改装終了
王都からの使いが帰還してから数日後。
「さあ、今日は朝から忙しいわよ!」
エリスの宣言に、ワーランの宝石箱の5人たちは、朝食もそこそこに各々の竜を従え、それぞれの持ち場に散っていった。
「よっこらしょっと」
エリスはらーちんをおんぶしてから、交わる町に向かう。
エリスの役割は全ての施設の最終チェックと、経営者たちのヒヤリング。
彼女は今回大規模改装を行った各店舗の様子を見て回る。
まずはブティック。プラムさん経営のこの店は、従来は主に女性用の衣装や小物を販売する店だったが、店舗を倍に拡大し、レンタルブティックも併設した。新たな店名は「仮面舞踏会」
「プラムさん、お店の準備は順調かしら」
「これはエリスお嬢さま。ええ、お嬢さまのアイデアのお陰です。レンタル衣装も皆さんのご協力で、ベーシックなものから奇抜なものまで取りそろえることができました。明日のグランドオープンが楽しみですわ」
その表情に安心したエリスは、プラムさんに手を振ってから、次はカフェに向かう。
今回の大規模再開発でエリスたちを驚かせたのが、精悍な若者だとばかり思っていたカフェの男性主人が、実はおなべ主人だったこと。
「こんにちはカオルさん、お店の準備はいかが?」
「ああエリスお嬢さま、順調ですよ。メニューにもスチームキッチンやティールームとも重ならない軽食や、西から来る小魚で取った魚の出汁を使ったパスタ料理などを新たに追加しました。明日が楽しみですね」
ちなみに店名は「ポット&ケトル」と改名するとのこと。「おなべちゃんとおかまちゃん」いう意味もありますよと店主は舌を出した。
ここまではいい感じで準備を終えている。が、ここまでは再開発。これからは新規施設となる。
エリスが次に向かったのは交わる町の最も北側。間もなくワーラン市街というところ。まずエリスが足を運んだのは派手な看板を掲げた施設。
「マシェリ、準備はどう?」
「あ、エリスお嬢さま、こんにちは。準備は順調です。新しく入ったアシスタントたちの教育もバッチリですよ」
ウインクをしながらエリスに気さくに答えるマシェリ。そう、ここはご主人様の隠れ家から独立させたカジノ。名づけて「リルラッシュ」
店内は以前の倍のスペースを持ち、テーブルもダイスとナンバーズが各々4テーブル、計8テーブルが用意された。コーナーにはカウンターバーも設置し、店内をアシスタントたちが飲み物を持って巡回する方式はこれまで通り。が、雰囲気は以前と比べ、意識的に明るくしている。
「明日のオープンが楽しみですね、お嬢さま」
マシェリが満面の笑顔をエリスに返す。
「マスター・マシェリ、こちらの確認をお願いできますか?」
マチルダが慌ててこちらに駆け寄ってマシェリに指示を願った。
「あ、エリスお嬢さま、申し訳ございません」
「いいのよマチルダ。マシェリも準備を優先してね」
「そうさせていただきますね、エリスお嬢さま。明日はお待ちしております」
面倒見の良い彼女は、部下たちから敬愛を持って「マスター・マシェリ」と呼ばれているそうだ。そうした話を聞くとエリス-エージも楽しくなる。
次に向かったのはカジノと併設して新規に建設したパブ。経営者はプラムさんとカオルさんの旧知の仲であるマロンさんとマコトさんの共同経営。なお、2人はおかまちゃんとおなべちゃん。そして店の名前は「トランスハッピー」。
「マロンさん、マコトさん、お店の準備はいかが?」
エリスの声に笑顔で2人は準備の進捗状況をエリスに説明した。そして2人は改めてエリスに礼を言う。
「お嬢さまのご提案と資金提供がなければ、私たちはこんなに明るいところには出てこれませんでした。本当に感謝してもし足りないです」
「いいのよ、プラムさんのレンタルブティックもうまく活用して、がっぽり稼いでね。私も楽しみにしているから。ところでショーの準備はどうなの?」
そこでにやりと笑うマコトさん。
「明日はグランドオープンですからね、おかまとおなべの華やかなステージをご提供いたしますよ」
そうなのだ。ガチホモに腕のいい料理人が多かったり、ファッショナブルゲイに素晴らしいバーテンダーたちがいるのと同様に、おかまちゃんやおなべちゃんには見惚れてしまうようなダンサーやシンガーたちがいるのだ。
「明日は絶対に来るからね。席を空けておいてね」
「宝石箱の皆さまにはVIP席を専用で常にご用意いたしますよ」
エリスは明日のショーを楽しみにしながら、次に紳士街に向かった。
ここはご主人様の隠れ家。
「あ、いらっしゃいエリスお嬢さま。工事は無事終了したよ。どうだい、良い雰囲気だろう」
