第7話 武具と提案、そして名前
いつから見ていたのだろう。
ドワーフの鍛冶師、ラルゴが腕組みをしているのを見てまずはじめに思ったのがそれだ。
そして"合格"とはどういう意味なのかとも思った。
さきほどの目利きは、俺とゴドーとの間の遊びだったはずなのに。
「……俺は、試されてたのかな?」
そう首を傾げる俺に、ゴドーがは言う。
「いや。紛れもなくただの時間潰しだったんだが、途中からおやっさんが見に来てよ。じゃあ、終わりにするかとお前に話しかけようと思ったら、おやっさんに無言で首を横に振られてな。どうやら、遊びを見ていたいらしいと思ってよ。そのまま止めずにいただけだ」
「じゃあ、合格しなかったら武具を売らないとか、そういうわけじゃないんだね?」
そう確認すると、ゴドーは笑う。
「おいおい、ここは鍛冶屋だぜ? 武具を売らないと商売にならねぇじゃねぇか。よっぽど根性ひん曲がった酷い客ならともかくよ、普通に武具を買いに来た客をいちいち選んで売ったりなんかしねぇよ。それに、ここは迷宮都市だからな。鍛冶師も星の数ほどいるんだ。売れる奴には売っとかねぇと商売上がったりだろうが」
ゴドーの台詞に腕組みをしていたラルゴも頷く。
「全くその通りだな。まぁ、気に入った奴には多少融通を利かせるくらいはするが……そうじゃない奴には武具を売らない、なんて言ってられるほど儲かっちゃいない」
そう言われて、俺はほっとする。
こういう職人というのは大半、頑迷固陋で気に入った奴にしか俺の武具は売らねぇなどと言い始める度し難い人物が普通なのだと思っていたからだ。
意外にもそうではないらしいことを鍛冶師本人が語ってくれたことに安心する。
「そう言われて安心したよ……ここの武具はどれも俺みたいな素人目で見ても丁寧な仕事をしていて命を任せるのに信用できそうだから、ここで買おうと思ってたんだ。それなのに、気に入らないから売らないとか言われてしまったらどうしようかと思ってたよ」
肩を竦めてそう言うと、ラルゴは意外にも優しげな顔で笑う。
「丁寧な仕事か……そう言われると鍛冶師冥利に尽きるってもんだ。どれ……お前の選んだ武具の説明でもしようか。ロングソード。これはどうして選んだんだ? 他にも同じ様な剣がそこにはいくつも置いてあったはずだが」
ラルゴが手にとった装飾の少ないそのロングソードはまっすぐなその刃を青く輝かせている。敵に振り下ろせば弱い魔物――たとえば緑小鬼などは一撃でその命を刈り取られることが想像できる。
俺がなぜその剣を選んだのか。
確かに、その剣が並んでいた場所には他にも見た目に違いのない、いくつものロングソードが並んでいた。
どれも見た目にも出来にも変わりがなさそうな何本もの剣。丁寧な仕事に変化はなく、どの剣にしても命を任せるに足りるように思われた。
けれど、それでもそのロングソードは他のものと比べて輝いて見えた。
刀身から、他のロングソードからは感じられない微弱な魔力が放たれていたからだ。注意しなければ感じられないような、微弱な魔力が。
武具に魔力を付与する方法は数々あるが、一般論として、魔力が付与されることによって武具の値段はつり上がるものだ。
だからこそ、初心者用の武具である通常の鉄剣に魔力は込められてないのが普通である。
それなのに、俺の選んだそのロングソードには魔力が込められていた。
つまりは、それを理由に、同じところに並んでいる武具の中で、最もいい品はそれだと俺は思ったのだ。
値段については、店内のレイアウトを見る限り、同じ値段帯の武具を同じところに並べていることが理解できたから、初心者用の通常の鉄剣と同じ場所に並べられているという事は、それと同じ値段帯なのだろうと予想した。
まぁ、ただ別の場所に置くべき品をそこに間違えて置いてしまった可能性も考えないではなかったが、遊びなのだし別にいいだろうと思ったのもある。
そんなことを告げると、ラルゴは頷いて言った。
「なるほど。よく見ているな……お前の言っていることは正しい。ただ、この剣に込められた魔力は一般的な魔術師ですら感じ取れないほど微弱なはずなんだが、よくわかったな?」
