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フリーダムプロムナード 夜の部

 ギースはあきらめた。

 彼の前で大地竜らーちんがいつものようにお茶の香りを楽しんでいた。そして茶が冷めた頃合いに、クレディアがらーちん専用の樽に冷めた茶を注ぐ。そこに守護竜を金髪の少女が迎えに来る。

 先ほどまで店にいた馬鹿げた服装の2人、この守護竜。なぜこいつらはアイフルさんやクレディアちゃんに特別扱いされるのだろう。ギースにはその理由がわからない。わからなく、そして悔しい。だから彼はティールームで何杯もお茶をおかわりした。アイフルさんやクレディアちゃんが自分の悩みに気づいてくれたらいいなと。だから延々とギースは粘る。そして空が橙色に染まる夕刻。ティールーム閉店の時間。そこでやっとアイフルはギースに笑顔で語りかけた。

「もしかしたらギースさまも、トランスハッピーのステージをお待ちなのですか?」

 ギースはアイフルに尋ねた。トランスハッピーのステージとはなにかと。「あら?」と言う表情を見せた後、アイフルは笑顔で自由の遊歩道フリーダムプロムナードオープンイベントですよと答えた。続けて彼女は熟女の無垢な笑顔でギースを誘う。「よろしければ私たちとご一緒いたしませんか?」と。

 ギースの粘りはここで報われた。


 マルゲリータは魔王の背に傷があることに気づいた。それは過去見知った傷。武器を持たなかった幼少の頃に、せめてもの抵抗に用いた自らの2つの武器の1つに依る傷。歯ではなく、爪に依る傷。

 マルゲリータは直感的にこの傷がどのようにしてできたのかも気づいた。そして不用意に湧き出る自らの嫉妬心を、偽りの理性で抑えつける。

「ベルさん、今日はきついのを試すよ」

「ああ、マルゲリータさんに任せる」

 魔王の言葉を受け、マルゲリータは鞭を取り出した。プレイ用ではなく、武器としての鞭を。そして彼女は固定した魔王の背中を鞭撃つ。残忍な笑みと真っ赤に腫らした目頭を同居させた表情で。マルゲリータは魔王の背中の傷が自らの鞭の傷で上書きされていくことに快感を覚えた。彼女は笑みと涙の両方を浮かべ、音楽を奏でるかのように魔王を鞭打つ。

 一通りのプレイ後、マルゲリータは痛みと快感により肩で息をする魔王を、自由の遊歩道でのイベントに誘った。先ほどの傷など見ていなかった、そんなものは存在しなかったと自らに言い聞かせながら。


 ここはご主人様の隠れ家マスターズハイダウェイ。勇者グレイはイベントが始まるのをボックス席で律儀に待っている。グレイの前にはグラスが1つ。が、店内は薄暗いまま。イベントが始まるような雰囲気は全く感じられない。

 たまらずグレイは店内の女性に声を掛けた。すると1人の娘がおずおずとグレイの席にやってきた。この娘はいわゆるアシスタント。お客を取るメインのホステスではない。赤毛にそばかすの可愛らしい娘はグレイに尋ねた。

「お客さま、今日はどなたかとお待ち合わせでしょうか?」

「いや、俺はマリリンさんに、今日イベントがあるから来るように言われただけだ」

 グレイの返事にちょっと考え込んだ娘。その後可愛らしい笑顔を浮かべた。

「お客さま、マリリン姐さまのお誘いは、きっと自由の遊歩道でのイベントですよ」

「マジか?」

「そうだと思いますよ」

 グレイは困った。そんなの知らない。大体自由の遊歩道ってなんだ? すると、娘が、恥じらいながらも申し出た。

「お客さま、よろしければイベント会場までご案内しましょうか?」

「そうしてくれると助かる」

 こうして勇者グレイは、この娘に案内されて店を出た。


「ああ、そろそろだな」

 ちょうど1セットが終わったところで、レーヴェがゲームの手仕舞いを始める。

「おう、そろそろか」「続きは明日だな」「畜生ケツの毛抜かれたぜ!」と、それぞれ勝手なことを言いながらも手仕舞いを始めるおっさんども。アシスタントたちも片付けを始める。それを不思議そうに見つめるベルルナル。