ご主人様の隠れ家からゲームルームを引っ越しさせたもう一つの理由は、この店を真に男性専用とすること。店内はソファーとローテーブルによるボックス席を主体とし、ステージも用意している。これはいわゆるグランドキャバレーと呼ばれるスタイル。チップ制は廃止し、お客さまをいちいち支払いに煩わせることがないように配慮している。伊達者の楽園とのリンクはこれまで通り。さらに楽園でのお遊び前後に目的の女性とこの店で語らうことも可能とした。
奥には部屋を2部屋用意している。一部屋は評議会や各ギルドが来賓をもてなす場所。もう一部屋はワーランナンバーズのテーブルをあえて残した。こちらも来賓とのガチ勝負用。
「いい感じに仕上がったわね、マルゲリータ姐さん。まあ、わたしが来ることはもうないだろうけど」
するとマルゲリータがいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「多分奥の部屋にお嬢さまが拉致られることは今後もあると思いますけどね」
「勘弁してよ姐さん」
互いにもう一度笑いあいながら、エリスは店を後にした。
エリスが家に戻ると、ちょうど他の4人も帰宅したところだった。
レーヴェは商人ギルドで各店舗の登録について漏れがないように最終確認を行っていた。
フラウはケーキショップ、スチームブレッド店、ティールーム、ポット&ケトル、スチームキッチン、トランスハッピーの各店を回り、メニューの最終調整や、今後起こりうるであろうトランスハッピーへの出前手続きの確認を行っていた。
クレアはフリントとともに、交わる町と紳士街の新規建設店舗検収作業に回ってきた。
キャティはライブハウスとトランスハッピー、隠れ家でのショーに関する調整を、盗賊ギルドで各担当者とともに行っていた。
全員がそれなりに重要な仕事をこなし、迎えた昼。
「今日は百合のレストランで新作のシーフード料理が披露されたから、それを食べに行きましょう」
こうして5人と5柱は、幸せな午後を過ごすことになる。
一方こちらは冒険者ギルド。
「一体どういうことなんだ! 納得のいく説明をしてくれ!」
ものすごい剣幕で受付のレレン嬢に口角泡を飛ばしているのは勇者グレイ。その横でもギースが受付嬢を睨みつけている。
その剣幕にも負けることなくレレン嬢はやり返した。
「そんなの理由なんかわかりません。ギルドは迷宮を管理しているだけであって、迷宮そのものをギルドが所有し運営しているわけではないのですから!」
そう、とうとうワイトの迷宮入口が消えたのだ。これで勇者は魔王に対しての必殺のアイテムと神から啓示された何かを入手することができなくなった。
ギースが落ち着いて尋ね直す。
「なあお嬢さん、こういったことは今回が初めてなのか?」
「いいえ、実は以前、最悪の迷宮と言われた悪魔の迷宮の入口も消えたのです。ギルドも調査に出たのですが、原因はいまだ不明です」
「どうするんだギース、これで我々は魔王に対抗する手段がなくなったんだぞ」
「落ち着けグレイ、まずは神の啓示が事実だったのかどうかの問題もあるだろう」
そう、神の啓示では、勇者たちがワイトの迷宮を探索すれば、そのアイテムが手に入るはずだった。しかし数度に及ぶ探索によっても、それは発見できなかったのだ。
「グレイ、別の迷宮という可能性もあるだろう。とにかく各地の上級と言われる迷宮を探索してみよう。それにある意味ワーランに三馬鹿を連れてくる必要がなくなったんだ、今日は諦めよう」
ギースは無駄な議論をここで行うくらいならお茶を飲みに、いや、アイフルさんのご尊顔を拝みに行きたいのだ。
「そうだな、仕方がないか」
グレイは肩を落とし、ギースとともに冒険者ギルドを後にした。
そしてギースはティールームへ、グレイはマリリンさんの予約を取りに、互いに別方向の道へと足を運んだ。
さて、こちらは魔王城。
「なあ、ベルルナルさんよ」
「なんですかご主人さま」
「何でお前、そこに座ってんの?」
ベルルナルが座っているのは、魔王の膝の上。ご丁寧に魔王の首に両手を回している。
「これは失礼いたしました」
いそいそと魔王の膝から離れ、何くわぬ顔をして魔王の横に立つベルルナル。
「なあ、明日はワーランでイベントがあるみたいだけど、どうする?」
「ご主人さまはお風呂のご予約をなされたのですよね?」
「いちいちそういうことは確認しなくていい」
「私も連れて行ってください」
「しかたねーな。また泣き喚くんじゃねーぞ」
「大丈夫です。今度は1千万リル持っていきますから」
「あのね、そういう考えから身を持ち崩すの。これまでどおり100万リルにしなさいね」
「……」
「返事は?」
「……。はい、ご主人さま」
何故か立場が逆転してしまった2人なのであった。
さあ、明日が楽しみだ!




