第78話 上達
ハルヴァーンと異なり、バトスの街には冒険者組合所有の大規模な訓練施設などは存在しない。
そのため、ロッドたちとの訓練は必然的に適当な場所を探してそこで行う、ということになった。
バトスから外に出て、ある程度の広さのある場所を探した結果見つかったその場所は、バトスから一時間弱歩いたところにある森の開けたところだ。
場所柄、平坦な場所も少なかったので、それくらい離れているところになるのも仕方がないことと言えるだろう。
とはいえ、悪いことばかりではない。
ロッドたちはともかく、俺たちはそれほど自分たちの戦い方なり力なりを他の冒険者たちに見せたくはないと考えていたから、その意味ではお誂え向きの場所だと言えるかもしれなかった。
「槍使い相手、ってことだから、俺が相手になることになるけど、いいかな?」
実際に訓練をする段になって俺がそう言うと、ロッドたちは一瞬驚いたような顔をしたが、少し考えてから納得されてしまった。
「……まぁ、お前だもんな。いろんな意味で今更だよな……」
ロッドがそう言い、
「……槍とか使えるの? って聞くのもちょっと……馬鹿らしい気がするしね」
セレスがため息を吐き、
「……間違いなく使える。しかもきっと私たち三人をまとめて相手にする気。なめてる訳じゃなくて、単純に事実として私たちより自分が強いと思ってる……プライド傷つく……」
フォーラががっくりとした様子でそう呟いた。
その言いように俺は、
「いやいや、待ってよ……三人とも俺のこと、どういう人間だと思ってるのさ?」
別に弱いつもりはないが、超人という訳でもない。
普通の人間のつもりなのだが、三人はそろって、
「ちょっとおかしい十歳児」
と答えた。
まぁ、十歳児であるのは間違いない。
が、ちょっとおかしいってなんだ、おかしいって。
しかも、その言葉には色々な意味が言外に含まれているようなニュアンスを感じる。
さらに、クララとリリアも苦笑しつつも納得したような顔をしている。
ひどい話だ。
少しだけ、腹が立って、
「三人とも、訓練の前にそんなこと言って……どうなってもいいってことかな?」
笑顔でそう言うと、三人は、あっ……、という表情をして、お互いの顔を見合わせたが、もう遅い。
「さぁ、"ちょっとおかしい"十歳児の力を見せてあげようか」
殺気と威圧感を漂わせながらそう言った俺に、三人は冷や汗を流しながら構えたのだった。
◇◆◇◆◇
まぁ、そうは言ってもロッドたちとて弱いわけではない。
むしろ地方の村から出て一年も経っていない十五歳程度のFランク冒険者の割には頑張っている方である。
それにパーティ構成も悪くないし、頭も柔軟で、何よりいい奴らだ。
一応、友人として頑張って欲しいと思っているので、いくらちょっといらついたとは言ってもしっかりと稽古はつけてやるつもりである。
若干上からになるのは、彼らよりも俺の方が長い時間訓練してきたのは間違いなく、実力もまた高いというのは単純な事実だからだ。
見下しているわけではない。
構える三人の様子を見る。
まず、俺が槍を構えた瞬間、三人は距離をとって離れた。
隊形としてはロッドとセレスが前面に立ち、フォーラが後方に下がった格好になる。
彼らのパーティの役割分けからしたら、まぁそうなるだろうなという隊形だった。
無難であるだけに、悪くない選択でもある。
「……じゃあ、行くよ」
俺は彼らを観察した後、そう言って三人を見つめる。
三人とも俺をおそれた様子はなく、またその台詞によって構えに変化や乱れが生じることもなかった。
しっかりとはじめから臨戦態勢だった、ということだろう。
訓練に過ぎないと見て、甘く見ているということもない。
やはり、いい師に学んだのだろう。
基本が身についている。
そして、俺は言葉通り動き出した。
槍の使い方はアラド、それに父に学んでおり、一通りの立ち回りは出来る。
緑小鬼騎士の槍使い種がどれほどの腕を持っているかは厳密なところは分からないが、先日、迷宮で見た他の緑小鬼騎士の技量と同じか、それより若干上、程度のものなのであれば俺の技量でも十分訓練になるだろうというくらいには。
まず、三人の隊形からして、最初にぶつかる相手はロッドである。
セレスやフォーラを狙おうにも、彼女たちも自分たちの役割は認識しているようで、俺の動きを見ながら位置を変えて狙われにくいように立ち回っている。
ロッドを狙うしかないようだ。
ロッドの戦い方は典型的な剣士のそれであり、魔術による身体強化を活用したものだった。
しかし、当たり前と言えば当たり前だがその身体強化の効果は低く、リリアの低級身体強化にすら及ばない。
