第83話 戦果
「おつかれさま」
緑小鬼騎士を見事に倒した三人に近づきながら、俺はそう言ってねぎらった。
リリアとクララも、
「完ぺきだったよ!」
「悪くない戦い方でしたわ」
と言ってそれぞれ褒めているようである。
リリアはともかく、クララのセリフは聞きようによっては嫌味か皮肉にも聞こえそうだが、ここまで歩いてくる中でそこそこ会話もしていて、クララの性格を理解したらしいロッドたち三人は素直にそれを称賛のセリフとして受け取ったようだ。
疲労困憊ながらも、笑顔である。
ただし、反省は忘れてはいないらしく、
「勝てたけど、色々と課題が見えた感じだったからな。まだまだだ」
とロッドが言うと、それに続いてセレスも、
「私の場合、もっと魔力を節約して戦わないとならないとかね」
とつづける。
フォーラにも課題はあるようで、
「結局目くらましくらいにしか役に立たなかった。神聖魔術の使いどころ、もっと考えないとダメ……」
と述べて頷いていた。
「向上心があっていいけど、ここは素直に喜んでいいところだと思うけどなぁ……あ、宝箱」
言いながら、ふと部屋の端の方に目を向けると、そこに宝箱がぽつりとおいてあるのが見えた。
おそらくは、階層主であった緑小鬼騎士を倒したことによって湧出したのだろう。
通常なら部屋の中心に湧出するものだが、今回は違ったようだ。
珍しい現象で、もしかしたら、何か貴重なものが手に入るかもしれない。
基本的に迷宮では奥に行けばいくほど、貴重な品が望めるものだが、かといって浅層では絶対に手に入らないというわけでもない。
可能性が低い、というだけで、強力な武具の類が一番浅い層の階層主の部屋で見つかった、とかいうことは年に一度くらいはあるものだ。
それを考えると、今回も、と期待するのは間違いではない。
「宝箱!? 本当じゃないか。疲れ果てて気づかなかったな……開けるか」
とロッドが驚いたように呟き、セレスに目をやった。
彼女は妖術師であるが、同時に盗賊である。
罠や仕掛けのスペシャリストであり、それほど経験が豊富でなくとも、この中では誰よりもそう言った危険を知っている存在であると言っていいだろう。
セレスは頷き、
「じゃあ、ちょっと調べるから……フォーラ。何かあったらよろしくね」
と言って宝箱に近づいた。
フォーラは治癒術師、神聖魔術師であるため、怪我を治すことも毒を浄化することもできる。
だからこそのお願いというわけだろう。
フォーラもわかったもので、宝箱からは距離を取っているが、何かあったらすぐにセレスのところに駆けつけられるくらいのところで待機する。
それを確認して、セレスは宝箱を調べ始めた。
まず、いろいろと宝箱を観察する。
そして外見にはおかしなところがないと思ったらしく、今度は手でいろいろ触れるも、やはり特に何もないようだ。
ここで開けようとふたに手をかけたのだが、どうやら鍵がかかっているらしい。
なので今度は、鍵穴から何か道具を差し入れていじくり始めた。
ほんの数秒で何かのピンが抜けるような音がし、セレスは頷いて、もう一度蓋に手をかける。
すると、先ほどは開かなかった宝箱が今度はしっかりと開いた。
「……特に罠も何もないみたいよ。こっちに来て大丈夫」
そうセレスが言ったので、みんなで宝箱に近づき、中身を覗いた。
セレスが開けた宝箱の中に手を突っ込まないのは、冒険者としてのマナーだろう。
ロッドたち三人は幼馴染であり、信頼関係があるからそこまで気にする必要のないことだが、冒険者というのは基本的に互いをそこまで心から信用しないのが基本だ。
宝箱の中身を全員が確認するより先に手を入れると、本来入っていたものを先に取り出して、何かどうでもいいものを代わりに置いたとか、そういう風に疑われかねないため、パーティ全員が中身を確認するまでは手を入れない、というのがマナーである。
とはいえ、律儀に守る者も少ないルールだ。
セレスがそれを守っているのは、個人的信念に基づくもので、何か実際的な意味があるわけではないのだろう。
「……こいつは、魔石かな?」
それは白い石だった。
あまり大きくなく、真珠ほどの大きさである。
