マル査のおっさん
「ここは天国である」と、暴風竜のすーちゃんが漏らす。
「だろ」と、大地竜のらーちんが同意する。
すーちゃんとらーちんが言葉をかわす場所。ここは百合の庭園の大浴場。そこに並ぶのは3つの桶。右からぴーたん、らーちん、すーちゃん。それぞれクレア、エリス、レーヴェに洗われている。
ぴーたんとらーちんは鱗持ちなので、クレアとエリスはタオルでゴシゴシこする。が、すーちゃんは鱗なし。なのでレーヴェはその手のひらで、優しく揉み込むようにすーちゃんを洗う。
「大正解」
すーちゃんが再び言葉を漏らした。
「どうした、すーちゃん?」
「ん? ああ、さすがレーヴェちゃんだと思っただけだよ。ぼく大勝利ってこと」
訝しむレーヴェ。
「どういうことかな? すーちゃん」
「レーヴェちゃんのブーツ、あれ、ぼくが脱皮した革製だよ。とても綺麗に手入れされていたのが気に入ったんだ」
突然のカミングアウトに他の4人もすーちゃんに注目する。それに対し不思議そうな表情をするすーちゃん。
「らーちんのダークミスリルのほうがやばいだろ?」
「いや、すーちゃんの革は、時々とんでもない魔能力を生み出すだろ?」
そう、レーヴェのロングレザーブーツが持つ魔能力「隼」は、暴風竜の能力によるもの。
クレアが不思議そうに彼らに尋ねた。
「ダークミスリルも、暴風竜の革も、鍛冶では加工できないよね」
「クレア、我々の素材の加工には、魔力が必要なんだよ」らーちんが答える。
「加工前に魔流を通してやれば、一定時間の間軟化するから、その間は、人間の手でも加工は可能になるよ」すーちゃんが続ける。
5人は「魔流」という言葉を初めて聞いた。クレアは質問を続ける。
「魔流ってなあに?」
「俺は詳しいことは知らん」
「魔流とは魔力の流れのことだけど、ぼくも発生させることはできないな。クレアが調べてみるといいよ」
こうして魔流については、エリスとクレアの宿題となる。
お風呂からあがると、ぴーたんとらーちんは定位置のかごと箱の中に潜り込む。
「すーちゃんもこれでいいかな」
レーヴェが用意したのは、浅い桶にやわらかな布を敷いたもの。
「充分だ、レーヴェちゃん」
すーちゃんはパタパタと羽ばたくと、上手に桶の中に着地。後ろ足で座ると、頭と尻尾を翼の中に隠すように、横に丸まった。
「それじゃおやすみなさい」
フラウがリビングの明かりを消していく。
ブヒヒヒヒ。
「ねえレーヴェ、竜戦乙女となった気分はどう?」
「ああ、良かったと思っているよ、お嬢さま」
「そうやって、フラウやクレアやキャティに自慢するつもりね」
「いや、そんなつもりじゃないんだ。彼女たちには申し訳ないと思っている」
「この嘘つき娘が。たっぷりとお仕置きしてあげるわ」
違う……違うんだ……。うっあっ……。お嬢…さま……。ぁぅ……。
「なあらーちん、レーヴェちゃんとエリスは何をやっているんだ?」
「さあな、それより俺のエリスちんの名前を気安く呼ぶんじゃねえ」
「それはお互い様だ」
「お、エリスちん、今度はフラウのところに行ったぞ」
「お前の竜戦乙女は一体何者だ?」
「ふふふふふ」
こうして今日もエリスたちの夜は更けていく。
さて翌朝。
エリス達が朝食を摂っているところに、商人ギルドマスターのマリアから使いが来た。内容は、スカイキャッスルから抜き打ちでエリスファイナンスとクレア設計事務所に税務監査を行うとの情報あり。至急帳簿を持って商人ギルドに集まるようにとのこと。慌てて帳簿を揃えるネコ娘以外の4人。
「どうしたエリスちん」
急に騒がしくなったのを不審に思ったらーちんがエリスに尋ねる。
「言いがかりを付けられないための対策に行くのよ。らーちんは交わる町で日向ぼっこでもしてる?」
「いや、俺も付いていくぞ」
横で頷くすーちゃんとぴーたん。そして5人は朝食の片付けを済ませ、商人ギルドに向かった。
「レーヴェさま、エリス、フラウ、念のため帳簿の確認をしておきましょう」
エリスファイナンスの売上記録はフラウが行い、それを商人ギルド経由で評議会に報告している。そして前払いで税金を納付している。クレア設計事務所は工房ギルド経由で同様の処理。通常ならば問題ないのだが、今回わざわざスカイキャッスルから名指しで使者が派遣されてくるのは、他に理由があるから。それは多分守護竜の件。なので、帳簿に関しては一切不備がないようにし、先方が言いがかりをつける理由を見つけさせないようにする。
ニコルとフラウが細かく記録を照合する。その前にはイスの背もたれにもたれる2人。
「これならば問題ないはずですよ」ニコルの言葉に全員がほっとする。
と、そのタイミングで来客の知らせがマリアのところに来た。
「突然申し訳ないが、スカイキャッスルの命により、ワーランの新規事業者に対する監査を実施させていただきます」
やってきたのは、ウィートグレイスにも訪れた税務官のロバート氏、そして、
