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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
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第70話 到着

 バトスに向かう馬車は北門から出ている。

 今回引いてくれる魔物は角熊コルヌ・ウルスである。

 5メートル近いその巨体に、頭部から生えた赤く太い角はそれだけで迫力があり、出来ることなら近づきたくないと思ってしまう恐ろしさを発していたが、リリアとクララは全く恐れる様子がなく、


「かわいい! かわいいですね!」


「よい毛並みですわ。よほど丁寧にお世話をされているのでしょう……信頼できますわね」


 と言った台詞を御者の女性と話していた。

 今回は中年、というか恰幅のあるおばさんが御者で、この年齢特有の図々しさをしっかりと持っていたが、意外と居心地は悪くなかった。

 特にリリアと話が弾んでいて、楽しそうだったので、この馬車を選んでよかったなと思ったくらいである。


 それから数時間走って、馬車はバトスに到着した。


「やはり、少しスケールダウンした感じと言いますか……しかし、良い街ですわ」


 馬車から降りですぐ見えた街並みにクララはそう呟いた。

 ハルヴァーンのように巨大な石壁に囲まれているわけではなく、そこそこの高さの木壁で囲まれているため、内部がある程度見えるからこその台詞である。


「あまり治安が悪そうには見えないようだけど……?」


 ぱっと見、治安の悪い街、という雰囲気ではない。

 これなら心配し過ぎだったのかもしれないと街の入口に向かったところ、入り口には列が出来て人が並んでいたのだが、その最前列でどうももめているようで、がやがやと騒がしい。


