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薔薇色姫

「やるな、フェル爺さま」

「ほっほっほ、年季の違いじゃよ」

 ここはご主人様の隠れ家マスターズハイダウェイのVIPルーム。中で行われているのはワーランナンバーズ。

 メンバーはフェルディナンド先公、チャーフィー卿、卿の護衛長、そしてバルティス、テセウス、フリント、マリア、ニコル、一郎、レーヴェの10名。

 先ほどまでは一般のテーブルで遊んでいた彼らだったが、本格的に勝負をしようと、VIPルームに移動してきたのだった。

 チャーフィー卿らは初心者だったが、さすがに飲み込みが早い。また、大けがをしないような打ち方をする。ワーランのメンバーもそれぞれがすでにベテラン。そして碧の麗人レディ・ブルーグリーン

 しかしこの中でも頭一つ抜けたのがフェル爺さま。この爺さまが何度か隠れ家に通ううちについた異名が「茶売鰻ティーセラーイール

 とにかくこのジジイ、掴みどころがない。ジジイがディーラーの時にプレイヤーは当てられないわけではない。ただ、大勝負を仕掛けるとことごとく負ける。とにかく目立たないうちに勝っているという、とんでもないジジイだった。

 こんなメンバーのVIPルームでは緊張の糸が張り詰め、誰も余計なことは言わず、互いの表情を読みあうようになる。そう、鉄火場である。

 

「いらっしゃいませ」

 門番ベルボーイのミノルに無言で右手を挙げて挨拶をしながら店内に進む魔王と、魔王の左腕に右腕を通している深紅のドレスを身にまとったベルルナル。

 受付嬢も魔王の姿を見て、笑顔で「いらっしゃいませ、麦わら帽子(ストローハット)さま」と挨拶をする。実は魔王、隠れ家では結構人気のある存在。というのは、マルゲリータの上客と言うこともあるが、ぶっきらぼうな割には気が利き、金払いも豪快。特に隠れ家では思いっきり正体がばれている勇者と2刻もの間、女性談義を行ったというキモの太さがその理由。彼女たちは彼を地方領主の隠し子だとか、どこかの高位魔導師だとか噂しながら、いつの間にか彼を敬意をもって「麦わら帽子さま」と呼ぶようになっていた。

 一方ベルルナルは新参。しかも黒髪に黒の瞳、陶器のように白い肌と、とんでもない美人さん。これが店内の女性たちの不興を買わないわけがなかった。

 受付でベルルナルがチップの両替を済ませ、魔王を引っ張りながらゲームルームを目指そうと歩み始めると、そこに珍しく深紫のドレスを纏ったマルゲリータが現れた。ドレスが黒ではないということは、今日はお客を取らないということ。

「おや、ベルさん、今日はどうしたんだい?」

 マルゲリータがベルルナルを一瞥しながら尋ねる。困ったような顔をして答える魔王。

「こないだこいつを街に連れてきたんだが、女一人だったもんで店に入れてもらえなかったらしくてな。で、今日はお付き合いってわけだ」

 ふーん。マルゲリータもベルルナルの姿と、彼女がベルルデウスに回す腕を見て、ちょっとだけ嫉妬の炎が心に芽生えた。

「そうかい、せっかくだからよかったら私と遊んで行くかい? 今日は非番だけどベルさんなら構わないよ」

「マジか」

「マジだよ。いただくものはいただくけどね」

 これは棚からボタモチの魔王さん。予約なしでOKとは! ぜひここは遊んでほしい。

「ということでベルルナルさんよ、ここからは一人で大丈夫だな?」

「ええ、ベルルデウスさま。もう大丈夫です」

 心はすでにゲームルームのベルルナル。

「じゃあ、2刻後に迎えに来るからな」

こうして魔王はマルゲリータとともに店から出ていき、ベルルナルさんは店内の女性が向ける敵意のまなざしに全く気付かないまま、ゲームルームへと向かった。


 ゲームルームをうろつくベルルナルさん。いつもと違ってワーランナンバーズのテーブルに活気がない。それにマシェリやマチルダたちの姿も見えない。と、そうしているうちに彼女は扉に気付いた。扉にはVIPルームの文字。それを遠慮なく開けるベルルナルさん。そこでは、彼女の期待以上の鉄火場が展開されていた。

 張り詰めた空気の中、ディーラーのナンバーコールだけが響き渡る。ベルルナルはプレイヤーたちの顔を一通り眺め、見知った顔を見つけた。それは碧の麗人。ベルルナルさんはレーヴェのもとに歩み、彼女の背から声をかけた。

「こんばんは。私はベルルナル。あなたがレディ・ブルーグリーンさまですね」

 無言のレーヴェ。

「兄からお噂は聞いております。お強いそうですね」

「済まないが、終わるまで静かにしてくれないか」

 いらつくようにレーヴェが顔も向けずに言い放つ。すると、すぐにアシスタントのマチルダがベルルナルのもとにやってきた。

「お客さま、現在場は緊迫しております。場外からのお声掛けはご遠慮くださいませ」

 と、マチルダがベルルナルの耳元で説明し、空いている席に誘導した。

 言われるがまま、黙ってゲームが終わるのを待つベルルナルさん。

 そしてゲーム終了。一旦テーブルの雰囲気が緩む。するとレーヴェがベルルナルに声をかけた。

「先ほどは無碍にして済まなかった。ジジイの癖がどうしても思い出せなくてな。だがあなたの言葉で吹っ切れたのが良かったようだ。ところであなたは、ベルルエル殿の妹さんだとか」

