居心地いいです
「クレア、まだ大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、フラウ!」
「つらくなったらすぐに言うのよ、クレア」
「うん! ありがとう、エリス」
ここは鳳凰竜の背中。
彼女たちは東の街セラミクスから西の街ワーランまでを一気に飛翔している。その速度から襲いかかる重圧は並の人間には到底耐えられないもの。しかしクレアは耐えた。ぴーたんを抱きしめながら、エリスたちの足手まといにならないように必死で耐えた。
そのかいもあり、彼女たちはその日の内にワーランまで戻ることができた。
さすがに肩で息をしているクレアとぴーたんを家に残し、他の4人は盗賊ギルドと冒険者ギルドに内々の報告に赴く。
「もう俺は何も言わんよ」
ここは盗賊ギルド。あきれ果てたように声を絞り出すのはギルドマスターのバルティス。その目の前には竜のマスコットが4柱。
「で、4柱目の契約者はフラウか?」
「ええ、バルティスおじさま」
ため息をつくバルティス。続けて嫌らしい笑顔を浮かべた。
「お前、親父にも一応報告しておいてやれ。一生私はお嫁に行きませんとな」
「そのつもりですわ、おじさま」
「うーんと、もう一度説明してくれるかな」
ここは冒険者ギルド。目の前でキョトンとしているのはギルドマスターのテセウス。フラウの父親。
エリスたちはこれまで繰り返してきた説明をテセウスにも行う。
フラウが竜戦乙女となったこと。竜戦乙女はその純潔を竜にささげること。
ここがテセウスには引っ掛かる。
「なあフラウ、その、あの、ささげる云々ってのは……」
「お父さま、私に一生乙女であれということですわ。別に私が竜に凌辱されたわけではありませんよ」
するとフラウの肩に停まったふぇーりんが言葉を続けた。
「フラウりんのお父さま、わたしがフラウりんの契約竜である鳳凰竜のふぇーりんよ。わたしがフラウりんにひどいことするように見える?」
思わず席を立ちあがり、フラウに近付いてまじまじと鳳凰竜を見つめるテセウス。そしてフラウの方を見る。
「この可愛い手乗りの鳥が竜なのか?」
「元のサイズは100ビートほどですけどね」と、フラウ。
「あたしのことが可愛いとは正直なお父さまですね」と、ふぇーりん。
椅子に座り直し考えるテセウス。おかしな虫がついて愛する娘がおかしな道に落ちることを考えると、娘がマスコットの様な竜と契約して一生を過ごすというのは、父親として大勝利なのではないか? しかも竜にはおかしな虫の撃退効果があると来たもんだ。
「わかった、ふぇーりんさん、これからも娘を頼む」
「ふぇーりんでいいわよお父さま」
こうして馬鹿親思考に基づき、テセウスは自らの娘が竜戦乙女となったことに納得した。
一方ここはお留守番のクレアとぴーたん。
「掃除だけしちゃうから、ここで待っててね、ぴーたん」
クレアはぴーたんを寝床の桶に入れ、フラウが戻ってきてすぐに夕食の準備を始められるように、簡単な部屋の拭き掃除を始める。その姿を桶の中から見つめるぴーたん。
ぴーたんは今日の鳳凰竜の背中で、クレアが必死に「大丈夫だから、大丈夫だからね」と自分に声を掛けてくれているのを聞いていた。
ぴーたんはこう見えても魔獣。しかも物理と魔法攻撃は無効。正直、高速飛翔の圧力なんか屁でもない。でも、この娘は、自らが押しつぶされそうになっている中でも、自分のことを心配してくれた。
ぴーたんは桶から頭を出してクレアを見つめる。そう、ただただ、クレアを見つめる。
そうこうしているうちに、4人と4匹が街から帰ってきた。
「ただいまクレア、ぴーたん、今日はクレアの大好きなチキンの照り焼きにしましょうね」
まず家に入ってきたのはフラウ。彼女はクレアに声をかけながら、自然にリビングにいるぴーたんの頭をなでて、そのままキッチンに向かう。その肩にはふぇーりん。
次に家に入ってきたのはレーヴェ。
「フラウが夕食の支度をしている間に洗濯をするから、洗濯物を籠に入れてくれ。クレアもかばんから出しておけよ」
胸にすーちゃんを張り付けたレーヴェも、ぴーたんの頭を無言でひとなでした後、洗濯場となった洗面所に向かう。
「コミックシンガーが理解できてパインバンブー一座が理解できないのはおかしいにゃ!」
「わいもそう思うでエリス、パインバンブーは最高や!」
「うるさいわね、あんな腐れギャグでなんで笑わなきゃならないのよ!」
「俺もパインバンブーはナシだと思うぞ、キャティ」
その後ろからは、先日のパインバンブー一座について激論を交わしているエリス&らーちんとキャティ&あーにゃん。