魔石の大きさは、魔力量の多さと比例するが、魔力の質とは反比例する。
つまり、これくらいの大きさであるということは、魔力が少ないか、魔力の質が高いかのどちらか、ということだ。
そして、俺から見てこの魔石は結構な魔力を秘めているようである。
比較的質の高い魔石であるということだ。
俺がそう説明すると、ロッドたちは喜んだ。
「そうなのか! 魔石の魔力量なんてパッと見じゃふつうわからないからな……。経験か、計測具がないと。質のそんなによくない魔石ばっかり集めてた俺たちにはまだそんなにわからないし、助かったぜ」
以前、ゴドーは大緑小鬼の魔石を見てその秘める魔力量と質を大まかに目算していたが、あれこそ経験のなせる業だということだろう。
俺の場合はただ目が特別なだけだ。
やはりかなり反則的な目なのだろうな、と今更ながらに確認するが、特に説明したりはしない。
ロッドたちも俺がなぜパッと見でわかったのかは不思議なようだが、フォーラが呆れたように、
「……ユキトがおかしな技能を持ってるのはもう、言ってもムダ……」
とため息を吐いたので、三人とも似たような気持なのかもしれなかった。
俺は、
「心外だな。俺は普通の冒険者だよ」
と反論したのだが、今度はロッドたち三人のみならず、クララにもじと目で見られたのでこれはダメだと思った。
リリアは一人、
「だいじょうぶ! ユキトは変じゃないよ! 少し変わってるだけだよ!」
とか、
「個性があるっていいことだよ!」
とか見当違いの励ましをくれたが、結局俺がちょっとあれだと思っていることは変わりないようである。
少しばかりショックだ。
まぁ、客観的に見て仕方のない話ではあるのだけれど。
「……まぁ、それは置いといて。これからどうする?」
と話を変える。
この言葉の意味はいくつかあって、このまま迷宮を進むのか、ということと、その得た魔石の用途はどうするのか、ということが主な意味だ。
ロッドはその意味を正確に理解し、
「俺は一旦戻りたい。勝ったのはいいけど、ぎりぎりだった。このまま進んでも戦果は期待できないと思う。今日はここまでの道中、ユキトたちが露払いまでしてくれたし、それでぎりぎりの勝利ってのは、実質的には負けに近いところがあるからな。今度は自分たちだけでここまで来て、何度かここで戦って、ある程度自身がついてから先に進みたいと思うんだ」
本当にロッドの無謀な気質はなくなったらしい。
彼の答えは、冷静なもので、正しい状況判断であると評価できるものだ。
これにはセレスとフォーラも満足のようで、しきりにうなずいている。
「魔石は売るつもりかな?」
こう尋ねたのは、売却の他に鍛冶師のところや宝飾品店、魔道具店などに持っていき、加工してもらうという選択肢もあるからだ。
特に価値の高い魔石を見つけた場合は、極端に金銭に困っていない限り、そうすることも少なくないのが冒険者と言うものである。
戦力を上げた方が、結果的に稼ぎが上がるからだ。
もちろん、目先の利益の方が大事、というタイプもいるが、ロッドたちは違うだろう。
「俺としては売らずに加工してもらって戦力増強と行きたいところだが、二人はどう思う?」
この場合の二人、とはセレスとフォーラのことである。
セレスは、
「私もそれでいいと思うわ」
フォーラも、
「私もいい。でも、問題がある」
「問題?」
セレスが首を傾げた。
フォーラが続ける。
「バトスの鍛冶師はそこまで腕がいいのはいない。宝飾品店も、魔道具店もそこそこなのが多い。加工するなら、ハルヴァーンに戻ってからすべき」
確かにそれはその通りだった。
別にバトスの鍛冶師などが未熟、というわけではないのだが、基本的にFランクの冒険者が来るところだ。
そのため、その仕事の大半はそのランクの武具の修復や製造になるわけで、必要なのは細かで高度な技術よりかは、速度や大量生産の技術なのだ。
であるから、ある程度以上の素材の持ち込みで何かを作ってもらうには向かないところがある。
だからこそのフォーラのセリフであった。
その言葉にはセレスもロッドも納得のようで、
「確かにな。そうすると、しばらくはこいつは保管しておくほかないな。冒険者組合の保管所に預けるか」
そう言って頷いたのだった。