「魔法についてはいい師匠がいるんだ。それなりの腕だと思っているよ」
そう返事をすると、ゴドーがラルゴに言った。
「こいつ、あの雷姫の弟子だぜ」
「……!? それは本当か? そうか……なら納得だな。この剣に込められた魔力は、雷属性。より厳密に言うなら、雷蜥蜴の魔石を砕いたものを付与して魔力を抜いたものだ。改めて魔力を込めない限り、この剣に魔力を感じられないはずだったんだが……僅かに残ってしまってな。それをお前は理解できたということなのだろう」
「属性付与の魔剣なんだ……。初心者が持つにしては少しばかり豪華なんじゃないかな」
そんなものは通常、ある程度ランクが上がってから金を貯めて購入するものだ。
初心者が買うことができるものではないし、銀貨50枚でやりくりした一部でなんて余計に買えるはずもない。
そう思っての言葉だったが、ラルゴは言う。
「魔剣って言っても、雷蜥蜴はそれこそ初心者でもやりようによっては倒せる可能性のある低級魔物だからな。属性だって、まぁ、そんなに強力な効果はついてない。敵を刺し貫いた後に魔力を流せば内部に電流を流してダメージを増大させるくらいが関の山で、たとえば雷竜の素材を使った魔剣のように、雷を落としたり、雷耐性を大幅に上げたりできるわけでもない。わかるか? 言うなれば、武器に魔力を流すことによって低級の雷魔法が使えるようになる、と言う程度のものでしかないんだよ」
さも大した仕事ではないようにラルゴは言っているが、これは謙遜の類と取るべき話だろう。
敵の体の内部に電流を流せる、なんて攻撃ができるならそれは相当におそろしい武器であると誰にだってわかる。
それに、雷蜥蜴はラルゴが言ったように低級魔物である。
その魔石を使っても通常ならそんな効果を生み出せるはずもなく、それを実現したこの鍛冶師は腕も発想も飛び抜けているという事になるだろう。
しかも、その武具を何の気なしに、おそらくはただ運が良かった程度の初心者に売る気でいるのだ。
「ちなみに、この剣の値段は?」
「銀貨20枚と言ったところか」
「安すぎる! 金貨をとってもぜんぜんおかしくないのに!」
「まぁ……そうかもしれねぇが、そいつはな。ほとんど暇つぶしで趣味で作ったようなもんだ。素材もほとんどただで手に入った。だから、あんまりそれで金を取るのは気が引けてよ。なら、運のいい初心者にでも買ってってもらったら面白いんじゃねぇかと思ってな」
相当な変わり者である。
頑迷固陋な職人タイプではなく、奇人変人な職人タイプだったらしい。
なるほどそう考えるとラルゴのこの行動――金貨で買うような価値のある剣をあえて安値で売る――もなんとなく納得がいくから不思議だ。
「まぁ……そうか。このロングソードについては分かったよ。他のも選んだ理由を説明しようか?」
「おう。気になるからな。そうしてくれるとありがたい。武具自体の詳しい説明はその後に俺がしよう」
「とは言っても、他のものについてもロングソードと同じ様なものなんだけどね」
そう言うと、ゴドーがゆっくりと言った。
俺の言葉の意味を正確に理解してくれたらしい。
「……魔力を感じたか?」
「そうさ。レザーアーマーも、ガントレットもグリーヴも、同じ魔物の皮革が素材なのは見た目で分かる。けれど、いくつもある同じ魔物の同じ素材の中で、俺が選んだものからだけ魔力を感じた。どうしてなのかは不思議だったけど、やっぱり低価格帯の武具の陳列場所に並んでいたからね。どれも値段は他のものと変わらないんだろうと思って選んだよ」
カウンターに並べられた目の前にある三つの防具を見ながら俺は言った。
どの武具も、よくなめしてあって柔らかそうであるにもかかわらず、他の同種の魔物の防具よりも強度が高いことが触れて理解できた。
それがなぜなのか、防具に宿る魔力のお陰なのかどうかは鍛冶師でもない俺には分からないことだが、それでもこの価格帯の中では望むべくもない強力な防具であることは分かった。
