冷たくしないで
「これはちょっとまずいで、キャティにゃん」
「なにがまずいのかにゃ? あーにゃん」
「わいら、エリス社長の説教対象ちゃうやろか」
「うにゃ……」
キャティとあーにゃんは、エリスがレーヴェと暴風竜を正座させてお説教をしているのを思い出した。確かあれはレーヴェが悪魔と大立ち回りしたことを咎めてのもの。
「夜のお説教はちょっと興味あるけど、正座は正直勘弁してほしいにゃ」
「ならここは隠蔽工作でっせ、キャティにゃん」
キャティと人型に戻ったあーにゃんは、エリスたちが村に到着する前に、ギャティスやセルキスらに事の口止めを依頼した。単に鯨獣が獲れたから平和裏におすそわけの連絡をワーランにしたのだと、戦士たちとキャティたちは口裏を合わせる。
が、予想以上に早くエリスたちが村に到着してしまった。
おたおたしながらエリスたち一行を迎えるギャティスたち。そして新たな竜3柱の登場に呆然とする海豹獣人たち。そこから次々と少女たちが飛び降りてきた。そしてその中で最も幼そうな金髪の少女が猫獣人の村長に丁寧なあいさつをする。
「ギャティス村長、お招きありがとうございます。何があったのですか?」
ギャティスは頬をひきつらせながらも、娘の依頼を遂行しようと嘘をついた。
「いやな、エリス殿、そこの海豹獣人と協力して鯨獣を捕えたぎゃ。御覧の通り大量の肉が獲れたのでワーランの皆にもおすそわけとご連絡差し上げた次第だぎゃ」
こいつ、明らかに嘘をついているな。と、エリスたちはすぐに感じ取った。が、素知らぬ顔で海豹獣人たちに振り返った。
「初めまして、ワーランのエリスと申します。今日はキャティへのおすそわけの申し出、ありがとうございます」
「これはこれは、わしはこの先の島にある村の村長セルキスじゃ。このたびはキャティ殿に世話になった……あっ」
慌てて口をつぐむセルキス。が、その横から海豹獣人の小さな男の子が顔を紅潮させてエリスに喋った。
「すごかったんだよ、あの白いお姉ちゃんと竜のお兄ちゃん! 悪魔たちが一瞬でバラバラになって、最後は鯨獣を一発で凍らせちゃったんだよ!」と、ここでセルキスが男の子の口をふさぐが後の祭り。
「村長、ちょっとあの小屋を借りるわね」
エリスは近くの魚網小屋を指さした。そしてエリスたちは村長の返事も聞かず小屋に入る。
「キャ・ティ・さ・ん、ここにお座り」
怒り心頭の表情でエリスがキャティの方を向く。
「ばれたにゃ」
「ばれてもうた」
こうして小屋の中で、キャティとあーにゃんはエリスたちの前で正座をし、まずは村で何が起きたのかを正確に伝えた。
「まあいいにゃ、夜のお説教が楽しみだにゃ」
レーヴェがお説教された夜、執拗にエリスがレーヴェを責めたてたのを思い出したキャティは独り言を口にした。ところが、彼女は独り言のつもりだったがエリスにはバッチリと聞かれている。が、エリスは聞こえないふりをしてお説教を続けた。
「あれだけ私たちの戦力は隠しなさいといったでしょうに、何で悪魔相手に大立ち回りをやらかすのかしら。これで考えなしの碧娘とお花畑の猫娘の戦闘力が世間にバレちゃったでしょ。なんでこのバカたれ氷雪竜に全部任せなかったのよ!」
「バカたれ竜とはナイスなネーミングだな」大地竜が大笑いする。
「バカたれだって、バカたれだって、やーい!」暴風竜が氷雪竜をからかう。
「バカたれとは、またストレートですね。ねえバカたれさん」鳳凰竜が氷雪竜に追い討ちをかける。
「エリス、バカたれはひどいよ、バカで充分だよ!」混沌竜がとどめを刺す。
「おんどれら全員皆殺しじゃい!」いきり立つ氷雪竜。
「フラウお願い」
「了解よエリス」
相変わらず余計なひと言で、フラウの槌で折檻を食らう5柱の竜たちなのであった。
そこにおずおずとキャティがエリスに言い訳を始める。
「エリス、どうせウィズダムでのタイマンで私らの強さは披露しちゃったのだから、今更問題ないと思うにゃ」
