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魔道具の価値

 ランチを済ませた後の三人は、これまで往復していた街道以外の露店や中央の商店も覗いてみることした。


「フラウ、魔道具のお店って知ってる?」

「知ってますよ。何かご入り用ですか?」

「うん、魔道具の相場を知りたいなと思って」

 エリスの質問にフラウは了解とばかりに笑顔を向けると、軽くウインクをして見せる。

「わかりました。でも、お店で飽食のかばんは出しちゃダメですよ。間違いなくパニックになっちゃいますから」

「わかったわ」

 フラウのアドバイスにエリスは素直に頷いた。


 エリスは魔道具の相場を確認するのと同時に、露店で行き当たりばったりで集めるだけでなく、目的に応じた魔道具を効率よく得られるかどうかを知るために、フラウに商店への案内を頼んだのである。

 

 その店は高級店が並ぶ中心街の一角に建てられていた。

 すると、店の近くでフラウは一旦足を止め、そっと二人に振り返った。

 

「さて、エリス、レーヴェ、一旦魔道具を身体から外して下さい」

「どうしたの?」

 エリスの質問に、フラウは少しだけ眉をひそめた。

「この店の主人は結構やり手なのです。要は魔道具に対する鼻が利くのです」


 二人はフラウの指示通り、身につけていた魔道具をそれぞれのショルダーバッグとポーチにしまっていく。

 ところが一番厄介な「飽食のかばん」が三人の手元に残ってしまう。

 さてどうしたものかと思案顔のエリスにレーヴェが申し出た。

 

「私は外で留守番しているよ。『諜報のピアス』でエリスの会話を聞くことはできるからな」

「そうね。それじゃレーヴェ、お留守番を頼むわね」

 

 エリスとフラウはレーヴェにショルダーバッグとトートバッグをを預けると、引き換えにレーヴェから財布を受け取った。

 続けてレーヴェはエリスに『諜報のピアス』の能力を解放する。

 

「それじゃ行ってくるね、レーヴェ」

「ああ、楽しんでこいお嬢」

「それではまいりましょう」


 エリスとフラウが二人して店の入口をくぐる。

 すると店内には何も置かれておらず、壁全体に何やら記載された紙がたくさん掲示されている。

 

「品物は置いていないのかあ」

 思わずつぶやいたエリスに、フラウはその理由を説明してくれる。

「すり替えとか、色々ありますからね」


 うーん。露店みたいに能力を無料タダでいただきという訳にはいかないわね……。


 すると奥から店主らしき爺さんが出てきた。

 

「おおフラウ、久しぶりじゃな。今日は冒険者ギルドからの持込かい?」

 フラウの姿を、店主はまるで孫娘が訪ねてきたかのような満面の笑顔で出迎えた。


「いえ、今日はどんなものが置いてあるか、改めて見に来たの」

「そうかいそうかい、まあ、ゆっくりしていきな。おお、可愛い嬢ちゃんを連れておるな」

 店主はエリスにも気付いたが、よほどフラウを信頼しているのだろう。

 エリスに対しても何ら疑いのまなざしを向けてこない。

「こんにちは」

 フラウとエリスはひと通り店主と挨拶を交わした後、壁面の説明書きを改めて読み進めていった。


『炎弾の指輪』

 相手に炎の弾を撃ち込む。

 基本ダメージ10

 必要精神力5

 価格1千万リル


 これは最初にエリスが見つけた説明書きの内容である。

 フラウの補足によると、一般的な成人男性で体力は10、精神力10が平均らしい。

 なので、基本ダメージを相手に10与えるこの指輪はかなり強力だということ。

 その代わりお値段も強力だけれども。

 

「攻撃系の魔道具は護身用として優れていますからね」

「そうかあ。そうだよね。でも、1千万リルは高いなあ」


 フラウの説明を聞きながら説明書きを読み進めていく。

 そこには他属性の攻撃魔法も紹介されているが、大体は1千万リルから2千万リルの価格帯である。


「攻撃魔法は露店で出てくるのを待ったほうがいいわね」

 そう独り言をつぶやくと、エリスは諦めたように別の壁に目を移した。


「そちらは補助魔法じゃよ」

 掲示された説明書きのカテゴリーを、店主が案内してくれる。

 

『沈黙の護符』

 相手1人の魔法を封じる。

 必要精神力5

 価格100万リル


 攻撃魔法の価格に対して補助魔法は格安である。

「これってお得じゃない?」

 エリスがそうフラウに問うと、フラウは首を横に振って説明してくれる。

 