だから、俺はこれらを選んだのだ。
俺の説明にラルゴはやはり頷き、
「お前の目利きは確かだな。全く正しいと言うほかない。しかしそれにしても不思議なもんだ。この剣に、この防具を選ぶとは」
「何が?」
「ロングソードに使った魔石も、防具に使った皮も、同じ魔物から採ったものだからな」
「雷蜥蜴のだよね? 別にそんなに不思議じゃないんじゃないかな」
他にも同じ素材の武器防具が並んでいるのだ。
たまたま選んだっておかしくはない。
しかしラルゴは首を振る。
「いや。実は、これらの武具の素材になった雷蜥蜴は特殊個体でな。通常の雷蜥蜴よりも体が二周り以上大きく、その特殊能力たる雷の行使能力も相当に高かった。だからこそ、低級魔物の素材を使ったにも関わらず、これだけの品を作れたんだが……まぁ、とは言っても低級魔物には変わりない。初心者向け、っていう部分はあまり変わらんな。強度も少し強い程度で、ロングソードに限っては高値で売っても良かったが、定期的に供給できるわけじゃないことだし……」
「そんな事情が……。そういうことなら、この値段も、性能も納得できないこともないか」
特殊個体とは、ごく稀に発生する魔物の突然変異体のことだ。その発生原因については様々だが、総じて強力だったり、厄介な特殊能力を持っていることが特徴だ。
そんな魔物を素材に使っているのである。
同じ魔物とは言え、特殊個体と通常個体ではその能力に大きな差があることを考えれば、武具にしたときもその差が維持されるのも当然と言えた。
それから、武具の説明を終えたラルゴは言う。
「で、それ買うのか?」
「あぁ。銀貨50枚くらいなら持ってるからね。買わせてもらうよ。まだ冒険者組合にも登録してないんだ。これを持って、登録しに行かないと」
「なんだ、お前まだ冒険者じゃないのか? ゴドーが連れてきたもんだから俺はてっきり冒険者だと……」
そう言ってラルゴはゴドーを見た。
するとゴドーは言う。
「これから登録するんだからもうほとんど冒険者みたいなもんだろうが。それに、そいつはたぶん、登録した直後に組合長に試合を申し込まれるからな。先に良い武具を手に入れさせておきたかった。おやっさんの武具なら、信用できるからな」
そんなゴドーの台詞に引っかかる部分を感じたらしいラルゴは眉をしかめる。
どこに引っかかったかは、言わずもがなだ。
ラルゴは言った。
「組合長に試合を申し込まれるって、なんでだよ」
「言っただろ。そいつは雷姫の弟子だって。その紹介状を持っているからな。そんなもの出したら、間違いなく組合長はちょっかいを出し始めるだろうよ」
その説明で納得したのか、ラルゴは深くため息を吐いて、
「……なるほどな。大変だな、坊主」
そう言って、その巨大な手で俺の肩を叩いた。
毎日槌を握っている男らしく固く重い手である。
「ま、頑張るよ。試合でまさか死にはしないだろうし……」
「……どうだかなぁ。あの組合長は大ざっぱだからな……いきなりその武具で戦うのはすすめねぇぞ。まず街の外か迷宮で緑小鬼なんかと戦って使い心地を確認してからにした方がいいぜ。雷姫の弟子だってんなら、緑小鬼の一匹や二匹は敵じゃねぇだろ?」
「って言ってもね。冒険者組合に登録してからじゃないと討伐依頼なんかは受けられないから。ただ働きするのもさ……。登録してから試合を一回するくらいなら、別に良いかなとも思うし」
「その試合がおそろしいから言ってるんだがな。まぁいい。そんなお前に朗報だ」
ラルゴがそう言ってゴドーに目配せした。
ゴドーは頷いてから俺に言う。
「実はここに連れてきたのはおやっさんを紹介する以外にも目的があってな。おやっさんがそろそろ鍛冶の材料の一部が切れそうだってんで、その調達を一緒に手伝わねぇかと思ってよ」
その提案に少し疑問を感じた俺は質問する。
「商会なんかを通して仕入れてるんじゃないの?」
通常、鍛冶屋の素材の調達はそうやってやるものだろうと思っていた。
