弱いものって
「獣族の公民権剥奪」
これは、獣族が法の加護から外されたことを意味する。具体的には、獣族を殺しても殺人罪に問われないということである。要は、獣族には何をしても良いということ。
元々獣族はアルメリアン大陸では少数民族であり、迫害の歴史が続いてきた。獣族は豊饒な土地からことごとく追い払われ、やむなく辺境に村を新たに開拓し、もしくは大都市のスラムに獣族のコロニーを立ち上げ、貧しい中でも細々と生活をしてきた。現在希望の海岸として開発された西の漁村も、過去にはそうした経緯があった。
それでも歴代の王家は最低限の権利は獣族に認めてきた。それは獣族のためでもあるが、それよりもいわゆる人族のモラルを維持するためという理由の方が大きかった。
人は弱い者に対し簡単に暴力を向ける。そして一度暴力の味を知ってしまった者は際限がなくなる。結果、そうなった者は同じ人族にも暴力を向けるようになる。こうした悪循環を生みださないための獣族の公民権でもあった。
が、それが剥奪されてしまった。そうなれば、当然次に行われるのは獣族に対する迫害である。特にスカイキャッスルやウィズダムでは獣族に対する差別意識は根強い。また、マルスフィールドでは、獣族はスラムの一角にコロニーを築いている。そこが襲われるのは自明の理であった。
もうひとつ。「マルスフィールド公の幽閉」
これは王に対する歯止めを失ったことを意味する。マルスフィールド公はスカイキャッスルに留まりながら、密かに王に対抗する勢力の取りまとめを行っていた。王は既に悪魔の虜になってしまっている。このままではスカイキャッスルはもちろんのこと、アルメリアン大陸全体が混乱の危機を迎えてしまう。なので最悪マルスフィールド公は王を打ち取り、王位継承権第一位として自らが王となることまでを見据えていた。
が、王の取り巻きが無用に長期滞在しているマルスフィールド公に疑いの目を向けた。特に公はワーランの竜戦乙女たちと太いパイプを持っている。その辺も疑われたのであろう。
マルスフィールド公は幽閉される直前に、遠吠えのぬいぐるみを使ってチャーフィー卿と最後の連絡を取った。そして彼に、自らが幽閉されることと、ワーランとの連絡を取る遠吠えのぬいぐるみを邸に隠したことを伝え、マルスフィールド公は城に連行されていった。
チャーフィー卿はマルスフィールド公から託されたぬいぐるみを使い、ワーランのマリアに連絡を取ったのであった。
「ひどいことするにゃ」
キャティが憤慨している。それはそうだ。自分たちは「人間ではない」という王令が発令されたのだから。
王令が公布された後も、ワーランにおいて獣族の迫害は行われていない。この街の治安は高く保たれており、公民権云々以前に、獣族は大事なワーランの市民なのである。また、やんちゃな連中も竜戦乙女の一角であり、タイマン最強の誉れも高い純白の猫娘と、その守護竜である氷雪竜の恐ろしさは十分すぎるほど分かっている。誰が彼女を怒らせるようなことをするであろうか。
ここはエリス邸の応接室。議会解散後に、各ギルドマスターはここに集合した。ここならば情報が漏れる心配がないから。
「まるでボディブローのように効いてくるな」
テセウスが忌々しそうにため息をついた。
ワーランでは獣族は迫害されていない。が、他の都市ではウィートグレイスを除き、酷いことになっているらしい。
その結果、獣族たちは助けを求め、難民となりワーランに向かった。
ワーランではスチームキッチンのミャティたちが率先して難民たちを受け入れ、その空腹を癒していった。が、それも限界がある。
自由の遊歩道の東に難民を保護する仮設施設が建設され、難民たちは商人ギルドに申請すれば、施設に入居することができる。が、それは周辺の住宅地で既に市民たちが利用しているアパートメントに比べれば、正直質は落ちる。
難民たちにとってミャティたち同じ獣族がワーランで幸せそうに暮らしているのは不満の種となった。自分たちはこんな目にあっているのに、なぜ彼ら彼女らはこんなに幸福そうなのだ。これでは不公平ではないかと。
そして事件は起きた。
ミャティとラブラとラヴィは、スチームキッチンを休みとし、評議会の援助を受けながら難民保護施設で炊き出しを開始した。マルスフィールドのスラム出身である3人にとって、難民たちが置かれている状況は他人ごとではないから。ラブラなどは難民たちの生活改善のため、エリスに個人的に借入金をお願いしたいとまで言ってきたのだ。自分たちはエリスさまに救われたから、今度は自分たちが仲間を救う番だと言って。