「とりあえずお風呂で決着をつけるわよ」
「望むところだにゃ!」
「夕食はお風呂の後にしますか? エリス」
「ええ、お願いフラウ」
こうして喧々諤々と口から泡を飛ばしながら、左腕にらーちんを抱えたエリスと首にあーにゃんを巻いたキャティが、ぴーたんの横を通り過ぎる。当然のようにぴーたんの頭を撫でながら。
そしてしばらくすると、まずはフラウがキッチンから出てきた。
「夕食の準備も出来ましたし、ふぇーりんも水浴びは平気ですよね」
「うん、羽でばしゃばしゃやるのは大好きだよ、フラウりん」
「じゃ、お風呂に案内しますね」
「ちょっとワクワク」
こうしてフラウとふぇーりんも浴場に向かう。当然のように途中でぴーたんの頭をなでて。
「さて、今日はつけ置きだけにしておくか」と、洗濯マニアっぽい独り言をつぶやいた後、レーヴェも洗面所から出てきた。相変わらず胸にはすーちゃんが無言で張り付いている。
「クレア、そろそろ私達も風呂に行こう」
「わかった! レーヴェ!」
レーヴェの声掛けに、クレアも今日の掃除に見切りをつけて風呂に向かう。レーヴェは当たり前のように胸にすーちゃんを張り付けて。そしてクレアは当たり前のようにぴーたんを桶から抱きかかえて。
浴場ではフラウが5つ目の桶を用意し、そこにお湯を入れてふぇーりんを浸けてみた。すると羽をパタパタさせて全身にお湯をいき渡らせるふぇーりん。
「フラウりん、これ気持ちいいよ!」
「それは良かったわ、ふぇーりん」
しかしその横ではあーにゃんが見つけた打ち湯ポイントの争奪戦が魔獣共の間で既に始まっており、かけ湯のところではエリスとキャティがいよいよパインバンブー一座の件で熱くなっている。
「よし、ここは皆でこれを歌おう」
レーヴェが歌い出したのは、皆が大好きな「戦乙女の輪舞曲」
「キャティ、一時休戦よ!」
「当然だにゃエリス」
「私も歌いますわ」
「僕も!」
こうして久しぶりに、大好きな曲を5人全裸仁王立ちで歌う竜戦乙女たち。
そしてその姿に、つい見惚れてしまった4柱の竜と1匹の魔獣。
こうして本日の入浴は終了した。
夕食はクレアの大好物。5人は和気藹々と食事を済ませ、就寝の準備に入る。
「ふぇーりんはとまり木のほうがいいかしら?」
一応他の竜とお揃いの桶と柔らかい布を用意したフラウはふぇーりんに確認する。
「大丈夫だと思うよフラウりん、ちょっと置いてみて」
フラウが桶を置き、布を敷くと、その上に器用に着地するふぇーりん。
「うん。大丈夫。ありがとうフラウりん」
こうしてリビングに桶が5つ並び、すべての部屋の明かりが消された。
ここは当然ブヒヒヒヒ
「フラウ、竜戦乙女になった気分はどう?」
「エリス、これで私は一生エリスのものですわ」
「可愛いわね、ところであなたって竜戦乙女?」
「違いますエリス、私はあなたの豚女です」
あ……。
「えっと、ここであたしは乱入すべきなのかしら」
「いや、やめておいたほうがいいと思うぞ」
ふぇーりんの素直な質問にらーちんが素直に答える。
「さすがエリス、もうぼくのレーヴェちゃんのところに到達しているよ!」
「なあらーちん、おんどれの竜戦乙女、いったいどうなっとんじゃい」
本来は眠る必要もない竜達の間で、こうして井戸端会議が始まる。
「ぼくもびっくりしたよ、洞窟にレーヴェちゃんちが来た時は、資格者ばかりなんだもん」
「それを言うなら、いきなりダークミスリルで四肢を砕かれた俺の身になって欲しい」
「わいのところに2匹がかりでかかってきたわれどもがそれ言うか」
「でもきついのは生命エネルギー嘔吐だと自信を持って言えるわ」
「それは違いない」
「怖いのはもう1人資格者がいるところだね」
「わいら以上の竜っておるか?」
「まあ考えられないですけど、歴史上には色々記録がありますからね」
4柱の竜が会話を重ねる場所。
そこで一匹もの想う魔獣。
いつの間にか、バケモノどもが当たり前のようにこの家にいる。
しかも、それぞれがそれぞれの乙女と契約とかやらをして。
ぼくは契約ってわからない。
多分しても何もない。
ぼくをかまってくれるクレアは竜戦乙女の資格を持つ。
もし他に竜が見つかったら……。
もしかしたらぼくは、クレアの邪魔になってしまうんじゃないのだろうか。
彼女たちはぼくに優しくしてくれる。
でも、今日クレアは鳳凰龍の背中で必死だった。唯一竜戦乙女ではなかったから、つらそうだった。
ぼくがここにいれば、クレアも他の乙女も、ぼくを大事にしてくれる。
でもそれではクレアが竜戦乙女になれない。ぼくがここにいる限り。
……。
翌朝、ぴーたんがいなくなっているのを最初に見つけたのはクレアだった。




