腰抜け勇者さま
エリスの指示を受けるがいなや、レーヴェとフラウはそれぞれ人型の暴風竜と鳳凰竜を引き連れ、館に突入した。大地竜も続けて突入し、エリスに念話で、自らの影を目指して戻ってくるように伝える。そしてその後を追うように盗賊ギースと魔術師マリオネッタが続いた。
エリスは狂神のスティレットをダムズの背から引き抜くと、狂神が発動しなかったことに舌打ちをしながら大地竜の影に移動する。続けて彼女は大地竜の影に身を潜めながら、宝石箱それぞれに細かな指示を出していった。
「フラウ、ふぇーりんはステージへ行って! そろそろバケモノが姿を現すわよ!」
「レーヴェとすーちゃんは入口を塞いで! 逃げるものは誰であろうと皆殺し! 命乞いも無視なさい!」
「マリオネッタ! あなたはそこの間抜け勇者を連れだしなさい! ギースさまはレーヴェのサポートをお願いします!」
エリスの指示に合わせるかのように、スキモノたちの一部から悪魔たちが現れた。あるものは人間への憑依を解き、あるものは姿そのものを悪魔に変える。ステージ上でエリスに心臓を突き刺されたはずのダムズもムクリと立ち上がり、その姿を大柄な悪魔に変化させていく。
クリフは勇者に再び叫んだ。
「勇者グレイよ! スカイキャッスルの民に手を出してはなりませんぞ!」
そしてステージに振り返る。
「ダムズ、竜戦乙女だけならばなんとかなるかもしれません。私は勇者を押さえますので、あなたは竜戦乙女どもを始末してください!」
続けてクリフは勇者のもとに走りより、勇者の両肩を掴んで揺り動かしながら再び叫んだ。
「勇者よ、あなたはここにいてはいけません! あなたは王の剣なのです。良いですね、何も見なかった、何も聞かなかった! わかりましたか!」
クリフの言葉に勇者は更に混乱した。俺はなぜここにいるのか。皆はなぜここにいるのか。皆はここで何をやっているのか?と。
勇者が混乱している間にも悪魔たちは次々と姿を現し、フラウたちに襲いかかる。
「まとめてかかってらっしゃい!」
フラウはステージ付近でダークミスリルハルバードを自在に振り回し、悪魔どもを一撃で粉砕する。その横では鳳凰竜が炎の刃をスキモノ共に向けてばら撒き、彼らを焼き焦がしている。
悪魔どもはフラウに向かい、スキモノ共は場外に逃げようと悲鳴を上げながら入口に走った。しかしそこには2人の鬼が待っていた。それはレーヴェと暴風竜。
レーヴェは、正体は50万リルをポンと支払える、それなりの身分である貴族や家族、豪商などであろうスキモノ共を、ダークミスリルのカタナで容赦なく切り捨て、暴風竜は死の宣告をばら撒くがごとく、風の刃でスキモノ共を切り刻んでいく。
エリスの指示は「皆殺し」である。フラウもレーヴェも忠実にエリスの指示に従う。
会場内はスキモノ共の断末魔の悲鳴が響き渡り、さながら阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
一方勇者は棒立ちのままだった。クリフの言葉に混乱が止まらない。俺は何をしているのだと。
「グレイさま、何をしているのですか!」
そこに魔術師マリオネッタの叱咤が飛んだ。愛する者の声に勇者は我に返り、マリオネッタに振り返る。
「マリオネッタ、俺はどうしていいのかわからないんだ」
「ならばせめてエリスお嬢さまたちの邪魔をするのはやめましょう! お嬢さま、ごめんなさい!」
「いいのよマリオネッタ、ぼんくら勇者には、何も期待はしていないわ」
ぼんくらと言われても勇者は何も感じない。ただただ少女たちの戦いが目に映るだけ。
「ちっ!」
クリフは舌打ちをした。勇者は止まったが、想像以上に竜戦乙女たちが強かったのだ。目の前の女魔術師も目障りだが、この女に手を出せば勇者が怒り狂うことはわかりきっている。ならば。
「マリオネッタさん、勇者を連れだしてください! あなたもいいですね。何も見なかった、何も聞かなかったのですよ!」
クリフはそう言い残すと、ステージの方向に走りだした。
会場内は既に血の海となっている。現れた悪魔どもはあらかたフラウたちに始末され、逃げようとしたスキモノ共はレーヴェたちとギースが、ことごとく始末した。
「ダムズ、ここは引きますよ!」
クリフの言葉に、悪魔と化したダムズは一旦フラウの前から引き、クリフの方に向き直る。
「らーちん、あいつらを逃さないで!」
エリスの声に呼応し、大地竜は石の刃を次々とダムズに放つ。が、ポーンデーモンたちがクリフとダムズを庇うように身を投げ出して刃を防いだ。
