第81話 一撃
魔物の恐ろしさ、というのは大まかなところが冒険者組合によってランク付けされているものだが、緑小鬼のそれというのはそういう設定の範囲外にあるとよく言われる。
というのも、緑小鬼というのは一見弱そうでも強力な個体であることが少なくないし、またその逆もあるという変わった魔物だからだ。
人間のように文明を築いている群れもあったり、人と友好的な者たちもいる。
いうなれば、魔物と人の境目を生きる、特異な生き物なのである。
ただ、だからと言って緑小鬼全体について強さが分からない、というわけではなく、大まかな種類分けもされているし、そこには強さの目安というものがある。
リリアが語ったように、通常の緑小鬼についてはほとんどが弱く、ロッドたちのような冒険者でも十分に倒しきれるとされているし、それは事実だ。
けれど、だからといって油断できないのが緑小鬼という魔物であり、彼らと相対するときは人間の冒険者と向き合うようにしろと言われる。
人間は、その見た目からは強さがそう簡単には測れない。
ユキトのように見るからに弱そうな子供がとてつもない技量を持っていたり、魔術に深い造詣を持つ強力な魔術師であることは少なくない。
しかし、数が多いわけでもなく、ロッドはそういう特殊な存在に出会ったことがなかったので、ユキトを初めて見たとき、その力を見抜くことができなかった。
あれは、冒険者としていい経験になった、とロッドは思っている。
見かけで相手を判断してはならない。
それが敵であろうとそうでなかろうと、その実力は実際に本気で戦ってみるまで分からない。
パッと見でわかったような気になり、その印象のまま争えば、危険なのは自分たちだ。
そのことをロッドはユキトに教えられた気がしたからだ。
だからこそ、今、目の前にいる魔物――緑小鬼騎士の槍使い種のことも、甘く見てはいない。
はじめにこの魔物と戦った時にも、その心構えは役に立っている。
勝てない。
そう感じた瞬間に即座に撤退に移行することができたからだ。
以前までの自分なら、きっと無謀に挑み、大けがを負うか、もしくは死んでいただろうと思うから。
だから、今は、ありとあらゆる意味で、あのころの自分とは違う。
そのことが、ロッドには分かっている。
目の前の魔物の力が理解できる。
緑色の、ぶつぶつの素肌をしたその魔物の視線の向き、眼光、それに槍の持ち方や、脱力の仕方。
そのすべてから、その魔物が油断できない力を持っていることが分かる。
何気ないその仕草のすべてが、緑小鬼騎士の力を表している。
「……やっぱり、強いな」
「ぐげ……」
ロッドの声に返事をするように緑小鬼騎士は鳴いた。
じり、とその魔物の足が動くが、即座に襲ってくるわけではない。
ロッドに油断はなかったが、それは緑小鬼騎士の方も同じらしかった。
「普通の緑小鬼にある愛嬌があんまりない……強そう」
白髪の少女、フォーラが眠そうな目で目の前の魔物を見つめてそう言った。
「確かに普通の緑小鬼より鋭い感じだけど……フォーラの好みがよくわからないわ。緑小鬼、好きだったのね……」
呆れたように言ったのは細身の少女セレスだ。
手にはワンドを持っているが、腰には短剣が下げられている。
彼女は妖術師であると同時に盗賊なのだ。
基本的には後衛、もしくは中衛として魔術を放ちつつも、いざというときは前に出て戦うためのものである。
天性の身体の発条と盗賊としての技術が、短剣であっても前衛として戦える力を彼女に与えているのだ。
「……リリアもゴブリンかわいいって言ってた。最近は緑小鬼のぬいぐるみを集め始めてるって。私も一緒に集めることにした……」
フォーラがそう言って微笑む。
「おい、どこにそんなものおいておくんだ……」
ロッドたちは各地を転々とする冒険者だ。
基本的に自分の部屋みたいなものはない。
宿が家である。
当然、ぬいぐるみなどかさばるものを置いておくスペースなどあるはずがない……。
そう思ってのセリフだったが、
「だいじょうぶ。リリアが預かっててくれるって。そして、いつか拠点を作ったらそこにおく……」
「リリアが? あぁ……収納袋か……。でも、あれってユキトのだと思うんだけどなぁ」
ロッドが思い出してそう言ったのは、リリアに使う権利がないとかそういうことを言いたいわけではなく、せっかくの収納袋がぬいぐるみボックスとなることへの同情だった。
収納袋と言えば、どんな冒険者でも憧れる夢の道具であり、そうそう簡単に手に入れられるものではない。
そして、その内容量は無限ではないということも知られている。
かなり大きいだろうとはいえ、その限りあるスペースを緑小鬼のぬいぐるみに占領されていくのだ。
同情しないというのは無理な話だった。
しかし、リリアとユキトの間では話がついているのだろう、と想い、それ以上は考えないことにする。
今大事なのはそれよりも、目の前の魔物だ。
ロッドたち三人は会話しつつも、武器をしっかりと構えて相手を見つめていた。
向かい合っていれば、向こうから向かってくるかもしれない、と思って距離はあまり詰めないでいたが、考えは向こうも同じだったのかもしれない。
ロッドたちの会話の内容を理解しているのかどうかはわからないが、それに聞き耳を立てていることはそのとがった耳がぴくぴく動いていたことからも察せられてはいたが、それでも向かってこなかったということは、ああやってずっと待つ気だったのかもしれなかった。
魔物にも当然体力というものがあり、それが尽きれば動けなくなるのは道理だ。
ただ、迷宮の魔物の中でも階層主というのは少し違っていて、同種の迷宮の外にいる魔物よりも体力の回復が早いという特徴がある。
その理由は、迷宮の魔物は迷宮から力を受けているからだ、と言われるが詳しいことはわかっていない。
ただ、経験則としてそれが事実であることはわかっていて、だからこそ、迷宮の階層主は手ごわい。
迷宮の外の魔物も、それとは別の理由で手ごわいことがあるが、それはまた別の話だ。
ともかく、そういうことであるから、迷宮の魔物相手に持久戦は避けるべきで、出来るだけ早めに決着をつけるのが理想的だとされている。
「……来ないな。じゃあ、こっちから行くぞ。セレス!」
ロッドがそう言って会話を切り、指示を飛ばした。
セレスはロッドにそう言われたときにはすでに魔術の詠唱を始めている。
「……水よ。冷え、形作り、そして切り裂け! “氷鎌”!」
その瞬間、セレスのロッドの先に大きな氷の鎌が形成され、そして緑小鬼騎士に向かって周囲の空気を白く染めながら回転しつつ高速で飛んでいった。
大きさは人の背丈ほどもあり、あれが命中すれば小さな木であれば伐り倒すくらいのことは可能だろう。
生き物であれば一たまりもない。
そして、その氷の鎌は、緑小鬼騎士に命中する。