鍛冶師自らが取りに行ったりすることは無く、冒険者が持ち込むことはあっても、基本的に、鍛冶屋の仕入れと言うのは商会経由であるのだろうと。
けれど、今回はゴドーが直接仕入れをするのだという。
それを疑問に思っての質問だった。
そんな俺の質問に頷いて、ラルゴは答える。
「購入して仕入れているものもあるし、そうでないものもある。今回必要なのは、そうでないものの方だな。もともとゴドーに依頼を出そうと思ってたんだが、日頃世話になってるからってかなり安値で引き受けてくれることになってよ。まぁ、用意した依頼料が浮いている。同じ金額で良いなら、お前も一緒にどうだ?」
基本的なものは商会経由で、特殊なものは冒険者に依頼している、というわけか。
これが一般的な鍛冶師のしていることなのかどうかはそこまで詳しくない俺には分からないが、話には納得がいく。
それから、少し考えるが、俺に依頼をしていいのかとふと思って言った。
「……いいの? 俺、まだ冒険者組合にも登録してない初心者なんだけど」
「そんな気遣いできるだけ、マシだろ。こんな話されたお前みたいな年の本当の初心者って奴は、舞い上がって喜ぶもんだぜ。そうなってないだけ、お前は戦いの場でも信用できそうだ。ま、最悪邪魔にならない位置にいてくれればいい。それで、お前が一人前になったときに同じ様な依頼をさせてもらえればいいんだ」
先行投資という訳か。
確かにそうやって早いうちから唾をつけておくのはいいことなのかもしれない。
道半ばで冒険者が死んだら無駄になる投資だが、そこはラルゴの目利きの力が試されるのだろう。
「そう言ってくれるとありがたいんだけど……あれ、"戦いの場でも信用できそう"って……ラルゴも行くの?」
いかにもそういう言い方をしていたので、不思議に思って俺はそう尋ねた。
するとラルゴは言った。
「素材の品質は自分の目で確かめる主義だ。まぁ、無理なときは無理なんだがな。今回は俺でも問題ない。そうだな、ゴドー?」
「あぁ。まぁ、そもそも俺はこう見えても一応Bランク冒険者なんだぜ。戦力的には心配する必要はねぇ。ラルゴのおやっさんとお前は、ピクニック気分で行けばいいだろ。お前は、ラルゴのおやっさんの話し相手になるのが仕事だ。どうだ?」
「……そこまで言われたら断れないじゃないか。すごくありがたいよ……。すぐ行くの?」
そう聞くと、ラルゴが頷く。
「問題がなければな。何か他に用事があるなら少し待つぞ。一時間後に南門で待ち合わせでどうだ?」
色々ありすぎて、まず母に報告する必要を感じていたから、それはありがたい申し出だった。
「それでいいよ。じゃ、また後で。あ、これ銀貨50枚。武具はこのまま持って行っていいのかな?」
「あぁ、ちょっと待て、サイズ調整が必要だろう。一回着てみろ……」
言われるままに防具をすべて身に纏うと、少し余裕があるところやきついところをラルゴが確認し、何かペンのようなもので素早く印をつけて言った。五分もかかっていない。
「よし。じゃあ行って良いぞ。それと、やっぱり待ち合わせはここにする。四十分でサイズ調整しといてやるから、大体そのくらいにここに来い。いいな?」
「あぁ、悪いね。気を使わせて。じゃ、こんどこそ。ゴドーもね」
「おう……あぁ、そうだ」
「……まだ何かあるの?」
「おう。大事なことだ。なぁ……お前、名前は?」
その質問に俺は一瞬呆気にとられる。
そして、名乗っていないことに改めて気づき、申し訳ない気分でいっぱいになった。
そして考える。
本名は名乗れない。
では、なんと名乗るべきか。
思いついたのは、前世で名乗っていた名前だけ。
仕方なく、俺はその名を名乗った。
「悪かったね。すっかり名乗ったつもりでいたよ……改めて。俺の名前はユキト。ユキト=ミカヅキ。ユキトって呼んでほしい。二人ともよろしく」
「おう……ユキトな」
ゴドーが頷いた。
「じゃ、四十分後にここだから。忘れるんじゃねぇぞ、ユキト!」
「わかった!」
後ろから聞こえるラルゴの声に返事をしながら、俺は店を出た。
宿屋まで戻って、今日あったことを報告しよう。
そう思った。