あなたの息は大丈夫ですか?
「レーヴェ、すーちゃん、もう一度説明してもらえるかしら」
ここは夕刻のエリス宅。エリスの前には正座をしたレーヴェと、その横に座る暴風竜。エリスの後ろには心配そうな表情のフラウとクレア、そして他人のことは基本どうでもいいけどお付き合いしているキャティ。
「すまんお嬢。しかし悪魔に馬車が襲われていたのだ。それを助けないわけにはいかないだろう」
「で、何をしてきたの?」
「いや、ちょっとすーちゃんの高電圧の息吹を浴びせた後に、馬車に纏わりついていたこざかしい悪魔どもを何匹か、こうサクっと……」
エリスは頭痛がした。聞けば護衛の騎士たちもいたというのだから、馬車周辺の悪魔は彼らに任せ、最初のハイボルテージブレスとやらで行動不能になった連中をすーちゃんが操る風の刃などで個別撃破すればいいだけだったのだ。それをこの考え無しの碧い娘は、馬車の周りで大立ち回りをやらかしたのだ。その姿をばっちりと馬車の乗客たちに目撃されながら。
「お嬢、これはもう一つ報告なのだが、馬車の乗客はもしかしたら私の姉かもしれないのだ」
「お姉さんって?」
「王都スカイキャッスルに嫁いだビゾン姉さまだ」
ふたたび頭痛に襲われるエリス。ワーランや最悪マルスフィールドの住人ならば口止めや情報操作も可能だろうが、王都の住人にレーヴェの戦闘能力を見られたのは非常にまずい。どんな噂になるのかわかったものではない。
「やっちゃったものは仕方がないけど、次からはなるべく姿を見せないようにしてね」
エリスは深くため息をつきながらレーヴェを諌める。するとそこでキャティが口を出した。
「ところで、高電圧の息吹とは何かにゃ?」
すると、キャティの質問に合わせるかのように、レーヴェを除く4人の意識に息吹解放の術式が刻み込まれた。不敵に笑う4柱の竜。そしていつもの通り仲良く説明を始める。
「エリスちん、俺の皇帝水の息吹は強烈だぞ」
「フラウりん、あたしの超高熱の息吹も、なかなかのものよ」
「キャティにゃん、わいの超低温の息吹が最強じゃい」
「クレアたん、オレの暗黒珠の息吹って、なんだか強そうだよ!」
それらの中二チックな響きに、何だかそわそわしてきた5人。
しかし無闇やたらにそれを試せるはずもない。ということで、5人はフラウが用意した夕食の席に着くのであった。それぞれのブレスの効果を食事のスパイスにしながら。
そしてお風呂。
で、その後はで久しぶりのブヒヒヒヒ
今日のトップバッターは当然のことながらレーヴェさん。
「久しぶりのお仕置きタイムよ、レーヴェ、覚悟しているわね」
「お嬢さま、許してくれ。 あ……そんなこ、イヤ……ぁ……」
そして素直に順番を待つ残り3人。
リビングでは相変わらず自らの竜戦乙女自慢で、かしましい竜たち。
こうして平和な夜が更けてゆく。
すっきりとした朝が来た。
「さてクレア、順番に回りましょうか」
エリスがラブリーサイズの大地竜をおんぶひもを使って器用に背負いながらクレアを誘う。
「わかったエリス、まずは盗賊ギルドからかな」
クレアも出かける準備を始める。その頭上には、ファンシーサイズの混沌竜が当たり前のように鎮座している。
2人の目的はプラムさんのお悩み解決。
まずは盗賊ギルド。向かいに座るのはギルドマスターのバルティスにマルゲリータ、マリリン、マシェリの4人。
「ということなの。ちょうど店も手狭になってきたし、皆の了解をもらえれば進めようと思うのだけど」
一通りエリスがアイデアを説明した後、それぞれに理解を求めるエリス。バルティスは引き続き利権が盗賊ギルドに残るのならば問題ないという見解。マルゲリータとマリリンもその方が良いとの判断。当事者のマシェリも、自身や部下たちには何ら問題がないと回答した。
