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昔の名前で出てみます

 マルゲリータは悩んでいた。

 伊達者の楽園ダンディーズシャングリラで、彼女がベルルデウス以外の予約を完全に受け付けなくなったのは、自由の遊歩道フリーダムプロムナードオープニングイベントの翌日から。

 イベントの熱気に当てられ、ついベルルデウスとステージに上がりゲームに参加してしまったとき、あのとき彼女は自ら進んで彼の唇を求めてしまった。

 エリスが初代紳士の隠れ家マスターズハイダウェイに彼女たちを迎え入れてくれ、彼女たちが妊娠の心配なしに男性たちからリルを搾り取れるようになったころは、マルゲリータはまさしく、「真性の女王様」だった。だからこそ周りから「女王蜂クイーンビー」という二つ名で呼ばれたのである。

 

 ところが、いつの日からか、自らの中にサディズム以外の感覚が湧いてくることに気がついてしまった。いや、いつからというのは彼女もわかっている。それは悪魔襲撃の日からのこと。彼女が身を挺して悪魔の爪から庇った常連さんが、必死で自分に回復魔法をかけてくれた日のこと。

 彼女は物心ついた頃から男たちと戦っていた。最初は爪と歯で、あるときからは自らの身体で。勝利条件は男から逃げることから、男から明日のパン代を得ることに変わっていった。

 彼女は自らの中に男を迎え入れる度に男に対する憎しみを増幅していった。彼女にとって男とはパン代であり、憎しみの対象であった。なので馬鹿なマゾ男は彼女にとっては格好の獲物だった。そう、命を救われる日が来るまでは。

 あの日以降、彼女は客のマゾヒストどもを冷静にいたぶることができなくなった。男どもをいたぶることにより自らの中に沸き起こっていた快感。あの日以降、その快感をおおってしまう何かが、心の隅に生まれてしまったから。

 そうしたところに盗賊ギルド芸能部門リーダーの話が来た。彼女はその任を引受け、その後、予約の受付を少しずつ減らしていったのである。ベルルデウスを除いて。

 だが、それは他の娘たちから見れば、「マルゲリータ姐さんが私たちにお得意さまを徐々に譲ってくださっている」と好意的に映った。実際、マルゲリータのプレイは若い娘たちの参考になったから。ベルルデウスを変わらず相手にしているのは、マルゲリータが彼女たちに「私も皆と同じ、お客を取る仲間だよ」とメッセージを贈ってくれているのだと解釈した。

 結果的にマルゲリータがベルルデウスだけを顧客に残したことは、伊達者の楽園にとってはプラスに働いた。

「切り上げ時かね」

 マルゲリータは最近ベルルデウスがベルルナルという、美しくて可愛らしい娘を常に連れて歩いていることはわかっていた。マルゲリータを激高させたベルルデウスの背中に残された爪跡は、間違いなく薔薇色姫ローゼンプリンセスによるものだろう。

 今日、ベルルデウスは店にやってくる。街は戒厳令に近い雰囲気だが、彼はそんなことはお構いなしだろう。

「ふう」

 マルゲリータは軽く深呼吸すると、ベルルデウスを迎える最後のメニューを考え始める。自分の心が揺らいでいること、プレイに身が入っていないこと、彼を既に直視できないことに気づかれないよう、彼を満足させるメニューを。 

 

 その日、ウィートグレイスから北上してきたセラミクス軍、ウィズダム魔導隊、ウィートグレイス農民軍は、ワーラン東の湖ほとりに陣を張った。

 セラミクス軍は陣を張り終えると、ワーランに向け使者を放った。

 

「我はセラミクス連合軍からの使者である。評議会議長を1刻以内にここに連れてまいれ」

 東の湖から最も近い自由の遊歩道フリーダムプロムナード西の空き地に現れた使者を名乗る馬上の騎士は、最初に目に入ったワーラン住民に機械的にそう告げた。その目は冷たい。

 命令された市民は、1刻以内に連れていかなければ何が起きるかを想像し、慌てて商人ギルドに駆けていった。

 

「セラミクス軍がマリアさまに来いといってます!」

全力で街中まで駆けてきた男は、心臓を口から吐きそうになるのを押さえ、商人ギルドの受付に倒れこんだ。

 軍が現れる前から盗賊ギルドの隠密やセラミクス軍に紛れ込ませた密偵から情報を得ていたマリアたちは、予定通りの行動に出た。 それは「堂々と軍を迎えること」

 マリアは軽鎧に身を包み、レイピアを腰に差すと、ニコルが操る馬車に乗り込む。同時に他のギルドからも馬車や魔導馬が伝令の男のところに向かっていった。

 