「確かに補助魔法もそれなりに強力ですけれど、補助魔法は使用相手と使用状況が限定されてしまう上に、攻撃魔法と同様に精神力を半分使ってしまうのですよ。なので補助魔法は一般には使い勝手が悪いとされています」

「そっか」

 それがお値段十分の一の理由なのね。

 

 エリスは納得したような表情で次の掲示を眺めていく。

 

『精神の指輪』

 装着者の精神力を+10とし、この指輪から先に精神力を消費する。

 必要精神力ゼロ

 精神力の充填が可能

 価格1億リル 在庫なし

 

 うわ!最高額キタよコレ。

 掲示を興奮したような表情で見つめているエリスにフラウは補足してくれる。

「精神の指輪は欠点がない上に、その能力で素人でも炎弾のような攻撃魔法を実質2発撃てますからね。お金持ちが真っ先に狙う大人気の魔道具です」


 するとエリスはフラウの顔に手招きをして、彼女の耳元で囁いた。

「売ったらいくらかしら?」

 これは当然の質問。なぜならばエリスの手には複写し放題の精神の指輪があるのだから。

 は、フラウは軽く首を左右に振ると、店主に聞こえないようにエリスに囁き返した。

 

「冒険者ギルドの買取で五千万リルです。但しギルドによって出処を徹底的にチェックされるのは間違いありません」

 要は『盗難品』ではないかと疑われるということである。

 ということは、手軽に一攫千金は無理かあ。

 精神の指輪大量売りさばきをあきらめたエリスは、他の掲示にも順に目を走らせていく。

 

 他にも色々あるが、補助魔法は大体100万リル前後の価格帯であり、特にめぼしい品もない。

 ところがその中でエリスは見覚えのある名称を見つけた。

 

『犠牲の人形』

 身につけている者の体力が一撃でゼロ以下になる攻撃を受けた場合、そのダメージを全て吸収し、人形は砕け散る。

 必要精神力0

 価格1億リル 在庫なし

 

「そうか、そうだよね。実質魂を2つ持つようなものだものね。これも最高額の1億リルかあ」

 エリスは自分の幸運を噛み締めながら、その金額に納得した。

 

 すると、犠牲の人形についての説明を凝視しているエリスの様子に気づいたのか、店主が補足してくれる。

「その辺はアイテム代替魔法じゃよ。『回復』や『解毒』ならば10万リルくらいからあるぞ」

 そこにフラウが説明を重ねてくれる。

「これらは迷宮などで比較的頻繁に発見される魔道具ですし、効果はアイテムで代用できますから価格もそれなりなのです。なので冒険者が万一の時の備えての保険で装備することが多いですね」


 価格は10万リルかあ。

 すると売却価格は1つ5万リルということなる。

 こんなのをちまちま複写して売りさばくというのもつまらない。

 

 なんとなく面倒くさくなってきたエリスではあるが、最後に面白そうな魔道具の掲示を見つけた。

 

『発熱の石』

 石そのものが真っ赤に赤熱する。

 必要精神力1

 価格10万リルから


 これは面白そうかも。

「この石はどういう用途なの?」

 エリスの質問にはフラウが答えてくれる。

「これは石炭の代替魔道具です。1つあれば十分に煮炊きができますよ。これは迷宮内でも安全に温かいものを食べたいと考える冒険者が持っていたりしますよ」


 煮炊きかあ。

 エリスは考える。

 続けて何かを思いついたかのようにニヤリと笑う。

 

 エリスはもう一度フラウの耳元を引き寄せた。

「ねえフラウ。これを大量に複写したらお風呂を沸かせない?」


 するとしばし考えたのち、エリスが言っていることを理解したフラウは頷いた。

「そうですね、エリスの能力があれば十分に可能ですよ」

「ならば買いね」

「かしこまりました」

 フラウはエリスの手を引くと、今は店番の位置で腰かけている店主の元に向かった。

 続けて発熱の石を注文する。

 

