ふぇーりん
ここは陶芸都市セラミクスと魔導都市ウィズダムの間に広がる荒野。
エリスたち一行は、いったんここで鳳凰竜ふぇーりんの様子を見ることにした。
暴風竜すーちゃんがゆっくりと荒野に着地する。そして大地竜から降りるエリスたち4人と、暴風竜から飛び降りるレーヴェ。
「フラウ、鳳凰竜の様子はどう?」
エリスがフラウに、彼女の髪に隠れてしまった鳳凰竜の様子を尋ねた。意識を鳳凰竜に向けるフラウ。
「どうですか、少しは落ち着きましたか、鳳凰竜さま」
「ふぇーりんでいいよフラウりん、もうダメかと思った。助かった」
他の竜も同情している。
普通、竜の存在に対し、人間の小娘などは竜からの威圧感や竜への恐怖心などで、近づくことすらできない。さらにその竜と共存しようなどとは到底思いつかない。それを成し遂げるには、竜とともにありたいと願う強固な意志と、竜の威圧感もを恐れぬ強靭な精神が必要。だからこそ竜戦乙女の資質というのはめずらしいのだ。そして名づけにより、竜の精神は無防備となり、くちづけにより竜は純粋無垢な乙女の存在を純粋な状態となった己に受け入れる。ようするに、強制的に名づけ、くちづけをされるというのは、竜にとっては想定外の事態なのだ。
氷雪竜は幸福だった。己に一方的に「あーにゃん」と名づけたキャティが有資格者だったから。そしてキャティが氷雪竜に対し無垢だったから。
鳳凰竜は不幸だった。己に一方的に「ゴージャスピーチさまずドラゴン」と名づけたピーチが無資格者だったから。そしてピーチは鳳凰竜に対し欲望をぶつけたから。
無防備な精神に無資格者の存在と欲望を一方的に押し付けられた鳳凰竜は、全身全霊で彼女を拒否した。そしてそれが生命エネルギーの嘔吐とへとつながった。というのが今回の顛末。
すると、ようやく落ち着きを取り戻した鳳凰竜がフラウの髪の中から姿を現す。その姿は竜というより鳥。頭は嘴の代わりに牙の生えた口角を持ち、両翼の先には鉤爪のような前足があるが、身体は頭からすらっと伸びた尾の先までが、鱗ではなく真紅の羽に包まれている。
「わたしは鳳凰竜のふぇーりん。このたびフラウりんと契約して竜戦乙女を得ることができました。当面の目標は勇者どもへの仕返しです」
皆に自己紹介を行うふぇーりん。それに対し、それぞれもふぇーりんに自己紹介を重ねていく。
そこでエリスがふぇーりんに尋ねた。
「ふぇーりんさまは何か究極解放は使えるの?」
「ふぇーりんでいいです。うーんと、あたしのは他の連中のとちょっと違うけど、見てみる?」
そう言うと、ふぇーりんは元のサイズに戻り、フラウに背中に乗るように促した。
「それじゃフラウりん、シェアサイトをお願い」
フラウがシェアサイトを解放し、視界を共有すると、ふぇーりんは羽ばたきながら上空に舞った。
「次は経路確定よ。自分自身がどこを飛んでいくかをイメージしてくれる?」
言われるようにフラウは上空から、自分が飛ぶルートをイメージする。
「それじゃ炎鳥召喚を解放!」
するとフラウと鳳凰竜が紅蓮の炎に包まれ、そのまま高速で宙を舞った。
あっけにとられるエリスたち。しばらくすると炎は何事もなかったように消え、フラウと鳳凰竜は元の場所にゆっくりと着地した。
炎鳥召喚の能力を把握したフラウが、自らも興奮しながらも皆に説明する。
「ふぇーりんが纏う炎には、味方を回復させ、敵を攻撃し、関係ないものには何の効果も与えないという効果を持っています」
ふぇーりんが続ける。
「大地竜たちのような一撃必殺の技ではないけど、面白い技だとあたしは思っているわよ。短所はフラウりんがあたしに乗っていなければ使えないことだけど、そうそうこの技を使うこともないでしょ」
確かにタイマンではあまり意味のない能力だが、敵味方が乱戦になった時に、この能力は非常に価値が高い。何しろ、味方全員を鼓舞し、敵全員を委縮させるのだ。大規模戦になればなるほど効果がある。
とりあえずこの能力は他には内緒にしておきましょうと、エリスは皆を言い含めた。まあ、ワーランの重鎮たちすらにも、大地竜以外の彼らの究極解放は見せてはいないのだが。
「それじゃ、もう少しチャーミングサイズで休ませてもらうわね」
