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フリーダムプロムナード 昼の部

「よう、エリス」

 ブティック・マスカレードで不意に声を掛けられたエリスは振り返り、思わず吹き出してしまった。

 そこにいるのは、真っ赤なワンピースにこれまた真っ赤な口紅を塗りたくったのが1人。黒のチャイナドレスにマスカラバシバシが1人。

 問題は、2人ともすね毛が丸出しなこと。

「さすがだわバズおじさま、ダグおじさま!」

 エリスと大地竜らーちんエリソンは腹を抱えながら2人のおっさんに返事をした。

「要はこういうことだろ、エリス」と、ダグさんがチャイナドレスを得意気に見せつける。

 この2人、熟練の冒険者な上に、場の空気を読むのに非常に優れている。今日も彼らは皆に率先して女装を楽しみだしたのだ。

「おじさん、綺麗かい? エリス」と、バズさんがワンピース姿でわざとらしく身体をしなってみせる。

「最高よおじさまたち、ぜひその姿でティールームに行ってほしいわ」

「当然!」

 2人はこの格好をアイフルさん、クレディアちゃんに見せつける気満々であった。惚れた女性にもこうした姿を堂々と晒せることができるのが、このおっさんたちの気っ風(きっぷ)がいいところ。

 エリスとエリソンは手を振っておっさんたちを見送った。


 キャティと氷雪竜あーにゃんキャティスは、村から出てきたギャティスたちと合流した。一行はギャティスと副村長夫妻。

「キャティ、今日は案内を頼むぎゃ。ところでそちらの屈強な兄さんはどちらさまだぎゃ?」

「この兄さん(キャティス)は後で紹介するにゃ。まずはスチームブレッドを買って家に帰るにゃ」

「それは何だぎゃ?」

「蒸しパンにゃ。中に美味しい具が色々と入っているにゃよ」

 キャティは一行をシンとノンナのスチームブレッド店に連れて行く。

「あ、キャティさん、いらっしゃいませ!」

「ノンナ、今日はとーちゃんちを連れてきたにゃ。甘いのとしょっぱいのを適当に5こずつ頂戴にゃ」

 笑顔でパンをかごに入れるノンナ。奥からシンも顔を出してキャティにあいさつをしている。

 パンを購入した後、一行を家に案内するキャティ。するとお客さま用玄関の先で、彼女は動きを止めた。

「どうしたんじゃい、キャティにゃん」

「ちょっとにゃ。すまないけど、ここで皆さん待ってるにゃ」

 そして獣の抜き足ですーっと、家の先にある百合の庭園(リリーズガーデン)に消えていくキャティ。続けて響き渡る男の悲鳴の後、キャティが縄で縛り付けた全裸の男を玄関前に吊るし、真っ赤な染料をぶっかけた後、ちんちんに白いリボンを結んだ。

「これがワーラン名物『緋色の洗濯物スカーレットランドリーズ』だにゃ。百合の庭園に侵入した男は、問答無用でこうなるのにゃ」

 男の横に彼の衣類や荷物を入れた袋を置きながら、キャティは皆に洗濯物の説明をした。

 続けて庭園前で待機している冒険者ギルドの御者さんにサムズアップ。あちらも了解したとばかりにサムズアップを返す。

 ここのところ洗濯物が掲げられることはなかったので、こいつは多分しばらく吊るしてご婦人方への晒し者にするつもりなのだろう。

 早速ご婦人たちの黄色い嬌声があちこちから響いてくる。

 ギャティスたちはキャティが見せた問答無用の措置にびびりながら、とりあえず建物には近づかないことにした。

 そして客間に案内されるギャティスたち。

 「とーちゃん、副村長さん、奥さん、驚くにゃよ」

 彼らをソファに座らせると、キャティは自分にそっくりな男性の横に並んだ。そしてリセットボディ。一瞬で姿を消す男。驚くギャティスたちの前で衣装をごそごそし、中から純白のエリマキを取り出したキャティ。そしてそれを抱えると、皆に紹介した。

「こちらは氷雪竜アイスドラゴンのあーにゃんだにゃ」

「よう、キャティにゃんのとーちゃんども、わいがあーにゃんじゃい。キャティにゃんの契約竜じゃ。よろしゅうな!」

 目をひんむいて硬直しているいるギャティスたちにキャティは竜戦乙女ドラゴニックワルキュリアのこと、自分は竜と契約したので、今後男性と生活することはありえないことなどを説明する。

「まあ、キャティにゃんはわいに任せとかんかい。ついでにとーちゃんどもの村は優先的にわいが守ってやるからの」

 黙って頷くしか無いギャティス一行。しかしそこは順応性が高くて基本お花畑の猫獣人たち。キャティからスチームブレッドを渡されると、すぐにその旨さについて話題が移っていった。

 

 その頃フラウと鳳凰竜ふぇーりんブラウズは一足先にティールームで模様替えした店内を楽しんでいた。

 これはショッピングから帰ってきた翌日のこと。

 セラミクスから仕入れた茶器類は一旦商人ギルドのニコルのところに仕入伝票と共に持ち込み、仕入れ値で売却する。そして商人ギルドの手数料や税金などを上乗せした金額でギルドから買い戻す。

「今回は一品物ばかりですから、売値は店で決めてくださって構いませんよ」と、ニコルは販売用の茶器を手に取りながらアイフルたちに説明した。するとニコルの手が止まる。彼が手を止めたのは、淡く青く輝く一組のカップとソーサー。

