謝肉祭
そして数日後。
今日は街中で鯨獣肉を楽しむイベントが開催される日。名づけて謝肉祭
男性街から百合の庭園まで、様々な店の屋台が、ここ自由の街道の特設会場に集結した。
前日にはスチュアート卿とグリレ夫人が駆る馬車も到着。こちらの積荷は全量商人ギルドに納められ、すぐさま各店舗に卸された。それはスカイキャッスル産の葡萄酒や蒸留酒などである。
事前の宣伝や、街道の再整備効果もあり、ワーランには前日からたくさんの観光客が詰めかけている。
「さて、私たちの役目はいつもの通りよ」
エリスたちはフラウを除き、収穫祭と同様、まずは街中のパトロールを担当する。いでたちはいつものブラウンのジャケットにホワイトパンツとブーツ。但しこれは午前中だけ。午後はそれぞれがイベントに参加するために着替えることになっている。
フラウとブラウズ姿のふぇーりんは、シェフウェアを纏い、屋台の一角に店を並べた。
各店の料理が整然と並ぶ。
フラウ&ふぇーりんの店は「鯨獣肉ロースステーキサンド」
ケンとハンナに薄焼きパンを大量に用意してもらい、ステーキと生野菜をサンドする。
宝石箱のケーキショップは「シナモンボール&ミントボール」
これは肉料理の口直しになる焼き菓子の玉。
ワーラン名物スチームブレッドは「鯨獣肉角煮まんじゅう」
これは柔らかく煮込んだ鯨獣肉を具にしたふわふわのまんじゅう。
ティールームは屋台を出さず、通常営業。但しこの日は消化を助けるハーブティーをメインとした。
ポットアンドケトルは「具だくさんスープ」
鯨獣肉をベーコンに加工し、出汁を取ってたくさんの野菜とスープに仕立てた。
スチームキッチンは「蒸肉のクレープ包み」
一気に蒸して脂を落とした肉に甘酸っぱいソースを掛け、薄く焼いたクレープに包む。
マーキュリーズバーは「鯨獣ブリスケットのバーベキュー」
鯨獣肉のバラ肉塊をじっくりと焼き上げ、特製ソースを塗って提供する。
蘇民屋は「鯨獣肉のタタキ」
こちらは表面だけをさっと焼き、中はほぼ生の状態に仕上げた。
西の漁村からはギャティス村長と今は副村長に就任した海豹獣人セルキスらは、数日かけて根菜や香味野菜と鯨獣内臓肉を煮込んだ「もつ煮」と、薄く切ったタンをその場でさっと焼く「タン焼き」を持ち込んだ。
他にも様々な肉料理の店が並ぶ。
もう一つの目玉はコスプレカップル・パレード。
仮装をしたカップルが、七色に彩られたTSくんを先導に、街中を練り歩く。これは飛び入り参加OK。
ブティックマスカレードでは「カルナバル・スタイル」と称した奇抜な衣装がレンタルされ、観光客たちが思い思いの仮装を楽しみ、街を練り歩いている。
マスカレードの店主プラムさんはエリスの指示で、2組のコスプレ衣装を内緒で用意している。
「あ、やっぱりいたわね」
エリスは勇者グレイと魔術師マルゲリータが屋台で肉を頬張っているのを見つけた。
「こんにちはグレイさま、ところでマリオネッタ、食べながらでいいからついてらっしゃい」
強引なエリスの誘導に、肉を頬張りながらエリスについていく2人。
「プラムさん、マリオネッタたちを連れてきたわよ」
「あら、エリスお嬢さま、早かったですね」
店員にお客さんを任せ、プラムがエリスのところにやってきた。そしてグレイとマリオネッタに目線を送る。
「これはこれは、お待ちしていましたよ、こちらにどうぞ」
何事かわからない2人は、エリスに背中を押され店の奥に進んだ。するとそこでエリスは2人に冷酷に言い放った。
「マリオネッタとマリオネッタの彼氏さま、あんたら、今日一日これを着ていなさい。できなければあのアパートメントから追い出すわよ」
突然の横暴に戸惑う2人。
「ちょっとエリスさん、いきなりそれはひどいんじゃないか?」
当然ながらグレイは反論する。
「だまらっしゃい。文句はマリオネッタがその衣装を着たのを見てから言いなさい」
エリスは鼻でグレイをあしらう。そしてまずはマリオネッタにさっさと着替えるように促す。
ワーランに住まう者で、エリスに逆らえるのはギルドマスターくらいのもの。マリオネッタは観念して、プラムと更衣室に向かった。
「あの、エリスお嬢さま、これ、なんの冗談ですか?」
「コスプレは常に冗談に決まっているでしょ」
マリオネッタのか細い抗議を、エリスははねつけた。
