第9話 出発
「おう、来たか。サイズ調整はもう終わってるぜ」
武具がひしめく店内に入ると、ラルゴがそう言って俺を出迎えた。
ラルゴもまた、自ら作ったものだろう武具を身に纏い、たいへん勇ましい姿をしている。
頑丈そうな鉄鎧に、巨大な槌を持ったその姿は、鍛冶で培ったのだろうその太い腕と相まって頼もしさを超えて恐ろしくすら感じるほどだ。
そんなラルゴが防具を差し出してきたので、俺はそれを受け取る。
サイズ調整の終わったらしい武具を身につけつつ、ゴドーの姿が見えないからきょろきょろしていると、ラルゴが気づいて言った。
「ゴドーの奴なら買い物に行ったよ。食料やら何やら必要なものがあるからな。そういうところも怠らないのが良い冒険者の条件だぜ」
「そういうことなら俺もついて行きたかったんだけど……」
「今回はいいだろ。別に今回だけのつき合いってわけでもねぇんだ。ゴドーは少なくともある程度になるまでお前の面倒見る気でいるから、冒険者組合に登録したあとにそういうことも含めて教えてくれると思うぜ」
「そうなの? だったらありがたいなぁ……でも、その食料とかって、三人分買いに行ったって事だよね?」
「あぁ、そうだな」
「持ちきれないんじゃない? いや、力の問題とかじゃなくて、単純にかさばりそうで……」
「それは大丈夫だ。あいつには収納袋があるからな」
「収納袋? それって本当?」
収納袋は見た目に比して著しくその内部の容積が拡張されている不思議袋のことで、この世界では珍しいながらもある程度の数が存在しているものだ。
希少なのはもちろん、その製作法も専門の職人以外には知るものがおらず、たとえ王族であっても思いのまま手に入れるということは難しい。
製作できる職人もその技術を秘匿するために名前すら明らかではないのだ。
なのにゴドーはそれを持っているのだという。
うらやましい限りだ。
「まぁ、Bランク冒険者ならそれくらいのコネがあってもおかしくはないか……」
俺がぶつぶつ言っていると、ラルゴ頷く。
「そういうこった。それより、防具の方の着心地はどうだ? どこかきつすぎたり緩すぎたりするところは?」
「ない、と思うよ。やっぱり職人の腕がいいと違うね。ぴったりだ」
「へっ。言うじゃねぇか。まぁ……そうだな……どれ」
防具を着ている俺のあちこちを叩いたり引っ張ったりして、ラルゴは本当に問題がないかしっかりと確認する。
渡したら投げっぱなしにしないで、アフターケアもしっかりやっていこうとするところも信用できる。
そして実際に着せてみて気になったところがあったらしく、一端防具をはずし、微調整を加えてまた着るように言った。
すると、先ほどまででも十分にぴったりだった防具が、より動きやすく違和感のない着心地になっている。
驚いてラルゴを見つめると、
「ま、職人の長年の経験って奴だな」
と言って胸を張った。
その技術と経験にはいくら敬意を表してもしすぎという事はないだろう。
「本当にここで買って良かった。いつまでも贔屓にさせてもらうよ」
「そう言ってもらえるとありがたいぜ」
そんな話をしていると、
「おう、ユキト。来たか」
と言って、先ほどと様子の変わらないゴドーが店の中に入ってきた。
どうやら買い物を終えたようなのだが、手には何も持っておらずそんな風には見えない。
何も知らなければどこかに荷物を忘れてきたのだと勘違いしかねない。
ただ、ラルゴが言うにはゴドーは収納袋を持っているというのだから、買ってきたものはすべてそこに入っているのだろう。
俺は一度も所持したことがないからどのくらいの量が入るのかは分からないが、完全に手ぶらのゴドーの様子を見る限り、かなりの量の荷物が入るのだと推測できる。
いつか自分もほしいなと思いながらゴドーを出迎えた。
「あぁ。待たせて悪かったね」
「いや、時間通りだろ。問題ねぇよ。じゃあ、そろそろ行くか? あぁ、必需品やら食料品の類は俺が全部買っておいたから……」
「ラルゴに聞いたよ。収納袋持ってるんだってね。うらやましい」
そう言うと、眉を寄せてゴドーはラルゴを見た。
「なんだ、言っちまったのか。あとでユキトを驚かそうと思ったのに、俺の楽しみをとりやがったな、おやっさん!」
「別にいいだろう。お前が収納袋を持っていることなんて冒険者ならみんな知ってるぜ」
「そりゃそうだけどよ……」
それでも納得できない、と言う顔つきでゴドーはため息を吐いた。
どうやらゴドーが収納袋を持っているのは冒険者の間では周知の事実らしい。
確かに冒険者であるなら様々な荷物を手ぶらで持てる収納袋は喉から手が出そうなほど欲しい品だろう。
有名になっても仕方のないことだ。
不服そうな表情のゴドーに、俺は質問する。
「収納袋ってどのくらいの量のものが入るの?」
「あぁ、気になるか。そうだな……俺の持っているものは、それこそ際限なくものが入るぜ。少なくとも家一軒分くらいのものは入れられるな」