「伝令の騎士さま、私がワーラン評議会議長のマリアでございます。本日はどのようなご用件でございましょうか?」

 マリアはセラミクス軍の真意を探るべく、使者に向かった。

「伝言である。セラミクス領主さまは王令によりワーランを包囲後、ここで軍を待機させる。ついては1日1万8000食の食料と水を毎日ワーランから供出するよう、ここに命じる」

 そう来たか。

「かしこまりました。お受け取りお願い致します」

 マリアが余りにも素直に応じたため、使者の騎士は逆に面食らった。そして判断を誤る。

「こちらの輸送部隊馬車を毎日ワーランに向かわせるので、それに食料を積みこむように」 

「かしこまりました」

 使者は愚直な男だった。少しでも知恵が回れば、へりくだるる相手にはつけ込むのが常道。ここはワーランに食料を届けさせ、彼らの消耗を早めるのが妙手。だが、交渉が不利になることを恐れて、愚直な使者を送ったのがセラミクスの失敗である。

 不利な交渉時には下手に頭の回転が良い使者は相手の策にはまりかねない。が、愚直なものは指示を繰り返すだけなので、こちらが譲歩することはない。が、有利な交渉の席では、愚直なものはただの役立たず。

 さらにセラミクス輸送隊の指揮をとるのはウィートグレイスのフェルディナンド先公。ワーランでは茶売鰻ティーセラーイールの異名で呼ばれる策士。

 ワーランは食料と引き換えに、セラミクス軍の情報をフェルディナンドの部下から仕入れることに成功した。


「やはり何匹か悪魔が紛れ込んでいるようですね。フェルディナンドさまの見立てだと、一番怪しいのがセラミクス公その人だということです」

 マリアたちは最悪の場合に備え、自由の街道東の草原に自警団を集結させ、陣を張った。そこで各ギルドのマスターたちはこれまでの今後についての打ち合わせを行っている。マリアはセラミクス勇壮隊の馬車への食料積み込み時に、フェルディナンド先公がマリアに送った内密の使者から得た情報を皆に説明していた。

「ウィートグレイスの農民軍は、実際には半数が農民のふりをした貴族の子弟たちが中心の手練だそうです。フェルディナンド先公がおっしゃるには、ワーランが落ちれば次はウィートグレイスだろうと皆考え、彼らの憎悪は既にスカイキャッスル王家に向かっているとのこと。なので、万一戦が始まった場合は、ウィートグレイス軍はこちらに寝返り、後方からセラミクス軍を討つとのことです。それから、ウィズダムのアルフォンス師も、やむなく付き合いで来ただけで、最悪の時はセラミクス軍へゴーレムを暴走させるから心配すんなよイゼリナ、とおっしゃっているそうです」

 こちらの戦力1200にウィートグレイス軍500、ウィズダム魔導隊実質200、合計1900。5000の兵力を迎え撃つには充分な兵力といえる。

 各ギルドマスターのマリア、バルティス、テセウス、フリント、イゼリナはそれを踏まえ、次の一手を準備しているエリスたちの連絡を待ちながら雑談を始めた。

「ところでバルティス、テセウス、フリント、あなた方のその無茶苦茶な武器と防具は一体何なのかしらね」

 イゼリナが茶化すように3人に話しかける。

「おう、悪魔襲撃の時の戦利品だ!」

「いいだろ、3人お揃いだぜ!」

 フリントは抵抗のプレートアーマーに鴻鵠・破魔のグレートアックス。

 テセウスも抵抗のプレートアーマーに鴻鵠・破魔のロングソード。

 バルティスは抵抗のレザーアーマーに鴻鵠・破魔のダガーが2本。

 自慢気に装備を見せつけるフリントとテセウスに対し、バルティスの目線は泳ぐ。マリアは相変わらずこうしたことには鈍い。

 イゼリナはエリスの能力がバルティスにしかバレていないとここで確信し、安堵するとともに、このメンツでこの装備なら、自分の魔法とマリアの治癒があれば、若いころ以上に迷宮無双できるかしらと、ちょっとだけ、昔を懐かしんだ。それこそ上位迷宮の制覇などとか。

 そう、こいつらは十数年前までは「ワーランの火薬庫パウダーマガジンオブワーラン」という悪名を轟かせた、極道冒険者パーティーだったのである。


「それじゃ、皆で挨拶に行きましょ」

「落ち着きなさいなイゼリナ」

「いや、ここは出向いたほうがいいだろうな」

「そうそう、脅かすだけなら無料だからよ」

「わし、暴れたくなってきちゃったんだけど」

 イゼリナ、マリア、テセウス、バルティス、フリントが昔のノリを思い出したように会話を交わす。

 続けて彼らは天幕を出て、最前線に向かった。現状の膠着状態を打破するために。


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