派兵ですって
それは数日後のこと。
ウィズダム魔術師ギルドサブマスターであり、クレアの父でもあるアレスが、ワーラン魔術師ギルドマスターであり、彼の妻でもあるイゼリナとともに、ワーラン評議会議長であるマリアのもとに血相を変えて駆けこんできた。
「マリアはいるか! すぐに評議員たちを集めてくれ!」
「何か起きたのですか? アレス、イゼリナ」
「起きたなんてもんじゃない! ワーランの危機だ!」
畳み掛けるようなアレスの報告を聞き、顔色を真っ青にしたマリアは、慌てて商人ギルドから各評議員に使いを出した。
エリス邸の扉が激しくノックされる。
「はい、どちらさまですか?」
皆より一足先に起きて朝食の準備をしていたフラウが玄関の扉を開けると、そこには商人ギルドからの使者が息を荒くしながらたっていた。続けて彼が叫ぶ。
「エリス準会員殿に評議会緊急招集であります! 急ぎお支度くださいませ!」
「何よ騒々しいわね」
エリスも自分の部屋から出て来る。後ろからメベットも眠たそうに眼をこすりながらついてきている。
まさかのロリネグリジェ2人登場に使者はおもわず頬を赤らめながらも、必死で自らの役目を果たそうと言葉を繰り返した。
「エリスお嬢さま、評議会の緊急招集であります!」
「ふん、議題は?」
ご機嫌斜めのエリスに構わず、使者は続けた。
「セラミクスの領主軍が、ワーランに派遣されたとのことです!」
パリン!
使者の思わぬ言葉に、フラウは手に持っていた皿を思わずとり落としてしまう。その音が宝石箱集合の合図となる。
「目的は何だろうな」と、レーヴェが当然の疑問を口にした。
「セラミクスからここまではウィズダムからマルスフィールドもしくはウィートグレイス経由になりますわね」と、フラウが進軍ルートを確認する。
「でも、軍が動くなんて一大事だよ! どうしよう!」と、クレアが一番パニックになっている。
「ご苦労なこったにゃ」と、キャティはいつもの通り。
「とにかく行ってくるわね」
エリスはお気に入りのワンピースを頭からかぶり、背中に大地竜を背負う。魔導馬に跨り駆けていくエリスを、乙女たちは玄関で不安そうな表情を浮かべながら見送った。
評議会はアレスの報告に静まり返った。その内容はワーラン評議会議員の想像を超えていたから。
セラミクス領主軍は、領主自らが率いている。軍は既にウィズダムに到着し、セラミクス領主はウィズダムの実質代表である魔術師ギルドマスターのアルフォンスに王令がしたためられた書類を無言で突きだしたそうだ。
そこに書かれていたのは「セラミクス領主は自らの軍を率い、ワーランを包囲せよ。途中ウィズダム、ウィートグレイスを経由し、ウィズダムで魔導隊、ウィートグレイスで農民軍を徴用の上、指揮管理下に置くこと」
その書類には確かに王の花押が押されていたという。
ウィズダムはスカイキャッスル直轄領であり、王命に逆らうことなどできはしない。それでもアルフォンスはセラミクス領主に王の真意を質したが、セラミクス領主は死んだ魚のような目で口元に嫌らしい笑みを浮かべながら、「これは王命である」を繰り返すばかりであった。
結局アルフォンスは表面上、留守をサブマスターのアレスに任せ、自ら魔導隊100名を率いていくこととした。
そして翌日、軍がウィートグレイスに向けて出発する際にアルフォンスはアレスに、「ワーランに事前に知らせてやってくれ」と耳打ちしたのだった。
まず、盗賊ギルドマスターのバルティスが重い口を開く。
「目的は勇者、もしくはワーランの宝石箱というところか」
勇者がワーランに定宿を構えているのはワーラン市民の暗黙の了解であった。が、それがスカイキャッスルにばれていないとは思えない。それに勇者は現在王命に逆らい、魔宴潰しを行っているので王に眼をつけられた可能性は十分にある。
一方、竜戦乙女の存在もスカイキャッスルにとっては目の上のたんこぶであろう。1人と1柱でもとんでもないのに、5人と5柱がワーランに集まっているのだから、それを脅威だと判断するのは当然である。が、それに冒険者ギルドマスターのテセウスが疑問を呈する。
