三人目の犠牲者
心の傷は消毒だー。
昼食後、エリスは再びクレアを外に連れだすことにする。
が、ほかの二人がそれを簡単に許すはずもない。
「夕食の他に洗濯と水浴びの準備も任せた、フラウ」
「レーヴェ、洗濯と水浴びの準備の他に簡単でいいから夕食の支度もお願いね」
ほぼ同時に二人は互いにそれぞれの仕事への肩代わりを依頼した。
二人の目線の先では、エリスとクレアが今にも出かけようと玄関で靴を履こうとしている。
靴を履くのにまごまごしているクレアをよそに、エリスは不意に二人に振り向いた。
「それじゃレーヴェ、フラウ。後はお願いね」
「そんな……」
「私も……」
が、エリスは冷徹に繰り返した。
「お・る・す・ば・ん・を、お願いね。二人とも」
振り返ったエリスの表情を目の当たりにした二人は、色々と諦めたのである。
さて、小川の近くまで再び歩いてきたところでエリスがクレアに改めて話しかけた。
「さっきの熱源の話だけどさ」
話を続けながら、エリスはショルダーバッグから小さな石ころを取り出し、同時に取り出したトングでそれを掴んでクレアに見せる。
「例えばこういうのはどうかしら」
【赤くなれ】
エリスが唱えたコマンドワードにより、小さな石は赤熱し出す。
それをエリスは地面に置く小川の近くにできた小さな水たまりに沈めると、石は水たまりの水をしゅうしゅうと温めだした。
「発熱の石かあ、確かにこの石なら、コマンドが続く限りお湯を作り出し続けることはできるね」
クレアは、その手があったかとばかりに、興味深げな表情で興味深く石の様子を観察している。
「でも、この石1個では、鍋のお湯を沸騰させるのだけでも10分くらいかかるかな」
発熱する石と水たまりの状態を観察しながら、クレアはそう見当をつける。
「この石でお風呂まで無理だよ」
ところがクレアによるこの分析をエリスは待っていた。
「クレア。それならこの石がいくつくらいあれば、1メテル立方体の水を常時温かいお湯にすることができるかな?」
エリスは地面に木の枝で水路の簡単な設計図を描き、クレアに尋ねた。
そうした空想の話は大好きとばかりに、クレアはエリスの誘いに食いついてくる。
「そうだね。1メテル立方体の水なら、500ミルメテル立方体の発熱の石が必要かな。だけど、お風呂程度の温度なら200ミルメテルでもいいかなあ。あ、当然だけれど大きな石1つよりも小さな石が数個のほうが、表面積が大きくなるから熱伝導効果も高くなるよ。その分精神力は余計に必要だけれどね」
ちなみに1000ミルメテルで1メテルである。
1メテルはエージの世界でほぼ1メートルに等しいのは前述の通り。
「そうしたら、ここに遊水場所に作ったうえで、小川からの水を常にこの程度の水流で通過させるとして、流水を常時お風呂の温度にするとしたらどうかしら?」
エリスの問いに、クレアは楽しそうに木の枝で図面に数字を書き加えながら説明した。
「冬を基準にすれば、やっぱり500ミルメテルの立方体が必要かな。ただ、これだと夏は熱くなりすぎちゃうから、こうして水だけを迂回させる別の水路を作って、温め過ぎた水の温度を下げる仕組みをつけるといいよね」
「そしたら、こんな水路はどうかしら」
などと、エリスとクレアは交互に木の枝で色々なアイデアを地面に書き加えていく。
「常にお湯を湯船に注ぎっぱなしにして、その代わり反対側からお湯を一定量抜く仕組みを作る。これをトイレ用の水路に合流させてあげれば、冬も冷たくない水洗トイレになるよ」
「排水は湿地まで接続すればそれまでに十分冷めるわよね」
こうしてできあがったのは、公衆浴場と温水トイレの図面である。
「クレア、すごいわ!」
エリスは素直に感嘆した。
「これがもし実現できたら楽しいよね」
クレアもえへへと笑う。
「十人くらいが同時に浸かれる湯船と、それを囲む家屋の建設費はどれくらいかな」
「湯船は木製で500万リル、石材製で1千万リルくらいかな。家屋は木製なら1千万リル。レンガや石材を使用した上で細部にこだわっても3千万リルくらいで何とかなるかな」
この金額と、午前中にクレアに見積もってもらった水路の金額をエリスはざっと頭の中で計算してみる。
「ということは、水路建設と合わせても石の湯船に本格的な建物で5千万リルを見ておけばいいのね」
「うん、それくらいで十分かな。とはいってもすごい金額だけれどね」
クレアは空想を楽しむかのように空を見上げながらそう答えた。
ここでエリスはクレアの笑顔に対し突然容赦なく切り込んだ。
「ところでクレア、クレアって魔術を使えるのでしょ?」
正面からそう切り出すエリス。
一方のクレアは、あまりにも唐突なエリスからの問いかけに答えられない。
いや、答えられないのではない。
思い出したくないのだ。
そんなクレアの固まった表情を無視するかのようにエリスは繰り返す。
「クレア。あなたは魔術を使えるのでしょ?」
「なんで突然そんなことを……」
「いいから教えて!」
エリスの問い詰めにクレアは動揺した。
知らない。そんなの知らない……。
「クレア。あなたは魔術を使えるのでしょ?」
しつこいよエリス……。
なんなの、なんでボクにそんなことを聞いてくるの?
