散らねえとぶっ殺すぞ!」
「物騒なことを言うんじゃないよ! マロン、着替えにお店を借りるよ!」
魔王とマルゲリータは周囲の人々にそう言い残すと、マルゲリータはブチ切れモードの魔王の手を強引に引っ張り、トランスハッピーの楽屋に向かっていった。
……。
「まあ、悪い御仁ではなさそうじゃの」
しばらくの静寂の後にフェルディナンド公が魔王を評する。それにつられて頷く兵士たち。
その言葉を合図に、自由の楽園は動きを取り戻した。
一方、こちらはセラミクス軍と睨みあっているワーラン自警団。
街から、カボチャ頭殲滅と、その親玉であるグレートデーモンをメベットと機械化竜が倒したという報告に、自警団は歓声を上げた。が、その後の報告で一瞬にして場の空気が凍った。
「魔王降臨」
しばしの静寂の後、最悪のことを想定し、心の準備ができる時間を十分に取ってから、テセウスは街からの使者に尋ねた。
すると、自らも信じられないという面持ちで使者は報告する。
「魔王は、マルゲリータ女史と皆の前で痴話喧嘩を披露した後、彼女にトランスハッピーの楽屋室にしょっ引かれて行きました……」
「はあ?」
最悪の事態。つまり魔王による市民惨殺までを想定していた自警団のメンバーにとって、使者の報告は、それこそ「何を言っているかわからないんですけど」だというものである。
「マルゲリータって、俺のところのマルゲリータか?」
バルティスの問いに使者は無言で頷く。
……。
「痴話喧嘩って、どんな喧嘩じゃ?」
ちょっと興味を持ったフリントが使者に尋ねた。
「何でも、お店で本番をしただのしていないだの、出入り禁止だのから始まって、恥ずかしい格好して出歩いているのを、互いに罵りあい始めたそうです。で、少女が着替えを持ってきたら、マルゲリータ女史がそれを受け取って、ブチ切れ状態の魔王の手を強引に引いて建物の中に消えたとか」
「マルゲリータのお相手は?」
「巷でストローハットさまと呼ばれている正体不明の男です、マリアさま」
……。
「とりあえずそっちも様子見しかないわね。真贋も含めてね」
ため息を伴ったイゼリナの提案に、皆は納得するしかなかった。
するとそのとき、空に一筋の光が走った。それは勇者専用魔法「リープシティ」が描く光の軌跡である。
「グレイさま、おかえりなさい!」
郊外で勇者グレイの姿を見かけた者たちがグレイに声をかけるも、グレイの表情はさえない。彼は無言でそのまま自警団の横を通過し、セラミクス軍へと向かっていく。
その姿をいち早く発見したバルティスは、仲間たちに勇者が戻ってきたことを告げた。
「どこをほっつき歩いとったのかのう?」
「何か様子がおかしいわね」
「いつもべったりのマリオネッタがいないな」
フリント、マリア、テセウスの言葉にイゼリナが言葉を重ねた。
「こちらに寄らずに向こうにって……。嫌な予感しかしないわね……」
思わず黙り込む5人。
そしてそれは現実となる。
勇者がセラミクス軍に到着後、彼らはすぐにワーランに向かって進軍を開始した。そして改めてワーラン自警団との交戦距離まで歩を進める。今度は沼に足を取られぬよう、慎重に。
そこで一旦セラミクス軍は全軍停止した。続けて先頭に勇者が一歩、歩み出る。
勇者は自らにラウドネスの魔法をかけた後、ワーランに向かって、ゆっくりと、抑揚のない声で宣言を始める。まるで何かの書類を棒読みするかのように。
「これは王命である。ワーラン市民よ。5人の竜戦乙女と5柱の竜、合計10の首をスカイキャッスル城まで持参せよ」
その内容に街中が騒然とした。そこに構わず勇者は続ける。
「なお、武力が足りないと申すのなら、勇者に首を切り落とさせることを許す」
そして一呼吸置いた後、今度は彼の口調でワーランに向かって叫ぶ。
「ワーランの民よ、エリスたちよ! 頼む、死んでくれ!」
……。
空気が凍りついた。
真っ先に我を取り戻したバルティスは、マリアの頬を叩いて自身にラウドネスの魔法をかけさせ、勇者に応答する。
「勇者よ! 残念ながら竜戦乙女はワーランにはおらぬ。ここは引いてはくれぬか」
「盗賊ギルドマスターよ、それならば、速やかにエリスちゃんたちをここに連れてこい!」
「貴様、正気か?」
「正気だ。俺は王の剣、勇者だ!」
「マリオネッタはそれでいいと言っているのか!」
……。
バルティスの「マリオネッタ」という言葉に、勇者は黙りこくってしまう。
その表情を見て、ワーランの火薬庫の5人は即座に気付いた。何が起きているのかを。
「誘拐だわね」
「間違いなくね」
「まあ、そうだろうな」
「アホじゃの」
「単純な野郎だ」
イゼリナ、マリア、テセウス、フリント、バルティスは、あまりにわかりやすい勇者の行動に呆れ果てる。
一呼吸おいてバルティスが勇者に向かって答える。
「勇者よ、今エリスたちを探してくるから、ちょっと待っていろ」
「わかった、できるだけ早く頼む」
ホント阿呆だなあいつは。これは5人の心の叫び。
5人の目には、鯨獣革製の帽子、多分マリオネッタのものであろうを握りしめている勇者の左手がはっきりと映っていた。




