第77話 助力
今日は早めに切り上げてきたからか、ロッドたちはまだ宿には帰ってきてなかった。
いたら少し話そうと思っていたのだが、帰ってくるまで待つしかなさそうだ。
それまではかなり暇である。
収入もあったことだし、街に遊びに行くというの考えたが、現在のこの街の雰囲気の悪さである。
それほど楽しめないだろうと、今日のところはおとなしく宿にいることに決めた。
早めの夕食をとり、三人で談笑する。
床では深皿に盛られた食べ物とミルクをがつがつ食べるプリムラがいる。
治安が悪い街の宿だと意識できないような、穏やかな時間がそこには流れていた。
そして、そんなときだ。
ロッドたちが戻ってきたのは。
がちゃがちゃと装備を鳴らしながら疲労困憊、という様子で戻ってきた。
あまり傷がついていないのは、フォーラの治癒術のお陰だろう。
パーティに一人治癒術士がいると、それだけで安全性は跳ね上がる。
ロッドたちは食堂のテーブルに俺たちを見つけると笑顔で駆け寄ってきた。
「ユキト! それにリリアとクララさん!」
ちなみにだが、クララについては初めて会ったときにパーティメンバーとして紹介している。
彼女自身は呼び捨てでかまわない、と言ったのだが、それを実行したロッドはなぜかセレスとフォーラに睨まれたので、以来、さん付けで固定している。
まぁ、ロッドはどこかハーレム体質というか、自覚無く女の人を引きつけていくようなものがある。
セレスたちとしては、二人でも十分に多いのに、これ以上増えるのはごめん願いたいと釘を刺した格好なのかもしれなかった。
「ロッド。大きな怪我もなくて順調そうだね? このまま行けばすぐにバトスの街にはおさらば出来るってところかな」
俺が軽口を彼に言うと、彼は思いのほか浮かない顔で、
「いやぁ……どうだろうな。今までは進みも悪くなかったんだが、行き詰まりかけててよ」
と言うもので話を聞いてみると、攻略中の迷宮の階層主の一匹がなかなか倒せないのだという。
すでに十層だという話だから攻略が進んでいるというのは事実なのだろう。
その分、強くもなっているはずなのだが……。
そう思って尋ねると、
「ここに来た当初よりはたぶん強くなってると思うが……階層主がそれ以上でな。というか、あんまり戦ったことのないタイプで、難しいんだよ」
「どんな魔物なの?」
それが分かれば何かアドバイスも出来るかもしれないと思ってのことだった。
こう言った情報については、せっかく命がけで得てきたものだからと隠す者もいるのだが、ロッドたちはそういうタイプでもないらしい。
いや、相手が俺たちだから話してもいいと思ったのかもしれない。
三人で顔を見合わせて、それからロッドが言った。
「あぁ、緑小鬼なんだが……」
「緑小鬼だって?」
それを聞いたとき、俺たちは驚く。
なぜといって、そんなものに苦戦するようなロッドたちではないはずだからだ。
以前の《錆の渓谷》では疲労が限界に達したところに複数体で襲いかかられたからこそ、厳しそうだったのであって、今回はそうではないだろう。
そんな俺たちの表情を読みとったのか、ロッドは詳しく説明した。
「普通の緑小鬼ならまぁ、俺たちだって自慢じゃないが、何とか出来るぜ。ただ……今回のはそうじゃなくてな。緑小鬼にはたまにもの凄く強い奴とかいるって言うじゃねぇか。俺たちはそんなもの、今まで魔物闘技場とかでしか見たこと無かったが……たぶん、それなんじゃねぇかなって……」
魔物闘技場は捕獲した魔物同士を戦わせるという見せ物を行っている場所のことだ。
迷宮都市にはないが、この世界では比較的人気の高い興業である。
その中でももっとも強力な魔物は一匹の緑小鬼であると言う話は割と有名だ。
彼らはそれを見たのだろう。
「何か特別な武具とか動きとかをしていたってことかな?」
