陶芸都市セラミクス
「おいグレイ、本当にこの辺りに竜はいるんだろうな?」 ダムズが勇者に無礼な口を利く。
「そいつの竜戦乙女は、私じゃなきゃダメだろうねえ」 ピーチが特権の匂いを嗅ぎつけ、ポジションを押さえに行く。
「まあまあ、まずは竜を見つけましょう」 これが金になると読み、珍しく調子を合わせるクリフ。
勇者パーティがたどり着いたのは「陶芸都市セラミクス」。ここは魔導都市から東に馬車で3日の場所。西の都市が主に鍛冶細工という鉱石文化が主であるのに対し、こちらはいわゆる陶芸細工という土石文化を主な産業としている。
スカイキャッスル王家から勇者への勅命は魔王の殲滅だが、ある事件の後、王の側近からもうひとつの目的を勇者たちは与えられた。
それは竜の発見と、竜と竜戦乙女による王都スカイキャッスルの守護を導くこと。ようするに、ワーランの大地竜のような存在をスカイキャッスルにも引っ張ってこいということ。
勇者グレイ達が把握している守護竜と竜戦乙女の情報は次の通り。
ひとつ 守護するか否かは竜が決める。
ふたつ 守護竜は竜戦乙女を得ることでグレートデーモンを打ち破るほどの能力を発揮することができる。
みっつ 当然のことながら、竜戦乙女は女性であること。
そしてここにギーズが持ち帰った、おもいっきりノイズが混じった情報が加わる。
それは、「竜は熟女に弱いこと」
先ほどのピーチの余裕はこの点にある。
「まあ待て、まずはセラミクス領主と冒険者ギルドのもとに赴こう」
盗賊ギースが勇者グレイに次の行動を示唆した。
「そうだな、まずは領主に会っておこう。次に冒険者ギルドで情報収集だ」
さて、一方のエリスたち。
ここでフラウは偽装を提案する。
冒険者として8人全員で活動するのは無理がある。なぜなら、迷宮を含めた探索に8人という人数は多すぎるから。なので、8人のうち3人を陶器の買い付け商人、5人を護衛としておく。これならば筋も通る。
ということで、買い付け商人役にエリス、フラウ、クレア。護衛としてレーヴェ、キャティ、エリソン、レーヴァテイン、キャティスと割り振る。
馬車にはエリスたち3人、他の5人は魔導馬で随行。これで陶芸都市の門は問題なく通行することができる。
さらにエリスはワーラン評議会準会員証持ち、キャティはワーラン盗賊ギルド証持ち。この2つでセラミクスの商人ギルドと盗賊ギルドに挨拶に行くことができる。上手くいけば商人ギルドから領主への挨拶への道も開かれるはず。ということで、エリス、フラウ、クレアは、防具から街着に着替える。そして彼女たちも陶芸都市セラミクスに足を踏み入れた。
まずエリス達が向かったのは商人ギルド。これは彼女たちの目的が「商品の買い付けである」と印象付けるため。
商人ギルドでは、神経質そうな職人肌のおっさんがエリスを迎えた。
「これはこれは、ワーランからの仕入れですか」
「ええ、最近ローレンベルク茶が復活してきたのはご存知ですよね」
ほう、と、マスターはエリスを感心して見つめなおす。この幼女が市場を語るかと。
「なんちゃって。フラウお姉さま、後はお願いしますね」
ここでエリスはフラウにバトンタッチ。
ギルドマスターも思い直す。ああ、多分準会員証を持つ金髪の幼女はどこかの貴族の娘で、実務はこの紅髪の賢そうな娘が取り仕切っているのだろうなと。
こうして、まず商人ギルドが騙された。
次に盗賊ギルド。
キャティが受付嬢にワーランの盗賊ギルド証を示し、仕事をするつもりはない旨を伝える。これは、万一キャティが事件に巻き込まれた時に、盗賊ギルド同士の相互扶助を発動させるための手続き。
「はい、手続き終了です。こちらをギルド証と一緒にお持ち下さいね」
キャティはセラミクスギルド発行の期限付証明書を手にする。これで何かあっても都市間の問題になることはない。こうしてエリスたちは身分を確保し、陶芸都市セラミクスを自由に歩くことが出来る立場を手に入れた。
「8人だ。部屋は2部屋。なるべく高級な部屋を。ただし護衛の関係上、隣接させてくれ。なければ最悪1部屋でも構わん」