「家一軒か……」
それが果たして多いのか少ないのか悩むところだが、少なくとも、ということはそれ以上入ると言うことを意味している。
一般的な収納袋の容量がどの程度か分からないから何とも言えないが、それでも数日の旅をするには十分すぎる容量だろう。
ただ、巨大な魔物の素材などを持ち帰る場合は難しいかもしれない。
そんなことを考えているとゴドーが言った。
「そういう訳だから、荷物持ちについては心配する必要がないぜ。全部俺の収納袋が代理するからな」
そう言って、手に持った地味な皮の袋を持ち上げて見せた。
どうやらそれが収納袋らしく、手を突っ込んで何かを取り出したり戻したりして、その中にどう考えても入りきらないであろう量の物品が詰まっていることを示した。
食料品や武器、それに魔法灯に調理器具など色々詰まっているらしいその袋はそのまま魔法の袋である。
喉から手が出るほど欲しくなった俺は、そんな表情をしていたのか、ゴドーが、
「……やらねぇぞ?」
とぼそりと言って後ろ手に隠した。
別に奪い取ろうとか盗み取ってやろうとか一切考えていないので、俺は素直に言い返す。
「奪わないから。そもそもBランク冒険者から物を奪える人間がどこにいるって言うのさ」
「お前なら……なんか雷姫とかに習ってるかもしれねぇじゃねぇか」
「仮に習っているとしても、盗らないから安心してよ」
「や、やっぱり何か習ってるのか!?」
と大げさに言ったゴドーに、あぁ、これは冗談なんだなと分かった俺は笑う。
「今回の冒険でいつの間にか物がなくなってても、それは本人の不注意って事で」
そう言ってやると、ゴドーもラルゴも、うっ、とした表情をした。
それからラルゴがゴドーに「謝れ」と言ったので、ゴドーは、
「悪い、冗談だ」
と言って俺の肩を叩いた。
それから俺がゴドーに許しを与えて、
「じゃあそろそろ行くぜ」
とラルゴが言ったので、店を出る。
外に出て、ラルゴが店の戸締まりを確認すると、俺たちはそろって南門の方へと進み出した。
「それで、どこに行くの?」
不足しているラルゴの鍛冶の材料を取りに行く、というのは聞いているが、肝心な目的地を聞いていなかったのを思い出す。
ラルゴはそんな俺に、
「そう言えば言ってなかったな。これから向かうのは南門から馬車に乗って行った先にあるラミズの村ってところの近くにある山だ。ま、簡単に言えば鉱山なんだが、国や商会が管理するにはいささか魔物が多くてな。一般に解放されていて、冒険者でもツルハシ担いで石堀りが出来るいいところなんだな」
「へぇ……じゃあ、その鉱山に行けば冒険者がいっぱいいる訳だ」
好き勝手に掘っていい鉱床なんてものがあったら、みんな行くだろう。
そう思っての言葉だったが、ラルゴは首を振った。
「いや。ほとんどいねぇだろうな。むしろ、俺たちだけなんじゃねぇか?」
ゴドーがその後に続けて言う。
「確かにラミズの村の奥には鉱山があるんだけどよ、問題はそこに出る魔物だよ。量が多いってのもあるが、それだけなら間引きして調整すりゃいいだけの話だ。でも、ラミズの村の鉱山ではそれができない」
「なんでさ?」
魔物の数は決して無限ではない。
どんなに強力であっても、あくまで生き物であるという理に変わりはないからだ。
けれどそんな事実に反することをゴドーは言った。
「あそこの魔物はほぼ無限に等しい。いくら倒しても一日経てば元の数に戻っちまう。そういうところなんだよ」
それはまた随分恐ろしいところだ。
けれど、そんな風にどんどん数が増えていくならそのうち飽和してしまうのではないだろうか。
そう聞くと、ゴドーは首を振る。
「そうもならないのが不思議なところでな……。ラミズの魔物は一定の数までしか増えないんだよ。だから、人も生活できるってわけだ。ただ常に魔物を退治しながら鉱山経営するのは厳しいから、未開発、と。そういうわけだ」
「へぇ。変わったところもあるものだね。原因は分からないの?」
「国も冒険者組合も、今のところ把握できてはいないな。何度か調査もしたらしいが、結局わからず仕舞いで終わったらしい。まぁ、知ってる奴もどこかにいるのかもしれねぇが、言わないって事はこれからも明かす気がないって事だろうよ」
そう言ってゴドーは話を閉めた。
この世界にはよく分からないことがたくさんある。
今回のことも、その一部、ということなのだろう。
俺たちにとって大事なのはラルゴの素材採取であって、なぜラミズの魔物は数が減らないのかを探求することではないのだから。
南門につくと、街の内外から来る人々を検査している警備兵に、ゴドーが冒険者組合に所属している証である組合員証を見せて、外出の許可を取っていた。
ゴドーが許可を取っている場所の丁度反対側では外から街の中に入る人々の検査が行われており、結構手間取っている列と、すんなりと終わる列とが分かれていた。
