魔宴(サバト)
エリスたちと勇者パーティはマルスフィールド公の指示により、一旦マルスフィールド公がスカイキャッスルに構えている別邸に移動した。
「それじゃマルスフィールド公に勇者さま、後はよろしくお願いいたしますね。私たちはおうちに帰ります」
「ちょっと待て、それはないだろうよエリス。せめて何かいいアイデアだけでも置いていかんか」
「えー」
エリスにとっては、メベットを避難させた後のスカイキャッスルのことなんぞ知ったこっちゃないし、おかしなことに巻き込まれるのもまっぴらである。ということで、エリスは帰宅宣言をした。が、マルスフィールド公がそれを許すはずもない。なのでエリスは迷惑そうな表情を浮かべながら、勇者グレイに問いかけた。
「勇者さま、勇者さまはスカイキャッスルの現状をどうお考えですか? 勇者さまはどうすべきかと思いますか?」
エリスからの突然の問いかけに言葉が詰まるグレイ。と、そこに盗賊ギースが切なそうな表情で口をはさんだ。
「身勝手なのはわかっているが、ここは俺の故郷だ。故郷が腐っていくのを指を咥えてみているのは耐えられん」
そんなギースにフラウが素朴な質問を投げかける。
「スカイキャッスル盗賊ギルドは、今回の件について、どうお考えなのですか?」
フラウの言葉にギースは一旦困ったように目を瞑る。その後、覚悟を決めたかのような鎮痛な表情で、フラウに向かった。
「ここだけの話にしてほしい。実はスカイキャッスルの裏社会は盗賊ギルドでも把握できない規模で混乱している。この状況についてギルドマスターは、悪意の第三者が王に絡んでいると踏んでいる。なので、当面盗賊ギルドは王に対し面従腹背にて対応することにしている」
「ならば、魔宴対策に盗賊ギルドの協力を得ることは可能よね、ギースさま」
「表立っての活動は難しいが、サポートを行うことは可能だ。エリスお嬢さん」
エリス-エージは考える。この早く帰りたい現状を何とかする方法を。できれば色々と勇者に押しつける方法を。さらにマルスフィールド公らに恩を売ることができれば完璧である。
……。
ちーん。
「ならばこうしましょう」
エリスの語る作戦を一通り聞いた他のメンバーは様々な表情を見せた。表情をこわばらせるマルスフィールド公。いまいち作戦実行に対して躊躇している勇者グレイ。作戦におけるエリスの身を心配する魔術師マリオネッタ。感謝の表情を浮かべる盗賊ギース。一方、既にエリスの悪巧みに慣れ切っている他の宝石箱たちは、淡々とそれぞれの役割をエリスと確認し合った。そして5人で口元に邪悪な笑みを浮かべる。「それじゃギースおじさま、案内お願いね」
エリスの悪巧み開始である。
それは翌日のこと。
魔宴代行業を営むクリフのもとに、盗賊ギルドから一つのタレコミが入ってきた。それは、ワーランの宝石箱の竜戦乙女が、魔宴の黒幕を探し出すためにこの近辺に潜入するらしいという情報。
クリフは考える。ワーランの戦乙女はともかく、付き添う竜に暴れられるのはたまらない。なので、盗賊ギルドで情報集めをすることにした。
「これだけの情報があれば十分ですね」
盗賊ギルドによると、ワーラン盗賊ギルド顧問のエリスと言う少女が、スカイキャッスルでの仕事を行うために、ギルドにあいさつに来たという。目的はタレコミ通り魔宴の黒幕を突きとめること。仕事は今晩から行うこと。潜入予定場所は魔宴代行業の事務所。すなわちクリフのところ。潜入という特殊性から、竜を連れていくことは不可能だろうということ。
クリフは情報を整理し、自身の勝利を確信後に、ダムズに向き直り、彼が思いついた素敵なアイデアを披露した。
「ダムズ、今晩のイベントはこんな風に変更してみてはいかがでしょう?」
「それはいい。スキモノたちからも、たっぷり金が取れるぜ。ところで、メインプレイヤーは、変更前通り、俺にやらせろよな」
「潜入衣装ごと、吊るし切りにしてしまうというのも受けそうですね。どうせよそ者。生贄にしたとしても盗賊ギルドも何も言ってこないでしょう」
