さよならメタルイーター
大地竜の眉間にダークミスリル製短針剣の切っ先が冷たく当てられる。
暴風竜の喉元がしなやかな指に囚われ、逆鱗に指先が食い込む。
氷雪竜の尾が容赦なく掴まれ、サンドバッグのような姿で淡く光る爪の前に喉元を晒される。
鳳凰竜のこめかみを、美しい手のひらが容赦なく掴み、万力のようにぎしぎしと音をたて始める。
そして同時に怒りの声を上げる4人の竜戦乙女たち。
「貴様ら、ぴーたんに何をした」
そこにはもう一人。泣きわめきながら漆黒の髪を振り乱し、必死でメタルイーターを探す少女がいた。
ぴーたんは迷宮に帰ることにした。それは彼なりにいろいろ考えた結論。
冒険者ギルドにいけば、使ってもらえるかもしれないとか、工房ギルドにいけば、雇ってくれるかもしれないとか。
でも彼は気づく。
そんなの、彼女たちがいなければ何の意味も無い。彼女たちと過ごせる時間がなければ意味が無い。
そして胸が痛む。
あそこに自分の居場所がなくなってしまう時のことを。新たなドラゴンが現れてしまった時のことを。
その時の自分を想像したくない。きっと憎悪や嫉妬や侮蔑に自分がまみれてしまうから。
だからメタルイーターは迷宮に向かう。
これまでの大勝利人生を胸に抱え、再び闇に眠るために。
ところがさすが攻撃力ゼロのうすのろ魔獣。深夜にエリスたちの家を出発したはずなのに、早朝のバズさんダグさんパトロールに早々と引っかかってしまう。
「お、ぴーたん、早朝散歩か?」と、馬から降りてぴーたんに話しかけるバズさん。
「おろ、クレアちゃんはいないのか?」と、周辺を見渡して事情を鑑みるダグさん。
2人はいつものように遠慮無くぴーたんの頭をぺちぺちと叩く。なぜなら彼らは収穫祭における戦友だから。ぴーたんは2人にお辞儀をするように頭を下げると、わかってくれとばかりに東を前脚で指す。
「何だい、お出かけかい」
「そうか、あまり宝石箱たちに心配かけるなよ」
バズさんとダグさんはぴーたんを一人前の存在として扱った。そして2人はパトロールに戻り、ぴーたんは迷宮に向かう。
そのころの百合の庭園と交わる町は、ありえないほどの大騒ぎになっていた。
「ぴーたんを探せ」
これが2つの街に出された指令。その重要さは突然の指令に慌ててエリスのもとにやってきたケンとハンナが、エリスたちの形相を見て、質問するのをやめて町の皆に臨時閉店を命じたほどのものだった。
フラウとキャティはぴーたん誘拐の可能性も考え、すぐに魔導馬で冒険者ギルドと盗賊ギルドに向かう。ぴーたんのやばさを知る両ギルドは早々にワーラン街中および郊外にギルドメンバーを捜索に向かわせるとともに、ぴーたん発見までは街中の店舗操業停止を要請した。これはすぐに商人ギルドにも伝わり、マリアは評議会議長権限でぴーたん捜索以外のワーランにおける全ての活動を停止させた。4柱の竜たちもそれぞれの探索能力を活かし、ぴーたん捜索隊のメンバーとして人型となり、ギルドメンバーらとともに四方に派遣された。
この日は初めて、ワーランの街に戒厳令が敷かれた日となった。
そこにひょっこりと戻ってきたバズさんとダグさん。2人は早朝と打って変わって街が異様な雰囲気になっているのに驚く。
「なんだなんだ」
「何があったんだ!」
状況を確認しようとする2人に野次馬が怒鳴る。
「ワーランの宝石箱のマスコット、ぴーたんがいなくなったんだよ!」
「ぴーたんって、メタルイーターのぴーたんか?」
「他にいるかどあほう!」
熟練の冒険者である2人は、ここで冷静に正しい行動をとった。
しばらくの後、バズさんとダグさんはメタルイーターのぴーたんを、捜索本部が設置された街中の広場に連れて帰った。彼らはぴーたんと出会った場所から冷静にトレースし、ぴーたんを発見したのであった。
ぴーぴー泣きながらダグさんの脇に抱えられているぴーたん。
