ばれちゃった
マルスフィールド公との合流を前日に控え、エリスたちは出発の準備を行っていた。
今回の目的は王への謁見。そしてその場で王宮守護竜を僭称している夜馬竜とやらの正体を確認すること。
「今回は様子見だけに済ますべきだろうな」
エリスの背中で大地竜が改めてエリスにアドバイスをした。
メベットの誘拐騒ぎについては、スカイキャッスルでは貴族の館での強盗殺人事件として処理されたとチャーフィー卿からの連絡があった。悪魔の死体はある程度の時間が経過すると風化してしまう。なので館には何も残されていないはずだった。襲われた貴族たちの遺体は見つかっていない。多分悪魔どもに食われてしまったのであろう。が、それについてはそれは有耶無耶にされるのだろうということだった。
「あんまり面倒なことには関わりたくないわね」
正直エリスにはスカイキャッスルのことなどどうでもいい。それよりも西の漁村(仮称)で遊びたい。
「まあそう言うな。奴らが勇者側なのか、魔王側なのか、第三勢力なのかを知っておくだけでも違うだろう」
そう語るらーちんに、エリスは嘆息しながら頷いた。
そうこうしながら5人で色々とやっていると、ビゾン姉さまが別館から顔を出し、クレアに声を掛けた。
「クレアさま、お客さまですよ」
「はーい、今行きます」
ビゾンに呼ばれたクレアは、来客用の玄関に回る。そして続けて驚きの声を上げる。
「父さま、母さま! よくここがわかったね!」
玄関先には、父のアレスと母のイゼリナが笑顔で立っていた。
「ああ、先に冒険者ギルドに寄ってテセウスから場所を聞いたんだ。ところで、俺はこれ以上進んじゃいかんらしいな」
と、クレアにアレスが笑顔で答えた。
「この建物までは大丈夫だよ。だけど百合の庭園は父さまといえども立入禁止だからね。気をつけないと裸で吊るされちゃうよ!」
娘が可愛い笑顔で酷いことを言うのを若干顔をしかめながら頷いたアレス。その後、アレスとイゼリナはビゾンとグリレにも丁寧に挨拶をした。と、そのタイミングで宝石箱の面々も別館に集まってきた。
そこでビゾンとグリレは気を使ったのか、ティールームでお茶をしてきますと言い残して館から出て行った。残ったのは夫妻と宝石箱、そしてメベットの8人。
「エリスさん、そして皆さん、お久しぶりです」
イゼリナからの改めてのあいさつを背に、エリスたちは夫妻をリビングに招き入れた。
夫妻たちがワーランを訪れた目的は、当初はクレアに新しい魔法を教えることだったのだが、どうも道中で、様々なきな臭い話を耳にしたので、その対策を取るためでもあった。きな臭い話とは、スカイキャッスルの治安が急激に悪化していること。一方、悪魔どもによる周辺の町村への襲撃がピタリと止まった反面、迷宮で冒険者達が行方不明になっている事案が頻発しているということ。
それらに対して、色々と思い当たることがあるエリスたち。町村への襲撃がなくなったのは期待通りだったが、迷宮で冒険者達が悪魔どもに襲われることまでは想定していなかった。
「これから父さまと母さまはどうされるのですか?」
クレアが心配そうに両親に尋ねた。するとイゼリナが母の優しい笑顔で答える。
「まずは私たちも改めてワーランに拠点を設けます。以前クレアが私たちに教えてくれた『ランナウェイダンジョン』を分析する事によって、迷宮から特定の魔法陣に飛ぶことができる『帰還の指輪』の構造が分かったのです」
「帰還の指輪」は迷宮探索初期に発見された指輪と巻物がセットになったアイテムで、発見された迷宮から、巻物を利用して定着させた魔法陣へ帰還できるという能力はわかっていたが、その仕組は解明されていなかった。が、イゼリナは迷宮内から迷宮外に移動できる「ランナウェイダンジョン」を研究することにより、その仕組を解明したとのだとのこと。
「これがそうよ」
イゼリナが指輪と巻物のセットをテーブルの上に並べた。
「巻物の魔法陣を目的の場所に定着させるのに8の精神力が必要だけど、一旦定着させれば、必要精神力1で、魔法陣にパーティごと戻ることができるわ。私たちの目的のひとつは、ワーランに魔法陣を構築することなの。魔法名称は『リターン』。魔道具名は『帰還の指輪』というところね」
続けてアレスも指輪をひとつ出した。
「コイツは俺の守護魔法を悪魔に特化させたものでな、魔法としては『アイソレーション』、魔道具名は『分離の指輪』という。こいつを使用すれば、憑依タイプの悪魔を強制的に依代の人間から引き剥がすことができる。但し必要精神力は7だ。そうそう使用できるものではないけどな」
2つのなんだかすごい魔法とアイテムを見せられ、色々と考えてしまうエリスたち。帰還の指輪は竜を操るエリスたちよりも、家族に渡したい。特にフェル爺さまは喜ぶだろう。アイソレーションについては魔法としてクレア、魔道具としてエリスが使用できれば充分か。などと皮算用をしていると、イゼリナがコホンと咳払いをした。一瞬部屋の中が静まり返る。
「さて、本題です。クレア、あなたの腰にぶら下がっている指人形たちは何ですか?」