ダムズはエリスたちに背を向け、漆黒の翼を生やし、クリフを抱きかかえて窓から飛び出していく。
「残念ですが、今回は仕切りなおしですね、お嬢さま方、ごきげんよう!」
その直後にエリスの人形からクレアの声が響いた。
「会場からなにか飛び出してきたけど、始末しておくかい?」
「いいわクレア、外ではあまり血を流したくないわ。逃げられるのは悔しいけどね。それより最後の準備をお願いね」
その後まもなく、会場はエリスたち以外に生きるものはいなくなった。
「さて、ギース様、マリオネッタ、そしてそこの根性なしのクソ勇者さま、一旦マルスフィールド卿のところに帰りましょう」
エリスの言葉に同調するようにギースはグレイを睨みつけ、レーヴェやフラウたちも呆れたような表情で勇者に冷たい視線を送っている。そんな中、マリオネッタはおろおろしながらも、健気に勇者の手を引き、外に連れ出す。
「それじゃクレア、ぴーたん、盛大にお願いね」
「了解!」
クレアと混沌竜は闇に紛れ、事前に会場の上空を舞っていた。エリスからの指示は証拠隠滅。但し、会場の破壊はできるだけ派手に行うようにというもの。
「それじゃ行くよ! 『フラッシュライトニング』!」
フラッシュライトニングは閃光を伴った雷撃範囲魔法。主に攻城戦に使用される破壊の魔法である。その閃光は闘いの狼煙にも例えられる。
フラッシュライトニングを受けた会場は閃光の中、轟音とともに屋根を穿たれた。
「続けて『フレイムストーム』!」
フレイムストームは爆炎の嵐を生み出す攻撃範囲魔法。こちらも攻城戦に用いられる。爆炎の嵐は効果範囲内のすべてのものを飲みつくし、焼きつくす。
フレイムストームにより、館は一気に炎上した。それは空を焼き焦がす程の火柱を掲げる。
「それじゃ最後に消火と行くかな。ぴーたん、頼むよ」
「了解だよクレアたん、『暗黒珠の息吹』!」
ぴーたんが吐き出した漆黒に染まる質量の塊は巨大化しつつ加速しながら会場に向かっていった。続けて轟音とともに大地を揺らすかのような衝撃が走る。それは炎を塗りつぶし、会場を完全に押しつぶした。
翌朝、スカイキャッスルの住民は「神の怒り」もしくは「悪魔の所業」としか思えない、これまで見たこともない凄惨な現場を、そこで目の当たりにすることになる。
一行はマルスフィールド公の館に戻ってきた。レーヴェは久しぶりの人殺し、フラウは久しぶりの悪魔退治にご満悦であったが、エリスの表情は今ひとつ冴えない。
その横にはまるで石像のように血の気を失ったグレイと、彼の手を心配そうに握りしめるマリオネッタ、それに苛ついた表情のギースが座っている。
「そうか、勇者の名において、魔宴を鎮圧することはできなかったか」
「ええ、マルスフィールドさま。そこのクズ勇者が動いてくれれば皆殺しまでせずともよかったのですが、肝心なところで役立たずでしたので、参加者は皆殺しにするしかありませんでした。クリフとダムズには逃げられましたが、元々あの2人に私達の存在は知られているので、大きな問題はないでしょう。最大の問題はそこの腐れ勇者ですね。ここまで根性なしだとは思っておりませんでした」
勇者に向けて辛辣な言葉を容赦なく並べるエリスに、マルスフィールド公は言葉も出ない。
「エリスお嬢さま、お許し下さい……」
マリオネッタがか細い声でエリスに謝る。が、ここでギースがぶち切れた。
「エリスちゃんが許しても、俺が許さん。グレイよ、お前はもう勇者やめろ! 勇者をやめてワーランの小部屋でマリオネッタと死ぬまで一生あうあうしていろ」
「ギースさんまでそんな……」
マリオネッタのつぶやきを最後に部屋はしんと静まり返ってしまった。
と、
「ただいま戻ったにゃ」
「エリス社長、大漁やで!」
そこに帰ってきたのはキャティと氷雪竜の2人。
「あ、おかえりなさい。どうだった?」
一転してエリスは笑顔を浮かべ、キャティとあーにゃんを迎えた。
「多分これ、顧客名簿かにゃ」
「こっちは魔宴の記録やで。内容はグロ注意な」
2人はエリスに書類の束を渡した。エリスはざっと目を通すと、まず顧客名簿の方をマルスフィールド公に回した。
マルスフィールドは名簿に目を通すと、たまらんといった表情でため息をついた。
「これはひどいな。貴族の半分ほどが顧客に名を連ねておる」
「多分その方々は本日の皆殺しでほとんどが『行方不明』となっているでしょうね。明日の王城が楽しみですね。おじさま」
「そうだなエリス。まあ、混乱は避けられんが、魔宴の開催はしばらく下火となるだろう。ところでそっちの書類は何だ?」