「ええ、私はベルルナルと申します。兄に代わってこちらに参りました」

 するとバルティスが横から声をかけた。

「お嬢ちゃんも博打をやるのかい?」

「ええ、兄から教わってまいりましたわ」

その笑顔を見てテセウスが豪快に笑った。

薔薇色悪魔ローゼンデーモンの妹さまか、さながら薔薇色姫ローゼンプリンセスってところか。まあよろしく頼まあ」

 そして次のゲームが始まった。


 あうあう

 あうあう

 あうっ

 

 第一回戦をマルゲリータさんの言葉責めで終了した魔王は、マルゲリータから差し出された果実酒で体の火照りを収めていた。

 するとマルゲリータが不意に彼にカマをかけた。

「さっきの娘は、ベルさんのいい人かい?」

 豪快に笑い飛ばす魔王。

「まさか、あれは俺の部下の妹だ。ときどき黒髪のひょろっちょい奴が博打を打ちに来なかったか? あいつの妹だよ」

「ベルさんとはどういう関係なんだい?」

 ここで鈍感な魔王も気づく。答え方によってはマルゲリータさんが冷たくなってしまう可能性があると。

「ああ、具体的には傍系の親族だ。形式上、奉公というかたちで俺が面倒みているだけさ。ただの親戚娘だ」

 なぜかほっとするマルゲリータ。

 するとそこに受付嬢が慌ててやってきた。

「お楽しみのところ申し訳ございませんが、麦わら帽子さまに急なお呼び出しです。尋常ではないご様子なので、急ぎ受付までお願いいたします」

 何だろうと不審に思いながら全裸で堂々と受付に向かう魔王。薄絹を纏ってその後を追うマルゲリータ。

 受付に立っていたのはベルルナルだった。歯を喰いしばったような表情で、思いつめた顔をしている。

「なんだ、やけに早いな、どうした」

「魔王さま……」

 ここで慌ててベルルナルの口をふさぎ、耳元で魔王と呼ぶな、せめてご主人さまと呼べと小声で魔王がベルルナルを叱責する。そしてやりなおし。

「ご主人さま……」

「何だいベルルナルさん」

「お金を貸してください」

???

「お前、100万リル持って行ったんじゃないの?」

「負けちゃいました……」

???

「お前、あのゲーム得意だったんじゃないの?」

するとベルルナルの瞳から一筋の涙が流れ落ちた。


 VIPルームでのゲームに参加したベルルナルさん。序盤は1000リルで遊んでいたが、すぐに場の雰囲気に飲まれた。

 茶売鰻のジジイたちが放つ強烈な殺気。互いの読み合いは目だけでなく、張り方にまでおよぶ。彼女もすぐに無言の鉄火場に取り込まれた。

 そしてディーラーチェンジ。ここまで10万リルの負けが混んでいたベルルナルは、無謀にも手を挙げてディーラーとなった。ジャックポットは手持ちの90万リル。

 第1ゲーム 「4」でトータル勝ち。

 第2ゲーム 「3」でプラスマイナスゼロ。

 そして第3ゲームでそれは起こった。

 10名全員が上限1万リルを場に置いた。そして全員が2枚賭け。

 ベルルナルの目は「5」。それに全員が1枚ずつ札を開ける。全ての札が「5」

 全当たり(オールヒット)。この1ゲームでベルルナルは20万リルを溶かした。

 第4ゲーム。ベルルナルは「5」。ここで再びオールヒット。1枚掛けがフェル爺、レーヴェ、マリアの3人。他全員も2枚賭けで当たり。さらにベルルナルは29万リルを溶かす。

 第5ゲーム。全員が1枚賭け。ベルルナルはカードをめくる。3回連続の「5」。これはレーヴェとの名勝負の再現。あの時は負けたが、まさか今度も仕掛けるとはだれも思わないはず。が、10名全員が「5」の札を返した。そう、全員が読んでいた。3回目のオールヒット。

 ここでベルルナルは50万リルの支払いとなる、が、ジャックポットには50万リルもない。これが親飛び(ディーラーバースト)。強制的にベルルナルの親は終了となった。

 

「ご主人さま、このままでは悔しくて帰れません」

 とうとう泣きだしてしまったベルルナル。魔王は受付から自分のカギとタオルを借り、ロッカーから財布を取り出してからベルルナルの涙をタオルでやさしくぬぐってやる。

「ほれ、80万あれば足りるか?」

「ありがとうございますご主人さま。必ず勝ってお返しします」

 そう言ってぺこりとお辞儀をして、ベルルナルはそのシックな衣装に似合わない可愛い小走りで店に戻っていった。

「な、妹みたいなもんだろ?」

「ああ、可愛いもんだね。だけど、今日のVIPルームは猛獣の巣だよ。薔薇色悪魔ならともかく、あの娘で大丈夫かね」

「気にするな。さあ姐さん続きだ。とりあえずあおむけで額を踏んでくれ」

「相変わらずだね。黒のタイトスカートに下着は白、赤のピンヒールでいいかい?」

「ああ、そうしてくれ」

 こうして2人はプレイに戻っていく。


 あうあう

 あうあう

 あうっ

 

「それじゃまた来る」

「ああ、予約を楽しみに待っているよ」

 魔王は財布から残りの20万リルを取り出し、15万リルをマルゲリータに支払い、5万リルを受付の娘にチップだと言って置いて行った。

 そしてベルルナルを迎えにご主人様の隠れ家を訪れた。

「さて、ベルルナルのご機嫌はいかがかな?」

 と、受付からゲームルームに向かう途中のトールテーブル席に見知った姿。

 それは泣きはらしたベルルナルと、彼女を慰めている碧の麗人レディ・ブルーグリーンの姿だった。

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