一瞬のうちに真っ青になる宝石箱たち。メベットだけが事情をわからず、ニコニコとしながら座っている。
「あ、えーと、これは……」
「それにクレア、指の3つの指輪。それはどうしたのですか?」
イゼリナの問いかけにクレアは詰まってしまう。するとアレスが横から口を出した。
「その様子だとクレアではないな。となるとエリスちゃんかな。おじさん、ある文献である能力を発見したんだけどさ。ぶっちゃけエリスちゃん、『複写』の能力持ちだろ?」
いきなり本陣に足を踏み入れられたエリスたちはひたすら口をつぐんでアレスたちから目を離した。
それに対し、アレスとイゼリナは、ニヤニヤしながらエリスたちに追撃を加える。
「大丈夫だ、その件については内緒にしておくから」
「私が丸一日かけて作成した遠吠えのぬいぐるみが、いとも簡単に複製されちゃうのはちょっと悔しいけどね」
と、イゼリナは口では悔しいと言いながらも、笑顔でエリスにウインクをしてみせた。
エリスは考える。「魔道具複写」の能力だけならばらしてもやむをないかと。最もやばい「魔道具無双」の能力がばれないようにするには、ここで少しだけ白状しておこうかと。
「はい……。8歳になった頃に、この能力に目覚めました……」
「母さま……。これは大魔導の指輪と覚醒の指輪、精神の指輪だよ……」
やっぱりねという表情でアレスとイゼリナは納得するように頷いた。そして続ける。エリスたちがこの能力を隠しているのは理解できると。
その能力が公になった時点で多分エリスの命が危険にさらされることは容易に推測できる。それに複写能力だけでは限界が有るのだ。まず、魔道具がなければその能力は活かされるはずもないし、複写したものを使いこなせるかどうかもあてにはならない。
「ということで、俺たちからのお願いなんだが、帰還の指輪と分離の指輪を、必要な数だけ複写して君たちに持っていて欲しいんだよ」
「それからクレア、あなたに私が開発した魔法定着の術式を教えます。初級魔法であればこの術式で魔道具化できるようになりますから、エリスと協力して色々と試してみなさい」
アレスとイゼリナの提案はエリスたちにとっては意外で、ありがたいものであった。
「なぜですか? そのような貴重なものを私達に渡してしまっても大丈夫なのですか?」
2人の提案にエリスは感謝しながらも、もう一度2人の意思を確認する。するとイゼリナが楽しそうに答えた。
「この館に来るまでに、私たちはワーランの街を散歩しました。そしてすぐに気が付きました。この街は私たちが旅立つ前よりも格段に発展しています。それに何より笑顔であふれています。これはあなた方の功績だと聞きましたよ。ならば私たちをあなた方を信用して知識を託すのが筋だというものです」
イゼリナの優しい言葉にやっと緊張がとれた宝石箱の面々は相好を崩し、2人に改めてお礼を言った。
その後エリスは大魔導の指輪と精神の指輪を2つずつ複写し、2人に贈った。これには2人のほうが恐縮してしまったが。
さらにメベットのペンダントにハートフルサイズでへばりついている機械化竜のかーくんを目ざとく見つけたアレスが裏庭でゴーレムの展開をメベットに依頼する。それに答えたメベットがかーくんを起動すると、アレスは驚きのあまり無言で立ち尽くした。
「何だこの素材は! それにこいつのクリエイトゴーレムはいったいどれだけの精神力を使用しているんだ?」
「父さま、素材はダークミスリルだよ。それと術式は大魔導の指輪と覚醒の指輪、精神の指輪をフル稼働させてなんとかしたんだ」
伝説の素材を目にし、学術的興味がフル稼働し始めたアレスはクレアに様々な質問を投げかけ始めた。こうしてアレスとクレアの魔術師親子は水入らずで魔法談義を始める。
その後ろでイゼリナがエリスの耳元でそっと尋ねた。
「あなたの特殊能力について他に知っている人は?」
「盗賊ギルドのバルティスさまだけです」
「わかったわ。テセウスたちにも漏れていないのは大したものね」
その後アレスとイゼリナはエリスたちと別れ、今は空き家になってるであろう魔術師ギルドが在った建物に向かっていった。ウィズダムから自由となった2人は、ウィズダムとワーランの2つを拠点にして活動を行うことにするらしい。なお、イゼリナが現在空席であるワーラン魔術師ギルドのマスターに着任するのはウィズダム魔術師ギルド本部での決定事項である。ちなみにアレスはウィズダム本部のサブマスターなので、ワーランで役職につくことは控えた。
建物に到着した2人は、別れ際にクレアからもらった包を開けてみた。そこには小さなかばんが4つと、クレアからの手紙。
「父さま、母さま、かばんは皆からのプレゼントです。引っ越しなどに使ってください」
それは全てが冒険者のかばんであった。
「たしかにこれで引っ越しは楽になるわね」
「俺は今日、一生分の驚愕をしたかもしれんな」
アレスとイゼリナは、改めてとんでもない5人娘を思い起こし、2人で顔を見合わせながら苦笑いを浮かべた。




