メベットちゃん
私はメベット・チャーフィーです。6歳です。王都スカイキャッスルに住んでいます。
お父さまは王城でいつもお仕事をしています。お母さまは家で色々とお仕事をしながら、私に勉強をしなさいと言います。
私は九九を最後まで言えます。お父さまもお母さまも褒めてくれます。
皆さんも私のことを、里芋娘と言ってくれます。頭を撫でながら言われるので、里芋娘というのは褒めてくれているのだと思います。
ある日お父さまがお母さまに、
「ワーランに向かうぞ」
と言いました。そして私にも
「メベットや、貿易都市に旅行に行こう」
と言ってくれました。お母さまは不機嫌そうな顔をしていましたが、お父さまの話を聞いて、納得したみたいです。
「メベット、あなたに竜と契約できる資質があるのかどうか、見てもらいましょうね」
と、お母さまに言われたので、私は元気に返事をしました。
「わかりました、お父さま、お母さま」
って。
そして出発の日。お父さまはなにか慌てていました。
「護衛が足りない、勇者さまに裏切られたか!」
と叫んでいます。
「お父さまを裏切った勇者さまって悪い人なの?」
私はお母さまに聞きました。するとお母さまは人差し指を口に当てて
「勇者さまは悪い人ではありませんわ、ただ、ここがちょっと足りないの」
と、おつむを指さしました。最後に
「いまのお話は内緒よ」
と私に向かって笑顔で言ってくれました。うん、内緒にします、お母さま。
馬車の旅は退屈でした。お母さまがいい機会だと、私に勉強を教えるのです。揺れる馬車の中で書き取りをやったり、計算をやったりするのは大変でした。
それは王都を出発してから2日後のことでした。
「まもなく城塞都市マルスフィールドに到着する、そうしたら次が貿易都市ワーランだからな」
とお父さまが馬上から馬車の私達に声を掛けてくれました。お父さまも私達の馬車を守ってくれているのです。
すると突然護衛のおじさんが叫びました。
「悪魔が出たぞ!」
私は恐る恐る馬車の後ろから顔を出しました。
「ひっ」
怖そうな悪魔が空を飛びながら私達を追いかけてきていました。私は怖くなってお母さまに抱きつきました。
「大丈夫よメベット、お父さまたちがきっとお守り下さるから」
お母さまが私を守るように抱きしめてくれました。でも、外から聞こえるのはおじさんたちの悲鳴。そして馬車の後ろに気味の悪い影。お母さまが私を一層強く抱きしめてくださいました。
「怖い、怖い、怖い!」
「大丈夫よメベット、気をしっかり持ってね!」
すると外からまばゆいばかりの光が輝き、次に轟音が鳴り響きました。続けておじさまたちの歓声。お母さまが私を抱きしめる手がゆるみました。そして2人で外の様子を見に行きました。
そこで見たのは群青色の飛竜から優雅に飛び降りた竜騎士さま。竜騎士さまは馬車にまとわりつく悪魔を細身のソードで次々に切り倒していました。私はつい両手を前に組んで祈りました。
「竜騎士さま」
と。
するとお母さまが横で叫びました。
「あなた! レーヴェではありませんか! こちらに顔を向けてくださいまし!」
お母さまの声が聞こえなかったのか、竜騎士さまは背を向けたまま再び飛竜にまたがり、飛んでいってしまいました。
「お母さま、レーヴェって?」
私の質問にお母さまは答えてくれます。
「私の末の妹の名前よ。あなたのおばさまにあたります。といっても、まだ16歳のはずですけどね」
あの竜騎士さまがもしかしたら私のおばさまかもしれないなんて! 私は天にも昇る気持ちになりました。そしてそれをマルスフィールドさまが笑顔でお認めになりました。私のおばさまが竜戦乙女だと。
ああ、早く会いたい。おばさまに会いたいです。
数日後に貿易都市ワーランに到着した私たちは、評議会というところに向かいました。ワーランには領主さまがおらず、評議会というところで色々決めているのだとお母さまが教えてくれました。
