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緋色の洗濯物

 ゴールドホブゴブリンの頭蓋ずがいを叩きつぶした痺れを右手に残しながらフラウは呟いた。

「『飛燕』のダメージ二倍って、シャレにならないですわ」


 分厚い金色の体毛ごと、その首筋を紙のように切り裂いた手ごたえを右手に残しているレーヴェも同意する。

「そうだな」


 ちなみに二人とも『吸精』のおかげでゴールドホブゴブリンからたっぷりと体力を吸い取っており、元気満々お肌つやつやである。

 そんな二人の様子を見ながら、扉やら罠やらの解除で一人気疲れしているエリスはげんなりとしている。


 そんなエリスの様子に気づくようすもなく、レーヴェはいつものように奥の宝箱を松明で映し出し、フラウは一歩離れた場所からエリスの罠解除を今か今かと待っている。


「わかったわよ。やればいいんでしょうやれば」

 一人文句を言いながらも宝箱に向かったエリスは、慎重に慎重を重ねて罠を解除した。


 宝箱を開けると、そこには数枚の貨幣とともに、淡く光る指輪が一個転がっている。


『睡眠の指輪』

 対象1体を眠りに誘う。

 必要精神力3

 コマンドワードは【眠れ】


 正直言ってこれは微妙な能力である。

 なぜならば、エリスたちは既に相手の動きを一定時間拘束することができる『氷結の指輪』を所持しているから。


「エリス、指輪の能力はいかがでした?」

 フラウの興味深そうな表情にエリスはつまらなさそうに答えた。

「睡眠の指輪だってさ」

 するとフラウは驚いたような表情となる。

「どしたの?」

「いえ、このレベルの迷宮では非常に珍しいレアアイテムですよ。睡眠の指輪ならば冒険者ギルドで50万リルで買い取りますから」

 どうやら睡眠の指輪は以前魔道具店で見かけた沈黙の指輪と同程度の需要があるらしい。


「でも私達には無用ね」

 するとレーヴェがエリスの判断に不思議そうな顔をする。

「相手を傷つけることなく無力化できるのは強力だと思うが」


 あ、そう言われてみればそうね。

 よくよく考えてみると氷結は攻撃力も10あるのだった。

 それに氷結の場合相手の意識はそのままだが、睡眠ならば相手の意識を奪うことができる。

「そうね、レーヴェの言うとおりだわ。ここは使い分けが必要だよね」 


 その後三人は部屋の隅に群生しているアイーダマッシュルームを根こそぎ引き抜いていった。

 その数25本。

 1本が4千リルで売れるので売却価格は合計10万リルとなる。

「マッシュルームもたくさん採れましたね」

 フラウはホクホクだ。

 一方のレーヴェはつまらなそうにつぶやいた。

「次はもっと手応えのある所が良いな」

 それもそうだなとエリスも同意する。

「そうね、次は別の迷宮に探索に行きましょう」


 エリスは念のため睡眠の指輪から能力を予備の指輪に複写し、それを指にはめる。

 オリジナルはその造作も含めて冒険者ギルドへの販売に回すことにした。

 

「それじゃ帰りましょ。準備はいいかしら」

 エリスは二人が頷いたのを確認してから、冒険者ギルドからの貸与品『帰還の指輪』の能力をを開放したのである。

 冒険者ギルドの魔法陣に到着た三人はそのまま受付に向かおうとする。

 と、見慣れない三人組の男たちが彼女たちに絡んできた。

 

「こりゃあ驚いた!ワーランじゃあ、こんな小娘共が探索をしてんのか!」

「しっかし可愛いおねえちゃんたちだな、俺達と遊ぼうぜ?」

「お嬢ちゃん、おじさんたちといいコトしないか?」


 冒険者ギルドマスターの娘であるフラウにも絡んでくるところを見ると、多分こいつらは新参者だろう。

 エリスはおっさんどもにむかつきながらも注意深く状況を分析してみる。


 よく見るとおっさんは三人とも同じ装備をつけている。

 どこかの私兵か何かか?