捜索本部ではエリスたちが待機していた。
「ああぁー!」
ぴーたんに泣きながら抱きつくクレア。
「ばか! 心配したんだからね! 心配したんだからね!」
クレア以外の4人は、各々の竜をしばいた時に、それぞれの竜から、ぴーたんがいなくなる気持ちもわかるという話を聞いてしまっていた。
しかし、ぴーたんの想いは、ひきこもりだったエリス-エージとクレアにしか多分わからない。
もう様子を見るしか無い。
そのうち捜索に出ていた竜たち捜索隊や、ぴーたんが見つかったと聞いて安堵したクロスタウンの住民たちも広場に集まってきた。
ぴーたんは困った。
目の前で大好きなクレアが大泣きしている。
役立たずのぼくのために大泣きしている。
ぴーたんは困った。そして嬉しくなった。
だから、ついクレアの前に頭を上げてしまった。クレアの瞳を見つめようと。せめてクレアに自分の気持ちを伝えようと。
クレアはやっと落ち着いた。そして腹を立てる。このクソボケ魔獣に文句を言ってやろうと。どれだけ心配したのかを伝えてやろうと。彼女はぴーたんを覗きこんで文句を言ってやることにした。
「ばか、ぴーたん」
ぴーたんが頭を上げたのと、クレアが顔をぴーたんに向けて文句を言ったのは同時だった。そしてクレアの唇がぴーたんの鼻先に触れた。
あれ?
ぴーたんの意識に漆黒の渦が沸き起こる。意識が漆黒に塗りつぶされる。
あれ??
意識の渦が徐々に透明になっていく。
あれ???
そしてぴーたんは気づいた。
「クレアたん! オレを広場の空いているところに投げろ! このままじゃやばい!」
突然のぴーたん? の声に慌てて従うクレア。でもそれは投げるのではなく、やさしく放るように。そして放たれたぴーたんは光りながら巨大化する。
そこに現れたのは、漆黒の竜。誰がどう見ても竜としか見えない竜であった。
大きな頭に小さな前脚。ずっしりとした体躯に強靭な二本足。そしてお約束レベルの小さな背の翼。全身は漆黒。
広場にいた全員がその姿に硬直する。なんだこの禍々しい存在はと。「邪竜」という言葉しか思い浮かばないこの存在は何だと。
漆黒の竜は微動だにしない。
竜を見つめる誰も動けない。
ただ、1人だけ動けるものがいた。
「ぴーたん?」
漆黒の竜に声を掛けたのは漆黒の髪を持つ少女。
「うーんと」
竜は自分自身が何なのか分からない。ただただ、自分も竜であったこと。そして、目の前の漆黒の髪を持つ少女と意識が繋がったこと。それが嬉しい。
「あれ、クレアたん、オレと契約してくれたんだ。ありがと。ところでオレって何者?」
「あなたはメタルイーターのぴーたんだよ!」
「うーんと、ちょっと違うみたいなんだ」
「どうしたの?」
「クレアたん、頭に何か術式浮かんでない?」
そう言われてはじめてクレアは気づいた。自分の意識にいくつかの術式が浮かんでいる。
「これって、竜戦乙女の術式かな?」
「オレが竜ならそうかも。っていうか、なんでオレ、今までメタルイーターだったんだろ」
「なんでだろうね」
「まあ、細かいことはいいか、クレアたん」
「君はぴーたんでいいんだよね?」
「うん、オレはぴーたんだよ、クレアたん」
漆黒の乙女と漆黒の竜の会話に、他のものは全て置いて行かれた。
漆黒の世界で透明に染まる空気。
ところが、そこに探索から戻った他の竜達が血相を変えて、各々の契約者をかばうように立った。
「エリスちん、こいつはやばいぞ」
大地竜らーちんがエリスに意識を送る。
「レーヴェちゃん、まずは逃げるよ」
暴風竜すーちゃんがレーヴェに意識を送る。
「キャティにゃん、ここは一旦引くで」
氷雪竜あーにゃんがキャティに意識を送る。
「フラウりん、リセットボディをするから、わたしの背中に乗って!」
鳳凰竜ふぇーリんがフラウに意識を送る。
4人の戦乙女に共通の疑問は、「なぜ?」
その疑問に4柱の竜が答える。
「あいつは混沌竜だ!」




