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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
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第76話 世のため人のため

「……何かな?」


 黙って無視して通り過ぎる、という選択肢もないではなかったが、話しかけられておいて無視する、ということが俺はことさらに嫌いだった。

 なぜか、と聞かれればその理由には迷ってしまうが、人を無視するというのはたとえどんな相手であるにしろ最大の侮辱になるだろうと思うからだ。

 だから、俺はそれはしない。

 もちろん、悪口とかを言われてそれを無視する、というのは仕方ないと思う。

 ただ今回はそうではない。

 今はまだ、何か、柄の悪そうな人物に話しかけられたようだ、というだけだ。


 振り返ってみると、やはりそこにいたのは声のかけ方から想像できるとおりのわかりやすいチンピラ風の男である。

 ランクの低い冒険者なのだろう、あまり性能の良さそうではない武具を身につけ、剣呑な眼差しでこちらに視線を向けている四十がらみのその中年男は俺の返事ににやついて言った。


「……おう、なに……ちょっとばかり用があってな」


「用? それどんな用かな?」


 俺は穏やかな口調で返答する。

 当たり前だが、俺たちの方にはこの男に用などない、というか顔と存在すらたった今知ったくらいである。

 用など持ちようがない。

 しかし男の方は違ったようで……。

 男は単刀直入に言う。


「お前、さっき冒険者組合ギルドで素材を換金してただろう? まぁ、そいつ自体は別にいいんだが……お前等の顔に見覚えがなくてな? ちょっと名前を教えてくれねぇか?」


「名前? 俺がユキト、こっちがリリア、こっちがクララだよ」


「ほう、ユキト……いい名前だ。でな、俺はレミジオ一家のルルドゥラってもんなんだが……」


 レミジオ一家か。

 どうやらレミジオという男はそんなものをこのバトスの街で作っているらしい。

 低ランク冒険者が小さな街でそんなものを作って威張り腐っているというわけだ。

 ばからしい話だが、男にとってその名乗りは自慢らしい。

 誇らしそうに言ったからだ。

 それから、


「そのルルドゥラさんが、俺たちに何の用なのかな?」


「何……そんな難しい話じゃねぇさ。実はな、このバトスの街はレミジオ一家が治安の維持のために働いていてな。迷宮への山道の整備や遺品の回収なんかもやってる。だからよ、バトスに滞在してる冒険者たちには少しばかりカンパを求めてるんだ」


 物は言い様である。

 迷宮関係の整備や遺品回収は別の組織がやってるはずだし、街の治安維持というが街人を威嚇しながら歩くことを言うのならこの世に存在する柄の悪い奴は全員治安維持のために働いているということになってしまうだろう。

 しかし男はまるで自分の言った言葉を心から信じているようで、


「カンパ? といっても見ての通り、俺たちはまだ低ランクだから……懐具合が厳しいんだよ。そんなに出来るものじゃないよ」


 本当のところ、一銭だってお前らにやりたくはない、と言い返したいところだが、まだ男の態度は穏やかである。

 いきなり怒り出すのもおかしいだろうとそんな言い方になった。


「いやいや、別に有り金全部よこせ、とか言ってる訳じゃねぇんだ。山賊じゃねぇんだからな。ただ……出来れば、そうだな、一割くらい寄付してくれると助かるんだが……」


 一割。

 思いのほか、少ない要求だと言えるだろう。

 このタイプの奴は自分で言ったとおり山賊か何かみたいに有り金全部出しやがれと言うものだと思っていたが、そうでもないらしい。

 ただ、その理由も何となくだが分かっていた。

 法に触れないために寄付だ、という体裁で金を要求し、また冒険者組合ギルドに対応されないように法外な金額を要求しないようにしているのだろう。

 一割ならまぁ仕方ないとあきらめる者も多いはずだ。

 毎日生活が苦しいと言っても、削ろうと思えば削れなくはない額だ。

 いずれ強くなったらバトスなど出て行き、他の街に行くまでの辛抱だと思えばそこまで辛くもない。

 意外に考えているのかもしれなかった。


 けれど、俺たちが今回、稼いだ金額から一割、となるとかなりの額になる。

 それを毎回払ってやるのは耐えられる気がしない。

 しかしここでもめるのも面倒な気がした。

 一家のボスであるらしいレミジオ本人がここに来ているのなら叩き潰して二度と反抗できないように、ということをしてもよかったが、今目の前にいる男はそれこそ下っ端の下っ端である。

