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設計開始

「あん……」

 クレアは無意識のうちにこれまで響かせたこともないような甘い吐息を漏らした。

 

 全身が暖かなやさしさに包まれている。

 唇に触れるのは優し気な感触。

 

 けだるげな眼ざめの中、クレアはそっと目を開いた。


 すると、目を開いた先にはエメラルド色の瞳が見える。

 

「あ、あ、あ……」


 動揺するクレアを尻目に、何事もなかったかのようにエリスは朝の挨拶を微笑んだ。

「クレア、おはよう」

 あまりにも天真爛漫な響きに、つられるようにクレアも挨拶をかえしてしまう。


「え、あ、うん、エリス、おはよう」


 するとエリスは体を起こし、斜め上から見下ろすようにクレアに呟いた。

「ねえクレア。昨日私がお願いしたことを覚えてる?」


 お願い?

 ああ……。


 クレアは甘美な記憶とともに思い出した。

 それは合間のピロートークにも似た会話。

 エリスが持つ特殊な能力をクレアに教えるけれど、それは絶対に秘密にしてほしいということを。


「うん、覚えているよ」

「私のお願いを聞いてくれる?」

「もちろんだよエリス」

「ありがとクレア」


 すると再びエメラルド色の瞳がゆっくりとクレアに迫ってくる。

 無抵抗のクレアは再び甘美な世界に引き込まれた。


 が、まもなく二人の世界は現実に引き戻されてしまう。


「お嬢ー!クレアー!朝だぞー!」

「エリスもクレアも朝食の準備ができていますよー」


 などとレーヴェとフラウが客間のドアの前で二人を呼んでいる。

 ちなみに二人とも昨晩エリスに心ゆくまで虐げられたからなのか、お肌の調子とご機嫌が非常によろしいのであった。


 エリスとクレアは慌てて身支度を整えると、何事もなかったのように客間のドアを開ける。

 

「おはよう、レーヴェ、フラウ」

「おはようございます、レーヴェさま、フラウ」

「レーヴェで構わんよ」

「さあ、朝食にしましょうね」


 そのまま四人はいつの間にか決まった席についた。


「それじゃ朝食を食べたらクレアにも私の秘密を説明してしまうわね」

「秘密を聞いたら後には戻れんぞ」

「裏切ったらどういう目に遭うかしらね」

 などとクレアを脅す先輩二人なのである。


 それらの圧力に対し、蚊の鳴くような声ながらもクレアは二人に反論した。

「ボク、絶対にエリスを裏切らないから……」


「ほう」

「へえ」

 感心するレーヴェとフラウに対し、エリスは調教結果を見せびらかすようなドヤ顔で二人に目配せをしている。

 が、既に色々と諦め、心中の切替を済ませていた二人にはそんなエリスのドヤ顔にも動じない。

 

「何よ、もうちょっとヤキモチ妬きなさいよ」

 イマイチ女心が読みきれないアラサーヒキニートなのである。


 朝食後、エリスはフラウ達にも行ったように、クレアにも彼女の能力について秘密を説明をした。

 その内容に驚きながらも、クレアは冷静に納得している様子である。

 

「ああ、だからエリスは昨日、発熱の石を見せてくれたんだね」

「そうよクレア。私の能力があれば熱源に心配はいらないことは理解してもらえるよね」

「当然だよエリス」

「だから昨日の大浴場と水洗トイレの設計および施工を、正式にクレアの工房に発注したいの」


 これは大仕事である。

 エリスの依頼にクレアは心底うれしそうな笑顔となった。

 さらにクレアも続ける。

「ボクもお願いがあるんだけど。設計と施工監督をボクやらせてくれないか?それでできればその間、今の部屋を貸して欲しいんだ」「問題ないわよ」

 エリスは快諾する。

 既に切替を済ませているレーヴェもフラウも異存はないらしい。


「もう一つお願いがあるんだ」

「どうぞ」

「この工事は親方への恩返しにしたいと思うんだ。そしたらさ……」

「そしたら?」

「親方のところをやめてくるから、ボクもこの家に一緒に住まわせて欲しいんだ。あ、設計の仕事とかをして、ちゃんと生活費は入れるからさ」


 あまりにも予想通りの反応にレーヴェとフラウは互いに無表情で顔を見合わせる。

 続けて噴き出す二人。


「お嬢、私に異存はないぞ」

「私も無問題ですよ」


 当然エリスにもクレアの申し出を断る理由はない。

「わかったわクレア。歓迎するわ」


 一通り片づけを終えると、四人は改めて鍛冶屋横丁に向かい、クレアの工房に出向いた。

 まずは今日も既知のフラウが親方に声をかける。

「親方いらっしゃいますか?」

 すると昨日と同様に、巨漢のおっさんが工房の奥から顔をのぞかせた。

「おう、仕事の話はまとまったかの?」


 ここではフラウがエリスに替わって水路工事および大浴場建設工事の設計、施工依頼を親方に行うことにする。

 但し、図面上はあくまでもまきでお湯をわかすように偽装してあるのだが。


「こりゃあ個人にしちゃあ大掛かりな建築だな」

 親方そうがつぶやくと、クレアが横から親方にこう進言した。

「ボクがこの工事の設計から施工管理までを担当するよ。ボクが担当したいんだ!」

 これまでのおどおどとした姿からは想像もできない積極的なクレアの申し出に親方は目線を細めた。

「ほう、クレア。やれるか?」

「やるよ!」

「わかった。それではフラウさんたち。これからすぐに概算設計に基づいて見積を計算するからするから、正式発注の時に見積金額の半額を工房ギルドに納めてくれ。残り半額は引き渡し後で構わん」


