第71話 宿
「あ、ここは結構いいんじゃないかなっ?」
いくつか宿を回って良さそうなところを探していたのだが、ちょうど良さそうなところを発見したのかリリアがそう声を上げた。
見ると、あまり大きすぎないがそこそこ小奇麗で手入れの行き届いた建物があった。
バトスの宿としては中堅どころと言った雰囲気を感じさせる、悪くない宿である。
あとは宿代がいくらかが問題だが、それは入って見ないと分からないし、そもそも俺達はそれほどお金には困っていない。
とりあえず入ってみようかと言うことになったので俺達はぞろぞろと建物の中へと進む。
「いらっしゃいませ!」
そんな声が響いたので、俺は、
「すみません。部屋を取りたいのですが、空いていますか? それと一泊いくらかお聞きしたいのですけど……」
そう言いながら宿に入ってすぐのところにあるカウンターに近づくと、そこには一人の少女が受付をしていた。
大体、16,7というところだろうか。
亜麻色の髪をショートに切りそろえた大きな瞳のその少女は活発な印象を与え、看板娘という名称が似つかわしいように思われた。
「はい。空いておりますよ。三人部屋も、二人部屋と一人部屋も問題ありません……それと、お値段の方ですが……」
彼女が提示した一泊の料金は極端に安い訳ではなかったが、この規模の宿としては常識的な値段であり、ぼったくりということもない。
何の問題もなく払える金額であることに納得し、俺達はここをこの街に滞在している間の定宿に決めることにした。
冒険者であり、長期滞在を予定していることを告げると歓迎された。
なぜ、と聞けば、
「ここのところ湯治にいらっしゃる方が激減しておりまして……どこの宿も困っているのです。このままではバトス温泉郷の未来も暗いと……」
と語り出した。
温泉郷。
まぁ、そこかしこから温泉が湧きだしていて、それを売りにしているのだからそういう名前がついていてもおかしくはないだろう。
それにしても何だか過疎化に悩む街みたいな話をされているようで微妙な気分になる。
ただ、理由は全く違うだろう。
「それはやっぱり、ここ最近噂に聞きます治安の悪さが原因ですの?」
クララが尋ねると、少女は頷いた。
「ええ……冒険者の方々もバトスの大切なお客様ですので、あまり悪くは言えないのですが……一部の方がどうも非常に横暴で……」
と原因を説明した。
やはりバトスの治安が悪い、というのは正しい話なのだろう。
そのせいで客が来ないと言うのも。
「あっ、お客様たちも冒険者の方でしたね。申し訳なく存じます……」
と少女はすぐに謝ったが、俺達としてはそんな奴らと一緒にされてはたまったものではない。
「いいえ、構いません。もしこの宿にそういう者たちが何か言ってくるようでしたら、俺達に言って下さい。必ず何とかしてみせますので」
と社交辞令でなく言った。
自分たちの拠点がそういう者たちの横暴でどうにかなったらいくら温厚な俺達でも普通にしていられる自信がない。
その場合は完膚なきまでに……。
などと物騒なことを考えていると、少女がふふ、と笑ったので俺達は首を傾げる。
「どうかしましたか?」
そう俺が尋ねると、少女は面白そうな顔で言った。
「いえ……若い冒険者の方は、みんなこんな感じなのかなと思いまして……」
どういう意味か……と聞こうとした瞬間、
「おぉ! ユキトにリリアじゃねぇか!」
と後ろから声がかかった。
振り返るとそこにいたのは、≪錆の渓谷≫で出会った冒険者、ロッド、それにセレスとフォーラであった。
◆◇◆◇◆
「……奇遇だね」
宿に部屋を取ってから、食堂のテーブルについた俺達とロッドたち。
確かにバトスに行くとはロッドたちも言っていたが、宿が同じになるなどとは随分な偶然があったものだと思う。