ふぇーりんは再び小さくなると、フラウの髪の中に隠れてしまった。
「さて、これからどうしましょうか」
エリスはこれからの行動予定を決めることにする。
「これでクレア以外は高速飛行が可能になったな」
レーヴェの何げない一言にさびしそうな表情をちらっとだけ見せたクレア。するとフラウの髪の中で、ふぇーりんがフラウに何やら囁く。その言葉に明るい表情を見せるフラウ。
「ふぇーりんはすーちゃんほど高速には飛べませんが、その代わり竜戦乙女以外の人も、2人までなら結界を張って飛行することができるそうです」
高速タイプのすーちゃんと汎用タイプのふぇーりんということか。
「そしたら、すーちゃんにレーヴェとキャティ、ふぇーりんにフラウとクレアと私とで大丈夫?」
エリスの確認に、レーヴェとフラウが各々の契約竜に改めて状況を説明する。
「問題ないよ、レーヴェちゃん、エリス。それに、2人だけならもっと速く飛べるよ」
「大丈夫です、エリス。フラウりん、目的地までの案内をお願いしますね」」
すーちゃんとふぇーりんもOK。らーちんとあーにゃんはそれぞれラブリーサイズとプリティサイズとなり、エリスとキャティが抱える。ぴーたんの担当はクレア。
「それじゃ、クレアが大丈夫なところまで、飛ぶだけ飛んでみましょう!」
すーちゃんとふぇーりんは羽ばたきを始める。そして2柱の竜は、西へ向かって飛び立っていった。
「これはどういうことだ?」
顔をひきつらせながらギースがダムズとピーチに、わかりきったことを尋ねる。さすがにこれはやばいと思ったのか、おとなしくしている2人。
ここは陶芸都市セラミクス東の荒れ地。数刻前には、勇者グレイが魔法のロープを使用し、真紅の竜を捕えていたはずだった場所。
今そこにあるのは魔法が掛かったままのロープ。そのサイズはかなり縮んでいる。
「いや、気づいたら竜がいなくなっていたんだよ」
バツが悪そうにグレイたちに答えるダムズ。
「気づいたらって、私たちがお前たちをいまここで起こしたんだけどな」
ダムズの言い訳に嫌みを返すギース。
「そんなことより竜だ、竜はどこに行った!」
焦るグレイ。それはそうだ。「竜戦乙女の候補者がどうしても必要だ!」と、説明もそこそこに、領主の幼い娘を半ば無理やり連れてきてしまったのだから。
横では事情が分からず、ずっと泣きじゃくっている領主の娘と、今未だ事情が飲み込めないセラミクスの領主。
「どういうことなのか説明してもらおう」
無理やり連れてこられた領主がグレイたちに説明を求める。そこで改めて竜と竜戦乙女についての説明を始めた。
竜が存在したことと、それを一旦捕獲したことについて驚く領主と領主の娘。
竜と竜戦乙女との関係に関する説明で、その強大な力に顔が真っ青になる領主と領主の娘。
そして竜戦乙女となるための条件と、竜戦乙女に降りかかる呪いに関する説明で、こんどは顔が真っ赤になる領主と泣き出す領主の娘。
領主は震えながら勇者グレイに問いただす。
「勇者殿、貴殿は儂の愛する一人娘を、一生恋愛を禁じられた存在に封じ込めようとしたのであるな?」
「わたくし、竜にこの身を捧げなければならないのですか?」ひときわ大声で泣き出す幼い領主の娘。
ぽかんとする勇者グレイ。だが、この世の中、領主のような反応の方が一般的なのが事実。宝石箱の面々の方が色々とおかしいのだ。
呆けているグレイをギースが代弁する。
「いや、領主殿、悪意があったわけではない、我々も王命に従おうとして……」
「ならば竜戦乙女の候補者とやらを先に探すのが道理であろう!」
ギースの言葉をさえぎり、領主は彼らに辛らつな言葉を浴びせる。
「もうよい、この件を王都に正直に報告しても互いに何も得るものはない。勇者はセラミクスの東で竜に遭遇したが、取り逃がした。それでよろしいな?」
了解するしかない勇者一行。ダムズの陰でピーチが舌打ちしたのに気付くグレイとギースも、ここは黙っていた。ピーチでも契約できるかもしれないと浅はかな考えに囚われたのは自分たちの責任だから、と。
「わかりました。我々は一旦王都に戻り、竜戦乙女の候補者をまずは探すように、王に進言します」
こうして勇者一行は重い足取りで王都スカイキャッスルにリープシティの魔法で飛んで行った。