らーちんがエリスの教えたとおりに宿のフロントで護衛長らしく部屋の手続きを進める。
横には財布を持つフラウ。金髪の壮健な重戦士に、紅髪の聡明な娘。宿のフロントは、何の疑いもなく最高級スイートルームの鍵を差し出した。
「さて、しばらくは様子見と情報集めね」
エリスの言葉に頷く4人。竜どもは既にチェンジヒューマンを解除し、各々好きなところに転がっている。
「エリス、夕食を食べに行くにゃ」
「そうだな、先程から街中で良い匂いがしている」
そういえば竜たちは食事の必要がなかった。
「らーちんたち、お留守番を頼めるかしら」
エリスの問いかけに、尻尾を振って答える3匹と1匹。
「じゃ、街に夕食と行きましょうか」
こうしてレーヴェとキャティも街着に着替え、セラミクスの街に繰り出した。
町並みでやはり目立つのは陶芸品の店。特にレーヴェとフラウが店先でちょくちょく立ち止まる。
横でエリス達が覗いてみると、そこにあるのは薄く焼かれたカップやトレイなど。
レーヴェとフラウは店内に入り、陶芸品を楽しそうに眺め、手に取り、ため息をつく。
「アイフルやクレディアをここに連れてきてやったら、良い仕入れをするのだろうな」
「今のティールームで販売されている茶器も素晴らしいですものね」
直接唇に接する茶器は、繊細であれば繊細であるほど、茶の味を邪魔しない。
また、その儚い美しさは、茶のほのかな味わいと通じ、透き通った世界を成す。
これはレーヴェとフラウの会話。そこにエリスが疑問を投じる。「なぜ、販売をしないのか」と。
「こうした陶芸品は、なかなかワーランまではたどり着かないからな」
レーヴェのため息に、エリスがふたたび「なぜ?」と重ねる。
「単純な話だよ。旅の衝撃に焼き物が耐えられん」と、レーヴェが答える。
「ここまで薄く仕上げたものは、それこそ冒険者のかばんでも使わないと運搬は無理ですわ」と、フラウも続ける。
あれ?
で、ここで全員気が付いた。自分たち全員が「冒険者のかばん」を圧倒的に上回る「飽食のかばん」を持っていることを。
「これがフラウが以前言った、商人殺しということね」
5人は改めて「飽食のかばん」の恐ろしさを確認した。それとおみやげの陶器を買って帰ることは別のことだけど。
次に訪れたのは小綺麗なレストラン。
そこで5人は各々珍しそうなメニューに挑戦する。エリスを除いて。なぜなら、エリス-エージには見知ったものばかりだったから。
レーヴェの前には、豆のソースで煮た肉と野菜が入った鍋と、生の卵が入った器が置かれる。
フラウの前には、薄い衣でフライにされた海のエビと魚、それに野菜が置かれる。別の皿には塩と豆の汁と香辛料が別々に盛られる。
クレアの前には、以前フラウがこしらえたものよりも、一層つやつや光るよく焼けた鶏に、細かく刻んだ野菜とキノコを炒めた料理が置かれる。
キャティの前には、魚の切り身とライスを丸めた、幾つもの美しい毬と、甘酸っぱいカリカリしたものが綺麗に盛りつけられた皿が置かれる。
そしてエリスの前には、煮たのではなく、炊かれたライスと、しなびた野菜。そして豆のスープ。
「頂きます!」
5人は食事を始める。
「レーヴェ、ちょっとよこしなさい! フラウ、1本もらうわよ! クレア、ひと切れちょうだいね! キャティ、横のカリカリだけもらうわ!」
4人の食事、「すき焼き」「天ぷら」「照り焼き」「手毬寿司の付け合せのガリ」から次々と少しずつ奪い、ライスを食べるエリス。
ふふっと笑みを浮かべたフラウがエリスに返した。
「エリス、それではそれを、一切れいただきますね」
フラウがつまんだのは、エリスの「漬物」
そのフラウの言葉で、皆は思い出した。一郎たちとのマルスフィールドへの旅で食べたご飯と鶏肉と漬物のスープを。そうだった。この街セラミクスは、美味しい街でもあったのだ。
5人の意識からセラミクスの竜についての話題が消え、それぞれの料理を交換しながら楽しむひととき。
まあ、仕方ないよね。
こうして5人は陶芸都市セラミクスの一夜を堪能し、お腹をいっぱいにして宿に戻った。