さっきまでエリスはボクに優しかったじゃない。
二人で楽しく話をしてたじゃないか。
レーヴェさんもフラウさんも、優しかったじゃないか。
なんで急にボクにそんなことを聞くの?
なんで僕を問い詰めるの?
しかしエリスはクレアを逃がさない。
「クレア。もう一度聞くわ。あなたは魔術を使えるのでしょ?」
なんで、なんで、なんでそんな意地悪なことを聞くの?
「クレア。魔術を使えるのでしょ?」
しびれを切らしたかのように、エリスは後ずさるクレアの右手を左手でつかんだ。
やだ、思い出したくない。
やだ
触らないで!
しかしエリスは容赦なく質問を繰り返す。
「魔術を使えるのでしょ?」
もうやだ死んじゃえ!
クレアはエリスに向かって、反射的に『爆発』を唱えたのである。
すぐに我に返ったクレアは、衝動的に自分が取り返しのつかない呪文を唱えてしまったことに気づく。
それはあのときに恐怖に囚われ唱えてしまった呪文。
彼女の身体中に蛇のような手を伸ばし、すぐ終わるから我慢していろと言ってきた叔父に向けて唱えてしまった呪文。
また唱えてしまった。
またボクは脳漿の色に染まるの?
エリスの……。
クレアは自らの過ちに視界を真っ暗に染めてしまう。
が、すぐにクレアは闇から引き戻された。
「バカね、クレア」
クレアは誰かにやさしく頭を抱えられた。
それは彼女が頭を吹き飛ばしたはずの少女である。
よかった、生きていた。
クレアの頭の中が今度は真っ暗な世界から真っ白な世界に切り替わる。
抱えられた頭が心地よい。
涙が止まらない。
もう誰も呪いたくない。
もう誰からも隠れたくない。
自分がなんだかわからない。
「クレア、こっちを見て」
少女の声が耳元で響く。
クレアは両の頬を小さな手で包まれていた。
「両親がいないのは、私も同じよ」
続けて唇に何かが柔らかく暖かく優しく触れたのである。
一方のアラサーヒキニートは、クレアに対しては落ち着きを見せながらその唇を奪うも、実は心臓バクバクである。
なぜなら、クレアの呪文完成とともにエリス-エージの頭は爆発に襲われ、同時に腰に結び付けていた犠牲の人形がきれいに飛び散ったからである。
まさに一撃必殺。
エリス-エージはクレアの身体を支えながら安堵と誓いを胸に浮かべた。
よかった、犠牲を複写するための人形をたくさん買い込んでおいて。
犠牲の人形だけは絶対にはずせねーな。
さて、エリスがクレアを抱きかかえながら屋敷に戻ったところで、ちょうどフラウとレーヴェもそれぞれの仕事を済ませていた。
エリスがフラウとレーヴェにそっと耳打ちする。
「今日の水浴びは、二人で先に行って待っててくれない?」
レーヴェとフラウは今日何度か目のため息を二人で合わせた。
「皆での水浴びを当たり前だと思わせろということですね」
フラウが切なそうにエリスに確認すると、エリスは不条理な宣言にて答えた。
「失敗したらフラウのせいだからね」
びくりとするフラウに一転してエリスは表情を和らげる。
「うまくいったら、すぐにでもクレアにも私の秘密を教えてあげられるの。だから協力してね」
今晩の夕食はフラウお手製のローストチキン。
それにパンと甘いスープが添えられている。
「召し上がれ」
フラウの勧めに、クレアはフォークを動かす。
でも、心はここにない。
クレアは夢うつつのまま、就寝前の水浴びタイムを迎えた。
「それじゃクレア。水浴びをして寝ましょ」
「うん……」
クレアの反応は鈍い。
が、エリスは構わずクレアを洗面所に連れ込んでいく。