「これまでの魔宴の記録です。すぐお渡ししますが、面白いところを見つけたのでちょっとお待ちください」
エリスは書類を持つと、薄笑いを浮かべながら勇者グレイのところに向かった。そして手に持った書類を勇者の目の前に突き出し、その中のある部分を指で指し示した。
「この生贄の少女が引き取られた村の名前、見覚えがない?」
抜け殻のようになっている勇者は、言われるがままに書類に目を向ける。が、その内容に、一転して勇者は目を見開いた。
「これは……俺の……村……。え、何だと?」
横から書類を覗いたマリオネッタもそこに書かれた内容に顔をひきつらせる。
そこには、勇者の村から連れて来られた少年少女たちの名前が記されていた。
勇者が知る子供たちの名前と、彼ら彼女らが生贄として、「どのように拷問され、処理されたのか」について、詳細に記されていた。
室内が凍りつく。
と、氷を割るかのように、突然キャティが素っ頓狂な声を出した。
「そういや忘れていたにゃ、マルスフィールドのおっちゃん、一緒に玄関の衛兵さんのところに来てほしいにゃ」
「そうやったなキャティにゃん。エリス社長もご一緒に頼んまっせ」
2人に急かされたマルスフィールド公とエリスは怪訝そうな表情を浮かべながら一旦部屋を出ていった。
残されたレーヴェとフラウ、クレアとギースは、グレイの前に投げ出された書類を読み、同様に顔をしかめた。
「醜いものだな」
「親の同意済とありますけど、大方、領主や貴族あたりの圧力か何かがあったのでしょうね」
「酷い話だなあ」
「おいグレイ、お前はこれを見てどう思うんだ」
ギースの問い詰めるような声に、グレイの表情が蒼白の蝋人形のようなものから紅潮した憤怒の表情に変わっていく。
「グレイさま……」
「ギース、マリオネッタ……。俺は何をしていたんだろうな……。俺が悪魔退治にかまけている間に、村の子供たちがこんな目にあっているとは……」
「いい加減目を覚ませよグレイ! 俺たちはなんのために戦っているんだ? レーヴェさんたちが、あの鬼畜共を切り捨ててくれなければ、さらに犠牲者は増えたんだぞ。お前は誰のための勇者なんだ!」
勇者はぶるぶると震えだした。唇を噛み締め、手を握りしめ、勇者は立ち上がった。
「グレイお兄ちゃん!」
そこに突然小さな影が部屋に飛び込んできた。その影はグレイの腰に飛びつく。
「え、あれ、お前は……」
「猫のお姉さんとお兄さんに助けてもらったの! 私以外はみんないなくなっちゃったの! グレイお兄ちゃん、一緒にみんなを探してよ!」
エリスと同じくらいの年であろう少女は、グレイと同郷の娘であった。恐らく他の娘たちと共に「生贄」として連れて来られてきたのだろう。
「事務所の地下で泣いていたからお持ち帰りしてきたにゃ」
「なんじゃい、根性なし勇者の知り合いだったんかい」
「お兄ちゃんは根性なしなんかじゃないよ! 強いんだから!」
勇者を見つけてすっかり気が大きくなったのか、娘が口を尖らせながらあーにゃんに言い返す。
「そうだな、そうだな、そうだな……」と、グレイは繰り返しつぶやく。そして一旦深呼吸をし、呼吸を整えると、エリスたちに向けて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「エリスさんたち、マルスフィールド公、ギース、そしてマリオネッタ。今日はすまなかった。俺は目の前に立った『人間のようなモノ』に囚われてしまっていたようだ。あれは『人間』ではなかったんだな。俺は決めたよ。俺は勇者、王の剣でも何でもない。そして俺は魔宴を許さない」
その言葉にギースはふんっと鼻を鳴らし、マリオネッタは勇者の背に顔をうずめ、喜びの嗚咽を漏らした。
「それじゃ今度こそ私たちは帰ります。勇者さま、後はお願いね」
勇者がその気になっているうちにここは逃げの一手と踏んだエリスは、今度こそというばかりに、宝石箱たちと竜たちを急かして玄関に向かう。
「エリス、また何かあったら容赦なく呼びつけるからな!」
「あー聞こえません」
エリスはマルスフィールド公と最後のやりとりを行うと、大地竜をおんぶしてから暴風竜の背に跨がり、レーヴェの背中に掴まった。
「さあ、帰りましょう!」
この日を境に、勇者は合法、非合法を問わず魔宴会場に現れては、参加者全員を切り捨て、生贄を救い出していった。その行為は貴族共を震え上がらせ、庶民から英雄と讃えられることになる。
なお、勇者が救出した子供たちはそのままマルスフィールド公が保護し、子供たちは公の衛兵、女中見習いとして習い事に励む。
ようやく勇者は「救うこと」に目覚めた。




