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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
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第73話 禁句

「ほわぁ……すごいねぇ!」


 リリアが口を開きながら言った。

 彼女の視線の先にあるのは《中庸の迷宮》である。

 迷宮には様々な存在のしかたがあるが、《中庸の迷宮》はその中でもとりわけ美しいものだ。


「……巨木、ですわね。てっぺんが見えませんわ」


 クララがそう呟く。

 そうだ、目の前にあるのは、緑茂る巨木だ。

 その大きさはとてつもなく、クララの言うとおり頂が見えない。

 幹の太さも一本の木としては考えられないほどの大きさで、小さな街なら一つや二つは入ってしまいそうなくらいである。


 近づくと川が流れていて、その始点は驚くべきことにその巨木自体であった。


「地下水を汲み上げてる……のかな?」


 巨木の幹の途中に見える虚から流れ出る大量の水が滝となって地に注がれ、それが川になっているのだ。

 それ以外に理由が考えられないように思える。

 ただ、これは普通の樹木ではない。

 《中庸の迷宮》と呼ばれる迷宮なのだ。

 迷宮、と呼ばれる存在は内部もそうだが、こうやって外部から見える部分も普通には見られないようなものであることが多く、その原理は大半が不明だ。

 おそらくは魔法的現象なのかもしれない、と言える程度が関の山で、詳しいメカニズムの解明は難しい。

 それを専門に研究する学者などもおり、結果も出しているが、それでも全体から比べれば微々たるものだ。

 この巨木の作り出す滝、そして川の水量も、そんな謎の一つなのかも知れなかった。


「ま、何はともあれ、今日からしばらくはここの攻略だ。みんな、がんばろうか」


 俺が二人と一匹にそういうと、彼女たちはうなずく。


「うん! はじめての迷宮だね!」


 リリアがそう言った。

 おつかいみたいに言われると途端に大した冒険ではないような気がしてくるから不思議である。


「足を引っ張らないように頑張りますわ」


 クララは謙虚にそう呟く。

 一応、ここにくる前にクララがどの程度戦えるか、というのは簡単に見たが、足を引っ張るようなことはまずないだろう、と言う程度の実力はあった。


「みゅっ! みゅ!」


 プリムラはリリアのリュックから顔だけ出してリリアの頭をぺしぺし肉球で叩いている。

 この従魔は戦う気があるのかどうか。

 リリア自身が戦えるようになったし、まだプリムラは子供なのだからいいのかもしれないが……ただのマスコット枠でいいのかと思わないでもない。

 ただ、まぁ、そこのところは魔物調教師モンスターテイマーであるリリアの自由なので、特に口出しはしない。

 危なげなく探索が出来ればそれでいいのだから。


「じゃ、行こうか」


 そう言って俺が足を踏み出すと、みんな後ろからついてくる。

 川沿いに、滝の始点まで続くような形で設けられている道らしきものを進んでいくと、その始まりの場所にはしっかりと迷宮の入り口があった。

 巨木がくり抜かれてそこから内部に入れるようになっている。

 入り口の脇には石碑が建てられていて《中庸の迷宮》と削れた文字で記載してあった。

 訪れる者もほとんどいないらしく、石碑は苔生こけむしており、また罅が入っている。

 何が起こるか分からない。

 そんな気がした。

 しかし進まないわけにもいかない。


 そして、俺は勇気を出して一歩目を踏み出したのだった。


 ◇◆◇◆◇


 《中庸の迷宮》の内部は植物の蔓の回廊、という感じだった。

 樹木の枝や蔓が絡み合って、床や壁などを形成していて、踏みしめてもびくともしない丈夫さがあった。

 構造は人工物のような整然さはなかったが、それでも全く歩けないというほどでもない。

 床はまるで森の中のようで、平坦な道ではなかったが、進めないほどでもない。

 ここで意外だったのが、一番こういう道に慣れておらず、疲労しているのが俺だと言うことだ。

 もちろん、体力的には問題ないのだが、すごく歩いていて疲れるというか、歩き方がいまいち分からないところがある。

 それでも、かつて魔女アラドに森に放り込まれたことは少なくないから普通よりはずっとマシだろうが、リリアとクララに比べるといささか慣れていないと言わざるを得なかった。