マリオネッタの衣装。それは赤毛の髪に2本の触覚を伸ばし、胸から腹を黒のブラとコルセットで覆い、背中にはコウモリのような羽。
黒のショートパンツに膝丈のブラックハイヒールロングブーツ。右手には小さな三叉槍
それはいわゆる女夢魔の姿。以前格闘大会でも披露された衣装がバージョンアップされていた。
「どう、グレイさま、こういうのはお嫌い?」
マリオネッタの余りにセクシーな姿に見惚れ、エリスのいじわるな問いに答えられないグレイ。と、まごまごしているグレイもそのまま男性店員に更衣室に連れて行かれてしまった。そして出てきたのは全身を漆黒の禍々しい鎧で包み、そこから顔だけ出したグレイ。
「想像上の魔王コスプレよ。今日一日、2人はその姿でお過ごしなさい。あなた方は魔王と夢魔。なお、パレード参加は義務よ」
「レンタル衣裳の供託金は20万リルです。本日中にお返しいただければ19万リルを払い戻しいたしますよ」と、プラムが2人に畳み掛ける。
こうして農村出身のカップルは、商売人2人に20万リルを問答無用で供託させられ、魔王と女夢魔の姿で街に放り出された。
さてこちらはレーヴェさんと暴風竜。彼女たちがエリスに与えられた厳命は、「何としてでも魔王と薔薇色姫を発見し、マスカレードへ連れ込め」というもの。なのでレーヴェは地上、すーちゃんはキュートサイズで空中から必死で2人を探していた。
と、突然すーちゃんを衝撃波が襲った。
「うひょー!」
間抜けながら楽しそうな声をレーヴェに直接届けながら、くるくると墜落していくすーちゃん。
「どうしたすーちゃん!」レーヴェが焦って意識を送る。
「ああ、レーヴェちゃん、今、ものすごい魔力の2人が僕の横を通過したよ。まもなくそっちに姿を現すんじゃないかな。あと、追っかけてきたゴミは処分しておくね」
そうレーヴェに告げると、すーちゃんはくるくると落ちながら、彼のそばを通り過ぎた魔力を追ってきた存在に風の刃を見舞う。
哀れ魔王とベルルナルにばれないようにと慎重についてきた悪魔は、すーちゃんにバラバラにされてしまった。
ぽてん。
すーちゃんは着地をすると、すぐにレーヴェの意識に向かう。そしてすーちゃんがレーヴェのところに戻ったのと、レーヴェが声を発したのは同じタイミングだった。
「やっと見つけたぞ薔薇色姫、ちょっと顔を貸せ!」
「レーヴェちゃん、そんな言い方したらダメだよ」
いそいそとレーヴェの胸によじ登ったすーちゃんがアドバイスをする。そして魔力の塊である2人に振り返った。
「あ、ベルルデウスさん、ベルルナルさん、こんにちは。ぼくはすーちゃん。ワーランの守護竜さ。突然だけど、ちょっとブティックまで付き合ってよ」
突然の自己紹介に思考停止の魔王。一方ニコニコとレーヴェの胸に張り付いたすーちゃんの頭を「こんにちは」と撫でるベルルナル。この2人がレーヴェたちの誘いを断る理由はなかった。
「お二人にはこれですね」
プラムさんと男性店員は魔王とベルルナルを奥に連れ込み着替えさせた。魔王は真っ青な兜、鎧、篭手、具足と派手な剣一式。ベルルナルは白亜のミニスカートアーマー一式と細身の槍。そして羽飾りの兜。
魔王は想像上の勇者、ベルルナルは戦乙女のコスプレをするはめになったのである。
「頼む。今日は一日、騙されたと思ってその姿で過ごしてくれ」と、レーヴェが2人に泣きそうな顔で懇願した。
「レンタル衣裳の供託金は20万リルです。本日中にお返しいただければ19万リルを払い戻しいたしますよ」と、プラムが言葉を繰り返す。
「パレードも参加してくれよな」焦ってエリスの言いつけを忘れていたレーヴェをすーちゃんがフォローする。
ベルルナルは何となく身につけている衣装が懐かしかった。はるか昔にこんな装いをしていたような……。が、その思いは魔王の言葉に遮られる。
「何のおふざけかはわからんが、とりあえず付き合ってやる。が、気に入らなかったらそれ相応の態度で示させてもらうぞ」
ちょっと魔王はお怒りモード。だがレーヴェもすーちゃんもどこ吹く風。
するとベルルナルが腕をとって魔王の機嫌を取った。
「ご主人さま、予約の確認に行きましょう」
「そうだな。大事なことを忘れていた」
こうして魔王とだ天使は、勇者と戦乙女の格好で今日1日を過ごすことになった。




