第88話 気づき
「……また、あんたか」
《中庸の迷宮》から街に戻ってきて、冒険者組合から報酬を受け取って出てくると同時に出会った顔に、ついそんな声が出た。
草臥れた様子の、山賊まがいの顔立ちの冒険者。
その名は、レミジオ一家のルルドゥラと言った。
「へへ……」
妙な笑みを浮かべながらこちらを見つめる彼の言いたいことは分かっている。
というか、これで何度目かわからない。
毎回毎回俺たちが冒険者組合に入るときはいないのに、出てくるとどこからともなく現れるのだ。
明らかにどこかで俺たちが冒険者組合に出入りするのを見張っているのだろう。
確かに見られているような気配は毎回感じるので、間違いない。
毎度ごくろうさまという感じであった。
そしてその目的は……。
俺はポケットからじゃらじゃらと何枚か銀貨をとって、そこからルルドゥラに渡す。
するとルルドゥラは顔を綻ばせ、枚数を数えて満足げな表情をし、
「いつもわりぃな。またよろしく頼むぜ……迷宮で死んでいった冒険者のために、な……」
そう言って踵を返してどこかに歩いていった。
迷宮で死んだ冒険者の遺品集め、もしくは街道の整備という名目で取られるレミジオに対する上納金である。
もちろん、嘘八百だが、それにしてもそこのところだけは崩さないで言い続ける辺り、筋金入りというかなんというか。
ルルドゥラに渡したのは銀貨三枚で、稼いだ額の一割にも満たないが、だんだんイライラしてきた。
「そんなに腹が立つなら、もうやめればいいと思うよ……」
リリアが俺の顔を覗き込みながら、そう言った。
どうやら顔に内心が出ていたらしい。
努力して隠そうとしてきたのだが、そろそろそれも限界に近付きつつあるようだった。
レミジオ一家、彼らを即座に潰してもいいのだが、こうしてわざわざ黙って泳がせているのは彼らの情報を集めるためというのが大きい。
捕まえるのなら一網打尽に、と思っているため、取り逃しは避けたいのだ。
彼ら一家の人員が何人いるか、どこで活動しているかを確認して、それから作業に取り掛かろうと思っているのだ。
我慢の甲斐あって、彼らの内情はかなり分かってきている。
レミジオ一家、と名乗る人間は全部で二十人ほどであり、この街では高位とされるDランクであるレミジオを頭として、その他にEランク冒険者が二人いて、その他は皆、Fランクということのようだった。
俺からしてみると、戦力としては大したことないなという印象だが、一般人や、この街の冒険者にとっては逆らい難い戦力に感じるのだろう。
「もうそろそろ、やめるつもりさ……それに、向こうも気づいてるんじゃないかな。なんか変だって」
俺が少し考えてからリリアにそう言うと、彼女は首を傾げる。
「何か変って、何が?」
「俺たちが彼らに渡す金額についてさ」
「……?」
リリアはそう言っても理解しかねる顔だったが、クララの方が頷いて、
「……なるほど。そう言えば、一割くらい収めろと言ってましたわね。彼らは。それなのにユキトが今回収めたのは銀貨三枚。前回までは二枚で、その前は一枚の時期が何度か……」
「そうさ。レミジオ本人が来たっておかしくないんじゃないかな」
俺とクララは分かりあって目を合わせるも、リリアは首を傾げ続けている。
なので、俺たちはリリアに説明した。
◇◆◇◆◇
「レミジオさん! 今日の上納金です!」
薄暗い酒場の奥まったところにある席、そこに座る三人のうち、最も大きな体を持つ男にそう言って皮袋を手渡したのは、ユキトたちから金を徴収していったレミジオ一家のルルドゥラである。
つまり、席に座る巨体の男こそが、レミジオ一家の主であるE級冒険者レミジオであり、そして他の二人――細身の若い優男と、露出の激しい格好をした長い髪の女はレミジオ一家でも幹部クラスというべきE級冒険者であった。
