ネコぶっちぎり
ピーチとクリフとダムズ、そして人型になった夜馬竜が、王城内に与えられた部屋で何やらごそごそとやっている。
「上手いこと潜り込めたわね」
「しかもここ、最高のポジションですよ」
「それじゃとりあえず拷問して犯して殺して食うか」
「どあほう、それじゃ元のもくあみだ」
「ここはあまり目立ちたくないわね。せっかく権力を手に入れたのだし」
「まずはパーティーの準備ですね」
「細く長く楽しむということか」
「そうだな。勇者やワーランの竜ども、それにザブナートの軍団を潰した奴に目をつけられたら敵わんからな」
「その辺は人間ども同士で争うように仕向ければ楽勝でしょ」
「そうですね。我々が表に出ることはありませんね」
「楽して食えるならそれに越したことはないな」
「まずは王を使って内政といくか。人間どもはあほうだから恐怖と規律にすぐ縛られるからな」
「そうね。まずは魔宴の合法化から進めましょうか」
「お、いいですね。生贄大事ですよね」
「幼女の心臓をえぐって食うのも悪くないな」
「それではじっくりとエンジョイしようか」
さて、こちらは無事ワーランに戻ってきたワーランの宝石箱の5人と5柱の竜。
エリスとレーヴェはマリアのところに状況報告、フラウはニコルとスカイキャッスルからの酒の購入計画打ち合わせ、クレアは工房ギルドでクレア-フリントブランドのトイレとシャワーの設計改良を行っている。
これは汚物樽を上級貴族用、普及用ともに共有化し、専門業者が有料で交換、洗浄、場合によっては農村への肥料販売までを可能にするもの。また、拭取用の布もリサイクルができるように汚物樽と別に別途汚物入れを用意した。この辺のアドバイスはスカイキャッスルでスチュアート卿がクレアに勧めてくれた。水が豊富なワーランでは思いつかなかったが、スカイキャッスルなどでは回収業が商売として十分に成り立つ。スカイキャッスルでは既にスチュアート卿が事業化の準備を進めている。
あわせてクレアはフリントとともに回収業者専用の馬車も開発した。これでクレアはさらにお金持ちとなる。
ところで、普段はライブハウスで芸能や格闘にいりびたりのキャティと氷雪竜だが、スカイキャッスルで寒冷地のフルーツをたくさん購入できたので、今日はおすそわけに知り合いのところを回っていた。
「たまにはとーちゃんのところにも顔を出そうかにゃ」
「わいもついていくで」
こうして2人は各々魔導馬にまたがり、西の漁村に向かった。なお、あーにゃんはライブハウスでの観劇に便利だと、竜の中で唯一普段から人間型「キャティス」の恰好で活動をしている。両手両足にはキャティから譲ってもらった白銀のガントレットクロウとレガースクロウを装備済み。
竜戦乙女と竜が跨った魔導馬は、その性能を限界まで引き出し、1刻足らずでキャティたちは西の漁村に到着した。
漁村はかなり開発が進んでおり、村の入り口付近の温泉は既に男女用別に建物が建てられている。遠目に見ると村もこれまでの掘っ立て小屋からいっぱしの建物に建て直されており、市場のような大きな屋根も眺めることができる。
と、キャティは海岸線に集まる村人たちと、見慣れぬ者たちの集団を見つけた。何やら物騒な雰囲気を感じたキャティはあーにゃんを引き連れ、集団に向かった。
そこにいたのは村の男性猫獣人たちと、海豹獣人たちだった。互いに武器を相手に向け、威嚇しあっている。
「とーちゃん、何事だにゃ?」
突然とーちゃん呼ばわりされた村長ギャティスは一旦キャティに振り返り、すぐに目線を海豹獣人たちに戻した。