 エリスたちは親方から提示された条件を了承すると、さらにこう付け加えた。

「もし良ろしければ、作業部屋を一室提供しますから、概算設計は我々の屋敷で行ってくださっても構いませんよ。当然泊まりこみとなるでしょうが」


 こんな好条件の話はなかなか無い。

 これは現場にて寝泊まりできるということである。

 ということはつまり、発注者の希望をその場でヒヤリングしながら設計修正を都度現場にて行えるということなのである。


 親方がクレアに振り返ると、クレアは承知したように胸を張った。

「ボク、行くよ!」

 その威勢のいい宣言に親方は納得した。

 

「それじゃあ概要設計が完了したらクレアは一旦工房に戻ってこい。設計に基づいて儂が見積を積算するからな」


 ということで仮契約は無事完了である。

 

 エリス達はそのままクレアと連れ立って、今日も中心街へと出かけていった。

 目的はクレア用の魔道具を用意するための品物購入である。

「クレアも1つお気に入りのかばんを用意してくれるかな?」


 さらに道すがらでエリスは色々と思いついた。

「そういえば、フラウとクレアは何か武器を使うのかしら?私はダガー、レーヴェはご覧のとおりのシャムシールだけれど」

 するとフラウが、あれ、言ってなかったかなという表情を見せた。


「私は冒険の際は『モーニングスター』と『カイトシールド』でゴリ押し派ですわ」

「もしかしてモーニングスターって?」

 ドン引きしたエリス表情にも気づかず、フラウは笑顔で答えた。

「ええ、鎖に結んだトゲトゲ付きの鉄球ですわ」


「カイトシールドというのは、もしかしてあれか?」

 何言っているんだこいつといった表情のレーヴェにはさすがに気付いたのだろう。

 逆にフラウはレーヴェに対して鼻で笑いかけた。

「あれというのが何を指すのかはわかりませんけれど、長方形の盾ですよ。シャムシールごときに抜かれるような代物ではありませんわ」

 フラウの挑発にレーヴェは前のめりとなる。

「ならば試してみるか?」

「はいやめやめ」


 なんでレーヴェは自分で挑発しておいて先に自分の頭に血が上ってしまうのかしら。

 しっかしフラウも大概だわ。

 この人って見た目は情熱的な割には実は冷静なのだけれど、中身はやっぱり情熱的なんだ。

 と、エリスは二人の間に割って入りながらため息をついている。

 

 一方で置いてきぼりを食ったようなクレアは困ったような顔をしている。

「ボクは武器を持ったことがないんだ。魔術師ギルドにも加盟していないから、魔導杖まどうじょうの支給もないし」

 どうやら魔術師ギルドは盗賊ギルドのようなピラミッド型の営利組織ではなく、魔術師同士の互助組合のようなものらしい。


「魔導杖って?」

 エリスは当然の疑問をクレアに向けた。

「魔導杖は呪文を使用るときに使用する必要精神力を減らしてくれる魔道具なんだ。それに呪文の詠唱時間も短くしてくれたりするんだよ」


 そこにフラウが補足する。

「魔術師は魔術との親和性を高めることによって必要精神力を減らすことができるのです。達人クラスならば基本精神力5の『ファイアバレット』の魔法も精神力1で行使しますよ」

 ちなみに『ファイアバレット』は、魔道具でいうところの『炎弾の指輪』と同じ効果をもたらすのこと。


「『魔導の指輪』ってのも同じ?」

「それも魔導杖と同じ効果を持つと思いますけれど。って、エリスは何故そのアイテム名を知っているのですか?」

「えへへ」

 実はエリス、先日レーヴェが行使するための対暗殺用魔道具を探していた時に『魔道の指輪』も見つけていたのだ。

 ただ、その効果はエリスにもレーヴェにも直接は関係がなかったので、そのときはスルーしてしまったのである。

 

 そうフラウに伝えると、彼女は慌てだした。

「指輪は杖よりも能力が高いものが多いですわ。ダメ元でもう一度探しに行きましょう!」


 ということで、エリスたちは急いで先日訪れた露店に再度向かった。

 道中にもいくつか淡く光っている道具を確認できてはいるが、まずは目的の店に到着するのが先。

 

「ああ良かった。残ってたわ」


 エリスは露店で、他の指輪よりも一段高いところに飾られた銀製の指輪を見つけて安堵した。

 