他にもこの酒場には十数人の冒険者がたむろしているが、その誰もがF級冒険者であり、レミジオたちをおどおどとした目で見つめている。
「へぇ、銀貨三枚か。よくこれだけ取れたもんだな。F級冒険者にとっちゃ、数日の稼ぎに等しいだろうに」
レミジオは皮袋の中身を確認しながら微笑み、ルルドゥラにそう言った。
ルルドゥラは、
「へえ、まぁ、最近、いいカモを見つけやして」
「……どんな奴だ?」
「若い三人組の冒険者です。男と女のガキが一人ずつと、ものすげぇ美人が一人の」
「美人ですって? この私よりも?」
ルルドゥラの言葉をさえぎってそう尋ねたのは、レミジオの隣に座っている女冒険者である。
彼女の名前はアグラエ=レヴィ。
E級冒険者であり、レミジオ一家の幹部の一人である。
レミジオとの関係は恋人とか愛人とか言われているが、その詳しいところはレミジオ一家の誰も知らなかった。
「へぇ、まぁ……そうで、ぐぼっ!?」
そんな彼女の言葉に頷いて答えかけたルルドゥラであるが、残念なことに最後まで台詞を言うことが出来ずに吹き飛ばされる。
その理由は、簡単だ。
アグラエの拳がルルドゥラに叩き込まれたからだ。
「な、なに、を……」
よろよろと立ち上がりながら、そう言うルルドゥラに、アグラエは、
「――私の方が綺麗よね?」
と笑顔で尋ねた。
思い切り人をぶん殴っておいて、何もなかったようにそんなことを尋ねる彼女に、ルルドゥラは本能的な恐怖を覚える。
――こいつは、頭がおかしい。
そう思ったからだ。
しかし、頷かなければもう一度殴られるだけだろう。
流石にルルドゥラにもそれくらいは分かっていたから、静かに、
「……そうですね」
と言った。
単純なのか、それとも殴って満足したのか、アグラエは、
「そうよね、そうよね。やっぱりそうよねー……」
そう言ってもう一度席に戻り、そして酒を飲み始める。
やはり、この女はどうかしている。
ルルドゥラはそう思ったが、そんなことを口にするわけにはいかない。
「アグラエは頭がおかしいからねぇ。特に自分の容姿のことになると見境が……ルルドゥラ君、すまないね」
そんな中、まさにルルドゥラが思っていたことを素直に口にしたのは、同じくレミジオと同じテーブルについていた細身の優男マラン=レスコーであった。
彼もまた、E級冒険者であり、ルルドゥラよりも上位の冒険者にあたる。
ただ彼は物腰が柔らかく、レミジオやアグラエと比べれば付き合いやすい男で、ルルドゥラのようなレミジオ一家の下っ端からも評判のいい男だ。
実際、今もルルドゥラのことを気遣ってくれている。
「いえ、あの……俺は大丈夫です」
「そうかね? ならいいのだが……そうそう、話の腰をアグラエが折ってしまったようだが、レミジオ、何か気になることでも?」
マランがレミジオに振り向いてそう尋ねると、レミジオは少し考え込んだ顔をしていて、それから改めてルルドゥラに聞いてきた。
「……そういや、ここ数日、お前、いい稼ぎしてるな。そいつはさっき言ったガキどもから?」
「へえ。そうですが……何か?」
「……いや、こいつは気のせいかも知れねぇが、そいつら、もっと稼いでるんじゃねぇかと思ってな。銀貨三枚……なんてそいつらにとっては端金なのかもしれねぇ」
レミジオがそう言うと、マランも頷いて、
「あぁ、だから簡単に回収できたわけだね……ルルドゥラ君。君、そいつらに騙されたんじゃないかな? 一割出せと言っておいたんだろう? 確実に誤魔化されてるよ」
言われて、ルルドゥラは顔が青くなる。
レミジオの顔が、徐々に怒りに染まってきているのが分かったからだ。
そしてその原因は、ルルドゥラが回収について下手を打ってしまったから……。
このままでは、自分の立場がまずくなる。
いや、それどころか殺されるかもしれない。
そう瞬間的に思ったルルドゥラは、慌てて、
「か、確認してきます!!」
そう叫んで、酒場から飛び出していった。