「しかしな、勇者や守護竜に対し、人間が何人集まっても敵わないだろう。人海戦術で押し切るつもりか?」
それも事実。勇者を倒すにはそれこそ魔王クラスの化け物が必要だし、守護竜たちのとんでもなさは、ワーラン評議会員自身がよくわかっている。
するとフリントが別の切り口で意見を述べた。
「もしかすると、スカイキャッスルはワーランを直轄地にするつもりかもしれんの」
それも十分にありうる。
これまでワーランは貿易都市としてマルスフィールドの庇護を受けながらも、独立した自治都市として運営されてきた。が、このところの急激な成長でワーランは金銭的にも設備的にも豊かになった。貴族だけでなく、一般市民もトイレやシャワーを常備している都市など、スカイキャッスルを含めてもワーラン以外には存在しない。ならば、スカイキャッスルがワーランの自治権を剥奪し、王家直轄地にする可能性も十分にあるのだ。ワーランの富をスカイキャッスルに吸い上げるために。
「これまでか……」
誰かが呟く。それは静まり返った議場の中で、虚しく響いた。
エリスは準会員のため発言権はない。なので黙って議会の行方を見守っていた。が、このままでは結論は出そうもない。
痺れを切らしたエリスは、静かに手を挙げる。
それを見つけたマリアは、静まり返った議場を改めて一瞥し、皆の無言の同意を得たかのようにエリスを指名する。
「準会員エリス、特例として発言を認めます」
「失礼いたします。アレスおじさまにお伺いします。セラミクス領主軍の規模はお分かりになりますか?」
「騎馬隊1000名歩兵3000名輸送隊1000名規模だ」
「そこにウィズダムの魔導隊が加わるのですね」
「そうだ。魔導隊は100名だが各々ミノタウロスゴーレムなどを使うので、実質は200名だな」
「ウィートグレイスの農民兵はどの程度の規模を求められると思いますか?」
「ウィートグレイスについてはセラミクスも兵力としては期待していないようだ。どちらかというとレオパルド公の忠誠心を試すのが目的だろうな」
次にエリスは冒険者ギルドのテセウスに尋ねた。
「ワーランの自警団の規模はどの程度ですか?」
「常駐で100名。かき集めて1000名というところだ」
最後にエリスはマリアの方を向いた。そして恐ろしい言葉を口にした。
「皆さんにお覚悟があるのならば、私たちでセラミクス軍を皆殺しにしてまいりましょうか?」
その言葉に議場内は騒然とする。誰かが叫んだ。
「そんなことをしたらワーランは滅ぼされるぞ!」
他の者はそれを否定する。
「いや、勇者と竜戦乙女がいれば、ワーランが大陸の覇権を握るのも可能ではないのか?」
それに同調する声もあちこちで聞こえる。
「静粛に!」
マリアは木槌を鳴り響かせ、議場を落ち着かせる。そして忌々しげな表情でエリスの方を向いた。が、エリスはしれっとした表情のままそれを受け止める。
「ワーランは貿易都市であり、今や観光都市でもあります。王家や他の都市を敵に回してしまえば、産業が成り立たなくなるのは自明。他都市との争いはワーランにとっては自殺行為なのです!」
マリアは議場内に声を響かせた。するとエリスがそれに返す。
「ならば、ここは待ちの一手。念のためいつでも希望の海岸に避難できるような体制を取りつつ、軍の到着をお待ちになったらいかがでしょうか」
続けてエリスは立ちあがり、マリアのもとに向かった。それを止める者はだれもいない。エリスはマリアに近付くと、何やら耳打ちをした。それを聞いたマリアは一転して納得した表情となる。
続けてマリアは宣言した。
「エリスの提案を採用しましょう。我々は貿易都市ワーランとして、誇りを持って粛々と軍の到着を待ちましょう」
議場の全員が納得した表情を見せ、続けて議場は承認の拍手に包まれる。
議会は無事閉会した。
が、その後とんでもない報告がスカイキャッスルのチャーフィー卿からマリアのところにもたらされた。
それは2つ。
ひとつは「全ての獣族から公民権を剥奪する」という王令が公布されたというもの。
もうひとつは「マルスフィールド公が城砦都市の領主の任を解かれ、王城に幽閉された」というもの。
その報告を聞いたエリスは、さすがに唖然とするしかなかった。