次に向かったのは商人ギルド。目の前に座るのはギルドマスターのマリアとニコル、一郎の3人。
「いかがかしら、商人ギルドにとっては悪い話ではないと思うけど」
エリスの説明に対し、マリアは何の異存もない。ニコルと一郎は内心プラムたちのことを心配していたので、エリスの計画に彼らそれぞれの人脈で協力することを約束した。
「次は親方のところだね」
「そうね、あそこは強気で押し切るわよ」
3番目に訪れたのは工房ギルド。前に座るのはギルドマスターのフリントと、棟梁2人の合計3人。
「という訳なの、おじさま。儲かってうらやましいわ」
エリスの説明とクレアの図面を見て泡を吹きそうになる3人。
「こりゃ、マルスフィールドの連中にしばらく残ってもらわねばならんな」
フリントのつぶやきにクレアが答えた。
「モゲモゲくんをもう一輌こしらえようか?」
「そうしてもらえると助かる。ところでエリス、すいぶんと可愛らしい格好をしとるのう」
「いいでしょおじさま。これならだれもらーちんが守護竜だとは思わないわよ」
フリントの言葉にエリスは彼の目の前で一回転して見せる。背中には赤ん坊のように結わえられた守護竜さま。エリスにへばりつくように固定され、おんぶひもの中央に空けた穴から、尻尾をぶらんぶらんさせている。
「俺もこの方が楽でよい。さすがはエリスちんだ」
「クレアの頭も、ぬいぐるみにしか見えんな」
「ぴーたんが頭の上を気に入っちゃったみたいだから仕方ないや」
「この場所は最高だよ!」
そんな彼女たちの姿に一旦場がなごんだ。そしてフリントたちはすぐさま資材手配や施工計画の作成を開始する。
念のため冒険者ギルドにも報告を行った後、エリスとクレアは交わる町のブティックを訪れた。
「プラムさん、あの話は協力を得られそう?」
「ええ、エリスお嬢さま。私が考えていた以上に仲間たちはガチホモさんやファッショナブルゲイさんたちに嫉妬していたようです。皆喜んで協力を申し出てくれました」
「プラムさんのところも忙しくなるかもしれないけど、よろしくね」
「こちらこそ、お嬢さまには感謝しきれませんわ」
美しい笑顔で答えるプラムさん。この姿のどこが男なのだろうとエリスとクレアは改めて想う。そして計画が実行された時のその場の空気を想像して2人は楽しくなる。
「じゃ、帰ろっか」
「そだね」
こうしてエリスとクレアは気分良く自宅へと歩を進めた。途中でらーちんを宝石箱のティールームに降ろし、クレア特製の陶器でできた小さな樽をクレディアに預けてから。
そしてしばらくの後。
「む、そろそろ帰るか。クレディア、さっきクレアが渡した樽に茶をしまってくれるか?」
「わかりましたわ守護竜さま」
「らーちんでいいぞ」
クレディアは笑顔を浮かべながら、らーちんの前で、すっかり冷めたお茶を、クレアが特製に用意した陶器の小さな樽に注ぎなおす。そしてふたをし、結わえられているひもでらーちんの首に樽をくくりつける。
「お送りしなくてもよろしいのですか?」
「ああ、今日からは歩いて帰るさ。これも守護竜の役目だ。ところで、ちょっと下に降ろしてくれるか?」
クレディアは言われるがまま、らーちんを抱き上げ、地面に置いた。
「じゃあまた来る」
「お待ちしておりますわ、らーちんさま」
こよなく茶の香りを愛する大地竜は、冷めたお茶を自分の風呂桶に入れてもらい、ほのかな香りの湯につかるのが大好き。そしてティールームのアイフルとクレディアも、そんならーちんが大好きだった。
のそのそと歩きながら帰宅する守護竜の姿は、交わる町から百合の庭園までの街道における名物の一つとなったのは言うまでもない。




