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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
89/94

第89話 格

「このスープは美味しいね。王都で出しても売れるよ」


 宿の食堂でリリアとクララと食事しながら、俺がそんなことを口にすると、宿の女将が、


「お世辞はよしてくれよ! でも嬉しいねぇ!」


 と厨房の方から叫んだ。

 結構距離が離れているはずだが、聞こえているらしい。


「恐ろしい地獄耳だな……」


 つい、そんなことを言うと、


「聞こえますわよ」


 とクララが注意をし、さらにそのあと、


「聞こえてるよ!」


 と女将の声が響いた。

 さっきよりずっと小声だったのに、本当に恐ろしいことである。

 まぁ、特に疚しいことは無いのでいいのだが。

 

 食事についてはリリアとクララも気に入っているようで、


「旅をしていても、毎日この品質の料理を出していただけて、この金額で泊まれる宿なんて中々ありませんわ。本当にいい宿に泊まれていると思います」


 とクララが言い、リリアは、


「少し前までの極貧生活が嘘みたいだよ……あぁ、幸せ」


 と感慨深い表情で食べている。

 まぁ、ほんの少し前まで、彼女はその日の食事にも困るくらいの生活をしていたわけで、それに比べると今が天国のような気持ちなのだろう。

 

「大げさな気がしないでもないけど……まぁ、ちゃんと寝床があって、美味しいご飯があったらそれだけで人間、幸せなものだよね」


 俺がそう言うと、クララが深く頷いて、


「至言ですわね。それなのに、欲張りな方が多いこと多いこと……」


 と言いながら、宿の入り口の方に視線を向ける。

 リリアはそんなクララの行動に首を傾げたが、クララの視線の先を見て、すぐに納得する。

 そこには、迷宮から帰って来た時に銀貨を徴収していった小悪党ルルドゥラが怒気に顔を赤く染めて立っていた。


 ◇◆◇◆◇


「……ルルドゥラさんじゃないか。今日は本当によく会うね」


 ルルドゥラは、レミジオ一家のアジトである酒場から急いで出ると、即座にユキトたちが定宿にしている宿にと向かった。

 本人たちから聞いたわけではないが、レミジオ一家にこの街バトスで得られない情報は少ない。

 誰がどの宿に泊まっているか、などということは少し調べれば簡単に分かることだった。


 そして、宿に辿り着くと、即座に中に入った。

 一階部分の入り口近くにカウンターと食堂が配置されている一般的な構造の建物の中、ルルドゥラはすぐに目的の人物の顔を見つける。


 ――ルルドゥラ君。君、そいつらに騙されたんじゃないかな?


 その顔を見るだけで、マランに言われたその言葉が頭の中に反響し、体中に力が入った。

 ルルドゥラの顔は怒気に赤く染まり、手はぎりぎりと強く握られている。

 そんなルルドゥラを見ながらも、目的の人物――ユキトはまるで何でもないような表情で、そんなことを言ったのだ。

 なるほど、確かにこいつは確信犯だったのだな、とそれだけで理解できたのは言うまでもない。

 ただ、本人の口からもはっきり聞かなければならないと思い、ルルドゥラは吹きだすような怒りの感情を若干収めて、ユキトたちに近づく。


「……あぁ、本当に、よく、会うな。できれば今日はもう会いたくなかったが」


 ルルドゥラがそう言うと、ユキトは首を傾げて、


「そうなの? じゃあ、会いに来なければ良かったのに」


 と、いけしゃあしゃあとのたまった。

 十歳前後の少年である。

 何もわからずにこんな態度をとっているようにも思えた。

 マランや自分の勘違いなのか?

 一瞬、そんな疑問が浮かばないではなかった。

 けれど、次の瞬間、ユキトの口から出た言葉で、やはり正しかったのだと確信する。

 ユキトは言った。


「もう少し、気づかないかと思っていたんだけど、意外と賢かったんだね? ルルドゥラさん」


「てめぇ……!!」


 ぎりぎりと歯ぎしりしながら、唸る様にルルドゥラが言う。

 しかしユキトの表情は変わらない。


「何をそんなに怒ってるの? そもそもルール破りはそっちが先なのに」


「ふざけるんじゃねぇ!! お前は……俺たちを、レミジオ一家を舐めてるのか!?」


 明らかにユキトの言っていることの方が正論なのだが、しかしルルドゥラの中ではこの街において、レミジオ一家こそが法律だった。

 それを虚仮にされて、平静ではいられなかった。

 だからルルドゥラは、腰に下げた剣に手を伸ばし、そして抜いた。

 それからユキトに向かって剣を振り下ろそうと振りかぶったのだが、


「……やれやれ」


 そんな声が一瞬聞こえると同時に、ふっと、手もとが軽くなった。

 

「……あ?」


 いったい何が。

 そう思って、ちらりと自分の剣の先を見つめていると、そこには先ほどまであったはずの、両手剣の太い刀身が根元からなくなっていた。

 