 通せんぼを食らったかのように無言で立ち尽くす娘たちが、てっきりビビっているものだと勘違いした男たちは、更に増長しはじめた。

「お嬢ちゃん、おじさんと手をつなごうぜ」

 そうにやけながら、エリスをお嬢ちゃん呼ばわりをした男が、彼女の腕を取ったのである。


 途端にその場が動き出す。


「正当防衛確認申請!」

 突然フラウが叫んだ。

 すると受付からすぐに返答が入る。

「ギルド『正当防衛』を確認しました!」


 次の瞬間にエリスは『眠りの指輪』を解放し、彼女の腕をつかんだ男を男を眠らせてしまう。

 レーヴェは最初に声を掛けた男の背後にするりと回り込むと、シャムシールの柄で男の後頭部を殴打し昏倒させてしまう。

 フラウは最後に残った男に対し正面からカイトシールドの一撃を加えて昏倒させてしまった。

 

 その光景に、ホールでだべっていたギルドのおっさんどもはヤンヤヤンヤの歓声をあげる。

 そう。エリスたち三人は正当防衛が成立するのを待っていたのだ。


「さて、どうしてくれよう」

 エリスがひっくり返ったおっさんどもの前で残忍な笑みを浮かべている。

 男嫌いのレーヴェもそれに同調しながらおっさんどもの前で腕を組んでいる。

 よりによって自身の家も同然である場所を荒らされたフラウも相当頭にきている様子だ。


 三人はゴソゴソと相談を行った末に、おっさんどもの扱いを決めた。

 娘を襲われた冒険者ギルドマスターも、大笑いしながらその処置を許したのである。


 三人のおっさんどもはエリスたちの手により全裸にひん剥かれ、縄でグルグル巻きにされた。

 さらにはギルドの軒先に逆さ吊りにされた上、その上から真っ赤な染料を浴びせかけられたのである。

 ご丁寧にも三人のおちんちんには金色・碧色・紅色のリボンを蝶々結びにされて。

 おっさんどもはこのとっても恥ずかしい姿のまま、丸一日晒し者にしておかれることになった。

 

 この光景は後日この街の名物となるのであるが、それはまた別の話である。


「ここまでが探索の成果かな」

 受付に揃ったエリス達三人は、アイーダの迷宮での成果に加え、おっさんどもからひんむいた装備と現金も受付のカウンターに並べていく。

 迷宮のお宝はアイーダマッシュルームが25本と睡眠の指輪がひとつ。


 受付嬢はエリスに尋ねた。

「この指輪は鑑定しますか?」

 するとエリスに代わりフラウが首を横に振る。

「これは睡眠の指輪よ。鑑定済」

 フラウが受付嬢にそう伝えると、受付嬢も念のためといった表情でフラウに確認を求めた。

「フラウさま。念のためコマンドワードをお教えください」

「【眠れ】ですわ」

「はい、結構です」

 受付嬢は指輪の鑑定を済ませると慣れた手つきで清算を始めてくれる。


「マッシュルームと指輪の合計で60万リルです。吊るされたおっさんどもの財産は締めて15万リル。三人パーティーですからお一人あたり25万リルの買い取りとなります」

 受付嬢も容赦なく男たちの装備を15万リルで精算してしまった。

 

 あ、そうだ。

「ねえお姉さん。私は盗賊冒険者だから支払証書が必要なの。発行してくださるかしら」

「当然ですよ」

 受付嬢はエリスに笑いかけながら書類をあっという間に作成し、エリスに渡してくれた。


 25万リルの支払証書を持って、エリスたち三人は、今度はその足で盗賊ギルドに向かったのである。


「エリス、久しぶりだにゃ」

 盗賊ギルドの受付には相変わらずキャティが笑顔を見せている。

「今日は冒険の報告よ」

 エリスは冒険者ギルドが発行した支払証書と、その10%にあたる上納金として現金2万5千リルをキャティに渡した。

 