 この場で返り討ちにしたところで似たようなのがまた来るだけだろう。

 だから、俺は銀貨一枚を男に弾いて、そのまま宿に向かうことにした。

 くるくると飛んでくる銀貨を男は、


「おおっと……」


 と追いかけ、そしてパシリと受けとる。

 それが銅貨ではなく銀貨である、と理解した男は、


「おぉ、悪いな。助かるぜ」


 と言って、俺たちに手を振った。

 妙に愛想のいい笑顔で、かえって気持ち悪い気がしたが、面倒なことにならなかったのでまぁ、いいとする。

 今は。


 男から離れてしばらく、リリアが言った。


「ユキト、お金なんて払っちゃって良かったの? あれ、悪い人でしょ?」


「そうだね……でもまぁ、面倒くさいからさ」


 俺がそう答えると、リリアは不満そうである。


「返り討ちにしちゃえばよかったのに!」


 その言葉に俺が、


「暴力は良くないよ」


 というとリリアは頬を膨らませて、


「むー!」


 と言った。

 そんなリリアの様子を見てクララはほほえみ、


「リリアちゃんは若いから納得できないのですね……」


 と言ってリリアの頭を撫でる。

 それから、


「ま、ユキトも納得してるようには見えませんが」


 と鋭いことを言った。

 リリアがその言葉に、


「えっ!?」


 と驚いたように目を見開く。

 俺は笑って答えた。


「そりゃあそうじゃないか。俺たちが頑張って稼いできたのに、あんな何にもしてない奴らに払うなんて納得できるわけがない」


「じゃ、じゃあ何で払ったの……?」


「ああいう手合いは元から絶たないと意味がないからさ。ゴキブリと一緒だよ。一匹見たら百匹いると思わないと。駆除するには一網打尽、繁殖元から叩き潰さないといけない……」


 と、軽い口調で言った、つもりだった。

 しかしどうもそうは見えなかったらしい。

 クララはそんな俺を見て、


「……こんなのを敵に回すと知っていたら、あの……ルルドゥラさんですか? 彼も話しかけたりはしなかったでしょうね。それこそ氷虎グラスティーグルよりも恐ろしい顔つきをしていますわよ、ユキト」


「ええ……? 別に俺はそんなに怖くないけどなぁ。ただ、預けたお金は奪い返そうかなって思ってるだけでさ。預けた期間に応じて、利子も付けてもらわなきゃならないから……利率はだいたい百パーセント位で、もちろん複利でね」


 俺の言葉に少し考えた顔をしたクララ。

 それから呆れたように、


「それは暴利と言うのですが」


 全くその通りだが、この世界に利息制限法はない。

 それに、もし暴利だというなら……。


「だから、さっさと取り返してあげるのが彼らのためなのさ」


 と、めちゃくちゃな話をして笑った。

 リリアは利子とか複利とか言われた時点でちんぷんかんぷんな顔をしていたが、お金を取り返す、という部分は理解したようで、


「じゃあ、そのレミジオ一家さん? のところに……!」


 と今すぐにでも行こうとする。

 勇ましいことである。

 しかし、別にそんなに急いではいない。

 とりあえずは《中庸の迷宮》の攻略を優先して、レミジオ一家についてはぼちぼちやっていくということを話して、宿に戻ることに同意させたのだった。

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