「じゃ、今晩生贄にする予定だったのは、明日に回すか」
クリフとダムズは下卑た笑みを互いに浮かべると、配下の者たちを集め、お得意さまを回ってくるように指示を出した。指示の内容は次の通り。
「本日深夜の魔宴メインイベントにサプライズ! なんと竜戦乙女である金髪少女の吊るし切りショーを開催かも? 場所は魔宴会場A。入場料は1人50万リル。参加希望者は前売り券を魔宴代行業事務所にてお買い求めください」
ちなみに入場料50万リルは通常相場の10倍。
「さて、念のためポーンデーモンも潜ませておきますかね」
クリフは竜戦乙女を囚え、その後のお楽しみまでの準備を周到に始めた。
「それじゃ行ってきますね。勇者さま、後はお願いね」
エリスは深淵の装束に着替え、他の宝石箱たちと装備や魔道具を再確認し、潜入の支度を終えた。
「エリスちん、俺がついていかなくても大丈夫か?」
「大丈夫よらーちん。さすがにおんぶしての潜入はつらいもの」
心配そうな表情を浮かべるマルスフィールド公たちを後にし、エリスは魔宴事務所への潜入に向かっていった。
エリスは音も立てずに魔宴事務所までの闇を進んでいく。
「まもなくね」
目指す建物から3棟ほど離れた館の屋根に陣取ったエリスは、改めて事務所の様子を窺う。灯りは付いており、中には数人の人影が確認できる。身を隠しながら盗聴できそうな場所は、やはり屋根裏か。そう判断したエリスは慎重に事務所に近付いて行った。
と、突然エリスの視界が闇に染まる。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん」
エリスは背後から何者かに布で口をふさがれた。それはたっぷりと痺れ薬を含んでいる布。痺れ薬の影響でエリスは意識を残したまま、身動きが取れなくなる。
「これは見事にタレコミ通りでしたね」と、エリスの口をふさぎながらクリフがほくそ笑む。
「おう、久しぶりだな。エリスとか言ったか? 今日はよろしくな」と、ダムズがこれ以上ないほどの下品な笑みを浮かべ、エリスの頬を撫でた。
全身が痺れているエリスは何の抵抗もできず。ただただ涙を流すことにより2人へ抗議の意思を示す。だが、その涙は2人に残酷なプレイを焚きつける起爆剤にしかならないのだった。
ここは魔宴会場Aと呼ばれる場所。既に会場内ではスキモノどもが仮面に全裸と言う奇妙な装いで、思い思いに耽美な行為に耽っている。会場内には媚薬効果を持つ魔薬があちこちで焚かれ、そこから沸き立つ煙の中で、スキモノたちはその欲望を全開にしている。
会場奥には特設ステージが設置され、両脇に置かれた豪奢な松明に依って、煌々と明かりに照らされている。
すると、そこに2人のクリフとダムズが黒いものを抱えて現れた。続けてクリフが自らにラウドネスの魔法をかけ、会場の隅々にまで行きわたるような声で客たちに黒い者の紹介を始める。
「お待たせいたしました。さて皆さま、こちらがお待ちかねの竜戦乙女でございます」
クリフが発した声に合わせ、ダムズが天井から降ろされたロープにエリスの両手首を結んでいく。結果、エリスは黒装束の姿で、無残にも吊るされてしまった。
「さて皆さま、本日のメインディシュは『竜戦乙女』の吊るし切りでございます。皆さまにお楽しみいただくよう、あえて着衣のまま吊るしております。この娘、今は痺れ薬が効いておりますが、吊るし切りの前に解毒いたしますので、ぜひともこの娘の断末魔をご堪能くだいませ」
クリフの言葉に、スキモノたちは濁った眼を輝かせながらステージ近くに集まってきた。
吊るされた少女の目は涙に濡れており、痺れ薬の効果だろうか、口元からは一筋の唾液が流れ出ている。その姿をスキモノたちは堪能し、互いに愛撫し合いながらショーの開幕を、今か今かと待った。
「それでは始めましょう。まずは解毒からですね」
クリフが何やら呪文を唱えると、少女の身体が一瞬痙攣した。その後に続くのは吊るされた少女の叫び声。