「楽しそうだにゃ」

 キャティはエリスの後ろで仲良く談笑している碧色と紅色の美少女たちを眺めながら、思わずそう独り言を漏らした。


「ところでキャティ、今日はマスターはいらっしゃるかしら」

「ちょっと待ってにゃ、確認してくるにゃ」

 キャティは支払証書と現金を持っていったんギルドの奥に引っ込むと、すぐに戻ってきた。

「お会いくださるそうだにゃ」

「ありがとう、キャティ。それじゃレーヴェ、フラウ、ちょっと待っててね」

 エリスは二人にそう伝えると、盗賊ギルドマスターの部屋に1人で向かったのである。

 

「おう。早速稼いできたそうだな、エリス」

「はい、マスター」

 エリスはマスターに促されるままに彼の前に座ると、ふたつの報告を行った。


 ひとつは、先ほど吊るしてきたおっさんどもの事。

 おっさんどもにはいい気味ではあるが、万一連中がどこかの軍人だったり傭兵だったりするとややこしいことになりかねない。

 なので盗賊ギルドにも事前に報告したのだ。

 

 だが、マスターは大笑いしながら安心しろとエリスに伝えた。

 ナンパした少女たちに返り討ちにあった上に全裸逆さ吊りをくらいご丁寧にもちんちんに目印代わりにリボンを蝶々結びされましたなんて、誰が報告できる。と。

 せいぜい冒険者ギルドのマスターが麻シャツを恵んでやるくらいで終了だろうよ。とも彼は付け加えた。


「俺も後で見物してこよう」

 とマスターは上機嫌だ。

 マスターが上機嫌なところで、もうひとつの問題も相談してしまおうとエリスは決めた。


「実はもう一つ相談があります」

「何だ。言ってみろ」


 ふたつめ、これは現在エリスたちが進めている女性専用の浴場の開設についてである。

 

 エリスたちはこの施設を自分たち専用とするのではなく、一般に有料で開放しようと考えていた。

 が、治安や安全面を考えると、エリス達が単独で事業を行うよりは、多少手数料を取られたとしても盗賊ギルドの紐付きにした方がいいというのがエリス本人の考えである。

 

 エリスの事業説明に対し、ギルドマスターはその内容に感心しながらもざっと答えた。

「売上の50%を盗賊ギルドに上納すること。さらにギルドから1名を出納確認係として派遣させてもらう。これでいいか?」

「『利益』ではなく、『売上』の50%ですか?」

「そうだ。当然出納確認係の派遣料は別にいただくぞ」


 売上の50%を上納というのは正直なところめちゃくちゃな暴利である。

 が、この商売でどのみち儲けるつもりはないので、エリスは二つ返事で承諾した。

 これで浴場は盗賊ギルドというボディガードに守られることになる。


「それではマスター、ありがとうございました」

「おう、今後も励んでギルドに貢げよ」

 マスターらしい励ましを背に、エリスは2人のもとに戻っていったのである。


 エリスが盗賊ギルドの奥から戻ってくるのをフラウが待っていた思い出したように叫んだ。

 

「あ、クレアの昼食を用意してくるの忘れちゃいました!」


 エリスたちは迷宮内で探索セットに同梱された携帯食を食べていたが、クレアの食事は何も置いてきていない。

 さすがに冒険後の鎧姿で八百屋や肉屋で呑気に買い物というわけにも行かないので、エリスたちは途中の露店で人数分のサンドイッチとフルーツを買い込み、急いで屋敷に戻ったのである。


「ただいまー」

 エリスたちが屋敷に到着すると同時に、クレアが待ちかねたように客間から飛び出してきた。


「概要設計が描けたからみんなを待ってたんだ!」

「クレア、昼食は?」

「あ、食べるの忘れちゃった」


 食事なんかどうでもいいという勢いでクレアはパースを抱えてくる。

「クレアちょっと待って。この格好で話を聞くのはさすがに辛いから、先に水浴びをしましょう」

「そうだろうと思って、水浴びの準備はしておいたよ!」

 エリスのお願いにクレアはわかっているというばかりに胸を張って答えた。

 

