第94話 主の体
「……きぃ……きぃ」
鳴き声か、それともそれ以外の音なのか、周囲に浮いている光の球からそんな音が響いてくる。
縦横無尽に空をかけるそれを凝視すると、光の中にいるのは小さな人型だった。
頭に花が咲いていて、体に纏っている服のように見えるのは巻き付いている蔦だ。
やはり、植物系の魔物らしい。
「……花魄、ですわね。花に宿る精霊、その堕ちた姿……」
クララがそう言って光の球に飛び掛かった。
しかし、どうにもクララと花魄の相性は良くなさそうだ。
クララがその拳を握りしめ、殴りかかろうとするとふっと高空に飛び上がってしまうのだ。
そして、そこから、
「……きぃぃあぁぁあ!!」
そんな、耳障りな叫び声とともに、魔力がその手元に集約し、そして突風が吹いてくる。
クララがその風を避けるために横に跳ぶと、今まで彼女がいた場所に大きな刃で切られたかのような跡が床についていた。
階層主だけあって、かなりの魔力を持つようだ。
「ここは、俺の方が向いてそうだね」
俺はクララにそう言って、今、魔術を放ってきた花魄を追いかける。
高く飛び上がっていて、普通に近づいたのではとてもではないが届かないが、俺はこれで魔女の弟子だ。
空中機動をする方法は、いくつか持っている。
そのうちの一つとして……。
まず、一歩飛び上がる。
そしてそのまま、空中に足をつけた。
そのままそこを足場にして、さらに飛び上がる。
それを何度も続けて、とうとう俺は花魄のもとに辿り着く。
もちろん、そんな状況を黙って見てる花魄ではなく、そのまま別のところへと飛んでいき、距離をとろうとしたが、俺はそれを認めない。
空中を走って、花魄を追いかけた。
なぜそんなことが出来るのか、というと、俺は空中に簡易的な結界を張ることで、そこを即席の足場にしているからだ。
厳密にいうと空を飛んでいるわけではないが、事実上同じことである。
さらに、足場を踏み切る、という方法を使っているがゆえに、瞬間的にかなりの速度も出せるうえ、踏ん張りも利くので攻撃の威力を低下させない。
そんなこととは思ってもいないだろう花魄は、振り返った瞬間、俺が目の間にいることに驚いたような顔をしたが、そのときにはすでに俺は肩て剣を振っていた。
切り裂かれた花魄は声も上げることも出来ずに消滅した。
そんなことを俺がしている間、地上の二人と一匹は何をしているかと言えば、他の花魄相手に頑張っていた。
と言っても、クララは頑張って追いかけるが空中に逃げられ、リリアは魔術を放つも、軽々避けられている。
うーん、まぁ、仕方がないかな、という光景である。
プリムラはリリアの頭の上に乗っかって働かない。
お前、従魔だろ、と言いたくなるところだが、この迷宮探索がリリア自身の実力底上げのための訓練という性質が強いことを理解しているがゆえの行動だろうから、責められない。
プリムラが戦ってしまうと、リリアがいつまでたっても成長しないからな。
せめて、肩を並べて戦えるようになるまでは、ただの青猫でいてもらってもいいだろう。
ピンチの時は頑張るだろうし、それでいい。
俺はそんなことを考えつつ、地上に降りて、
「あとは俺がやるよ」
そう言って再度、空中に足場を作りつつ、他の花魄を追いかけ、潰していく。
途中、魔術を何度か放ってきて、結構な威力だったが、耐久力は相当に低いようで、それほど強く切り付けずとも簡単に霧散していった。
「……これで、最後かな」
部屋の中で飛び回っていた光球の最後の一つを潰したところで、俺は息を吐いてそう言った。
「の、ようですわね……いえ、あれを!」
一瞬頷きかけたクララが指さしたところには、光球が浮かんでいた。
まだ取り残しがいたか……。
そう思ったが、続いて、
「ユキト! あっちにもいる!」
とリリアも叫んで指を指す。
……確かに、見間違いではないようで、そこには光球が浮いていた。
「これは……どういうことかな。復活した?」
俺が首をかしげていると、
「来ますわよっ!」
クララがそう言ったので、俺たちは再度、花魄たちと戦いを始めることになった。
と言っても、一度倒した相手だ。
対処法はもう分かった。
クララも、逃げる相手ならともかく、向かってくるのならば倒せるらしい。
一匹ずつ、丁寧に潰していった。
リリアは……結構豪快に魔術を外しているが、まぁ、いいだろう。
的にするには少し速すぎるからな。
これから練習して何とかしていけばいいさ。
そんなことを思いつつ、再度すべての花魄を潰した、そう思ったが、
「……ユキト」
「また……」
クララとリリアが、再度、花魄が復活したことを告げた。
「なんなんだ……」
俺はうんざりしつつそう言った。
こうなると、ただ倒すだけではダメそうだ、ということがよくわかる。
何か方法があるはず……。
しかし、花魄の倒し方って……なんだったかな。
母は魔物について非常に詳しかったので辞典とかがかなりあったが、わりかし珍しい魔物なのであんまり詳しく覚えていないのだ。
せいぜいが見た目と名前くらいである。
けど、クララは知っていたようだった。
彼女に聞いてみるのがいいか、と花魄と戦いつつ、叫ぶ。
「クララ! 花魄の弱点、知ってる!?」
「弱点ですか……!? さて……戦ったこと自体、初めてなもので……ただ、花魄は木の精で、木に宿って生きている、ということくらいしか……!」
……うーん。
ん?
木に宿る……依代が木ということか。
となると、それを壊せば……。
「クララ、いいヒントだよ!」
俺は空中を駆けまわる光球への注目を外して、部屋の中心に向かって走り始めた。
すると、今まで好き勝手に飛び回っていた光球が、まるで危機感を覚えたように俺の方に殺到する。
「……やっぱり、ね。弱点は、あれか」
そこには、二メートルほどの樹木があった。
階層主の部屋にあるにしては少しばかり不自然だったが、何のことはない。
あれこそが階層主、その本体だった、というわけだ。
俺は次々と現れる光球を蹴散らしつつ、樹木の前に辿り着く。
そして、火の魔術を放った。
手から出る大きな火球、それが樹木に命中すると、
「ギアァァァッァアァァア!!!
という、若い女の悲鳴が百は重なったような、耳障りな高音が部屋中に鳴り響いた。
周囲に浮かぶ光球もすべて墜落し、光を失って、中にいた人型が地面で苦しそうにもがいている。
そしてしばらく時間が経って、樹木が完全に炭へと変わると、そんな人型は光の粒へと姿を変えて、消えていったのだった。