「ちょっと待っておれ」

 店主は一旦店の奥に姿を消し、しばらくすると大きな箱を抱えて戻ってきた。

 箱の中にはいくつかの石が並べられており、それらはどれも握りこぶしくらいの大きさである。


「まずは手ごろなサイズからじゃが、気にいったものはあるかの?」

 どうやらこれらが一番小さなサイズらしく、さらに大きな石もあるらしい。

 ちなみにお値段は小さいもので10万リルからスタートだとのこと。

 が、エリスならば、そんなものはいくらでも複写で生成することができるので小さくても構わない。


「じゃあこれ!」

 ひときわ小ぶりの石を子供らしくエリスが選ぶ。

 すると店主は念のためといった様子でエリスに確認を求めた。

「嬢ちゃん、発熱の石はその大きさで発熱能力が変わるが、それでもいいかい?」

 

 すると店主にはエリスに代わってフラウが答えた。

「ええ、火種代わりに使用するものですから、小さくても問題無いです」

「そうか、なら10万リルじゃ」

 まずはフラウが店主にレーヴェから預かった財布から10万リルを取り出して渡した。

 

 すると、店主はエリスが指定した石をトングで掴み、コマンドワードを唱えた。

 

【赤くなれ】

 すると石は赤熱していく。

【黒くなれ】

 すると石の発熱が止まり急速に冷えていく。

 

「専用のトングで石を掴むことにより、石に対してのコマンドワードが有効になるのじゃ。それから発熱を止めないと、ずっと赤熱したままじゃから気をつけるんじゃぞ」

「どこまでも熱くなるの?」

 エリスの問いに店主は良い質問というばかりに笑顔で答える。

「接した鉄が溶ける程度には熱せられるぞ。さすがに石を溶かすまで温度が上がることはないがな」

 

 店主の説明にエリスはほくそ笑んだ。

 止めなければ永遠に発熱しているのね。

 これってどんな永久機関?


 エリスとフラウは発熱の石をひとつゲットすると、満足そうに店を後にしたのである。


「おかえりお嬢、良い買い物はできたか?」

 レーヴェから掛けられた声にエリスは笑顔で答えた。

「ええ、もしかしたらいいものが作れちゃいそう」


 結構な時間を魔道具店で費やしたエリスは、休憩しようと三人で最寄りのカフェを訪れた。


 椅子に腰かけ、給仕に各々が飲物を注文し終わったところでエリスは計画を二人に説明していく。


 現実的な見解をフラウが呟いた。 

「実際の設計をどの程度にするのか難しいところですわね」


 一方のレーヴェは呑気のんきなもの

「どうせなら、大規模な施設にして客を呼んだらどうだ?」


 ところがレーヴェの何気ない一言がエリスの琴線に触れた。


「素晴らしいわレーヴェ!私もそこまでは考えが至らなかったわ!」

 続けてエリスは再びフラウの方を向き、建設関連に携わる人材が知り合いにいないかを尋ねる。


 すると少し悩んだ後、フラウはポンと手を叩いた。

「一人思い当たる知り合いがいるわ、そういうのが大好きな子が」

 だが、すぐ心配そうな表情となってしまう。

 

「でも、設計と制作を依頼するには、エリスの能力を相手に説明しなければならないわ」

 が、エリスはわかっているわとばかりに答えを用意した。

 

「大丈夫、水回りだけ設計と建設をやってもらえれば、最後の仕掛けは私たちだけでも何とかなるでしょ」

 それもそうかと顔を見合わせるレーヴェとフラウ。


 給仕がテーブルに置いた果汁を一気に飲み干して急かすエリスに、レーヴェとフラウも慌てて各々が注文したココアと紅茶をふうふういいながら飲み干した。

 

「それでは行きましょう!」

 お会計は締めて1500リル。

 結構良心的な金額である。

 

 そして三人は勢いよくカフェを出た。

 左にレーヴェ、右にフラウ、真ん中にエリスという並びで。


 フラウの案内で三人が向かったのは鍛冶屋横丁かじやよこちょうと呼ばれる一角である。

 そこにフラウの知り合いがいるという。


「ここですわ」

 とある工房の前でフラウは足を止めると、慣れた様子で工房の中を覗きこんだ。

 

「こんにちは親方。クレアはいるかしら?」

「おおフラウ、久しぶりじゃな。これはまた美しい娘さんと可愛いお嬢さんを連れておるなあ。おじさんは羨ましいぞ」

 どうやら親方と言われたこの巨漢のおっさんは、典型的な色ボケジジイらしい。


 おっさんの無礼な言い草にレーヴェが無言でシャムシールに手をかけたのを、慌ててエリスが身体で隠す。

 が、そんな二人には全く気付かない様子で、親方は工房の奥に叫んだ。


「おーいクレア! お客さんだぞ!」


 すると、エリスより頭ひとつ大きいくらいの黒髪をひっつめた少女がおずおずと顔を覗かせる。

 