「……な、なにが……!?」


 理解できずにそう呟くルルドゥラに、ユキトがふっと笑って、天井を指す。

 ルルドゥラがその指の先を見ると、そこには突き刺さった両手剣の刀身があった。

 

 そこで、ルルドゥラは理解する。

 これを、このユキトという少年がやったのだと。

 だからこそ、あの刀身の場所が分かっているのだと。


 そしてそうだとするなら、自分とユキトの実力差がどれほど離れているか想像もつかないとも思った。

 なにせ、ユキトが何かしたようにはまるで見えなかったからだ。

 椅子からは立ち上がっていたし、こちらを向いてはいた。

 剣も腰に片手剣を差していたが、それだけだ。

 それを抜いた様子も何もなかった。

 ルルドゥラから見えたのは、ただぼうっとそこに突っ立っているユキトだけだった。

 それなのに、である。


 未だにニコニコしている少年の顔が、途端に悪魔のそれに思えてきた。

 あの笑顔は、何もわかっていないが故の表情ではなく、いつでも簡単にルルドゥラの命くらい断つことが出来る。

 その自身の表れなのだが、事ここに来て、ルルドゥラはやっと理解できた。

 

 そんな相手に、自分は剣を向けた。

 何も考えず、ただの子供だからと侮って。


 ――殺される。


 そう頭の中に浮かぶと同時に、


「ひ、ひぃ……た、助けてくれ! 助けてくれ! 命だけは……命だけはっ……!!」


 ずりずりと腰を抜かしたまま後ずさりしながら、そんなことを叫びつつ、頭をひたすらに下げる自分がそこにいた。

 昔から、腕っぷしには自信があって、どんなに強い奴にもこれほどまでに無様に頭を下げたことなどない。

 レミジオに対してすら、怯えてはいても、こんな風にふるまうことは無かった。

 せいぜい、少し遜るくらいだった。

 ちっぽけなプライドが、それ以上は認めなかった。

 けれど、目の前の少年には、ユキトにはそんなルルドゥラのプライドが顔を出すことなく、ただただ、本能的にこうしなければならないと、そういう気持ちだけが体を動かしたのだ。

 そうしなければ、自分は終わると、理屈でなく、理解できてしまった。

 だから……。


 そんなルルドゥラにユキトは、


「……怯えすぎだよ。ルルドゥラさん。別に殺したりなんかしないってば。そのつもりがあるなら、あんな面倒くさいこと、しないでしょ?」


 そう言って、まだ天井に突き刺さっている剣を指さす。

 その言葉に、言われてみればその通りかもしれない、とルルドゥラは納得する。

 目にもとまらぬ速さであれくらいのことをが出来るのだ。

 同じく、ルルドゥラの命を断ち切るくらい、造作もないのだろう。

 それなのにしかなかったというのは、する気がなかったから、というに他ならない。

 そう理解できるくらいの知能が、ルルドゥラにはあった。


「じゃ、じゃあ……命は、助けてくれるんだな?」


「そうだねぇ。でも条件が一つある」


「じょ、条件? 聞く。何でも聞く。裸踊りでもなんでもしてやるぜ! 靴を舐めろっていうならそれだって……」


 そう言ったルルドゥラに、ユキトは何とも言えない表情を浮かべて、


「……おじさんからそんなことされて何が嬉しいっていうのさ。そうじゃなくて、君たちの……レミジオ一家のこと、少し教えてほしいんだ。あと、今日のことは彼らに誤魔化して報告してほしい。それだけ守ってくれれば、おじさんがレミジオに何かされそうになったら守ってあげるよ。どうかな?」


 それは、今この場で命を失ってもおかしくないと感じていたルルドゥラにとって渡りに船で、洗いざらいユキトにしゃべり、そしてアジトに戻ってユキトたちのことについても嘘の報告をした。

 つまりは、別に上納金の金額について誤魔化されていなかったし、素直に稼ぎの内訳についても説明してくれたと。

 それに対して、レミジオとアグラエは興味なさそうにそれなら別にいい、と言ったのだが、マランだけは少し不思議そうな表情をしてルルドゥラを見て、


「……ふーん……なるほど、ね」


 と呟いたのだった。


 ◇◆◇◆◇


「ところで、あの天井、修理してくれるんだろうね?」


 宿の女将が、俺を睨みながらそう言った。

 その視線の圧力はルルドゥラのものよりもよほど強く、俺は怯えながら返答する。


「は、はい……。今すぐに!」


 そして、本当に即座に魔術を使って刺さった刀身を取り外し、それから天井板の穴が開いた部分にも魔術をかけて修復していった。

 刀身を取り外した念動魔術、それに天井板を修復した時空間魔術の両方とも、滅多に見られない非常に珍しいものなのだが、宿の女将はそんなことよりもしっかりと天井が直ったことの方が大事なようで、鋭い眼で傷がもうないか念入りに確認した後、


「……いいだろう。修理代は請求しないでおいてやるよ!」


 そう言ってやっと破顔してくれた。

 それまで生きた心地がしなかったのはもちろんのことで、ルルドゥラなんかよりよっぽど冒険者に向いてるんじゃないかと思ったのは秘密である。

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