愛してるから
「いらっしゃいませ」
受付嬢が魔王を店内に迎え入れた。
「マルゲリータ姐さんは、まもなく参りますので、もう少々お待ちくださいね」
「ああ、ところで、やけに静かだが、今日は客は俺一人なのか?」
「はい、実は今日は臨時休業だったんですよ。ただ、姐さんだけが、麦わら帽子さまは必ず来店されるだろうからって、お待ちなんです」
「そうか、悪かったな。あんたにも悪いことをしたかな」
「いえ、お仕事ですから。今日もお楽しみくださいね」
受付嬢はいつものように気が利く麦わら帽子さまに笑顔を向ける。
しばらくすると、マルゲリータが魔王を迎えにやってきた。その姿は、一番最初に魔王にサービスを提供した時の衣装。
白いブラウスのボタンは大胆にはだけ、胸の割れ目と黒いブラが覗いている。そしてレザーのタイトミニと黒のストッキングの間から覗く絶対領域とガーターベルト。足には真っ赤なピンヒール。
「なつかしいな」
魔王はマルゲリータの衣装に目を細めた。
「今日はこの姿でサービスするよ、いいかい? ベルさん」
魔王はマルゲリータのこの姿に、当時のイマジネーションあふれるクリエイティブな心の準備が吹き飛んだことを思い出し、思わず苦笑した。
「ああ、頼むよ」
あうあう
あうあう
あうう
……。
……。
どうもいつもと違って、魔王は今日はプレイにのめり込むことができない。何というか、マルゲリータのお仕置きがぶつ切りなのだ。
額をピンヒールで踏まれ、マルゲリータのスカートから覗く薄手の白いレースのパンティを仰向けで眺めながら、魔王はマルゲリータに声を掛けた。
「何だ、なにか心配事でもあるのか?」
すると、魔王の言葉に、マルゲリータは普段以上に、過剰に反応した。
「何を生意気な口を聞いているんだい。そういう子はこうしてくれるよ!」
マルゲリータは魔王の額から脚を下ろすと、魔王を挑発するようにブラウスとスカートを脱ぎ、ブラとパンティだけの姿となってから、自らの股間をパンティ越しに魔王の鼻と口に押し付けるようにしゃがみ込む。
続けて魔王の首を両手で締めた。これはベルさんが大好きなプレイのはず。
あうあう
あうあう
あうう
うう
……。
「姐さん、休憩だ」
魔王はマルゲリータの股間から冷静に彼女に言葉をかける。
「ごめんよ……」
「謝ることはない」
魔王は起き上がると、改めてベッドに腰掛け、一息をつく。その後、マルゲリータに横に座るように手招きした。そして彼女の表情を横から見つめる。
マルゲリータは魔王の視線に気づき、一瞬だけ魔王と目線を合わせると、直ぐに目を逸らして俯いてしまった。魔王の目にも、彼女の頬が紅に染まっていくのがわかる。
あれ?
魔王は股間が滾ってくるのを感じた。おかしい。プレイ中でもないのに。魔王は自分自身の反応に困惑し、もう一度マルゲリータを見つめた。
ああ。
魔王は気づいた。今、魔王はマルゲリータに対して、いつもとは正反対の欲望を沸き起こしている。それはたまにベルルナルにぶつけてしまっていた欲望。だが、どうもそれだけではない。嗜虐だけでなく、何か他の感情も沸き起こっている。
魔王は左に座るマルゲリータの左頬に右手を当て、優しく彼女の顔を自分の方に向けさせた。マルゲリータはなされるがまま、魔王に顔を向ける。ただ、目線は外したまま。
「マルゲリータ……」
魔王のつぶやきに反射するかのようにマルゲリータは魔王の瞳を見つめた。
魔王はゆっくりとマルゲリータの唇に自らの唇を重ねる。彼の右手は彼女の頬からゆっくりと降ろされ、やさしく彼女の腰に当てられる。
彼の左手は彼女の頭を優しく支える。彼はそのまま唇を押し付け、彼女を徐々に仰向けに倒し、柔らかくベッドに横たえた。
マルゲリータは魔王の瞳を見つめた瞬間に頭が真っ白になってしまった。
ただただ彼の唇の感触が彼女の全感覚を包む。そして優しく抱きかかえられるように頭と腰を支えられた。
彼女はなされるがままにベッドに横たわった。
ここに風俗嬢であるマルゲリータは存在しない。ここには不幸な過去を凌ぎ切った、一人の女性がいるだけだった。