「あのね、あれはボケ学生相手だったからいいの。ちょっと強いくらいの印象だから。アレスとイゼリナとの一戦も接戦だったしね。ところがどこかの考えなしとお花畑は、複数の悪魔を一瞬で赤い霧に変えたのよね。そんな少女がその辺に転がっているとでも思う?」
ぐうの音も出ないキャティ。思わぬとばっちりを受け、レーヴェも体を硬直させてしまう。
「問題なのはその強さでも勇者や魔王には全然敵わないことなのよ。もし奴らが私たちに因縁をつけてきたら困るでしょ。わかる?」
次第に事の重大さがわかってきたレーヴェとキャティの顔が青ざめる。その表情にちょっと同情したエリスは言葉を続けた。
「でも、まあやっちゃったことは仕方ないわね。村人さんたちが無事でよかったわ」
その一言で安堵する2人。
「それじゃ、お肉をいただきに行きましょうか」
「そうにゃ、アホみたいにお肉がたくさんあるにゃ! みんなで食べるにゃ」
こうしてお説教タイムを終了したエリスたちは、小屋から出てきて肉の山に向かう。
「これはすごいわね」
肉の山に唖然とするエリスたち。
「わしらもこれほど巨大な鯨獣を捌いたのは初めてじゃ。数百人分どころではないぞ、これは。内臓肉や脂、革もたっぷりじゃ」
海豹獣人のセルキスが嬉しいような困ったような顔でエリスたちに語りかけてきた。
ちょっと考え込んだエリス。
これだけの肉をこの村と海豹獣人の村で捌くのは無理。ワーランに持ち帰ってもおすそわけのレベルではない。どうしたものか。
ちーん。
エリスは背中の大地竜に話しかけた。
「ねえらーちん、あなた、穴掘りは得意だって言っていたわよね」
「得意と言うか、とりあえず地中に潜るのは日常活動みたいなものだったけどな」
するとエリスは踵を返し、村長たちを誘って温泉近くの岩場に向かった。そして岩盤を色々と確かめた後、クレアに耳打ちする。
クレアは頷いた後、岩場周辺を歩き回りだした。そしてひときわ大きな岩盤の前でエリスたちを呼んだ。
「エリス、ここならいけると思うよ」
「らーちん、じゃあお願いできる?」
「その規模なら人型の方がよさそうだな。エリスちん、チェンジヒューマンと俺の服を頼む」
エリスは一旦岩陰に隠れ、かばんかららーちんの服を取り出してから大地竜を背から降ろし、チェンジヒューマンを解放した。同時にエリソン型に変身するらーちん。彼はエリスの普段からの言いつけどおり服を着た。そしてふたたび皆の前に姿を現す。
「じゃあ、始めるぞ」
らーちんは両手を岩盤に差し出した。そしてエクスカベイトアームの呪文を唱える。するとらーちんの両腕の周りを、細かな無数の鉱物結晶が高速で回転しだした。それはさながら2本のドリルを思わせる。
両腕は轟音とともに、みるみるうちに岩盤をくりぬき、らーちんは岩の中に進んでいった。
「入口は狭く、中は広くでお願いね」と、エリスは直接らーちんに思念を送る。
そして間もなくの後、らーちんによって、家一軒が入るような大きなほら穴がそこに掘られた。
「さて、次は仕上げね」
エリスはキャティとあーにゃんを手招きした。そしてあーにゃんの息吹について確認をする。
「そのとおりやエリス社長。わいのブレスは純粋な冷気。どこぞのお間抜け竜のようにあっちゃこっちゃ破壊するような下品なもんやない、エレガントなブレスでんがな」
「エレガントなブレスを吐くバカたれ竜がどっかにいるそうだよクレアたん」
いちいち他人に喧嘩を吹っ掛けなきゃ喋れんのかこいつらはとエリスは舌打ちするも、指示を続ける。
「それじゃ、このほら穴に一発ブレスをぶっ放してくれる?」
「お安いご用や!」
キャティとあーにゃんはエリスの指示通り、超低温の息吹をほら穴に向けて発した。するとほら穴の内部はその姿を変えることなく温度だけを一気に下げていく。
「もういいかしら、ありがと」
そこにできたのは、マイナス数十度を誇る巨大な冷凍庫だった。