それをぼんやりと見つめていた俺に、ラルゴが気づいて説明する。
「早い列が身分証や組合員証を持っている奴が並んでいる方で、遅い列はそれを持たない者の並んでいるものだ」
「なるほどね。遅い方は、身分証の発行とかしてるってことかな?」
「いや、それはしない。身分証ではなく、滞在許可証を発行しているんだよ。しかも無料ではなく、滞在料をいくらか取っている。滞在日数に従って高くなっていく仕組みなんだが、これが案外馬鹿にならない値段をしていてな」
「じゃあどこかの組合に入った方が得なんだ?」
「そりゃあな。ただ、組合に入ったら入ったで、義務が発生するからな。たとえば冒険者組合なら依頼を月何件達成しなければならないだとか、商業組合に入ったら、その売り上げの何割かを租税とは別に組合に納めなければならないだとか、な。どっちが得かは微妙なところだぜ。遠くの村から月一で行商に来てるだけ、とかそういう奴もいるし、都会見物にやってきた奴とかもいるしな」
「なるほど……。まぁ、でも、冒険者をやるつもりの俺みたいなのにとっては、早いところ冒険者組合に入った方が得ってことだね」
「そうだな。おまえについてはそうだろう」
「ちなみにだけど、俺は今、組合に入ってないから身分証を持ってない。許可とかもらう必要はないの?」
「あぁ、そのあたりについては、ゴドーが手続きしてるからな。こういうパーティ組んでるときとか、隊商とか、複数人の場合は代表者が許可を取るって方法がある。その場合は、何か問題が起こったらその代表者が責任を問われるから、面倒でも全員が許可を求めることもあるが、今回はそういう心配はないからな。ゴドーに代表してもらってるよ」
「あれ、俺って信用されているの?」
「信用と言うかな、問題起こしておまえ得しないだろ? 冒険者組合に入るつもりなんだし、それにその見た目だ。問題起こしたら厄介だぞ」
「……そうか。違いない」
ラルゴの言葉に納得して頷く。
知り合いも少ないし、子供だからと主張を軽くみられる可能性も少なくない。
問題など起こさない方がいいに決まっている、というわけだ。
そうこうしているうちにゴドーが許可を取り終わったらしく、こちらに戻ってきた。
「悪い、待たせたな」
「いや、いいよ、別に。それより代表者っていうのになってくれてるんだってね? 悪いね」
「それこそ、いいよ、別に、の世界だぜ。俺がおまえの面倒を見るって言ったことだしな」
「本気で面倒見てくれるんだ……ありがたいよ。それで、これからどうするの?」
そういうと、ラルゴがくいっと顎をしゃくって迷宮都市ハルヴァーン南門、街の外側にいくつか止めてある馬車を示して言った。
「あれに乗るんだ」
よく見ると、馬車を牽いているのは馬ではなかった。
てらてらと濡れた鱗と無感情な瞳を持った巨大なる爬虫類、大蜥蜴や、白銀に輝く、くるくると巻かれた角を持った黒い体毛をしている黒山羊などが馬車の前方にいる。
「……魔物に牽かせているの?」
「あぁ。他の地域じゃ大体竜馬に轢かせてるのが大半だな……珍しいか? ハルヴァーンではむしろこっちが一般的だぞ」
ゴドーがなんでもないことのようにそういった。
魔物は調教するのが難しい。専門の調教師が長い期間をかけて一匹調教できるかどうか、そんなものなのだ。
しかも強力な魔物になればなるほど従わせるのが難しくなる。
魔物調教師という職業もあるにはあるが、強力な魔物を従わせた調教師は普通、馬車稼業などせずに、冒険者として生きていくのが普通だ。
だからこそ、他の地域ではこんな光景は殆ど見ることは出来ない。
「儲かるの?」
「かなり儲かるぜ。ハルヴァーンの周囲にはいくつもの迷宮が密集しているからな。そこを結んで運ぶのは、普通の竜馬だと相当きつい。魔物馬車でないと、確実性も速度も望めねぇ。だからこそ、ここでは魔物馬車が発展してるんだよ」
「へぇ……面白いもんだねぇ。で、どれに乗るの? 俺はあの黒山羊の馬車がいいな。かっこいいし、足も速そう」
希望を言ってみるも、ゴドーは首を振る。
「あれはロック古代遺跡行きの馬車だから今回はだめだ。俺たちが乗るのは……おぉ、これだこれだ。この鎧鼠の馬車だぜ」
そう言ってゴドーが近づいていったのは、体中が金属で覆われた巨大な鼠の魔物の牽く馬車だった。
ゴドーが馬車の主と金銭的な交渉をしている間に、ラルゴが説明してくれた。
「これは、街道を通って、月衣の森を抜けて、コーンドール平原の縁を走ってラミズを終点としてる馬車だからな。ラミズ直通の馬車はないから、これしかねぇんだよ」
「おし、話はついた。乗るぜ」
「交渉が終わったみたいだな。金はあとで折半しよう……じゃ、乗るか」
そうして、馬車の中に入っていく二人に俺も続いたのだった。
その後、何人かの他の冒険者達や、どこかの町や村に届けるのだろう物資をのせて、馬車はゆっくりと動き出す。
冒険が始まる。
そんな気がした。