魔王はマルゲリータの唇に舌を差し入れ、彼女の舌の感触と、彼女の口の中のぬくもり、甘いとさえ感じられる彼女の唾液をたっぷりと堪能した。
充分に彼女を堪能した後、魔王は唇を離し、マルゲリータの耳に舌を這わせる。彼女はビクリと身体を痙攣させ、その後にゆっくりと息を吐きだす。
そこで魔王はつい、ベルルナルとのノリでつぶやいてしまった。
「言うことを聞かないと殺すよ」
その瞬間、マルゲリータは絶叫を上げ、魔王を突き飛ばした。
魔王のキスはマルゲリータの全身を溶かした。普段キスに慣れていない彼女にとって、それは甘く、魔王から差し込まれた舌は彼女の口をやさしく満たした。彼女はゆっくりと舌を動かし、彼の舌に絡めた。彼女の頭を支える彼の腕に力が込められるのを感じる。彼の腕が彼女の胸に回されるのを感じる。
彼女の耳を彼の舌が這ったとき、彼女の身体に電流が走った。それほどの快感。彼女は彼に溶かされた。
が、続いた彼の言葉で彼女は一瞬のうちに思い出す。
何人もの男たちに蹂躙され、抵抗してもすればするだけ傷めつけられ、容赦なく彼女の体内を襲った無数の欲望を。恐怖と諦観と虚無をいやというほど刻み込まれた、傷だらけの己の魂を。
彼女は自分に重なる男を無意識のうちに絶叫とともに突き飛ばした。
マルゲリータは荒く息をしながら魔王に言い放つ。
「ベルさん、お店で本番は禁止だよ。残念だけどベルさんはもう出入り禁止だ。これまでだよ」
「な……」
「いいから、出て行っておくれ! お得意さまサービスだ、今日のお代はいらないよ!」
そう叫びながらマルゲリータは手当たり次第に枕やらタオルやらを魔王に投げつけ、そっぽを向いてしまった。
「ちょっと待て、何を言っているんだ姐さん!」
納得が行かない魔王はマルゲリータの頬に手を当て、強引に自身の方に向かせる。
マルゲリータの表情は涙でくしゃくしゃになっていた。
「終わりだよ……。終わり……だよ……」
納得がいかない魔王が理由を問いただしても、マルゲリータはそう繰り返すだけ。
沈黙の時間が流れる。
と、そこで突然、受付嬢の悲鳴が響いた。
「きゃー! 誰か! 誰か助けて!」
その言葉に現実に立ち返った魔王とマルゲリータは受付に走った。魔王は全裸で。マルゲリータは下着姿に薄衣一枚だけを羽織って。
受付嬢の判断は正しかった。彼女はまっすぐにマルゲリータたちのもとに走ってきたのだ。受付嬢はマルゲリータの胸に飛び込むと、後ろを指さした。
「あいつらが街を埋め尽くしています!」
受付嬢が指さした先から、かぼちゃのような頭に腐った人の体を持つものが数体、ゆっくりと近づいてくる。
ワーランの街は大混乱に陥っていた。街のあちらこちらでかぼちゃの頭を持つゾンビが大量発生し、人々を襲い始めたから。それは花火大会終了後の自由の街道でも同様だった。カボチャ頭が宴会気分の人々に襲いかかる。
一方、ワーランにカボチャ頭が大量発生したことを開戦だと誤解したセラミクス軍は、ワーランに進軍を開始した。
それらの情報は最前線にいるワーランの火薬庫のメンバーに、即座に伝えられた。それに併せ、ウィートグレイス軍とウィズダム魔導隊は王軍から離脱し、ワーランに協力するという申し入れがなされたという報告も続く。
「街は留守番たちに任せて、私たちはセラミクスを迎え撃ちましょう」
マリアの指示に他の4人も頷き、セラミクス軍を待ち受けることにする。
街中ではウィートグレイス兵たちが剣を抜き、ウィズダム魔導隊も各々のゴーレムを起動し、カボチャ頭を迎えうつ。市民たちは建物内に避難し、それぞれの入口付近には自警団が守りに就く。
その間にもカボチャ頭は次々と増えていく。それはまるで地面から湧き出るような様子だった。そしてカボチャ頭は手当たり次第に兵たちに襲いかかった。
「ザクロマが動き出したようね」
「ああ、こちらは高みの見物とさせてもらおう」
ここは王の寝所。意識を失った王の両脇で、男と女は面白そうに念話を楽しむ。




