飲ませて打たせて抱かせます
ここはアイフルとクレディアが経営する「宝石箱のティールーム」
エリスたちはマルスフィールド公とロバート税務官を落ち着かせるため、こちらの店に連れてきた。
お連れの者達は周辺で、ワーラン名物スチームブレッドを頬張りながら警備を続けている。ちなみにスチームブレッドの味は非常に好評のようだ。
茶の香りに落ち着きを取り戻す公と税務官。そして公が口を開いた。
「エリス、済まないが、大地竜や暴風竜との出会い、そして彼らがワーランの守護竜となるまでの経緯を教えてもらえんか」
公と税務官の本当の使命は守護竜の調査。大地竜がワーランの守護竜となったことだけでも大騒ぎなのに、つい先程の暴風竜による押しかけ守護竜宣言と、公や税務官だけでなく、ワーランの評議員たちも大混乱している。
「わかりましたわ」
エリスは説明を始めた。ほとんどが大嘘だけど。
大地竜の出会いについては、評議会で説明したとおり、何も知らずに西の丘陵に向かったエリス達が大地竜と出会ったこと。そこで大地竜から魔王の制約が解けたことと、エリスが大地竜と契約するなら、彼女の故郷であるワーランを守護してやると言われたこと。そして竜と彼女は契約を結び、街に戻ったこと。
マルスフィールド公は隣のテーブルに目を移す。そこにはティーカップを前に、ひなたぼっこの姿勢でぴくりともしないラブリーサイズの大地竜。
「大地竜らーちん殿、今の話は本当でございますか?」
公の問にも、らーちんはぴくりとも動かない。そこにフラウが助け舟を出す。
「らーちんさまは、お茶が冷めるまでは誰の声にも耳を貸しませんよ」
「先に暴風竜との出会いも説明いたしますね」
エリスは説明を続ける。大地竜を伴い、西の名もない漁村に向かったこと。そこで大地竜が本来の姿を現したこと。それにより、大地竜が暴風竜に発見されたこと。
「暴風竜は当初、大地竜に戦いを挑みました」
大嘘をエリスが続ける。戦おうとした暴風竜を大地竜が「今は争うべき時ではない」と説得したと。そこで暴風竜が出した条件が、乙女を生贄に差し出すこと。こうしてレーヴェがその身を暴風竜に捧げたこと。
「暴風竜すーちゃん殿、今のお話は真か?」
公がレーヴェの胸にへばりついているキュートサイズのすーちゃんに尋ねる。するとすーちゃんは翼の下から流線型の頭を出した。
「なんだか知らないけど、ぼくのレーヴェちゃんに手を出したら皆殺しだからね」 そしてすーちゃんは頭を翼の下に戻す。
答えにはなっていないが、恐ろしさだけは公と税務官に伝わった。
公は再びエリスに向かい、質問を続ける。
「契約というのは具体的には何を行ったのか?」
「竜に名をつけ、くちづけを捧げました」
エリスがつらそうに答える。そのわざとらしい表情に吹き出しそうになったレーヴェも頭を垂れる。それを、レーヴェも辛かったのだと勝手に勘違いした公たち。
「辛いことを思い出させてすまん。最後にもう一つだけ教えてくれ。君たちが竜に選ばれた理由もしくは条件とは?」
演技続行中のエリスと、何とか笑いをこらえたレーヴェが互いに顔を見合わせ、答える。
「わかりません」
するとふたたびすーちゃんが顔を出した。
「レーヴェちゃんがぼくのお気に入りだからに決まっているだろこのクソボケ!」
そうしてふたたび翼に頭をしまおうとするすーちゃんに公が慌てて声をかける。
「すーちゃん殿、レーヴェ殿のどこを気に入ったのだ? 頼みます、お教えくだされ!」
イスからその身を卸し、床に傅くマルスフィールド公。その姿にエリスたちも慌ててイスから立ち上がり、公のもとに駆け寄る。
「すーちゃん、教えてやってくれ」
たまらずレーヴェがすーちゃんに頼む。すると仕方がないかとばかりに顔を出すすーちゃん。
「わかったよ。マルスフィールド公とやら、ぼくがレーヴェちゃんを気に入ったのは、乙女であることと、もうひとつはその資質だ」
「資質とは?」
「ぼくとの契約に耐えうる強靭な精神力を持っていること。これを見れば納得するだろう。レーヴェちゃん、行くよ」
レーヴェはオープンデッキから裏の空地に向かう。それに付いていく公たち。すーちゃんはレーヴェの胸から離れると、その姿を巨大化させる。
「さて、空の散歩と洒落込もうよ、レーヴェちゃん」
暴風竜はレーヴェを背負うと、大空へと飛び出した。そして上空を猛スピードで旋回する。その姿に公たちは驚愕を覚えた。
