さいごの記おく
おじいさんは、夢を見ていました。
何もない、ただただまっしろな夢でした。自分のいしきだけが、そこにあるかのような。
おじいさんは、わかっていました。この夢がおわったとき、自分は、しぬのだろう、ということを。
おじいさんは夢の中で、自分の歩んできた人生をふりかえりました。
おじいさんは、とても弱くて、とてもいくじなしで、とてもやさしい子どもでした。まわりの皆は、そんなおじいさんをいじめてしまいました。それはおじいさんにとって、つらいつらい日々でした。
おじいさんは、がまんしました。これがきっと、ぼくの人生なんだ、と自分に言いきかせて。だれ一人、にくむこともなく。
ある日おじいさんは、恋をしました。
おとなしくて、おじいさんと同じくらいに、優しい女の子に。
その女の子も、おじいさんに恋をしました。
女の子は言いました。
あなたのひとみには、やさしい光がともっているね、と。
おじいさんには、その言葉が、うれしくてしかたありませんでした。
おじいさんはやがて、その女の子、いえ、その女の人とけっこんしました。
とてもとても、しあわせな日々でした。
おじいさんは、ちかいました。この人を、これからずっと、愛していこう、と。
しかし、ある日、その女の人は、おじいさんの前からいなくなりました。
なぜだか、おじいさんにはかなしんだ記おくがありません。おじいさんは、きっとまた、これがぼくの人生なんだ、と自分に言いきかせてたんだ、と思いました。
そこから、おじいさんは、一人でした。
そこからのおじいさんの人生には、何もありません。
ただ、まっしろなだけでした。
おじいさんは夢の中で、思いました。
ああ、けっきょく、ぼくは一人だったな、と。
でも、しかたない。これが、ぼくの人生なんだ、と。
どうしようもないさびしさを、ひっしにこらえながら。
そのときです。
夢の中のおじいさんの目の前に、一人の男の子があらわれました。
おじいさんはおどろきました。そして、なぜだか、なつかしい、と、そう思いました。
おどろくおじいさんにむかって、男の子は、言いました。
あなたは、一人じゃないよ、と。
にっこりと、むじゃきにわらいながら。
その言葉をきいて、おじいさんの目から、なみだがあふれてきました。なんのなみだなのか、わかりません。でも、なみだはけっして、止まりませんでした。
おじいさんの夢は、おわろうとしていました。
おじいさんは、その男の子のほうに近づいていきました。
そして、
ありがとう
男の子の手をとり、さいごにそう言いました。
おじいちゃん。ぼくの、おじいちゃん。
のうの病気で、記おくがなくなっていく、ぼくのおじいちゃん。
おじいちゃん。あなたには、家族がいたんだよ? ぼくのお父さんが、ぼくが、そして、あんなに大好きだった、ぼくのおばあちゃんが。
あなたは、わすれてしまった。でも、あなたはけっして、一人じゃなかったよ。
おじいちゃん、さいごのとき、ぼくを見てくれた。目をあけて、ぼくを見てくれた。
ぼくの手を、にぎってくれた。
おじいちゃん。ぼくのこと、おぼえてるよね? きっと、あなたのさいごの記おくに、ぼくは、のこることができたよね。