評議会に着くと、美しいおばさまが私達を迎えてくれました。議長のマリアさまという方だそうです。私はマリアさまの美しさにため息をついてしまいました。
次に紹介されたのはワーランの宝石箱と呼ばれる方々です。この方々が、かの有名な宝石箱の方々なのね。と私はつい皆さんを見つめてしまいました。そして違和感を覚えます。それは、どう観ても皆さんが男性だったから。それもとても素敵な男性たち。私は碧髪の男性が先日の竜騎士さまだと思いましたが、髪型や背の高さが少し違います。すると私の視線に気づいたのか、碧髪さまが私にウインクをくださいました。ああ恥ずかしいな。
ところがその後、5人の女性が部屋に入ってきました。そしてマリアおばさまが皆さんを紹介してくれます。
「チャーフィー卿、こちらがワーランの宝石箱の5名です。そしてビゾンさま、メベットさま、ご親族がこちらにおりますよね」
そして碧髪の美しいお姉さまが私達に向かって挨拶をくださいました。
「お初にお目にかかります、チャーフィー卿。そしてご無沙汰しておりました。ビゾン姉さま」
驚いているお父さまと私の前でお母さまがお姉さまに声を掛けます。
「久方ぶりですレーヴェ。そしてお初にお目にかかります、宝石箱の皆さま。いつも妹がお世話になっております」
私のおばさまは想像を超えるほど美しいお姉さまでした。そして先程の男性たちが姿を変えました。それは小さな竜たち、ラブリーでキュートでプリティでチャーミングでファンシーな竜たちでした。
お父さま方は難しい話をしてましたが、私はレーヴェおばさましか目に入りません。そして聞こえてきたのは竜戦乙女の資質のお話。私は自信がありました。なぜなら私は里芋娘だから。それにこんなに美しくて頼もしい方が私のおばさまなのです。姪の私も竜騎士になれるはず。おばさまの飛竜が私に目を合わせてくださらないのは気になったけど。
そして試験。広場に出た私はお姉さまたちの指示で中央に立ちました。するとそこにファンシーな黒い竜が私の前にパタパタと飛んできました。それはとってもかわいい姿。が、それは突然大きくなりました。
そこにはこれまで見たこともない恐ろしい姿の巨大な邪竜が現れました。あまりの恐怖に私はパンツが濡れるのを感じながら目の前を真っ暗にしてしまったのです。
耳元で声が聞こえます。
「聡い娘であるから、あるいはと思ったが、やはりそうそう有資格者とは存在しないものか……」
それはマルスフィールドさまの声。私は目を覚ましました。私は誰かに抱かれていました。私はそっと顔を上げました。そこには美しいおばさまの顔。
「気がついたようだなメベット。怖い思いをさせてすまなかった」
そんなことはないです。確かに邪竜は怖かったけど、今こうしておばさまに抱っこしてもらえるのが嬉しいです。
「レーヴェおばさま、お姉さまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
勇気を振り絞って私はお願いしてみました。
「ああ、私もさすがにおばさまという年ではないからな、お姉さまのほうが嬉しいかな」
透き通るような笑顔で私に声を掛けて下さるレーヴェお姉さま。私は頭の中が真っ白になりました。お姉さま大好き。ところが、そんな雰囲気をぶち壊すような声が私の夢心地を遮ります。
「レーヴェ、さっさと準備しないと日が暮れちゃうわよ」
「お嬢すまない。すぐに用意をしよう」
私のレーヴェお姉さまに命令したのは、私とそれほど年が変らなそうな金髪の娘。可愛いけど、なんで私のお姉さまに命令するのかしら。気に入らないわ。
私は一旦お父さまとお母さまのところに戻されました。するとお姉さまが飛竜に乗り込みました。その前には生意気な金髪の娘。
「それではしばしお待ちを、迎えに行ってまいります」
お姉さまは私達にそう言い残し、飛竜ともう一匹の鳥竜とで、どこかに飛んでいってしまいました。