「ボクに何か用?」

 なぜか少女はオドオドしている。

 が、そんな様子に全く構うこともなく、フラウは彼女に笑いかけた。

「仕事の依頼なのだけど、いいかしら」

「仕事?」

「そう。設計と施工の仕事よ」

 フラウの依頼に興味を示したのか、少女はエリスとレーヴェの姿を確認すると、意を決したように工房から一歩踏み出してくる。

 

 するとクレアに親方が言葉をかけてきた。

「稼いでくるなら、何をしてきてもいいぞ!」

 そんな親方の勢いに、少女も意を決したように三人を工房内に招いた。

「わかった。こちらで話を聞くよ」


 三人は少女によって打ち合わせ室のようなところに通された。

 そこで各々は改めて自己紹介を交わしていく。

 まずはフラウが二人を紹介する。

「クレア、こちらはエリスとレーヴェです。よろしくね」

 次に少女の自己紹介が続く。

「ボクはクレア。よろしく……」


 エリスが三人を代表してクレアに計画の詳細を説明していく。

 ひと通り説明を聞いたクレアは、ホっと息を吐いた。


「楽しそうな仕事だね」

「興味を持ってくれた?」

 エリスの確認に、クレアは可愛らしく微笑んだ。


「うん、でも、一度現場を確認したいな」

「それなら、明日おいでよ」

「そうだね、ちょうど担当した仕事が終わったことだし」


 どうやらクレアは計画に興味を持ってくれたようだ。

「もし良かったら、明日は家に泊まるつもりで来てね」

 エリスの呼びかけになぜか硬直するレーヴェとフラウ。

 二人は恐る恐るエリスの表情を確認する。

 

 そこに張り付いているのはキングオブ下衆の微笑み。

 いわゆる『夜の部の表情』


 クレアだけがそれに気づかない。

 レーヴェとフラウは改めて互いに顔を向きあうと、同時にため息を漏らしたのである。


 鍛冶屋横町からの帰り道。

 レーヴェはおずおずとした様子でエリスに尋ねた。


「お嬢、もしかしてクレアも玩具にするつもりか?」

 答えは瞬時に返ってくる。


「文句ある?」


 余りの問答無用さに、レーヴェとフラウは黙り込んでしまう。

 

 しばらくの無言の歩みの後、こんどはフラウが勇気を出してエリスに尋ねた。

「お情けが減ってしまうのですか?」


 なんだ、そんなことか。

 

 エリスーエージは満面の笑顔でフラウを見つめ返した。


「そんな心配をするフラウから、今夜はじっくり虐めてあげなきゃね」

 ほっとするフラウ。

 が、今度はレーヴェが残念そうな表情となってしまう。

「心配しないで。その次はレーヴェだからね」

 そのエリスからのフォローにレーヴェを恥ずかしげな笑顔になった。

 

 だめだこいつら。


 その日は露店を回り、フラウ用に魔道具するための様々な道具と、大量の指人形を買い込んできた。

 夕食は野菜のシチューにしましょうというフラウの提案に二人も同意し材料を買って家路に就く。

 

 まずはこれからフラウが使用するアンガス部屋の片付けを開始。

 エリスとレーヴェがアンガスの形見をまとめていく間に、フラウは隣の冒険者ギルド女子寮に仮搬入しておいた自分の私物を部屋に持ち込んだ。

 

 エリスはアンガスの形見を片付けている時、自然と涙が出た。

 日記を読んだからなのか、それともエリスの身体が泣いているのか。

 エリス-エージにはわからない。

 でも涙を拭おうとは思わなかった。


 片付け終了後、フラウは台所で夕食の準備、レーヴェは洗面所で洗濯と水浴びの準備を進めていく。

 一方のエリスはいつものようにリビングのカーペット上で魔道具の製作と実験に没頭している。

 

 その後は三人で食事。水浴び。ブヒヒヒヒ。

 

 フラウは色々働いたご褒美とばかりに辱められ、レーヴェは魔道具の買い物中に一人寂しい思いをさせてしまった償いとばかりに、昨日よりも酷い言葉でなぶられた。


「昨日はレーヴェの部屋で眠ったから、今日はフラウのベッドで寝ようっと」


『夜の部』のルール作りも楽しいアラサーヒキニートなのである。

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