「ああ、そうだったな。すまん、薔薇色姫ローゼンプリンセス。今日はトランスハッピーのオープンイベントがあるから早じまいなんだ。麦わら帽子(ストローハット)さんに迎えに来るよう、使いを出そうか?」

 ベルルナルは考える。実は今日、ちょっと勝った。ああうれしいな。だから気分がいい。ご主人さまはどうせマルゲリータとやらとあうあうしているんだから、どうでもいいかな。なにか重要な事を忘れているような気がするけど。

「私も連れて行ってください」

こうしてベルルナルもイベントに出向く。


 ここはトランスハッピーの店外に設けられた特設ステージ。あちらこちらからイベントを楽しみに人々が集まってくる。エリスたちも各々の竜とともに、各々トランスハッピーにやってきた。

 そしてあっという間にステージは群衆で埋まる。するとステージ上では共同経営者のマロンさんとマコトさんがあいさつを始めた。「みなさま、トランスハッピー、そしてフリーダムプロムナードにようこそ! ここは自由の街。何でもあリの街。それではレッツ ショウタイム!」

 同時にアップテンポな演奏が始まる。そしてステージ上には最低限の布切れしか身に着けない一方で、豪奢な飾りを背に纏ったダンサーたちが現れた。おかまちゃんたちとおなべちゃんたちのショウタイム、お披露目です。


 ギースは楽しんだ。

「ご一緒に」というのがケーキショップやスチームブレッド店の店主たちともご一緒というのは残念だったが、それでも隣にアイフルさんがいる。彼女は無垢な笑顔で演奏に合わせて身体でリズムをとっている。ああ美しい。そして可愛い。ギースは彼女に惚れなおした。

 

 グレイは困惑した。

 会場でマリリンと出会った彼は、彼女と行動を共にしたいと思った。しかしマリリンは屈託のない笑顔で彼に「あら、ギースさま。マリオネッタとご一緒だったのですね。この娘はいい子ですから、可愛がってやってくださいね。マリオネッタも、ギースさまに嫌われないように頑張るのよ」と語りかけた後、他の客とどこかに行ってしまった。困ったグレイは隣の娘、マリオネッタの顔をちらりと横目で見る。するとマリオネッタもグレイの方を見ていた。頬を赤らめ、目線を落としてしまう彼女。

 ちょっとドキドキしちゃった勇者さま。そこに混雑した中で人の波が押し寄せる。

 「あっ」

 助けを求めるようにマリオネッタがグレイの手を掴んだ。反射的に優しく握り返すグレイ。このまま2人は人の波に流された。


 魔王は天国にいた。

 横にはいつも以上に身体を密着させてくるマルゲリータ。人混みの中で身動きできない状態が更に彼の被虐心を煽る。

「ベルさん、ごめんよ」

 いつも以上にセクシーなマルゲリータが魔王の耳元で囁く。いかん、もう一回戦お願いしたいと、魔王は2回目の賢者タイムから復活してしまった。しかし人混みの中、身動きがとれない。もうちょっと身体をひねれば、魔王の気持ちいいところに、マルゲリータの気持ちいいところが触れるのに、それもままならない。こうして魔王は生殺しの状態で人混みの圧力に飲まれた。


 ベルルナルは酔っていた。

 だ天使のベルルエルならばそもそも飲食の必要はないし、常時解毒を発動させていた。しかし今は人間形態。しかもおつむもぶっ壊れており、解毒なんてことに頭がまわらない。何より酔ったふわふわ感が楽しくてたまらない。

「大丈夫か? 薔薇色姫ローゼンプリンセス

 横には碧の麗人レディ・ブルーグリーン。彼女がベルルナルを何かと世話してくれる。おっさんたちから守ってくれるのも彼女。だからベルルナルは存分に甘えた。

 「お姉さま、お酒をもっと飲みたいです」

 こうしてベルルナルは夜の街を楽しんだ。


「次は豪華商品つきのカップルゲームだ! それ行けおかまちゃんたち! カップルをステージ上に連れておいで!」

 ステージ上でマコトさんが叫ぶと、人混みに数人のおかまちゃんが飛び込む。続けてマコトさんがゲームの説明を始めた。

「ここにあるのはケーキショップ特製のロングクッキーだよ! これを両端から食べ始めて制限時間内に一番短くしたカップルに10万リル分のフリーダムプロムナード商品券を進呈だよ! さあ、チャレンジしておくれ!」