エリスはギャティス村長とセルキス副村長を呼び、肉をこの倉庫内で保管するように指示する。また、ギャティスには入口にドアをつけることも付け加える。
「これならしばらく保管できるでしょう。それにこれからは獲れた魚介類の冷凍倉庫としても使ってね」
驚きのまなざしでエリスを見つめる2人。その目線を一切気にせずにエリスは再び肉の山に戻った。
次にエリスはフラウと耳打ちを始める。するとフラウが肉の山を調べ始めた。
「行けると思いますよ、エリス」
「じゃ、フラウは先行してワーランに戻ってね。まずは商人ギルド、次に工房ギルドに伝言をお願い」
楽しそうに頷いたフラウは、いくつかの肉の部位をサンプルとして切り取ってから、鳳凰竜とともにワーランに一足先に帰って行った。そして改めてエリスは2人の村長と肉の扱いについて相談を始める。
足の速い内臓肉や加工の難しい革はセルキスたちが引き取り、すぐに加工に回す。また、大量にとれた脂は獣脂のように料理にも使え、燃料としても優秀だということなので、これは海豹獣人と猫獣人で半分ずつとし、保管は冷凍庫で行うことにした。
肉については、エリスの考えに両村長とも同意する。
「それじゃ、ギャティスさんたちとセルキスさんたち、今日はお腹いっぱい鯨獣肉を食べてくださいね」
エリスたちは彼らにそう言い残し、魔導馬で帰って行った。
家に帰ると、すでにサンプル用の獣鯨肉を使ってフラウが料理を始めていた。
「エリス、マリアさまもフリントさまも喜んでくださいましたわ。男性街、自由の遊歩道、百合の庭園の各料理人にもサンプル肉をお届けしておきました。後は詳細の決定と日程の調整だけです」
「ありがとフラウ。今日はどんな味付けにするの?」
「まずはシンプルに塩と香辛料で下味をつけてから、鯨獣の脂でさっと焼いていただいてみましょうね」
そして夕食。エリスたちは予想以上においしい鯨獣肉に舌鼓を打った。
さあお待ちかねの夜の部。キャティはエリスの説教をわくわくしながらベッドの中で待つ。
ネコ獣人は聞き耳を立てる。
「よし、レーヴェが果てたにゃ」
……。
「フラウもいったにゃ」
……。
「クレアも終了、いよいよだにゃ」
……。
ところがいつまで待ってもエリスがキャティのもとに来ない。
……。
キャティは再び聞き耳を立てる。すると聞こえてきたのはクレアとエリスの会話。
「ねえエリス、今日はキャティのところには行ってあげないのかい?」
「今日はお仕置き。いわゆる放置プレイよ。一晩あのバカ猫には頭を冷やしてもらうわ」
……。
ふぎゃぁぁぁあん……
ふぎゃぁぁぁあん……
ふぎゃぁぁぁあん……
キャティが絞め殺されるような鳴き声を上げ続ける。
ふぎゃぁぁぁあん……
ふぎゃぁぁぁあん……
ふぎゃぁぁぁあん……
「あーうるさいわね、あのバカ猫」
「エリス、行ってあげなよ、ちょっと可哀そう過ぎるよ」
「そうね、そうかもね。それじゃちょっと足腰立たないようにしてくるわ」
「あ、先にボクの足腰を立たなくしてからでお願い」
エリスはクレアを優しくノックアウトするとキャティの部屋に向かった。
ふぎゃぁぁぁあん……
「黙りなさいこのバカ猫!」
エリスはキャティの顎を上げる。彼女は灰色の瞳の周りを真っ赤に染め、顔は涙でくしゃくしゃだった。
「ごめんにゃエリスごめんにゃエリス……」
エリスはひたすら詫びるキャティの唇を自らの唇でふさぐ。
そしてしばらくの後、キャティが落ち着いたところで彼女の耳元で囁く。
「今夜は一晩中折檻よ」
「あーよかったで。このままじゃ、わい、明日キャティにゃんからの八つ当たり決定だったさかい」
「よかったなエリスちんが寛大で」
「一晩あの鳴き声を聞かされると覚悟してたよ」
「よかったですね静かになって」
「エリスに感謝しろよバカたれ竜が」
「表に出んかい」
こうして今日も平和に夜が更けていく