「マルスフィールド公自らお見えですか!」
これには驚いたマリアとワーランの宝石箱の面々。
「うわっはっはっは! こんな理由もないと居城を出ることすら叶わんからのう」
宝石箱たちの姿を目ざとく見つけた公が豪快に笑う。
「エリスたちよ、監査が無事済んだら、ワーランの街を案内してくれるか?」
公の前に跪く5人。彼女たちに公への悪い感情はない。それなら、ワーランを楽しんでいってもらおう。その前に監査だけど……。
「ちょうどこの娘たちの帳簿を整理していたところですの」
マリアがしれっとロバートに嘘をつくも、ロバートもそのへんはお見通し。監査をいくら内密にしようとしたって、どこからか情報は漏れるものだから。
「それはちょうどよかった。今回は新規申請されたエリスファイナンスの税務調査をさせていただきますね」
ロバートもそれほど厳しくやるつもりはないようだ。商人ギルドの帳簿とエリスファイナンスの帳簿を比較し、色々と消しこみを行っていく。それをじっと待つ5人と3匹。
そして3刻後。ロバートは帳簿を閉じ、何やら書き始めた。それは追徴課税の指示書。内容は「エリスファイナンス代表のエリスに支払われている盗賊ギルド顧問料に対しての追徴課税」
追徴額は大した金額ではないし、ロバートが言うには、悪質さもなく、瑕疵程度の記載漏れ扱いになるとのこと。
「まあ、私も仕事ですから、少しはおみやげを頂いていきますよ」
笑顔で説明するロバート。そう、こうした場合は、成果ゼロよりも、多少何かあったほうが中央に疑われない。だからロバートはあえて「おみやげ」と表現した。
続けてロバートは姿勢を正した。
「ここまでは表の目的。私がここに来た本当の目的は、ワーランの守護竜についての調査です。何卒事実を包み隠さずお話しいただきたい」
困るマリアと5人。何を話せばいいのだろう。
ロバートは続けた。
「まず、守護竜のところにご案内いただきたい。存在するか否か、まずはそこからです」
気まずい5人。特にエリスは困った。が、事実を言えというなら仕方がない。
「ロバートさま、こちらが守護竜のらーちんさまです」
エリスが指で示したのは、彼女の膝上で仰向けに伸びきり、逆鱗を撫でられてアヘアヘ言っているトカゲ。
「エリス殿、先ほど申しあげたとおりです。事実をお伝えいただければ、スカイキャッスルも貴女様たちに何をということはございませんよ」
ロバートが少し苛ついたようにエリスに告げると、らーちんが仰向けからうつ伏せの状態に反転し、ロバートを睨みつけた。
「そこの不遜な人間よ、我が竜戦乙女であるエリスちんのいうことが信用出来ないと申すか」
それはロバートたち全員の意識に直接響いた。驚くロバートとマルスフィールド公。
「らーちん、広場に行きましょっか」
「エリスちんがそう言うなら仕方ないな」
エリスは2人に大地竜の姿をお見せしますと、広場へと案内した。
広場でその巨躯を現す大地竜のらーちん。
さすがのマルスフィールド公とロバートも、この姿には圧倒される。
「理解できたか、矮小な人間どもよ」
らーちんの宣言に頷くしかない2人。
ところがこの光景が面白く無いのが一匹。それはレーヴェの胸に張り付いているすーちゃん。
「レーヴェちゃん、なんでらーちんの野郎はあんなに威張っているの?」
「ああ、らーちんはワーランの守護竜だからな」
「それって差別じゃない? 主にぼくに対して」
「そんなことはないさ、エリスもらーちんもワーランに縛られている。が、私とすーちゃんは自由だ」
その会話を見て腰を抜かしそうになっているのがマリア。
「レーヴェさま、その胸当て、喋ってますよね?」
すると翼の中から顔を出したすーちゃんがマリアを睨みつける。
「レーヴェちゃん、なんなの? この馴れ馴れしい人?」
「この方は恩人のマリアさまだ、そういう言い方をするのは勘弁してくれ、すーちゃん」
「わかったよレーヴェちゃん。でも、ちょっとむかつくんで、ぼくも行ってくるね」
その会話で更に硬直するマリア。するとすーちゃんがレーヴェの胸から飛び立ち、大地竜の上空で元の巨大な姿に戻った。そこに浮かぶのは群青色の暴風竜。すーちゃんの姿に騒然とするワーランの民。突然の暴風竜来襲に彼らは逃げることも構わず、大地竜の加護を一斉に祈り始めた。
「ここは危険ですマルスフィールド公!」
「ロバート殿! すぐに避難を!」
公たちの護衛がすぐに動き出し、暴風竜の前で公たちをかばうように絶望的な壁を作る。
「すーちゃん! 皆を脅かすのはやめろ!」と、硬直するマリアを尻目にレーヴェは暴風竜に慌てて駆け寄る。すると突然すーちゃんが宣言を始めた。
「ぼくはそこにいる大地竜の友人だ。故あって大地竜に協力することになったから、ぼくのこともよろしくね。ちなみに名前はすーちゃんだ」
こうしてワーランの守護竜は、なし崩し的に2柱となった。




