勤労少女エリス
「エリス、お願いがあるのですけれど」
「珍しいわね。どうしたの? フラウ」
フラウのお願いとは、「睡眠の指輪」と「精神の指輪」を1つずつ作ってほしいというものだった。
「いいけど、何に使うの?」
「実はね、エリス」
フラウは陶芸都市セラミクスで見かけた陶器、特に茶器の素晴らしさが忘れられなかった。そして、ぜひあの見事な茶器たちを、趣味のよいアイフルやクレディアにも見せてあげたいと思った。
フラウの竜である鳳凰竜は、3人まで搭乗可能。しかもふぇーりんが結界を張ってくれる。ただ、一般人に長時間の飛行はつらい。そこで登場するのが睡眠の指輪。要は、空を飛んでいる間はお二人にお休みいただこうという計画。
「ダメかしら、エリス」
「いいけど、ティールームはどうするの?」
「1日お休みにしようかと……」
ちょっと考えるエリス。彼女はマリアの言いつけで、王都からの使者がワーランにやってくるまでは身動きが取れない。ならば暇つぶしに良いかと。
そして翌日。
フラウのお願い通り、指輪をこしらえたエリスは、いそいそとメイドウェアに着替え、背中におんぶひもで大地竜を背負った。
「じゃあ行きましょうか、フラウ」
「エリス、その格好は?」
「私が今日一日ティールームの店番をするのよ。文句ある?」
今日はフラウは陶芸都市行き、レーヴェはエリスの命令で北方のパトロール兼王都からの使者の動向調査、クレアは工房でモゲモゲくん2号機作成、キャティは朝からライブハウスに入り浸り。ということで、暇なのはエリスだけ。なのでエリスは退屈しのぎに店番でもやっていようと思いついた。
そしてティールームに到着の2人。エリスの申し出に最初は驚いたアイフルとクレディアも、すぐにエリスの心遣いに感謝し、頭を下げて店番のお願いをした。
店の裏で元のサイズに戻る鳳凰竜。フラウ、アイフル、クレディアは乗馬用のパンツとブーツに着替え、ふぇーりんにまたがった。
「それではエリス、行ってきますね」
「いってらっしゃい。お土産は気にしなくていいからね」
「おいしい漬物を買ってきますわ」
そしてふぇーりんはふわりと舞いあがった。
「よう、アイフルさん、セットを頼むよ」
まず店に来たのはバズさんとダグさんのコンビ。パトロールの帰りだろう。
「少々お待ちくださいね」
いつもと違う声に戸惑う2人。そして店内から大きなトレイにお茶とケーキを2セット乗せて持ってきたのは、可愛らしい金髪の少女。
「げっ、エリス。お前そんな恰好で何してんだ?」
「『げっ』とは失礼ねバズおじさま。今日はアイフルさんとクレディアは一日お出かけです。私は店番。ところでおじさま方も朝からお茶とは大層なご身分ね」
「いやいや、似合っているよエリス、こりゃ可愛いわ。背中の守護竜さまもいい味出しているぜ」
「ありがとうダグおじさま」
こりゃ面白いもんを見つけちまったと考えたおっさんコンビは、本日のケーキをいそいそと口に放り込むと、お茶をかっ込んでさっさとお勘定をし、店を出て行った。
するとしばらくしてからやってきたのは盗賊ギルドマスターのバルティスと冒険者ギルドマスターのテセウス。
「おいおい、困るなあ顧問殿、勝手にアルバイトをされちゃあ」
「こりゃ、近所の娘たちを集めて店を開くのもありかな? おじさん変な方向に目覚めちゃいそうだよ」
嫌な奴らが来やがったと、内心で舌打ちするエリス。しかしここは営業スマイル。
「いらっしゃいませおじさま方。ご注文は?」
「お前」
「お前」
「帰れよクソオヤジども」
エリスはそれ以上は無言で2人の前にティーセットを並べる。そしていったん店に戻ると、ワーランの宝石箱のフラッグマーク入りローレンベルク茶の壺を2つ抱えてきた。そしてそれを2人の前に置く。
「はいおじさま方、おひとりさま7000リルです」
「何で750リル足す5500リルが7000リルなんだよ、顧問殿」
「チップに決まってるでしょ」
そんなやりとりを交えながら、エリスがいそいそと働く姿を堪能した2人は、十分満足して1人1万リルずつを置いて行った。
次にやってきたのは紳士街の姐さん3人組
「おや、マスターの言うとおりだったよ。似合うよエリスお嬢さま」
「あらあら、お人形さんみたいですね。食べてしまいたいですわエリスお嬢さま」
「エリスお嬢さまのそんな姿は意外を通り越して驚きだわ」
と、マルゲリータ、マリリン、マシェリが勝手なことを口にする。
