第72話 事情
迷宮を目指して山道を進む。
馬車や大勢の人通りを期待されて整備されている街道とは異なり、ただ迷宮に向かうためだけに作られたその道は狭く荒い。
五つの迷宮に向かう道は途中までは共通しており、途中から分かれるとロッドたちから聞いていた。
実際、三人と一匹で進んでいると、はじめの分かれ道にたどり着く。
《中庸の迷宮》に続く道と、それ以外の四つの迷宮に続く道とにであり、見れば《中庸の迷宮》へ続く道はかなり荒れているのが分かる。
対して他の四つの迷宮へと続くそれは少なくとも雑草の類や石ころなどは取り除かれていて歩きやすそうではあった。
さらに……。
「おい、お前ら。見かけねぇ顔だな……最近バトスに来たのか?」
と髭面のあまり綺麗とは言えない顔立ちをした、しかし力だけは自信がありそうな雰囲気の一人の男に話しかけられた。
鎧を纏い、剣を腰に下げているところから騎士か冒険者のように見える。
「そうだけど、それがどうかしたの?」
俺がそう答えると、男は少し驚いたように目を見開く。
俺、リリア、クララ、それにプリムラの三人と一匹パーティの中ではクララがどうしてもリーダーに見えるからだろう。
彼女が返答すると思ったのかも知れない。
しかし、実際のところ、このパーティを仕切っているのは俺であった。
仕切りたいといったわけでもないのに、なぜか二人が俺を推すからだ。
別に問題はないが、こういうやりとりの面倒くささを考えるとクララの方がいいだろうにと思わないわけではない。
ただ、ここでそれをいっても仕方がないことは分かっているので特に口にはしない。
男は俺に答えた。
「なんだぁ? お前がこのパーティのリーダーか? 女子供にペットって……くははは。笑える顔ぶれだな!」
その言い方は非常に馬鹿にしたような台詞で、少しばかり、いらっとしないではない。
けれど、客観的に見て男の感覚が正しいのは間違いないだろう。
俺とリリアは確かにどう見ても子供だし、クララは身長は高いが手足が長く華奢な女性で、プリムラはあくびをしている青猫である。
なにも間違っていないので、責められる気がしなかった……。
パーティにもう少し迫力がほしいな、と思いながらもそれは無理な相談だと諦めつつ、俺は男に言う。
「……まぁ、そこのところは放っておいてよ。俺たちももう少し迫力がほしいなとは思ってるんだけど、そう簡単じゃないんだ」
男は意外と話が分かる者らしく、俺の言葉に頷き、
「だろうなぁ……まぁ、いいじゃねぇか。坊主。そこに二人は別嬪だし、考えようによっちゃ恵まれてるぞ。それにその青い猫は……何かの魔物だろ? 大きくなったら強くなるかも知れねぇしよ……なんだ、元気出せ」
と言ってきた。
図らずも真実の一端に触れている台詞であるが、俺を慰めるために言っただけで男もそれが事実だと思っているわけではないのだろう。
しかし、リリアとクララは、
「そうだよ、ユキト。私、別嬪さんかどうかは分からないけど、がんばるよ!」
「そうですわね……よくよく考えると、これはいわゆるハーレム、というものなのでは……。良かったですわね、ユキト。リリアちゃん共々、末永くよろしくお願いしますわ」
と言って笑った。
二人の笑顔がそれぞれ意味がまるで異なり、反応に困る。
片方は純粋に、もう片方は意地悪でやっているのだから……。
それが分かったのか、男も、
「……なんかいろいろ大変そうだな。分かった。いいぜ。今日は負けてやる。早く通れ」
と言った。
突然変わった話の意味が分からずに、俺は首を傾げる。
「負けるって何が?」
すると男は納得するように頷いて、