 ギースは思わず拳を握りしめた。なんという大チャンス。これはアイフルさんをぜひともお誘いしなければならない。

「あ、アイフルさん……」

 顔を横に向けるギース。しかしそこにアイフルはいなかった。

「べらんめえ! 俺たちが参加しないで誰が参加するんだ!」

「いいぞバズダグ、さすがだお前ら!」

 代わりに聞こえたのはステージ上からの雄叫びと、観客からのバズダグコール。真っ赤なワンピース姿のバズさんと戸惑うアイフルさん、黒のチャイナドレス姿のダグさんと楽しそうなクレディアちゃんが既にステージ上に立っていた。

 ギースは天国から地獄に突き落とされた。

 

「兄さん、可愛い子を連れているわね! さあ行くわよ!」

 ガタイの良いおかまちゃんが右にグレイ、左にマリオネッタの手を取り、強引にステージ上に引き上げた。困惑するグレイとマリオネッタ。ステージ下からはマリリンが「2人ともがんばれー!」と激励の声を笑顔でかける。これでグレイも開き直った。

「よし、マリオネッタさん、勝負とならば、負ける訳にはいかない。がんばろう」

 グレイの言葉にマリオネッタは困惑しながらも小さく頷いた。


「さあ、何でもありだよ!」

 何故かレーヴェとベルルナルもステージに登らされた。

「きゃあ! レーヴェさまがなんてことを!」

「やめてえぇ!」

「そこの娘、私と代わりなさい!」

 観客席からは怒号が飛び交う。主に黄色い声で。

 それを見たマルゲリータが魔王の手を引いた。

「あたしたちも負けちゃいられないね!」

 こうして魔王とマルゲリータもゲームに参加する。

 

 爆笑と怒号と声援で包まれ、大盛り上がりのステージ。

 その影でエリスたちは密かに大地竜たちの探査能力を使用した。目的はベルルデウスとベルルナルの存在確認。

「ベルルデウスとやらは、間違いなく魔王だな。あの魔力はありえない」

「ベルルナルは悪魔ではないわ。ただ、なにか違和感を覚える存在ね」

 らーちんとふぇーりんがそれぞれを分析する。

「ん?」

「どうしたの? らーちん」

「勇者と一緒にいるあの娘、なにか混じっているな」

「マリオネッタが? それって危険そう?」

「いや、そういうわけではない。加護や呪いの類かもしれないがな」

 らーちんはマリオネッタに何か違和感を覚えた。が、それは悪魔のような悪意を持つものではない。

「さて、それじゃ、勇者にささやかな仕返しをしちゃおっと。フラウりん、勇者の背中を狙って」

 ふぇーりんの意図に気づいたフラウは、いたずらっ子のような顔でふぇーりんを手のひらに乗せ、ステージ上でクッキーに悪戦苦闘する勇者の背を狙う。そしてほんの一瞬だけのハイヒートブレスをグレイに浴びせる。

「アチッ!」

 一瞬背中に熱を感じた勇者は思わず一歩踏み出してしまった。ポキリと折れるクッキー。そして勢い余ってマリオネッタに唇を重ねてしまった。

「はい! 失格ー!」

 マコトさんのコールに顔を赤らめる2人。

 その横では衆人監視のもと、魔王とマルゲリータがクッキーを食べ終わり、抱き合いながらディープキスをかましている。当然失格。

 ゲームを理解していなかったベルルナルは、これは美味しいですねとレーヴェの横で1人でクッキーをポリポリ食べている。その姿に安堵する観客席のご婦人たち。

 結果は、いまいち照れを見せたバズさんアイフルさんチームをダグさんクレディアちゃんチームが逆転し、賞金をかっさらっていった。

 

 こうしてフリーダムプロムナードの長い一日は終わりを告げた。

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