しばらくして、ふわりと舞い降りる暴風竜。そしてキュートサイズに戻り、ふたたびレーヴェの胸に張り付いた。
「どう、レーヴェちゃんが平気なのわかる? これが資質だよ」
平然と佇むレーヴェの姿に、黙って頷くしかない公たち。
そしてここまでがエリス達が描いた出来レース。他都市が竜を発見しても、おいそれと契約できないように、2人と2匹の出会いに様々な混乱情報を織り込んだのだ。ちなみにレーヴェが空を飛んでも平気なのは、彼女の資質ではなく、彼女とすーちゃんとの竜戦乙女契約によるもの。
「ご理解いただけたでしょうか、マルスフィールドさま、ロバートさま」
エリスの声にも、2人は無言で頷くしかなかった。
そしてその間も、らーちんが茶の前から動くことはなかった。
マルスフィールド公は最後に言葉を振り絞る。
「例えばだが、守護竜殿に王都の守護をお願いすることは可能だろうか」
それに対し、エリスとレーヴェは横に首を振る。それは竜が決めることであり、私達に選択肢はないと。
「ああ、そうだろうな。愚問だった。すまん。長い時間すまなかったな」
公のねぎらいにエリスは言葉を重ねた。
「それでは、改めて百合の庭園、交わる町、そして紳士街をご案内いたしますね」
エリスとレーヴェとすーちゃんは公たちの案内、クレアとキャティは自宅へ、フラウはらーちんのお茶が冷めるのを待ってから帰宅することにし、それぞれが店を出て行った。
「なんとも貿易都市らしい施設だな」
マルスフィールド公はそれぞれの施設を見て回り、素直にそれらを褒めた。すべての施設は独創性にあふれており、他の都市と名産が競合することもない。
リリーズガーデンは外からの見学、クロスタウンでは各店を紹介して回り、最後はジェントルメンストリート。エリスたちはまずご主人様の隠れ家に向かった。
入口にはマサカツが門番として立っている。
「いらっしゃいませ」
マサカツが礼儀正しく公たちを迎え、入口の扉を開ける。エリスは公と、税務官、護衛たちを伴い、入店した。
「ここからの治安は盗賊ギルドが保証しますわ。さしつかえございませんでしたら、護衛の方々も楽しんでくださいまし」
エリスがそう伝えると、公と税務官は何やら相談をし、その後1名ずつの護衛を残し、他の者には解散を宣言した。マリアが接待用に50万リルを両替し、公と税務官を店内に案内する。それに合わせ、エリスは他の非番となった護衛たちに3万リルずつのチップを握らせた。
「紳士街をお楽しみくださいませ」
そう告げると、エリスとレーヴェはマリアに後を託し、店を後にする。
こうしてその夜、公と税務官はマリアから盛大に接待を受け、3万リルでは足りるはずもない護衛たちは、紳士街にケツの毛をむしられることとなる。
翌朝、マルスフィールド公とロバート税務官は、伊達者の楽園での余韻に後ろ髪を引かれながらも、ワーランの街を出発した。
そしてその数日後、王都スカイキャッスルから各都市に王名での通達が出された。
内容は「竜を探せ」「資格者となりうる乙女を探せ」
当然勇者のパーティにも竜探しが優先される。
「竜か……」 つぶやく勇者グレイ。
「誰か竜の噂を聞いたことがあるものはいないか?」 と、ギースが他の3人に相談すると、意外なものが手を挙げた。それはクリフ。
「昔、東方の陶芸都市に真紅の竜が現れたとの物語を聞いたことがあります」
「何のヒントもないよりはましだな。よし、次は陶芸都市を目指そう」
こうして勇者パーティは大陸の東側に向かっていく。
一方のエリスたち。
「マルスフィールドの上位迷宮、氷雪竜の迷宮が怪しいにゃ」
キャティが以前も話題になったことを繰り返した。もし最後のボスが氷雪竜で、しかも一度も討伐されてないのなければ、悪魔の迷宮で出会った悪魔幹部のように話ができるかもしれない。しかし、既にエリスたちは有名人。もし氷雪竜の迷宮を制覇したとバレてしまったら、マルスフィールド公にそのまま捕まってしまうのは間違いない。
「なら、こうしようか」
エリスの提案に耳を傾ける4人。それは今の彼女たちならば可能な作戦。
「それじゃ、マルスフィールドに行きましょう!」
こうして翌朝、5人と3匹は馬車に揺られながら北へ向かう。目指すは氷雪竜の迷宮、目的は氷雪竜のたらしこみだ!