「お願いです、許してくださいまし、助けてくださいまし!」
必死で命乞いをする少女の頬をダムズがナイフで撫た後、少女の目の前に脅すようにかざす。続けて下卑た声で観客にも聞こえるように少女に言い放った。
「お嬢ちゃん、これが今晩お嬢ちゃんの身体を切り刻むナイフだよ。せいぜい良い声で鳴いてくれよ。おじさん楽しみにしているからね。後ね、舌を噛んでも意味ないからね。そこだけ治療しちゃうからね」
異常に盛り上がる会場内。スキモノたちは熱にうなされながら「さっさとバラせ」コールを開始した。
「それじゃ、一枚目から行ってみよう!」
熱気に当てられたダムズのナイフがエリスの装束を切り裂こうと動き出す。
と、その瞬間に爆音が響いた。
会場の入り口が爆音とともに粉々に砕かれた。続けてスカイキャッスルの住人ならば誰でも聞いたことのある声が響く。
「俺は勇者グレイ、王の客人を救出に来た!」
その声につられ、会場の全員が入り口に目線を向けた。が、勇者は彼らの目線を無視し、特設ステージに駆け寄っていく。
「ちっ、いいところで邪魔が入りましたね」
クリフは舌打ちするとグレイに言葉を放つ。
「勇者グレイよ、あなたは仲間であった我々やスカイキャッスルの善良な民に刃を向けるのか!」
予想外のその言葉に動揺し、グレイは足を止めてしまう。一瞬の静寂。その様子を利用すべくクリフは続ける。
「勇者グレイよ、魔宴は王自らがお許しなのです。確かにここに吊るされている少女の意思確認はできておりません。が、所詮は田舎街の娘。この娘を救うためにスカイキャッスルの民に刃を向けるなど、本末転倒ではありませんか!」
この言葉に完全にグレイは身体を硬直させてしまう。すると、その様子に安心したのか、仮面姿のスキモノ共たちが一斉にグレイにブーイングを浴びせかけた。「勇者よ出て行け!」と。
衆目からのブーイングを浴び、勇者は完全にひるんでしまう。
「勇者よ、お引き取りください。あなたは何も見なかったのです」
クリフが勝ち誇ったように勇者グレイに向けて言い放った。
……。
「ちっ、使えないわね……」
ダムズは背後から囁かれた声に思わず振り向いた。
そこには吊るされた金髪の少女。しかし先ほどまで怯えきり、泣き叫んでいた彼女の姿は、そこにはなかった。そこに吊る下がっているのは、悪魔ですらかくやという形相を浮かべ、眉間にしわを寄せた少女。
ダムズは反射的に少女に刃を突き向けた。
「こいつはやばい」とダムズは判断したのだ。
しかし少女は刃をすり抜けた。いや、すり抜けたのではない。目の前から少女が消えたのだ。
次の瞬間、ダムズは自分の左胸から突き出た、淡く黄金に輝く刃を目にした。背後から「作戦2に変更、皆殺しよ」という幼い声が囁くのを聞きながら。
そう、エリスはわざと捕まっていたのだった。抗毒の指輪を持つ彼女に麻痺毒は効かない。涙も、口元の唾液も、命乞いも、全て演技。
エリスが企てた作戦は、竜戦乙女として名の通ったエリス自身が生贄となり、それをエサにできるだけ多くの「魔宴愛好家」を集める。その中にはそれなりの地位にいる貴族も多数含まれるだろう。そうした者たちの前にエリス自身が晒されたとき、彼らがどう動くか。仮にもエリスは王の客人である。もし止めるものがいたら、その者には情状酌量の余地がある。が、そのまま魔宴が進むようなら直前で勇者が会場に突入し、勇者の名のもとに魔宴を中断。主催者とスキモノ共を確保し、マルスフィールド公自らが、王に彼らを突き出すというものであった。
目的はスカイキャッスル貴族の魔宴賛成派を弱体化すること。王に手を出すことができないならば、王に賛同するものを合法的に始末する。これが作戦の目的。
が、エリスの想定以上に勇者はヘタレだった。なのでエリスは次のオプションである「皆殺し」をやむなく選択した。
深淵の効果で一瞬のうちにダムズの影に移動したエリスは、背後からダムズの心臓を狂神のスティレットで一突きにし、すぐさま他の宝石箱たちに指示を送ったのである。