「こいつらが攻めてきたんだぎゃ」
すると海豹獣人の中でもひときわ体格の大きい者が言葉を発した。
「わしらは別に攻めに来たわけではないぞ。かくまってくれと言っているだけじゃ」
「三又槍をこちらに向けて、どの口でそれを言うんだぎゃ!」
再び威嚇しあう獣人たち。どうも話がかみ合わない。で、そこに割って入ったのはあーにゃん。
「おいそこのアザラシども、何からかくまってほしいんじゃい?」
すると思い出したように慌てて先ほどの海豹獣人がまくしたてた。
「そうじゃ、そうじゃった! もうすぐ悪魔どもが魔獣を引き連れて攻めてくるぞ! わしらの村、今えらいこっちゃや!」
「それを早くいうんだぎゃ!」
一気に尻に火がついた猫獣人たちは海豹獣人たちを陸に引き揚げ、臨戦態勢を取る。
「女子供は念のためワーランに向かうぎゃ! 男どもはここで防戦だぎゃ。やばくなったら逃げていいぎゃ!」
村長のギャティスが的確な指示を出し、村人たちを誘導する。
そこで顔を見合わせるキャティとあーにゃん。
「エリスたちに知らせた方がいいかにゃ?」
「まだええやろ。どうせ呼べば考えなしどもがぶっ飛んでくるさかい、しばらくはわいらで遊んだろ」
「そうだにゃ」
そうこうしているうちに、海からポーンデーモンとノーマルデーモン十数体が這い出してきた。
「ヒャッハー! 今日はネコ肉とアザラシ肉をゲットだぜえ!」
悪魔どもは完全に調子をこいている。
一方悲壮な表情でそれらを迎え撃つ猫と海豹の戦士たち。
一瞬緊張が走る。と、そこで閃光が走った。それは純白の閃光。そしてその直後に悪魔どもが倒れ、海岸が真っ赤に染まる。
「なんだ、手ごたえないにゃ」
「キャティにゃん、全部取るのは反則じゃい、次はわいの番な」
哀れデーモン十数体は一瞬のうちにキャティの爪の露と消えた。両腕と両脚を淡く光らせるキャティの姿と、あーにゃんとの会話に声も出ない獣人たち。
次に姿を現したのは海棲型のハイデーモンども。
「ほう、なかなかの手練がいるようだな。どれ、俺たちが遊んでやるか」
ハイデーモンどもも余裕をぶっこいている。そして魔法。キャティとあーにゃんは冷気に包まれた。
「なんじゃいこりゃ?」
「魔法のようだにゃ」
「シャワーにもならんの。じゃ、キャティにゃん、わいにまかしとき!」
と、今度はあーにゃんが人型のまま数体のハイデーモンに突っ込んでいく。そこに様々な魔法を浴びせるハイデーモンたち。しかしそれをことごとく無効化するあーにゃん。そしてその純白の姿で華麗に舞い踊る。
悪魔どもがその余裕を失った時には時すでに遅し。焦った表情を浮かべたまま、数体のハイデーモンはその首を海岸に落とした。
「おお、さすがあーにゃん。優雅だにゃん」
「まかせたらんかい!」
完全にお遊びモードの2人に唖然とする村人と海豹獣人たち。ここで最初に我に返った先ほどの海豹獣人がギャティスに語りかけた。
「挨拶が遅れて申し訳なかった。わしはこの先の島集落の村長セルキスだ。ところであの純白の2匹は何者だ?」
「ああ、俺はこの村の村長ギャティスだぎゃ。やつらを何者と問われても困るんだぎゃ、女の方は俺の娘だぎゃ」
「娘だと!」
ギャティスの言葉に目をむくセルキス。で、ここで彼は重要なことを思い出し、慌てて叫んだ。
「間もなく巨大魔獣が来るぞ! 悪魔に操られているようだから気をつけろ!」
と、セルキスの声と同時に、海が割れた。