「ん~、見えないよ~」


 と言いながら、人だかりの最後列で何を思ってかプリムラを高い高いしながらぴょんぴょんジャンプするリリア。

 それを見かねたのか、クララがそんなリリアの脇の下に手を突っ込み、肩車をした。

 クララは女性にしては背が高く、170くらいはある。

 そんな彼女に肩車されて、良く見えるようになったのだろう。

 リリアは嬉しそうに見物を始めた。


 当然、俺は何も見えないのだが、まぁ、後でリリアに尋ねればいいかと諦めることにする。

 クララが、


「あとでユキトもやってあげますわ」


 と言うのだが、別にいい。

 むしろ恥ずかしいので遠慮させてもらいたいところである。

 ちなみにいつの間にか俺の名前は呼び捨てになっていたのだが、同じパーティなのだ。

 その方がいいだろうと放置である。

 リリアについては見た目の問題か、それ以外の何かなのかちゃん付けのままだ。


 それからしばらくして、クララの肩から降りてきたリリアは、


「なんだか悪そうな顔の人が誰かに文句を言ってたよ。『俺達がこの街を仕切ってるんだからさっさと通せ』とか言ってた」


 と説明してくれたので、大体の状況が分かる。

 つまり、治安が悪いと言うのは事実だと言う事なのだろう。

 しかしそういうことなら、よほどその絡まれている者が頑固でない限りはこの騒ぎも収まることだろう。

 その悪そうな顔をした人と言うのは早く街の中に入りたいだけのようだし、それだけで済むのなら、まぁ流しても問題ないのではないか。

 さすがに刃傷沙汰になったら介入をせざるを得ないが、こんな一目の多いところでそこまですれば流石に冒険者組合ギルドが黙っていない。

 そこまでの心配は、しなくてもいいだろう……。


 そう思って黙って門に出来た列の最後尾に並ぶ。

 すると、さきほどまで全く進まなかった列が、徐々に進み始めた。

 面倒なもめ事は終了した、ということなのだろう。


「全く、迷惑な人がいるものですわ」


 クララがため息を吐いてそう言ったので、


「ああいう手合いはどこにでも湧いてくるものだからね……俺達に実害が発生しない限りは、関わらないでおこう」


 そう言っては見たものの、介入できるような距離で揉め事が発生したとき、果たして黙っていられるかどうかは微妙なところだ。

 とは言え、今回はその危険は去ったのである。

 次にそのような事態に陥った時、また改めて考えればいいだろうと列の進みに身を任せた。


 入街検査は名前と訪問の目的、それから身分証の提示を求められただけで終わった。

 荷物がほとんどないからそう言った検査も短めで済んだと言うのもあるのだろう。

 他の旅人達は、馬車の中の荷物を細かく検査されていたが、俺達はせいぜいリュックくらいだ。

 軽い検査で終わる。


 それから、街に入ると、


「わぁ~、やっぱりハルヴァーンと雰囲気違うね! なんだかちょっと、のどかな感じ……それになんだろう。ちょっと不思議な匂いがする」


 とリリアが言ったので、


「滞在している冒険者の質が違うからね。入ってくる収入もこっちは低いはずだ。匂いは硫黄の匂いさ。温泉が湧いているらしいからね。だから、旅行客でそれなりに潤っているとは聞いたんだけど……今は、そうでもないみたいだね」


 温泉があるということでそれなりに宿の数は多いのだが、あまり旅行客の姿は見えない。

 治安が悪い、という噂がハルヴァーンまで聞こえてくるくらいだ。

 訪問を避けようと考える者が増えてもおかしくはないだろう。

 リリアはそんなことより、温泉が気になるらしく、


「温泉かぁ。故郷には無かったから……ちょっと楽しみ。ねぇ、ユキト、入れるよね?」


 と尋ねてきたので、俺は頷く。


「あぁ、確か大きな公衆浴場があるって話だから、そこに行けばいい」


 流石に宿一軒一軒に温泉を引いて浴槽が、という訳にはいかないようだが、それでも十分だろう。

 そう思っての台詞だったが、リリアは、


「ユキト、一緒に入ろうね!」


 などと言ったので、俺は驚く。


「ちょっと待った。一緒には入れないよ」


 そう努めて冷静に言ってみると、リリアが涙を浮かべて、


「……どうして? パーティメンバーなのに……何か私、悪いこと、した?」


 と言ってきたので、俺は言葉に窮する。

 これがわざとやっていると言うのならあしらいようがあるが、リリアは本気で言っているのだ。

 ただ、あくまでパーティメンバー同士の親交を深めるために一緒に入ろう、と。

 しかしそいつは無理な話だ。

 困って、ふとクララの方を見る。

 そして思いついて俺は言った。


「いやいや、リリアは何にも悪いことなんてしてないさ。けどね、ほら……クララもそれは勘弁してほしそうだよ?」


 クララは比較的常識的な大人の女性だ。

 交際している訳でも結婚している訳でもない男女がそうやって混浴することに問題があることは十分に分かっており、彼女自身にも羞恥心がある、と考えての台詞だった。

 しかし、これが失敗だった。

 クララは余裕ありげな笑みを浮かべて、


「……はて? 私は問題ございませんけれど……ユキトはお嫌なのですかしら?」


 などと言うのだ。

 そう言えばこの人には他人をからかって遊ぶような悪いお姉さん気質が多少あるのだと言う事がすっかりと抜け落ちていた。


「嫌、というか……常識的に、ね……ほら」


 と珍しくしどろもどろになっている俺。

 そんな俺を見れたことでクララは満足したのか、くるりと後ろを向いてくっくっくと忍び笑いをし、それからしれっとした顔でリリアに言ってくれた。


「リリアちゃん、なんだかわかりませんが、ユキトは困っているようですわ。ここは私たちが大人になることといたしましょう。リリアちゃんとは私が一緒に入りますから……」


 どこが大人だ、と突っ込みたいところだったが、それをやるとまたややこしくなりそうだったのでやめた。

 リリアは終始首を傾げ続けていたのだが、ここは譲れないところである。

 是非にもそうしてくれとクララの意見を強く支持した俺だった。


 それから、


「じゃあ、そろそろ宿を探そうか。いっぱいあるし、空いてるみたいだからすぐ見つかるだろう」


 そう言って俺達は街の中を歩き始めたのだった。

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