『魔導の指輪』

 装着者が魔術を使用する場合、その必要精神力を2減じる。

 但し1以下にはならない。

 魔道具の使用は対象外。

 必要精神力0

 自律型」


「お嬢ちゃん、それは値段が張るよ」

 血相を変えながら指輪に向かっているエリスの顔色を見て、若い店主はふっかける気満々の様子である。

「いくらだ?」

 レーヴェが冷静に尋ねると、店主はにやにや笑いながら答えた。

 

「ズバリ2万リル。びた一文負けないよ」

 が、すぐさまエリスは反応する。

「買いよ!」

 

 ものすごい剣幕でレーヴェの背を押しているエリスの勢いに店主は圧倒されてしまう。

「その代わり、そこに積まれている一山いくらの指輪を1つおまけにつけて頂戴!」

 エリスは身体を入れ替えてレーヴェの前に立つと、指輪の山から1つをつまみ出した。

 その間にレーヴェはすかさず店主に2万リルを握らせてしまう。

「お、おう、いいぜ。これで商談成立だ」


 その後、露店から数歩離れたところまで移動すると、レーヴェは魔導の指輪をクレアに渡してやる。

 それをクレアが指に装着してみる。

 うん。なかなか似合う。

 

「ところでお嬢。なぜあそこで能力を発動しなかったのだ?お前の能力ならば『魔導』を他の指輪にコピーできただろうに?」

 これはエリスとの付き合いが一番長いレーヴェならではの疑問である。

 するとエリスはにやりと下衆な笑みを浮かべた。

 

「これが本命だったからよ。とにかくあの場からは早く立ち去りたかったからね」

 そう含み笑いを漏らしながらエリスは真鍮しんちゅう製の粗末な指輪を三人の前にかざした。


「一体その指輪は……、ってもしかして!」

 疑問を口にしようとしたフラウであるが、その指輪を凝視することによって伝わってくる、かすかな、ほんのかすかな魔力を感じて絶句してしまう。


 ふっふっふ。


「さすが冒険者ギルドのベテラン受付嬢ねフラウ。そう、これは『氷結の指輪』よ」


『氷結の指輪』

 対象1体の表面を氷で覆い、ダメージを与えるとともに一定時間動きを止める。

 基本ダメージ10

 停止時間は相手の抵抗力による

 必要精神力5


「これはまたすごい魔道具を掴みましたね。多分専門店では2千万リル級のものですよ」

 感嘆するフラウの横でレーヴェも感心するように言葉を続けた。

「だからエリスはあの場からさっさと引き上げたかったのか」

「そうよ。あんな風に飾られた指輪の前でごたごたしていたら誰が注目し出すかわからないしね。あの場でちまちまと複写なんかやっていられないわ」


 要するに2千万リル級のお宝をゲットするために2万リルを捨ててきたというわけである。


「これは万一の時のために、全員分複写して装備しておこうね」


 その後ひと通り露店を回ったが、今日は他にめぼしい魔道具は見つからない。

 四人はクレア用のリュックサックを買うと、先日ランチを食べた店に再び向かったのである。


 席についてほっとしたところでエリスがまずはつぶやいた。

「今回の建設で財産の半分くらい使っちゃうわね」


 それを没落貴族であるがために金遣いに厳しいレーヴェが釘を刺す。

「そうだなお嬢。増やさずとも、減らすのは極力止めたいところだ」


 するとフラウが楽しそうな提案を皆に行った。

「それなら、クレアが設計をしている間に屋敷のお留守番もお願いして、三人で探索の仕事でも受けましょうか」

 へえ。

「日帰りで行けそうなところはあるのかしら?」

「ありますよ。アイーダの迷宮でしたら三人ならば半日で行って帰ってこれるでしょう。飽食のかばんがあれば、マッシュルームも取り放題ですしね。十分生活費稼ぎにはなりますよ」

「それなら、今日はもう帰って装備の整理をしましょうよ」

 エリスの提案にレーヴェもうなずく。

「そうだな」

 そこに仲間外れは勘弁してよというばかりにクレアも口をはさんだ。

「工事が終わったら、ボクも行くからね」


「重戦士1名、軽剣士1名、盗賊1名、魔術師1名のパーティならば、かなり高レベルの探索まで行けますよ。但しこのメンバーですと回復系のアイテムは必須ですね」

 フラウの分析にエリスはわざとすっとぼけた。

「あ、話していなかったかしら。レーヴェのシャムシールには『吸精』が乗っているから、切れば切るほどレーヴェは回復しちゃうわよ」


 するとすでに『吸精』程度の能力では動じなくなったフラウがそっと舌なめずりをした。

「それを私のモーニングスターに複写していただければ、敵をボコればボコるだけ私は回復するということですわよね」

「そうなるわ」

「ふっふっふ」


 最後の笑みはフラウが漏らしたもの。

 フラウ怖い。

 やっぱりレーヴェとは逆で、いざというときには頭に血が上るタイプだわ。

 気を付けようっと。

 

 ということで、ランチを済ませた四人は早々と帰途についたのである。

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