第74話 タイプと扉
《中庸の迷宮》とは言え、出現する魔物は基本的には他の四迷宮と同様で、対して強力なものではない。
強いて言うなら、他の四迷宮に出現するすべてのタイプの魔物が出現するところが少しレベルが高い、というくらいだろうか。
「やぁっ!」
クララがそう、かけ声を発して地を蹴り、敵に向かっていく。
彼女の瞳が捉えているのは地底の迷宮の中程で出現する魔物、岩人形である。
彼女の武器は腕に取り付けられた金属製の爪で、岩に対しあれで切りかかってもさしたる損傷は与えられないのではないかと思われた。
しかし、岩人形にかかっていくクララの身体に魔力ではない力の動きが感じられた。
あれはーー気だ。
体術を主にして戦うタイプに職業において、一定以上の練度に達すると操ることが出来ると言われる技法である。
魔力と異なる点は精神力ではなく体力と直結した力であることが一番大きいが、効果は似ている。
その力の輝きが、クララの腕に纏われており、そのまま岩人形へとたたき込まれた。
その破壊力は驚くべきもので、深い傷が岩人形に刻まれた。
ただ、それだけで倒れるほど相手も弱くはない。
身体が削れた結果、バランスを崩しつつも向かってくるその巨体には恐ろしく、普通なら固まってしまいそうだが、クララはそうはならず、しっかりとその突進を避ける。
それから、クララに避けられたことによって目標を失った岩人形はそのまま倒れた。
すぐに起きあがろうと地面に手をついて振り返ろうとするが、
「水よ、穿て……"水貫"」
手のひらを構えたクララがそこには立っていて、呪文を唱えた。
その瞬間、クララの指に填められていた赤い魔石の指輪が光り輝き、そして手のひらから高圧の水が岩人形に向かって放たれた。
はじめ、岩人形もその水に対抗するべく、もしくは逃げるように身体を動かしていたが、その中心部に穴をあけられ、そして徐々に頭部へと水のドリルが向かってくると、為すすべもなくなって、そのまま頭を吹き飛ばされた。
岩人形が動かなくなったのを確認したクララは、
「……こんなものでしょうか」
とつぶやき、その身体から魔石を抜き出して俺に投げたので、収納袋に入れる。
クララは体術と魔術を同じレベルで使える、と言うわけだ。
戦い方としては俺たちと同じである。
ただ、気を扱って戦う辺りが違う。
気と魔力は基本的に併用できない。
魔術を使っているときは気が、気を使っているときは魔術を使うことが出来ず、そのため少し使い勝手が悪いと言われる。
ただ、獣人の多くはあまり魔力が多くなく、そのため気の方が人気があり、その大半は気を使う、とは聞いたことがあった。
それにしてはクララは破壊力のある魔術を放ったことから、大半の獣人とは異なり魔力もそれなりにあるようだ。
「魔力はまだ残ってる?」
先ほどの魔術でどれくらい消費したのかを一応知っておきたくてそう尋ねると、
「まだまだ余裕ですわ。私、獣人にしては魔力が多いようで、どちらかと言えば気の方がついでに覚えたところがありますから」
と答えた。
事前に見せてもらったのは拳士としての実力であって、魔術については今が初見である。
なので拳士だと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「じゃあ、どっちかと言えば魔術師?」
俺の言葉にクララは頷いた。
「そうですわね。魔術の方が得意ですわ。ただ、気は体力に直結した力なので、継戦能力の点から考えると、魔術よりは格闘の方が普段は使う、という感じでしょうか。迷宮であればなおの事ですわね」
本当に珍しい獣人である。
獣人をパーティに入れて後でこれを言われたら詐欺扱いされそうなくらいだ。
しかし、俺たちのパーティは俺もリリアも、魔術と剣術を併用しているし、そのことを考えればどちらも使える人材であるクララはむしろ運が良かったと言える。
どちらかと言えば魔術が得意、というクララには基本的には後衛を担ってもらい、俺とリリアで前衛をするということにまとまったのだった。
それからいくつか魔物を片づけていき、しばらく進んでいくと、突然、巨大な扉が姿を現した。
木の蔓に巻き付かれたその扉には強烈な存在感があり、この先に何かがあるのだろう、と思わずにはいられないようなものである。
「……階層主ってやつかな?」
俺がそう二人に尋ねると、リリアが言った。
「《中庸の迷宮》の階層主が確認されているところは一階と五階と十階って言ってたから、そうだと思うよ!」
一応、バトスの冒険者組合で仕入れられる限りの情報は仕入れていた。
確かにそんな話を職員がしていた記憶がある。
十階より上の階についてはそこに足を踏み入れて帰ってきた者がまだいないらしく、どうなってるのかはよくわからないらしい。
「……今日のところはここで帰りますか?」
クララがそう言ったが、ここまで来て階層主の姿も見ないで帰るというのは寂しいだろう。
俺は言った。
「いや……せめて最悪でも見てから帰らない? 倒せるかどうかは謎だけど」
「階層主の部屋は場合によっては脱出が難しい場合があると聞きますが……」
脱出不可地帯については高ランクの迷宮についてはよくあるとは聞くが、バトス周辺の迷宮のような低ランク向けの迷宮でそのような部屋が出現した、と言う話はあまり聞かない。
あっても最深部に近いところであったりするのが普通で、一階にあるような部屋でそのような罠があると言うことはないと思っていいはずだ。
そのような話をすると、クララは、
「……まぁ、心配しすぎるのもよくありませんし、私は構いませんが……」
そう言ってリリアを見る。
リリアも、
「私も大丈夫!」
と拳を振り上げて言った。
その背中ではプリムラが「みゅっ!」とリリアのまねをしている。
迷宮に入ってからリュックから一度も出ていないプリムラ。
お前何しに来てるんだと思わないでもない。
まぁ、それでも将来はきっと強くなるはずなのだからと首を振り、俺は言った。
「じゃあ、行こうか。開けるよ」
そうして目の前の大扉に手を触れた。
かなり巨大なので、相当な力を入れなければ開かないだろう、と思っていたのだが、軽く触れると扉がふわりと輝き、ごごごご、と音を立てて自動的に開いていく。
「わぁぁぁ!」
「なるほど、こういう仕組みですか……」
リリアとクララは扉を見つめながらそんな声を上げる。
初めて見たのだろう。
感動があるのかもしれない。
俺はと言えば、開いていく扉の向こう側にいるだろう何かが少しでも見えないかと目を凝らしていた。
そして、扉が半分程度開いたところで、それは見えた。
「あれは……」
部屋の中央に立っているその存在を、俺は見たことがあった。
緑色の素肌に、通常よりも大きな体。
手に持っている武器はあのときとは異なっていて、錆びた大剣のようだったが、その迫力はあのときと大差ない。
血走った目はすべてを憎んでいるようにも見える。
ただ、よく見ると、あのときよりかはその色が薄い気がした。
妙な愛嬌があるように感じなくもないし、動きも洗練されておらず、子供のような、ある意味で楽しそうな動きをしていた。
「大緑小鬼……懐かしいな」
以前、ゴドーとラルゴで言った坑道で出会った魔物が、そこにはいた。
その左右に二体ずつ妙に装備のいい緑小鬼を従えている。
「……リリアとクララはあの横の緑小鬼を二体ずつ、俺が大緑小鬼ってことでいいかな?」
完全に扉が開く前にそういった俺の言葉に、二人は武器を構え、そして黙って頷いた。
そして、扉が開いた。