洗面所では、既に碧いスレンダー美少女と、紅いグラマラス美少女が二人の訪れを待っている。
その美しい光景が刺激となり、クレアは我を取り戻した。
それはクレア自身が望む世界ではあったけれど、現実にあるとは想像もしていなかった世界である。
美しい女性だけの世界。
これまで自分の世界にこもっていたクレアは、簡単に自身の世界から目の前の世界に引きずり出された。
「クレア、こちらに来い」
「クレア、おいでなさい」
レーヴェとフラウからのお誘いに再びパニックとなるクレア。
その場で立ちすくむクレアの服は、エリスが容赦なく脱がせていく。
脱がされるままのクレアは徐々にその発展途上な肢体を露わにしていく。
エリスよりも膨らみはあるがまだまだこれからの小さな胸。
完成まではもう数年くらいは必要であろう細く中性的な体つき。
エリスは最後にクレアの髪を結んでいる紐を解いてやる。
するとひっつめにされた髪が解放され、艶のある黒髪がさらりと広がっていく。
「いきましょ」
エリスに手を引かれ、漆黒は金色とともに碧と紅が待つ聖域に飛び込んでいった。
「ここにはボクをいじめる人はいない」
碧色の美少女に黒髪を丁寧に洗われ、紅色の美少女に身体をやさしく拭かれながらクレアは想う。
目の前には透き通るような白い肌と、きれいな金髪のコントラストが美しい妹くらいの少女が楽しそうに水浴びをしている。
すると、不意にエリスはクレアの黒い瞳を正面から見つめた。
「クレア、つらかったのね」
エメラルド色に見つめられたクレアの瞳から涙がこぼれた。
涙が止まらなくなる。
無意識のうちに、クレアは目の前の少女に抱きついた。
そして泣く。誰にも気兼ねなく泣く。
心の底に淀んでいたものを、涙と一緒に流していく。
「クレア、行きましょう」
エリスはクレアの身体をタオルできれいに拭うと、そのままクレアの手を引き、裸体のまま客間に向かっていった。
残されたレーヴェとフラウも心得たものである。
エリスとクレアの寝間着を客間のドアの前にたたんでおくと、二人もそれぞれの部屋に戻ったのである。
ということで今晩もブヒヒヒヒ
ひたすらエリスに甘えるように抱きついてくるクレア。
アラサーヒキニートは、今晩ばかりは下衆技を封印し、彼が知る限りのやさしいテクニックでクレアを包んでやる。
「大丈夫、大丈夫よ。クレア」
「うん、うん。ボクも大丈夫だよエリス」
クレアは久しぶりに何の恐怖もない世界を味わった。
その世界は優しくクレアを夢の世界へと誘っていった。
さてっと。
クレアが眠りに落ちた後、エリスはやれやれとばかりにドアの前に移動し、クレアの枕元に寝間着を置いてから、部屋を移動していく。
まずは紅にお仕置き。
「フラウあなた。クレアの前でこの家の主人面をしたわね!」
「お許し下さいエリスさま……」
今日もフラウはその期待通りになぶられた。
次は碧に八つ当たり
「レーヴェ、他人に優しくするのに疲れたわ!」
「私でよかったら八つ当たりしてくれお嬢様」
今日も理不尽な理由でレーヴェは辱められた。
ローテーションだと今日はレーヴェの寝所で過ごす日。
だけどお客さんもいるから、たまには自分の部屋で寝ようかな。
などと一瞬考えたが、ここはアラサーヒキニート。
クレアにドッキリを仕掛けるため、エリスはクレアが眠る客間に戻っていく。
「朝も優しくしてあげなきゃね」
ということでアラサーヒキニートはクレアが眠りに落ちているベッドに潜り込んだのである。