お前ら楽しそうだな
悪魔たちの意識が強制力に縛られる。
「うおっ!」
「マジかよ!」
「やべえこれじゃ俺ら負け組じゃねーか」
「畜生! こんなことならスカイキャッスル組についていけばよかったぜ!」
「無理無理、俺らみたいな脳筋ヒャッハー組にスカイキャッスル組が仕掛けているような退屈なことは絶対無理!」
「仕方がねえ。命令通り魔獣ども相手に憂さ晴らしをするか」
「今さらゴブリンいじめとかありえねー!」
「いや、探索しつつ冒険者を襲うのはありだな」
「うお、お前頭いいな!」
これは悪魔たちの絶叫。
ベルルナルは悪魔副官としての能力を久しぶりに発揮した。それは儀式により大陸に存在する悪魔すべてに一斉に強制力を持つ命令を下すこと。命令の内容は次の通りである。
「人間の集落を襲い爪を探している悪魔どもはその一切を中止し、爪を発見するため近隣迷宮の探索を行うこと。なお、迷宮で入手したリル、道具はすべて魔王城に納めること」
なぜこの命令で悪魔どもは負け組と勝ち組に分かれたのか。
悪魔どもが魔王の副官として絶対服従を強制されているベルルデウス、現在はベルルナルを名乗っている。は、魔王に蹂躙された際に悪魔への強制力が解放されてしまった。ベルルナルが忘れていた重要な事とはこの事を指す。なので、ベルルナルが悪魔どもに八つ当たりをしたときには、悪魔どもは実はベルルナルの強制下にはいなかった。ただ、それまでの癖で、惰性で命令に従っていたにすぎない。そして解放された悪魔は自らの意思で「略奪の続行」と「その他」に分かれ、各々好き勝手な活動を始めた。が、ここにきてベルルナルの新たな強制命令が入ったのだ。ところが問題は強制命令に含まれる「人間の集落を襲い爪を探している悪魔ども」という限定表現にある。この命令では「略奪の続行」を選択した悪魔たちに対してしか強制力を発揮しない。つまり「その他」を選択した悪魔どもは相変わらずベルルナルの束縛から解放されているということ。
なので、能力発揮後にベルルナルは少し不思議そうな表情を浮かべた。
「束縛できた悪魔の数が少ないです」
それを自らがワーランでやらかしてしまった悪魔大虐殺のことだと勘違いした魔王は慌ててフォローを入れる。
「まあ気にするな。どうせ爪が見つかるまでは何もしないんだからな」
と、そこで魔王は一つ疑問に思う。
「なあ、ベルルナルさん」
「何ですか、ご主人さま」
「確か、最初の晩にベルルナルさんの悪魔拘束は解放されちゃったんだよね」
「はい、そうです」
「それじゃあ、例えば今晩俺がお前と遊んじゃったら、同じように悪魔たちは解放されちゃうんじゃないの?」
「大丈夫です」
「何で?」
「あの晩は魔王さまが私をレイプしたので、悪魔たちは私から解放されてしまいました。でも、次からはご主人さまと私とのプレイですから、悪魔たちが解放されることはありません。なので安心して私を抱いてください。今から抱いてください」
「あのね、ありがたみがなくなるから、自分を安く売ってはいけませんよベルルナルさん」
よく分からない仕組みと、それをニコニコと笑顔で語るベルルナルさんに魔王はあきれかえってしまった。
この日を境に、悪魔どもによる略奪は大陸中でピタリと止まった。
今日は謝肉祭の2日目。
初日に悪魔狩りを終えたエリスとクレアの2人は、レーヴェの依頼でウィートグレイスのレオパルド公ご一家をワーランまで連れてきた。使用したのはクレアカーペンターズ特製のぴーたん専用カプセル。
目的はスチュアート卿へのあいさつと、レオパルド公の娘であるグリレとの面会。
彼らは2日前にワーランに到着していたが、その日は運搬してきたスカイキャッスル製の様々な種類の酒類をワーラン商人ギルド仕入部と金額をすり合わせながら収めていく仕事に費やしてしまった。そして翌日は定期便の本数およびワーランから出荷されるトイレとシャワーの注文、納期などの確認や各種手続きの取り決めなどで夫妻ともに終日商人ギルドに缶詰。とてもじゃないが祭りを楽しむ気力はなかった。
が、今日は1日フリータイム。夫妻は久しぶりの夫婦水入らずの時を1日過ごし、夕食をグリレの両親たちと楽しむことにしていた。これはレーヴェがグリレに気を使いまくっての提案だった。レーヴェは相当グリレのことを恐れている模様。
今日も相変わらず特設ステージ上でカップルたちが一芸を披露し、様々な記念品を手にしていた。グリレ達も古風な宮廷衣装をレンタルして腕を組みながらそれを見物している。
「ねえあなた、私たちもあのステージに上がりませんか?」
「何をやるんだい?」
「ワルツを踊りましょうよ」
