お前ら働け
誰かがつぶやいた。
「何でこんなことになっちまったんだ?」
誰かがつぶやいた。
「俺たち、何を見ているんだ?」
……。
すると、評議会議長のマリアが燃え盛る十字架を囲んでいる民衆たちに唐突に叫んだ。
「あなたたち、これで満足ですか!」
その問いかけに誰も返事ができない。相変わらず炎は燃え盛っている。
そこにマリアが辛辣に問いかける。
「あなたたち、次は誰を生贄にしますか!」
すると誰かが叫んだ。
「生贄になんかしちゃいない! 悪魔を滅しただけだろ!」
と、そう叫んだ男の両脇を突然1組の男女が取り押さえた。取り押さえた方の男が叫ぶ。
「おい、こいつは悪魔かもしれぬぞ」
女性も続ける。
「この男は悪魔です! マリアさま、火あぶりにしてください」
「やめてくれ! どこにそんな証拠があるんだ!」
「お前、楽しそうに火あぶりを見つめていただろう!」
「あなた、私たちのマルコシアが焼かれるのを黙ってみていたでしょ?」
会場は騒然となった。
男女はワーランでそれなりに名の通った2人。五郎八十とマシェリだったから。
壇上のマリアは3人を見つめた後、場内を見渡しながら続けた。
「そうね、商人ギルド幹部と自由の街道のマスターがそういうのなら、そうかもしれませんね。それではその男も火あぶりにしましょう。さっさと支度をなさい」
場内に戦慄が走る。このままではいつ自分たちも火あぶりにされるかわかったものではない。
他人ごとが自分のことになり、会場は再び沈黙に包まれた。
「おいおい、そろそろ勘弁してやりなよ」
マリアの後ろから冒険者ギルドマスターのテセウスが顔を出した。そして会場内に呼びかける。
「この火あぶりが楽しかったものは手を挙げてみろ」
誰も手を挙げない。
「なら、この火あぶりが楽しくなかったものは手を挙げてみろ」
するとぽつりぽつりと手が上がりだし、最後は会場全員が挙手をしていた。
「なら、マルコシアを火あぶりにしたことを後悔した者は手を挙げてみな」
会場内の者は、誰も手を降ろそうとはしなかった。
「だとよ、じゃあイゼリナ頼むわ」
すると今度は魔術師ギルドマスターのイゼリナが壇上に現れた。
「皆さん、今の気持ちを忘れないで下さいね。幼子を救ったマルコシアのことを忘れないで下さいね」
再び場内は静まり返る。
と、イゼリナが何やら呪文を唱えた。すると燃え盛っていた炎は急速に弱まった。思わず場内の人々は十字架から目をそらした。惨たらしく焼け焦げた死体を想像して。
しかしそこに死体はなかった。代わりにあったのは、磔にされながら眠っているマルコシアと、彼女の足元で焼けた薪も気にせずに幸せそうに眠りこけているラヴィの姿だった。
会場内にホッとした空気が流れる。続けて喜びの歓声が上がる。そんな彼らに再びマリアが叫ぶ。
「わかりましたか皆さん! 私刑が取り返しのつかない愚かな行為だということを! 出自を恐れ真実を見ないのは愚かな行為だということを! それから難民呼ばわりされている獣族たちよ、あなた方は今から働きなさい、ワーランに難民など存在させません!」
「はい、就職説明会場はこちらですー!」
人々が声の方向を振り返ると、そこには彼らが「お嬢さま」と慕う少女が、希望の海岸のギャティス村長たちを引き連れ、ライブハウスの方を指さしている。
同時に会場内のあちこちで声が上がった。
「まずはマルコシアちゃんを下ろしてやれ!」
「そうだそうだ! 俺たちはこの娘に詫びなきゃならん!」
マルコシアを縛った十字架が斜めにされ、彼女は十字架から解放された。眠ったままのマルコシアを五郎が受け止める。足元で眠るラヴィはマシェリが抱き上げた。続けてイゼリナは2人に唱えたスリープの魔法とレジストファイアの魔法を解除した。
「これで何とか落ち着くかな」
「根本は『貧困』でしたからね」
今回の大芝居発案者であるバルティスとエリスは、やれやれという表情で言葉を交わした。