「あぁ、お前らは最近来たんだもんな、知らねぇよな……。実はよ、迷宮に続く道……バトス迷宮山道って言うんだが、ここを通る奴らからは通行料を取ってるんだ。と言っても、そんなに大金って訳じゃないぜ? 一律銅貨1枚だ」
「それはまたなんで?」
「山道と、それに迷宮の整備のためだよ。山道だからな。雑草とかが生えてくるのはもちろん、たまに崩落したりする。そのために冒険者組合にプールして必要なときに使ってるんだ。迷宮の方もまぁ、冒険者の遺品とかを探すために有志を集うときがあるんだが、そういうときの手弁当のためにな」
その説明を聞き、なるほど、と思った。
街道ほどではないが、ある程度は整備されているのが分かる道である。
その費用の捻出のため、と言われれば納得できる。
ただ、と男は困ったような顔で続けた。
「最近、その制度の存在を悪用して金を取る馬鹿が出始めてるからよ。そいつらには気をつけろ。レミジオって奴らだからな。払う必要の無い金だ。まぁ……あいつらは強いから、どうしようもないときは払うしかねぇんだけどよ……もし払う気なら、迷宮の前にいやがるから、銀貨一枚準備しておけ……」
と歯切れ悪そうに。
ロッドたちの説明でも聞いたが、そのレミジオ、という男たち一派がバトスの街の治安悪化の原因らしい。
Dランク冒険者であるようで、バトスでは強い方、というかほぼ最強であることがその原因の一つのようだ。
また、行うことも悪事かそうでないか微妙なところであり、追及するのが難しい巧妙な方法だという。
男の言う、制度の悪用とは、山道の整備のための費用徴収とか言い訳して冒険者たちから金を巻き上げているということらしい。
「出来るだけそんなお金払いたくないんだけど」
そう俺が言うと、男は、
「そりゃあな。誰だって払いたくねぇが……一番は他の地域に行っちまうことだな。こんなこといつまでも続くわけがない。そのうち冒険者組合が対応するはずだが、それまではな」
「冒険者組合が対応してくれるの?」
「そのはずだ……何度か訴えているからな。まぁ、冒険者組合もここまで深刻だとは思ってないのかも知れねぇが。俺たち木っ端冒険者は期待して待ってるしかねぇ。街に家族がいるんだ。復讐されたらたまたったもんじゃねぇしな……」
と無念そうに言う。
バトスに縁もゆかりも無い者はそもそも来ないで、またバトスに家庭がある者は復讐をおそれて手を出せない、ということらしい。
確かに冒険者組合の対応を待つしかないのかもしれなかった。
「ふーん……大変だね。まぁ、俺たちはお金を払う気はないけど」
そう言って、俺たちは歩き出す。
俺たちが足を踏み出したのは《中庸の迷宮》へ続く荒れた道だった。
男はそれを見て驚き、声をあげる。
「あ、おい! そっちは《中庸の迷宮》だぞ! 確かにレミジオたちはいねぇが……低ランク冒険者が手を出せるような迷宮じゃねぇ!」
と。
実のところ、俺たちはロッドたちに聞いていた。
レミジオ一派が迷宮の前に陣取って金を巻き上げている、ということは。
そしてそれは、《中庸の迷宮》以外の四つの迷宮でだけだということも。
なぜなら、単純に《中庸の迷宮》に行く者は皆無であるからだ。
そして、一応のいいわけである山道及び迷宮の整備、という名目も、《中庸の迷宮》に続く山道や迷宮自体への立ち入りの難しさから成立しないというのもある。
だからこそ、俺たちは潜る迷宮を《中庸の迷宮》に決めたのだ。
俺たちは心配そうにこちらを見ている男に手を振りながら、言う。
「大丈夫……俺たちはこれで結構やる方なんだ! しばらくしたら帰ってくるから、楽しみにしてて!」
リリアとクララも、
「またね~! おじさん!」
「失礼しますわ~!」
とのんきな雰囲気で手を振っている。
そうして、俺たちは向かった。
バトス最高難易度の迷宮、《中庸の迷宮》へと。