「楽器がないよ」
「大丈夫、ここにありますわ」
と、グリレさんが指差したのは、彼女の後ろで神妙にしている衛兵姿のレーヴェさん。胸にはおとなしく暴風竜がへばりついている。彼女は今日一日ワーランの案内をグリレ姉さまから申しつけられたのであった。当然街行くご婦人方の視線は衛兵姿のレーヴェ、そして彼女に街を案内させている細身の男性とふくよかな女性に集まる。レーヴェをこき使っている2人についてひそひそとうわさ話を始めるご婦人方。が、グリレ姉さまは一切を気にせず、悠々と街を楽しんでいる。
「レーヴェ、ワルツを一曲お願いね」
「ああ、心得た」
殆ど思考停止状態のレーヴェは言われるがまま、夫妻とともに受付を済ませ、ステージに上がった。
「次のお題目はレーヴェさまの歌によるスチュアートご夫妻のワルツです!」
司会の声が響くと、場内が騒然となった。まさかのレーヴェさまゲリラライブ。しかもこれまで未披露のワルツだということで、ご婦人方がステージ前に殺到した。
そうした状況にも気がつかず、レーヴェはグリレと息を合わせてから歌い出す。その歌に合わせ、華麗にワルツのステップを踏むスチュアート夫妻。観衆はその歌と踊りに聞き惚れ、見惚れるのであった。
そして歌と踊りが終わる。一瞬の静寂の後に会場からは大歓声が沸き起こった。するとグリレが会場の方を向き、おもむろにその透き通るような声で叫んだ。
「皆さま、いつも妹のレーヴェがお世話になっております。私はグリレ、レーヴェの2番目の姉でございます。今後皆さまとはスカイキャッスル産のお酒を通じてお付き合いさせていただきます。よろしくお願いいたしますね」
姉と聞いて胸をなでおろすご婦人方。そしてその安堵感はグリレをご婦人方の仲間として迎え入れるには十分なもの。また、レーヴェの名声を通じて、一躍グリレはその顔をワーラン民衆に売り、スカイキャッスル産の酒について周知宣伝を済ませてしまった。それは鼻の利く商人そのもの。
ようするに、長女のビゾンは真面目に仕事に取り組む性格、次女のグリレはあふれる商才、三女のレーヴェは諸芸の才能を、3人が「クソジジイ」と呼ぶフェルディナンド先公から受け継いでいたのである。
悠々とステージを降りていく夫妻とレーヴェは、その後観客たちにもみくちゃにされることになる。
「ふん」
ギースは面白くなかった。
独り身の彼に一緒にコスプレをしてくれる相手はいない。アイフルさんを誘おうにも、彼女はクレディアとティールームの仕事でてんてこ舞い。今日はおかわりすら、しばし待たなければ出てこない状況。勇者と魔術師は昨日祭をたっぷり楽しんだからだろうか、今日は2人でセラミクスにリープしてしまった。何でもセラミクスでしか手に入らない調味料があるらしい。
ギースの横ではいつものように大地竜がお茶の湯気を前に硬直している。
「ふん」
ギースはふてくされたように肘をつきながら無駄な時間を過ごす。と、彼に話しかける者がいた。
「こちら、空いていますか?」
そう、店内は満席で、既にどこも相席状態だった。そしてギースに声をかけたのは、やっと休憩が取れた、ブティックマスカレードの主人プラムさん。
突然の熟女登場にうろたえるギースさんだが、何とか「どうぞ」と声を振り絞った。
「アイフル、私にもセットをお願いね」
「ごめんプラム、今手が離せないから、中から持って行ってくれる?」
プラムの注文にアイフルが親友関係を思わせる気安さで返事をする。と、ニコニコしながら店内に入り、ティーセットを運んできたプラムさん。そして、
「どうぞ」と、ギースのカップにポットからお茶を注いでくれた。
「アイフルが忙しいようだったから、ポットで入れてきちゃいました」
突然のおもてなしに動揺するギースさん。しかしそれには気づかず、プラムさんは笑顔で会話を始めた。
「今日は勇者さまはいらっしゃらないのですね」
「あ、ああ、グレイはマリオネッタと買い物に出かけたからね」
「そうですか、マリオネッタちゃんも幸せそうで良かったわ。あ、失礼しました。私はプラム、そこのブティックを経営しています」
「俺はギースと言います。勇者と探索を続けています」
こうして2人は、らーちんが再び動き出すまでの間、会話を楽しんだ。
「楽しかったわ、またお話しさせてくださいね」
休憩も終わりとばかりに席を立つプラムの優雅な後ろ姿を、ギースは無言で見詰めていた。
「ふん」
ギースはちょっとだけ楽しくなった。そして彼もテーブルにお茶代を置くと、新しく借りた根城に帰っていった。マスカレード営業終了直前にまた街に訪れてみようと画策しながら。