バルティスとエリスは遅かれ早かれマルコシア問題と難民問題が噴出するであろうことは見越していた。一方、着々と近づいてくるセラミクス軍への対処も急がねばならない。と、そんなときに今回の事件が発生した。
そこで2人が企てた計画は、これを機に両方解決してしまえというものだった。
エリスたちの目的は「貧困の解消」。
彼女たちは希望の海岸に向かい、ギャティスたちに難民の雇用を依頼した。丁度人手が足りなくて四苦八苦していたところであったギャティスたちは同じ獣人族ということもあり、それを快諾した。そしてエリスたちとワーランに戻り、工房ギルドの協力でライブハウス内に説明会場を設立した。
バルティスの目的は「理由なき差別の解消」。
彼がマリアたちと書いた筋書きは、いがみ合っている連中に、一旦マルコシアを憎むという共通目的と一体感をもたせ、それが如何に愚かなことであるかを知らしめるというもの。
内密に事を進めたため、途中でガチホモ軍団がマルコシア解放を求めて盗賊ギルドに押しかけたり、自由の街道の連中がマリアのところに直訴に出向いたりと大騒ぎになったので、やむなく五郎とマシェリには事前に計画を説明し、小芝居のメンバーに加えたのである。ちなみにラヴィが飛び込んだのは想定外だったらしい。イゼリナは相当焦ったそうだ。
「ネタばらし前に、マルコシアが素直に火あぶりを受け入れたときは、おじさん正直びびったよ。その後、迷惑かけてごめんなさいって謝られちまうしな。ああいう娘っているもんなんだな」
「悪魔のような人間、人間のような悪魔ってことばも虚しいですね」
2人は会場で皆からの詫びの叫びにおろおろしているマルコシアの姿を一度振り返り、笑顔で説明会場に足を踏み入れた。
会場内では次々と仕事が決まっている様子だった。意外だったのは冒険者ギルドでの自警団希望者がことのほか多かったということ。これは、今まで周囲から家族を守るのに精一杯だった男たちが、家を持つことによりその役目から解放された結果だという。彼らにとってもワーランは最後の砦なのだろう。必死の形相でいかに自らが戦えるかをテセウスたちにアピールしている。
結局難民約500名のうち約200名が自警団入りし、残り300名が希望の海岸での仕事に就くことになった。
「エリス、爺さまから連絡が入ったぞ。セラミクス軍がウィートグレイスに到着したそうだ」
エリスとキャティが面接会場を巡回していると、留守番をしていたレーヴェがエリスに報告に来た。なおビゾンとグリレは、万一のことを考え、一旦クレアと混沌竜が前日にウィートグレイスの実家に連れ帰っている。
「軍の様子とか、わかった?」
「ああ、あまり士気は高くなさそうだということだ。それに爺さまがセラミクス領主を言いくるめて、徴発された農民軍500名は全て戦闘を行わない後方の輸送部隊に配属させてしまったらしい。農民軍の指揮は爺さまが執るらしいぞ」
「それは心強いわね」
あのウナギジジイのことだ。ワーランのためにいろいろ画策してくれるだろうとエリスは期待する。
冒険者ギルドではフラウがこれまでエリスたちが溜め込んだ様々な武器や防具を自警団に供出し、戦いに備えている。
セラミクス軍到着まであと3日。
夕刻、宝石箱たちは邸に戻り今後について話し合った。
「さてっと、やることはやっておかなきゃね」と、エリスは色々と画策を始める。
「軍人とはいえ罪もない人を斬るのは気が進まないが、仕方ないな」と、何故か楽しそうな表情でカタナの手入れをしながらレーヴェがつぶやく。
「きっと悪魔が混じってますわね」と、かばんからハルバードを取り出して布で磨いているフラウがうっとりとした表情をする。
「レーヴェもフラウも好きだなあ」と、実は新しい魔法を試してみたい気満々のクレアが2人を茶化す。
「ライブハウスが使えないのは不本意だにゃ」と、相変わらずキャティはマイペース。
ワーランの民は覚悟を決めた。