「こちら、引き渡し額は1万5000リルですが、販売額はいくらになさいますか?」

 唐突なニコルの問いに答えられないアイフルたちに代わってフラウが答えた。

「多少強気ですが、仕入れの倍額、こちらですと3万リルを予定しようかと考えております」

「良い判断ですね。それではみなさま、この茶器は私が購入いたしますので、予約扱いにしていただき、店には並べないでください」

「お譲りいたしましょうか」とのアイフルにニコルは罰が悪そうな顔で答える。

「私の立場上、予約をさせていただくだけで充分不公平なのです。ここでいただくのは職権濫用しょっけんらんように当たります。お気持ちだけありがたくいただいておきますね」

 こうして正式な手続きを終え、めでたく店内にセラミクス製の茶器が並べられた。

「お母さま、お店を開けますね」

 クレディアがアイフルに伝え、ドアの鍵を開ける。するとそこに立っていたのはニコル。

「やはりズルはいけませんからね。大急ぎで買いに来ました」

 セレモニー終了後に駆け足できたのだろうか。多少息を荒めながらもニコルが笑顔で店内に訪れる。

「こちらをどうぞ」

 既に丁寧に梱包したカップアンドソーサーをニコルに手渡すアイフル。すると外からいつもの声が響いた。

「アイフルさん、クレディアちゃん、セット2つな!」

 ニコルも茶を楽しんで行こうかとオープンデッキに向かう。

 そして彼は危うく購入したばかりの茶器を取り落としてしまうところだった。そこにいたのはバケモノ2匹。

「バズおじさま、ダグおじさま、お二人は今日も平常運転ね」と、フラウとブラウズが腹を抱えながら2人に声を掛けた。

「おう、エリスにも喜んでもらえたぜ」

 自慢げなバズさんの姿を見て、お茶を取りこぼしそうになったアイフルとクレディア。

「よう、あまりの美しさにびっくりしたか?」

 ダグさんが彼女たちに姿を自慢する。

 2人は深呼吸をして、手元の震えを落ち着かせた後、笑いを噛み締めながら2人の前にカップを置いた。

 バズさんの前にアイフルが置いたカップは、岩石を繰り抜いたかのようなゴツゴツしたもの。味のある風合いを醸し出している。

 ダグさんの前にクレディアが置いたカップは、ザラッとした手触りの高さがあるもの。色目と手触りが楽しい逸品。

「おじさまがたに似合うかと思って用意したの。いかが?」

 自慢げなクレディアを、ちょっと驚いたような表情で見つめるおっさん2人。

「気に入っていただけましたら、これからそのカップでお茶をご用意いたしますね」

 アイフルの言葉に状況が理解できた2人。

「凄いわねおじさま方、お店にマイカップを置いていただけるなんて」

 フラウの言葉に喜びを噴出させた2人。継続は力なり。ということでおっさん2人は守護竜らーちんに続き、お店からの特別サービスにありつける立場となった。

 ティールームは皆の笑顔に包まれ、盛り上がっていた。ただ一人、バズさんたちを羨ましそうに見つめながら、注文のタイミングを逸しているギースを除いて。


 さて、こちらはクレアと混沌竜ぴーたんクレストの2人。新築の「リルラッシュ」と「トランスハッピー」での人の流れや、給排水の状況をフリントたちとチェックしている。

「これなら通路や給排水口の手直しは必要なさそうだね、親方」

「そうだな、次は夕方にチェックしに来るかの。ところで、昼飯を一緒にどうじゃ? ぴーたんもなにか食うか?」

「いや、オレは食事をしなくても大丈夫だよ。ところでクレアたん、オレはいつまでこの格好をしていなきゃならないのかな?」

 どうもぴーたんはクレスト姿で出歩くのがあまり好きではないらしい。どうやらメタルイーター時代のほとんど寝ている生活が身に染み付いてしまった模様。

「もういいと思うよ。ぴーたん」

 するとぴーたんはリセットボディを解放し、ファンシー混沌竜ピカレスクドラゴンの姿に戻った。そしてクレアの頭に乗る。クレアはぴーたんの衣装をかばんにしまうと、フリントの誘いに応じた。

「ぴーたんは街のみんなも知っているから大丈夫だよね」

「別の意味で大丈夫じゃないと思うがの」

 そしてフリントの懸念は現実となった。スチームキッチンでランチコースを頼んだ2人は、すぐに他の客たちに囲まれた。客たちの目的はクレアの頭上に鎮座する混沌竜。

「ごきげんよう、ぴーたんさま」「こんにちは、ぴーたん」「今日も元気そうね、ぴーたん」と、ワーラン市民から慕われ、その愛らしさに観光客も寄ってきて人だかりとなるテーブル。これでは落ち着いて食事を摂ることもできない。ウサギ娘のラヴィも混雑に料理を並べることができずにあたふたしている。

 するとキッチンからミャティとラブラが出てきた。

「ぴーたんはこっちにくるにゃ」

「こちらにどうぞ、混沌竜さま」

 ミャティが用意したのは別のテーブル。その上にラブラがクッションをおいた。パタパタと羽ばたいて、クッションの上に鎮座するぴーたん。

 こうしてスチームキッチン店内は臨時の混沌竜握手会場となったのである。


 このように4人が街中をチェックしている間、カジノ「リルラッシュ」では、とっくにレーヴェが暴風竜すーちゃんレーヴァテインを解放、キュートサイズすーちゃんを自分の胸に貼り付け、マシェリをアシスタントに従え、ベテラン共から賭金を吸い上げているのであった。

 

 自由の遊歩道フリーダムプロムナードの昼の部は順調です。

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