その姿にワーランの市民も共感し、難民たちを差別なきように街に迎え入れた。
が、よりによって避難民の男どもが、自由の遊歩道で最も幼い娘であるラヴィに対し、レイプ未遂事件を引き起こした。
ラヴィは店でラブラがこしらえた料理を抱えて、広場でそれを配っているミャティに届け、空の器を抱えてまた店に戻ることを繰り返していた。
おぞましいことに、難民である獣族の男3人は、一生懸命に走っているラヴィを狙い、店の裏に連れ込み、彼女を地面に押し倒した。
「なあ、俺らを哀れんでくれているんだろ」
「お嬢ちゃん、こっちの奉仕も頼むよ」
「口と前と後ろで丁度3人分だな」
突然のことにラヴィは声も出ない。目の前にいるのは猫獣人、アヌビス獣人、そして兎獣人の3人。
よりによって、ミャティ、ラブラ、ラヴィの同族がラヴィを襲ったのだった。
それを見つけたのは、たまたまゴミを片付けに来ていたマルコシアだった。
「お前ら、そこで何をしている!」
マルコシアの声に男たちは驚き振り向いた。が、ボーイ姿の銀髪娘を見て安堵する。
「どうせだ! その娘もいただいちまえ!」
男たちはマルコシアにも襲いかかった。
結果として、男たち3人はマルコシアに半殺しにされ、ラヴィは守られた。
が、男たちの悲鳴を聞いて集まったワーラン市民たちは困惑した。
なぜなら、半殺しにされた難民の男たちが
「獣族に何をしようと犯罪ではないのだろ? ならなぜ俺たちがそこの兎娘を襲っちゃいけないんだ!」
と叫んだから。
「ワーランでは悪魔も飼っているのか!」
と叫んだから。
そこには泣きじゃくるラヴィをやさしく胸に抱いた狼女悪魔姿のマルコシアが、ぽつんと立っていたから。
この事件を境に、ワーラン市民は3つの派閥に割れてしまった。
「幼子をレイプしようとする連中を保護する必要はないだろクソが!」
「追い込まれた難民たちの心も受け入れるべきだ!」
「なぜあんたらは恵まれて、俺たちは難民でいるんだ?」
そして3つの派閥全てが、マルコシアの追放では同調してしまった。
悪魔がなぜここにいるのだと。
悪魔は滅するべしだと。
市民も難民も共通の新たな敵を見つけた。それがマルコシアという悪魔。
評議会ではどうにもならない個人レベルでの嫌悪感情。それがマルコシアに向けられた。
「マスター、正気ですか!」
マシェリが激高する。
「正気のつもりだけどな」
バルティスがマシェリに返す。
「マルコシアはラヴィを救ったんですよ! なのになぜマルコシアが罪を負わねばならないのですか?」
「ん? マルコシアは悪魔だろ? 悪魔は滅すべきものだろ?」
「マルコシアは悪魔ですが悪魔ではありません」
「お前、言っていることが矛盾しているぞ」
「マスター、ふざけないでください!」
「決まったことだ。マルコシアも納得している。処刑は明日の朝、広場でだ」
マルコシアは「火あぶりの刑」に処される事になった。
翌朝、自由の遊歩道に、その名称に相応しくない十字架と薪が用意された。その周りは柵で囲われている。
評議会議長マリアの先導のもと、マルコシアが連行されてくる。
十字架が斜めにされ、マルコシアはおとなしくそれに両手両足を針金で縛られた。
そして十字架は元の位置に戻される。
マルコシアは磔にされ、足元には薪が積み重ねられていく。
薪を積み重ねる作業が終わったところで、突然マリアが集まった者たちに問うた。
「難民を認めるものよ、挙手しなさい」
突然の問いに、マリアの真意を図りかね、誰も手を挙げることができない。
「ならば、難民を認めないものよ、挙手しなさい」
これも同様に挙手するものはいなかった。
「では、この娘の処刑に反対するものは挙手しなさい」
この問いかけは気楽だった。反対でなければ手を挙げなくていいのだ、市民たちはほっとした。が、心がチクチクと痛む。
「それでは処刑を執行する」
松明を持った男どもがマルコシアの足元に置かれた薪に火を移す。火は徐々に、そして轟音とともに大きくなっていく。
炎はマルコシアを包み、彼女の姿は業火に覆われ、影しか見えなくなる。
そのとき、突然柵を破って小さな影が炎に飛び込んだ。
「マルコシア姉さま、ごめんなさい! ごめんなさい!」
炎に飛び込んだのは兎娘のラヴィだった。
2人は業火に卷かれる。
それを見つめる市民と難民の全てが、己に罪悪感を抱くことになる。
幼子を救った悪魔が、救った幼子とともに焼かれている姿に。