 エリス達三人は装備をそれぞれの部屋に一旦片付けてから洗面所に向かった。

 するとそこではすでに全裸のクレアがニコニコしながら三人を待っていたのである。


 水浴びを済ませ、寝間着に着替えた四人はサンドイッチを食みながらクレアが描いた概要設計に見入る。


「すごいわクレア!」

 その出来にエリスは素直に感嘆した。

 

「これは楽しみだ!」

 レーヴェもその緻密さに興奮して声を上げる。


「待ち遠しいわ!」

 フラウもその造作に笑顔を浮かべている。

 

 ひとしきり三人からの称賛を味わったクレアは、図面の一か所に指を置いた。

「みんなに相談なのは、この辺なんだ」


 クレアが皆に確認したかったのは、まずは浴場の入口と更衣室の場所である。

 また、エリスが提案したように営業を行うなら受付のカウンターも必要となる。

 さらには上流から引き込む水量の関係で温水トイレの数も限られるので設置する場所を決めてしまいたい。

 

 四人は図面を眺めながらそれぞれアイデアを出しあっていく。

「トイレは家族専用のとお客さんたちのは別にしたいわよね」

 無意識で口にしたのだろうが、エリスの「家族」という表現に三人はうれしそうに反応する。

 

「この屋敷の東側に隣接するように建物を立てれば、こちらからしか入れないトイレをこの位置に設置し、壁を隔てた隣接場所にお客さん用のトイレを作れば無駄がないね」


 クレアの提案に念のためといった表情でレーヴェが確認を求めた。

「我々も外から入るのか?」


 するとクレアは屋敷の一画を指差した。

「屋敷のこの辺りに扉を設置して、通路をこちら側受付カウンターの後ろまで通せば従業員入口みたいに使えるよ」


 そのアイデアにフラウも提案を重ねてくる。

「そうなると、お客さまの更衣室は通用口から反対側のこの位置がベストですわね」


 時間がたつのを忘れ、夢中になる四人。

 一通りアイデアが出尽くしたところで、クレアは一旦図面を丸めると立ち上がった。

「よし、もう一度描きなおしてくるね!」

 そう宣言するとクレアはさっさと客間に引きこもってしまったのである。

 

 その背を見送った後、レーヴェとフラウも互いに顔を見合わせた。

「私たちも鎧の整備をしなければなりませんね」

「そうだな。返り血の始末はしておきたいところだ」

 そんな二人の様子に、エリスは本日の夜の部はお休みとすることに決めた。

 

 フラウがリビングの明かりを消すのを合図に、三人も各々の部屋に戻ったのである。


 エリスにとってはしぶりの一人で過ごす時間である。

 今日も色々あったなあと、エリスーエージは出来事を順番に思い浮かべていく。


 ……。


 1人は寂しいなあ。


 多少の気恥かしさを残しながらも、アラサーヒキニートはそっと自室から出て、隣の部屋に向かった。


「ねえ、レーヴェ、膝枕してもらってもいい?」

 エリスはレーヴェの部屋に潜り込むと、絨毯の上であぐらをかいた状態で皮鎧にワックスを塗っている彼女に問いかけた。

 

「今はお嬢の方かな? お嬢様の方かな?」

 レーヴェがやさしく微笑みかけてくる。


「お嬢の方でいいわ」


 そうつぶやくと、エリスはレーヴェの正面を占領する革鎧の邪魔をしないようにするするとレーヴェの膝上に頭を潜り込ませた。

 

「お休み、レーヴェ」

「お休み、お嬢」


 レーヴェの温かな膝を枕にエリスは久しぶりの長い眠りについたのである。

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