まず単一属性の身体強化でしかない、ということと、持っている魔力量のわかりやすい二つの問題があるが、これについては今すぐどうこうというのも難しいだろう。
単一属性については本人たちが聞き入れるのであれば複数属性のものの方が後々、彼らのためになるだろうということくらいは言ってもいいとは思う。
また、魔力量はリリアに渡した魔導具を彼らに提供すれば解決するだろうが、リリアのあれは一点物だ。
俺にも作成することは出来ないし、そういうわけにはいかない。
ただ、リリアのものよりもかなり性能は低くなるだろうが、魔力量の成長効果のある魔導具を作ってやることは出来る。
彼らにはがんばってほしいし、そういうものを渡してひいきするくらいはいいだろう。
ただ、これもまた、今日明日のうちに、というわけにはいかない。
そのうち何かの折に渡してやるということになるだろう。
そんなことを考えながらロッドに向かって槍を突き込むと、ロッドはそれを弾きながら俺に攻撃を加えようと前に足を踏み出す。
しかし、俺はそうはさせまいと逸れた槍を引き戻し、自分は後退しつつ間合いを取った。
やはり、槍と剣ではリーチが違う。
ある程度距離があると、有利なのは槍だ。
間合いを詰めてしまえば取り回しが難しい分、槍の方が不利になってくるだろうが、ロッド一人ではそこまではやるのは難しいようで、苦戦しているようだった。
ここは後方からの援護で俺の気を逸らすなりなんなりするのが必要になってくる。
そのため、セレスが魔術を駆使する必要があるだろう。
彼女もそれは理解しているようだが、俺とロッドの立ち回りが複雑に過ぎて狙いがなかなかつかないらしく、魔術を放つことが出来ないようだった。
勝てないのはこの辺りに理由がありそうである。
ついでに言うなら、フォーラも治癒術だけでなく、神聖魔術も使えるはずだ。
神聖魔術の中には攻撃系のものは多くはないが、援護に役立ちそうなものがいくつかある。
たとえば、本来は洞窟など暗い場所を照らしたり、邪気を払うために使われる光球の魔術があるが、これは使い方によっては目眩ましにもなるものだ。
そう言った魔術を駆使していけば、たとえ緑小鬼騎士の槍使い種が相手だろうと、意外と簡単に勝てそうな感じがした。
つまり、彼らは連携に少々の難がある、というのが問題で、個々人の実力には問題はないだろう、ということだ。
戦いながら、そう言ったことを指摘する。
「セレス! そうやっていつまでも狙いを定められないと、ロッドが却って危険に陥るよ。ロッドに魔術が命中しそうで怖いのは理解できるけど、ロッドもそこまで鈍くはないはずだ。たまにはしっかりと信じてリスクを踏むことも大事だ!」
言われてはっとしたセレスであった。
次にフォーラにも、
「後々の回復のために魔力を温存しようとするのはいい。でもね、フォーラ。その前に死んだら元も子もない。せっかく神聖魔術を使えるんだから、それをうまく活用することだ。タイミングが難しいだろうけど……そこは事前に決めておくといい」
つまり、セレスにしろフォーラにしろ、ロッドや他のメンバーの命のことを考えて、二の足を踏んでいる傾向がある。
それは必ずしも悪いこと、とは言えないが、今は良くてもいずれ壁にぶち当たることになるだろう。
緑小鬼騎士程度なら、たとえ勝てなさそうでも逃走を図ることはそれほど難しい相談ではないが、いずれ逃げることすらも命がけになるような相手に出くわす機会も増えてくる。
そういうときにこういった決断力不足を抱えたままでいると、それこそ命に関わるのだ。
そういう話をすると、彼らもそういう危険は薄々だが感じていたらしく、戦い方を見直してみる、というところに落ち着いた。
もちろん、見直した戦い方や連携をいきなりそのまま実戦に使うというのは危険なので、毎日、少しの間、俺たちと彼らは訓練をすることにした。
ついでにいろいろなタイプの相手と戦った方がいいだろう、ということでリリアやクララとも交代しつつ、彼らの相手役をしたのだが、ロッドたちはほんの数日でかなり良くなっていった。
突然強くなった、ということではないのだが、少なくともこれだけ出来るのなら、緑小鬼騎士の槍使い種とは十分戦えるのではないか、という程度になったので、一応の合格を告げると、彼らはその次の日にもう一度、階層主の部屋へ行ってみると言った。
なので、頑張ってきなよ、と言おうと思ったのだが、ふと俺は思いついて彼らに言った。
「……俺たちもちょっと見に行っていいかな?」
一度、他の迷宮の様子を見てみたかったのだ。
噂のレミジオがどんな風にお金を巻き上げているのか、見たいというのが一番だが。
ロッドたちは頷いて、リリアとクララも特に依存はないようなので、明日は六人と一匹で《地底の迷宮》へ行くことが決まったのだった。