第84話 身内のこと
バトスに戻ると、ロッドたちはすぐに冒険者組合に向かいたいと言った。
バトスは今、あまり治安が良くない
今回彼らが緑小鬼騎士に勝利することによって得た魔石が、ハルヴァーンにおいてならごろごろあるような価値しか持たない魔石であるとは言え、バトスの冒険者にとってはそれなりに金になるものだ。
下手に自分で持っていると難癖をつけられたり盗まれたりするなど、腹立たしい手段で選ばれる可能性を考慮してのものだった。
不良冒険者であるレミジオたちが、どこまでするかはわからないが、しかし警戒しておくに越したことはないだろう。
少し心配だったので、一応俺たちもついていくことにしたが、少し過保護かもしれない。
ただ、彼らは将来有望だし、友人でもある。
できる限り便宜を図りたいと思うのは、俺が寂しがりなのだからだろうか。
まぁ、仮にそうだとしても、いいだろう。
知り合いが理不尽な力で傷ついたり、手の届かないところで死んでしまったりするのは、もう勘弁だという思いがあった。
婆さんに、父さん、王国の騎士たちに、王国民たち。
俺はあの日、何もできなかった。
戦力にならなかったのはもちろん、それ以外の部分でもまるで役に立たなかった。
今だってそうだ。
俺は彼らのために、何もできていない。
彼らの死を無駄に浪費しているのではないか。
そんな気すらしてしまうほどだ。
「……ユキト、どうしたの?」
リリアが心配そうに眉根を寄せて俺の顔を覗き込みながら、そう言った。
「いや……どうもしないけど、どうして?」
俺がいたって普通の表情で答えると、リリアは、
「ユキト、なんだか思いつめるような顔してたから……なにか、つらいことがあったのかなぁって」
と、能天気なくせに鋭いことを言う。
「へぇ、わたくしには普通の表情に見えましたが……リリアちゃんは鋭いのですわね?」
とクララが茶化すように言った。
しかし、そうは言いながらも、彼女にもなんとなく俺の表情が暗かったのはわかったらしい。
ただ、リリアよりも年齢が上だから、あえて触れないという選択肢をとっただけなのだろう。
年の功というやつだ。
そう思っていると、クララが首を傾げて、
「……? 何か今、わたくしの年齢について、腹立たしい考えを持ったものが近くにいたような……」
と恐ろしい勘の良さを発揮しだしたので、俺は慌てて話をずらす。
「いや、ちょっと昔のことを思い出していただけだよ。ほら、母さんがオリン公国にいるって話はしただろう?」
「ユキトのお母さんって、A級冒険者の、ププルさん?」
リリアが尋ねたので俺は頷く。
彼女は俺の母に会ったことはない。
ついこないだまでハルヴァーンに二人ともいたわけだが、タイミングが合わなかった。
母が旅立ってからリリアと出会ったから。
ただ、彼女は俺が母から冒険者組合に紹介されたことを知っている。
対して、クララの方は知らずに、その名を聞き少し目を瞠った。
「A級冒険者のププル……と申しますと、ププル=オーゼンさまのことですか!?」
と叫んで。
俺はその反応に首を傾げ、
「知っているの?」
と尋ねる。
するとクララは母の功績について語り始めた。
「ププルさまは……魔術師でいらっしゃいますが、魔物の生態についてかなり詳しく解き明かした学者としての方が有名な方ですわよ。我が国……アルケーオ連合王国は、神獣さまをお祭りしている関係で、魔物に関する研究が非常に盛んですが、ありとあらゆる分野において、ププルさまの功績が残っていますわ。特にベヒモスやリヴァイアサンについての研究は他に類を見ない珍しくも有用なものとして、必ず名前が上がるほどです」
ベヒモスもリヴァイアサンも、この世界のどこかにいると言われる巨大な魔物のことである。
けれど、その生息している場所などについてははっきりとは分かっておらず、どれくらいの数がいるかも謎だと言われる。
ただ、この世界において重要な位置にあるのが間違いないのは、それらが歴史に何度も登場するからだ。
国を滅ぼしたり、重要人物が目撃したりと、その存在していることは間違いないのだが、しかし滅多に現れないために会おうと思って会える魔物ではない。
確かに母は、そういう、珍しい魔物について研究をしたりしていた。
冒険者だった時代にはどこに生息しているかを本気で探そうとしていた時期があったとも言っていた。
クララが言う功績、というのはそういう母が若いころに残されたものなのだろう。
母は、それほど昔のことを詳しく話さない。
父もそうで、とにかく自分が凄かったという自慢はたまにするのだが、どうすごかったのかとか具体的に何をしたのかはあまり言わなかった。
理由を聞けば、お前もいつか世界に出るんだから、そのとき俺たちが説明したものばかり見ても面白くないだろうと、そう言った。
王族なのだから、旅立つ、という選択肢が自分にあるとは考えたこともなかったが、両親はあまりそういうことは気にしなかった。
まぁ、自分たちもかつては自らの地位を放り出して冒険者をやっていた人たちだ。
自分の子供が似たような性格になると確信していたのかもしれない。
俺の場合は、性格的に世界に飛び出したかったというより、国を滅ぼされて戻れなくなったからどうしようもなくなって冒険者をやっている、という少し情けないものではあるが。
まぁ、それでも母に王族としての役割を全部押し付けてしまっているあたり、同じ穴の貉なのかもしれない。
「そう言えば確かに本にいっぱい、ユキトのお母さんの名前出てくるね! すごいなぁって思ってた」
とクララの言葉にリリアが能天気に返答する。
「……気づいていたんです?」
クララがそう尋ねると、リリアは、
「うん。だって引用文献の著者の名前によく載ってたから。私のおばあちゃんとおんなじくらい!」
と聞き捨てならないことを言った。
クララは顔をひきつらせて、
「……つかぬ事をお聞きしますが、リリアちゃん、貴女のおばあさまのお名前は?」
「おばあちゃん? おばあちゃんはね、マガリだよ! マガリ=ムグラリス」
その名前を聞いて、クララは額を抑えて呻いた。
俺がどうしたのかと視線で尋ねると、小さな声でつぶやく。
「……精霊学の大家ですわ。ある日とつぜん、失踪するかのように学界から消えてしまったのですが……お孫さんがいらっしゃったとは……」
「リリアの家族のことは聞いたことがなかったけど……有名な人が身内にいたもんだね」
と他人事のように俺がつぶやけば、
「ユキトのお母様も大概ですわよ。わたくし、実はこの中で最も一般人だったのですね……」
と、がっくりと来ている。
正直なところを言えば、さらに俺の父母は国王と王妃であり、俺も亡国の王子という肩書がつき、さらには魔女の弟子、というのももれなくついてくるわけだが、ここで解説することもないだろう。
リリアには魔女の弟子であるというのは服屋に行ったときにあのお喋りな魔女が語ってくれたのでバレているだろうが、リリアはそういうものをあまり気にしない。
すごいとは思ってくれているようだが、すごい、だけなのだ。
俺にとってちょうどいいパーティメンバーもいたものだが、クララは常識人として必要な人なのかもしれないと思った。
どうやら、俺とリリアは少しばかりずれているらしいから。
「念のため、申しあげておきますが、お二人とも、お母様とおばあさまについて、あまり吹聴してはいけませんわよ? ろくなのが寄ってきませんから……」
と心配げに言われたので、俺とリリアは顔を見合わせて頷いたのだった。