「あぁ、本当にな。つーかお前ら、そもそもバトスに来る予定はないって言ってたじゃねぇか。またなんで……」
ロッドが首を傾げた。
確かに彼らと会ったとき、俺達はバトスに来るつもりなどなかったし、そのことを彼らに話していたので不思議だったのだろう。
特に隠すことではないので、素直に事情を説明することにする。
「依頼を受けたんだよ。それで、バトス周辺の迷宮の探索を命じられて……」
厳密に言うならどれか一つを制覇して来い、なのだが、そんな依頼はFやGランク冒険者にすることではない。
この辺については適当にぼかしておこうとそう言った。
するとロッドはうまく勘違いしてくれたようで、
「へぇ。何か特定の素材採取とかか? まぁいい……じゃあ、しばらく同じ町にいられるんだな!」
と嬉しそうに言った。
ロッドとしては、同年代(とは言っても外見的には5歳離れているのだが)の男友達、というのが今までいなかったようで嬉しいらしい。
俺は頷いた。
「うん。そうだね。でもほとんど迷宮に潜っていることになると思うから、すれ違いが多くなるのかな、とは思うけど……」
そう言うと、セレスが尋ねてきた。
「迷宮って言うけど、どこの迷宮に潜るつもりなの? バトスの周りには五つも迷宮があるのよ?」
と。
実際それほど詳しくは知らないのだが、一応、それくらいのことは俺達も調べてある。
リリアが言った。
「ええと……≪流水の迷宮≫≪猛火の迷宮≫≪突風の迷宮≫≪地底の迷宮≫の四つと、≪中庸の迷宮≫の全部で五つだよね」
どれも非常に分かりやすいネーミングの、実際その名前通りの迷宮である。
最後の一つだけは少し性質が異なるが、他の四つは全て属性的に偏った迷宮なのだ。
だからこそ、初心者――低ランク冒険者向けと言われており、ここで修行すれば大体の魔物に対する対処が身に着くと言う訳である。
「そうよ。≪中庸の迷宮≫以外なら、貴女たちなら問題なく潜れそうだけど……どれを攻略するつもり? ちなみに私たちは今、≪地底の迷宮≫を攻略してるところだけど」
ここで彼らが≪中庸の迷宮≫を外したのは、そこは初心者向けというここに来る冒険者の目的から外れた迷宮だからだという。
基本的に出現する魔物は他の迷宮とさして変わりがないことは確認されているのだが、突発的に強力な魔物が発生すると言う特徴があることが分かっているとロッドたちは語った。
それがとてもではないが初心者に倒せるようなレベルではないため、バトスの冒険者たちはまず潜ることは無い。
そして、高ランク冒険者が潜るにしては旨味がないため、ほとんど用途の無い迷宮と化しているということだ。
「ま、たまに出てくる階層主クラスに強い魔物を倒せるなら、≪中庸の迷宮≫が一番いいんだろうが……」
階層主、とは迷宮において、特定の階層や場所で決まって出現する強力な魔物の事だ。
通常の魔物と異なり、特殊な能力や技術を持っていることが普通で、倒すと良質な素材を得ることが出来たり、またなぜか宝物が湧出したりすることから迷宮探索の醍醐味の一つと言われている。
ただ、こちらは特定の場所に出現することも、またどういった特性を持っている魔物なのかも先人たちの努力によって分かっていることが大半であり、その点が≪中庸の迷宮≫で出現するイレギュラーな魔物とは異なっているのだという。
まぁ、俺達も別に無理な冒険がしたいという訳ではない。
堅実にコツコツと頑張っていくのもいいだろうと、≪中庸の迷宮≫以外にしようかと話がまとまりかけた。
しかし、ロッドがぽつりと言った。
「……ただ、なぁ。迷宮に行くつもりなら一つ覚悟しておかなきゃならねぇことがある。レミジオの取り巻きにいくらか巻き上げられることをな」
聞き覚えのない名前だった。
不思議に思って俺たちが首を傾げると……