そこに現れたのは体躯200ビートはあろうか、竜たちよりもさらに巨大な魔獣。そいつは鯨獣と呼ばれる、鯨に四肢が生えたような魔獣。本来温厚な性格で深海に住む魔獣だが、明らかに様子がおかしい。
よく見ると鯨獣の頭の部分に悪魔が取り憑いている。
「お前ら調子こくのもここまで! この村は全滅決定な!」と、頭の部分に陣取る悪魔が村人たちをあざけるように脅した。
その巨大さに声を失う猫獣人たち。一方海豹獣人たちは臨戦態勢を取る。
そして……。
「ラッキー!」
「これはチャンスやキャティにゃん!」
場違いの喜びを表す2人。そしてキャティはギャティスたちに振り向いた。
「面白いものをみせてあげるにゃん! よし、あーにゃん、リセットボディだにゃ!」
「了解じゃい! キャティにゃん!」
すると一瞬のうちに猫型の男性が姿を消した。そしてほぼ同時に現れた純白の蛇竜。輝くその美しさは神々しさすら覚える。
「よっしゃー! キャティにゃん、本邦初公開じゃい!」
キャティが氷雪竜の頭上に飛び乗る。そして鯨獣の方を向いた。
「息吹解放! あーにゃん、行くにゃん!」
「任せたらんかい!」
『超低温の息吹』!
キャティの叫び声とともに氷雪竜の口腔から一直線の純白が放たれた。そしてその純白の線が鯨獣に触れた瞬間、乾いた音が響く。
キンッ!
……。
哀れ鯨獣と悪魔は、登場とともに超低温冷凍されてしまった。
しばらく無言の村人たち。
すると氷雪竜が冷凍された巨大な鯨獣を海岸まで引き上げてきた。そして凍りついた悪魔をひねって砕いた後、プリティサイズに戻る氷雪竜。
「とーちゃん、こいつどうする?」
キャティの無邪気な声掛けに我に返ったギャティス。しかしこんな巨大なものをどうするかは彼にも決めかねる。
すると横にいたセルキスが、やっと我に返ってギャティスたちにおずおずと申し出た。
「実は鯨獣の肉は非常に美味なのじゃ。わしら、鯨獣の解体ができるが、よかったらやらせてくれんか?」
「そうはいっても、こんなにカチカチに凍っているのを解体できるのぎゃ?」
「ああ、わいが解凍したる。その代わり温泉を借りるで。海水でべとべとしてたまらん。キャティにゃん、わいを洗ってくれるか」
「お安いご用にゃ。そんじゃ女風呂を借りるにゃ」
するとあーにゃんは鯨獣に触れ、先ほどまでカチカチだったものを一瞬で解凍した。
「じゃあとーちゃん、アザラシのおっさん、後は任せたにゃ」
そう言い残して、キャティはあーにゃんと温泉に行ってしまった。
そして1刻後。さっぱりしたキャティとキャティス姿のあーにゃんが温泉から出てくると、鯨獣はきれいに解体されていた。その肉量は莫大なもの。とてもじゃないが猫獣人たちと海豹獣人たちで食べきれるものではない。正直もったいない。
「これはおすそわけだにゃ。とーちゃん、この肉もらってもいいか?」
「ええけど、どうやって運ぶんだぎゃ?」
ここでキャティは腰にぶら下げていた人形の束を顔の前に近づけた。そして人形に呼びかける。
「レーヴェかフラウ、どっちか暇してないかにゃ?」
するとすかさず返事が返ってきた。
「なによ、私たちはのけものなの? キャティ」
返事はエリスから。焦るキャティとあーにゃん。慌ててあーにゃんが横でフォローを入れる。
「エリス社長、実は西の漁村で大量の鯨獣肉が取れたさかい、ワーランにもおすそわけとしゃれこみたいんですがな。なんかいいお知恵をお願いしまっさ」
……。
「今から全員で行くから待ってなさい!」
その後間もなくエリスたちは暴風竜、鳳凰竜そして混沌竜とともに村に到着した。