俺の質問に、セレスが答えた。
いつもより元気がなさそうなのは、疲れているからか、落ち込んでいるからか。
「ええ。金属製の鎧を纏って、槍を持っていたわ。動きも……ただ槍を振ってるっていうより、訓練された槍術を操ってる感じで、一端の戦士みたいで……」
その説明にピンと来たのは、我がパーティの魔物図鑑であるリリアである。
「あ、それはねぇ、緑小鬼騎士だよ! 槍を持ってたなら……その中の槍使い種!」
そう説明してくれた。
彼女が言うには、緑小鬼は非常に細かく分類されているらしく、一般的に普通の緑小鬼と呼ばれているものも装備や技術などによってかなり細かく区分されているのだという。
その区分は、一人の緑小鬼マニアが生涯をかけて作り上げたものらしく、実際に役に立つ分類なので魔物調教師でも学ぶ者は少なくないらしい。
ただ、必須、というわけではなく、どちらかと言えば趣味の学問に近いらしいが、リリアは緑小鬼好きなので個人的に勉強したということだ。
まぁ、緑小鬼は集落を作ったり特産品を作ったり人と交流したりと色々と文化的な部分のある魔物で、一度のめり込むと抜け出せないとはよく言われる。
リリアの気持ちも分からないではなかった。
ただ、マニアの中では一般常識的な知識とは言え、ロッドたちにとってはそうではなかったようだ。
「そ、それは何……?」
とフォーラが身を乗り出して尋ねてきて、ロッドとセレスもその表情を見る限り気持ちは同じらしい。
リリアは答える。
「えっとね、普通の緑小鬼の中でも、銅とか鉄とかの普通金属の鎧を纏った緑小鬼が、ある程度の武術を修めて何かしらの武器を持ったものを緑小鬼騎士って言うの。それで、この中でも武器の種類のよって区分けがあるんだけど、ロッドたちの話だとその緑小鬼騎士は槍をもって槍術を操っていたんでしょう? だから槍使い種って呼ばれてるんだよ。緑小鬼騎士の中では強いって言われる方だから……結構大変かも」
リリアが最後に付け足した一言に、三人は頭を抱えた。
それから納得したようにフォーラが言う。
「……階層主の部屋に入る前に、後ろから来た冒険者のパーティに言われた……『外れ引かないように気をつけろよ! 槍とかは面倒だからなぁ』って……そういう意味だったとは……」
その言葉にクララが、
「階層主の部屋はランダムで魔物が現れると言いますが、倒さずに逃げた場合には同じ魔物が現れるという話ですから……ロッドたちがまた行ったとしても同じく、緑小鬼騎士の槍使い種が現れるのでしょうね……お気の毒に」
クララの台詞は止めだったようで、ロッドたち三人はがっくりと崩れ落ちた。
俺たちはしばらく、冒険者も楽じゃないなとロッドたちの絶望具合を眺めていたが、ふと、思い出してリリアに尋ねた。
「そう言えば、《中庸の迷宮》の一階で出てきた大緑小鬼の取り巻き。あれって……」
同じく、金属鎧を纏って武器を携えていたはずだ。
俺の言いたいことを理解したらしいリリアは頷いて答える。
「そうだよ、あれも緑小鬼騎士だよ。槍使い種はいなかったから、何とかなったけど」
確かに、彼らが持っていたのは剣と斧だったかなと思い出す。
戦ったのはリリアとクララなので、それほど強く印象には残っていなかった。
しかしこの二人が倒せているのだから、そんなに恐ろしく強力、というほどの魔物ではないのだろう。
ロッドたちも頑張ればそのうち倒せそうだとは思う。
ただ、落ち込みようが半端ではないので、このまま行けばうっかり死んでしまいそうな感じもしたので、俺は甘いかなと思いつつも彼らに一つ提案をすることにした。
「……そんなに苦戦してるなら、明日はちょっと俺たちと訓練しない? 槍使いとの戦い方、練習すれば倒せるかもしれないよ」
その言葉に、ロッドたちは光を見たかのように目を輝かせた。