「いらっしゃいませ姐さま方。セットをお持ちしますね」
既に注文を取る気がなくなっているエリスは、3人分のセットを運び、姐さんたちの前に並べる。そして洗い物をするために店内に戻る。その姿は女性から見ても可愛らしくて微笑ましいものだった。
と、そこにやってきたのがフリントとマリア。エリスはまだ洗い物中。するとマシェリが席を立ち、店内に入っていった。
「お嬢さま、ここはやっておくから、お客さまのお相手をどうぞ」
マシェリが代わって洗い物をしてくれる間にエリスは注文も聞かずにいそいそとセット2組を用意し、フリントとマリアのところに運んで行った。
「ほう、テセウス達の言う通りじゃったの。可愛すぎて何か魂胆があるのかと勘繰ってしまうの」
「これはこれで可愛いわね。どういう風の吹きまわしかしら」
エリスの真っ黒な部分をよく知る2人は勝手なことを喋っている。そこにエリスが逆襲。
「それが労働にいそしんでいる可憐な少女に投げかける言葉かしら、おじさま、おばさま」
大笑いしながら茶を楽しむ工房ギルドマスターと商人ギルドマスターの2人を横目に、エリスは再び店内に戻った。
「ありがとうマシェリ、助かったわ」
「いえいえ、いつも私たちがお嬢様に助けられてばかりですから、これくらいはさせてください」
とそこにケンが箱を抱えてやってきた。
「アイフルさん、追加のケーキを持ってきたよ。って! 何やってるっすかお嬢さま!」
驚いて思わずケーキの箱を取り落としそうになるケン。
「失礼ね。今日はお留守番よ」
そうしている間も続々と店を訪れるお客様たち。どうもバズさんダグさんが、面白いものが見れるからと街中で焚きつけているらしい。
目が回るほどの忙しさでパニックになったエリス。と、そこにメイドウェアを着て、頭に混沌竜を乗せたクレアがやってきた。朝のエリスの姿を見て、多分途中で手が足りなくなるだろうなあと予想した彼女は、モゲモゲくんのクリエイトゴーレムを仕上げた後に手伝いに来たのだった。
「こんなことだと思ったよエリス。ボクも手伝うから夕方まで頑張ろう」
「ありがとー! 助かるわ!」
こうして、この日は少女2人がお茶でもてなすティーショップとなったのであった。なお、クレアもメイドウェアで店に出たという情報が流れ、午後からは工房ギルドの若手が大挙して押し寄せ、2人してパニックになったのは言うまでもない。
一方こちらは陶芸都市セラミクス。フラウは前回既に商人ギルドに自己紹介を済ませていたので、商品の購入はスムーズに行えた。そして、フラウが見込んだ通り、アイフルとクレディアのセンスは素晴らしかった。様々な店を3人で回り、お店での販売用、ティールームでのお客様提供用、自分たちが使用するものと、じっくりと選ぶ。
「母さま、これなんかおじさまたちにぴったりよ」
クレディアが選んできたのは無骨な、それでいて味のあるカップ。
「そうね、お客さまに合わせて茶器を替えるのもいいかもしれないわね」
アイフルが手にしているのは、乳白色の陶器に美しい絵が描かれているカップとポットのセット。これを店内に飾ればとても映えるだろうとアイフルは楽しげに想像する。
そんな2人の後ろを笑顔でついて回るフラウ。どこの都市に行っても、エリスは悪巧みに出かけてしまうし、レーヴェは出不精、キャティはすぐにどこかに行ってしまうし、クレアのセンスは最悪。と、これまで1人で買い物をしていた彼女は、やっとショッピング仲間を見つけたのであった。
「今度はマルスフィールドやウィズダムにも買い物に行きませんか?」
フラウの申し出に幸せそうに頷く2人。そして買い物は昼過ぎまで延々と続くのであった。
「ただいま」
フラウたちがティールームに帰ってきたときには、エリスとクレアは疲れ果てて座り込んでいた。横にはおんぶひもから降ろされたらーちんと頭から降ろされたぴーたんがつまらなそうにしている。
「アイフルさん、あれ、今日の売上……」
弱々しく代金箱を指さすエリス。そこには普段の3倍以上の売上金がしまわれていた。
「エリス、またお願いしますね」
フラウの笑顔に、エリスは疲れから返事をすることができなかった。が、あのフラウの笑顔には、絶対にまた買い物に出かけてやるという強い意思が表れている。安請け合いを後悔するエリス。
こうして気軽に始めた暇つぶしは、エリス-エージが転生してから最も働いた日となった。