 二人はひょいひょいと進んでいき、俺を置き去りにして途中ではっとして気付く、ということがここまでで何度かあったくらいだ。


「ユキトーっ! 大丈夫ー!?」


「こっちですわよー!」


 二人揃って前の方からそうやって声をかける。

 その足取りに疲労の色は見えない。

 あまり離れすぎても危険であるからいざとなったらすぐに駆けつけられるくらいの距離感なのだが、それにしてもここまで自分が遅れていると男として若干情けないところがあった。


 聞けば、


「故郷が森だったから……歩き慣れてるんだよ」


 とリリアが、


「アルケーオ連合王国の土地も大体が森でしたから。私も右に同じく、ですわ」


 とクララが言った。

 普段から森を歩くのが日課だったということだろう。

 対して俺は修行で行くくらいで、普段は街の固い石畳の上やら王宮のカーペットの上を歩くのが日常的な生粋の都会っ子である。

 レベルが違うのも当然であった。


「田舎者の足には敵わないな……」


 ぼそりとそう呟くと、


「うん。田舎者は足腰が強いんだよー」


 とリリアが何も気にして無い様子で言ったのだが、クララは、


「聞き捨てなりませんわ! 連合にも都会はあります! そもそも私が住んでいたところだってですね……」


 と割と長い反論をされた。

 どうやらクララにとって田舎者扱いは禁句らしい。

 服装も雰囲気も言葉遣いも都会在住の者のような感じなのでそんなコンプレックスを抱えているのは意外だった。


「そんなに田舎者扱いがイヤがられるとは思わなかったよ……悪かった」


 と素直に謝ってみれば、クララははっとした顔で、


「あぁ、いえ……いいのですけれど。ただ、小さな頃にそうやっていじめられた記憶がありまして……」


 なるほど、都会に住むようになったのは大人になってからということだろうか。

 そして、そういえば年齢を聞いてなかったなと尋ねる。


「クララって、何歳?」


 単刀直入な質問だったが、クララは呆れたような顔で俺の額に人差し指をつけて突っつき、それから俺に言った。


「……女性に年齢は尋ねるものではありませんわよ?」


 この地球でも存在した理は、この世界においても同じらしい。

 失敗したかと素直に謝る。


「重ね重ね申し訳ない……リリアといるとそういう気遣いがなくなってきてね」


 そういうと、リリアが首を傾げて、


「どうして? 私は十二歳だけど……」


 と言った矢先に素直に答えられた。

 クララはそんなリリアにもため息を吐き、


「……そうですわね。私が色々気にしすぎなのかも知れません。二人とも、まだおこちゃまなのですし……」


 とぶつぶつ言って、それから、


「……十六ですわ」


「え?」


 聞き返すと、クララは顔を近づけてきて、一言一言区切るように言ってくる。


「ね・ん・れ・い・ですわ! もう分かったでしょう? 今度から聞くのはだめですわよ!」


 と言って前の方を歩き出した。

 リリアがそれを見て、


「ちょっと怒らせちゃった?」


 と言うので、


「まぁ、大丈夫じゃないかな? 打ち解けてきたってことだと思うよ」


 と適当に答えた。

 するとリリアはクララのところに近づいて、抱きつき始める。

 行動が素直で、子供だが、まぁ、あれくらいが一番無邪気でいいのかも知れない。


「……しかし、十六か……」


 意外と若かったな、と思いながら俺も彼女たちに近づいた。

 するとクララが、


「何か失礼なことを考えてませんか?」


 と俺の顔を見ながら言うので、あわてて首を振ったのだった。

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