第69話 依頼
大体の話が終わったところで、四人で食事をしてグインとは別れた。
プリムラは少し疲れたらしく、リリアの背中のリュックの中で猫姿で寝ている。
グインからは、人魔については色々あるから、魔物調教師組合からの連絡が増えることもあるかもしれないが、今日のところはこんなものだということだった。
それから、クララについてだが、本気でパーティに加入するつもりらしく、だったらまずは冒険者登録をということになった。
登録すらしたことがないということなので、当然、スタート地点であるGランクから始まる。
問題は女性と子供に課される組合長との試合だ。
どうしたものかと思ったが、本人曰く、「戦うことになっても問題は無いと思いますわ」ということなので、それほど心配することではないのかもしれなかった。
しかし、冒険者組合受付に行くとミネットがいて、
「あ、ユキトくんに、リリアちゃん! ちょうどいいところに来たわね。組合長が呼んでるのよ。執務室に行ってくれるかしら?」
と言われてしまう。
俺達としてはさっさとクララの冒険者登録をしたかったのだが、呼び出されては無視するわけにもいかない。
「ごめん、クララ。登録はあとでいい?」
と言うとクララは微笑み、
「いえ、一人でも大丈夫ですから、お二人は行ってきてください。登録については……この方に申し上げればよろしいのでしょう?」
そう言った。
ミネットは首を傾げて、
「この人は?」
と聞いたので、リリアが言う。
「私たちのパーティの新しいメンバーですよっ!」
「あら……そうなの? しばらくは二人だと思ってたのに……随分と早く新しいメンバーが見つかったのね」
「でも、冒険者登録をしていないそうなので、手続きの方、よろしくお願いします!」
「すっかり先輩冒険者気取りなのね……」
ミネットはリリアの言葉に笑ってクララと顔を見合わせた。
何か通じるものがあるのか、二人とも意味ありげな微笑みである。
それから、ミネットはリリアに、
「話は、分かったわ。私に任せておいて二人は組合長のところに行ってきて。じゃあ、こちらに名前と技能、それからあればだけど住所や定宿を記載して頂いて……」
クララに向き直ってそう言いながらミネットが書類をいくつか出すのを確認したので、俺達は二人に手を振ってから執務室に向かったのだった。
◆◇◆◇◆
「来たわね」
扉を開いた俺達の顔を見てからそう言って出迎えたのは、組合長ノエル=バスティードである。
今日も真っ赤な髪が迫力を感じさせるが、最初の印象からかあまり賢くは見えない。
「何か用があるみたいだけど、何なのかな?」
俺がそう尋ねると、ノエルは眉を顰めて、
「……なんだか機嫌が悪そうね? 私、なにかしたかしら……?」
とリリアに尋ねた。
リリアは、
「いいえ……でも、たぶん……さっき私たちのパーティに新しく入ってくれる人が決まって、その登録をしようとしていたんですけど、その瞬間に水を差されるように呼び出されたので、少しいらっとしたんじゃないかなぁって……」
まさにその通りである。
ノエルのタイミングの悪さと言ったら俺自身の冒険者登録の時から続いていて、わざとやってるんじゃないかと思ってしまうくらいだが、そういうことを考えられる頭を持つタイプでもない。
偶然なのは分かっている。
ただ、それでも少しいらっとしてしまうのは仕方のないことだろう。
パーティメンバーを増やしたがっていたのはリリアで、主に彼女が喜んでいると思っていたが、俺もひそかに心のどこかでは楽しみにしていたらしい、ということが自覚できる。
まぁ、仲間が増えるのはいいことだ。
そういうことだろう。
ノエルは、そんな俺の心情を聞き、何とも言えない表情に顔をゆがめ、
「ご、ごめんなさい……」
と素直に謝ってきた。
組合長がそうほいほい人に謝るもんじゃない。
しかもその相手はGランク冒険者である。
余計にやめるべきだと思うが、初めて会ったときみたいに妙に高圧的にこられるよりはずっといいだろう。
俺は首を振って微笑み、
「まぁ、いいよ」
そう言って許した。
ノエルはそれで安心したらしく、ほっとした表情をすると、それから本題に入った。
「あ、それでね、二人を呼び出した理由なんだけど……実は、二人に指名依頼をしたいのよ。冒険者組合からのものになるけど、いい?」
と言ってきた。
俺とリリアは顔を見合わせて首を傾げる。
指名依頼、というのは通常、名の通った冒険者や特殊な技術を持った者に出されるもので、俺達のような何の実績もない者に出されるものではないからだ。
その疑問はノエルも予想していたようで、
「驚いているのは分かるわ……でも丁度いいのが貴方たちぐらいしかいなくてね。二人とも、バトスは知っているわね?」
バトス。
それはロッドたちが向かうと言っていた街の名前である。
比較的低ランク、主にFランクの者が探索する迷宮が周囲に点在している小規模なところ。
ついこの間、話題にしたばかりなので、俺は頷いた。
「うん、知っているよ。知り合いが向かうって言ってた」
「知り合い?」
「あぁ……ロッドとセレスとフォーラっていう三人組の若い冒険者なんだけど」
名前を上げるとノエルは頷き、
「あの子たちね。若い割に頑張ってる方よね。確かにあの子たちは既にバトスに向かったようね……実力的にも適性だわ」
そう言った。
「それで、バトスが指名依頼にどういう関係があるんですか?」
リリアがノエルに言う。
するとノエルは、
「ええ……二人にはあの街に行ってもらいたいの。具体的には、あの街付近の迷宮のうち、どれかを制覇してほしいのよね」
と言って微笑んだ。
◆◇◆◇◆
「じゃあ、頼んだわよ」
ノエルの声を背中に受けながら、俺とリリアは頷いて執務室を後にした。
それからクララと合流すると、既に彼女は登録を終えており、パーティ登録も俺とリリアの認証だけが残っていたので手早く済ませて、クララの冒険者及びパーティ登録は適切に処理された。
クララの銀色の冒険者証にはしっかりと『所属パーティ:黒銀の竜爪』の表示があり、確かに彼女が加入したことが分かる。
それから、クララにはノエルとの間でされた話を伝えた。
ノエルには新たに加入するメンバーもその指名依頼に加えてくれないかと言ったところ、パーティに依頼するとの返答が返ってきたので、バトスには俺たちが三人で行くことになる。
俺とリリアもそうだが、クララもバトスには行ったことがないらしく、
「ハルヴァーンほどではないにしろ、それなりに賑わっている街と聞きますが……今は治安が悪いとも聞いていますわ。大丈夫なのでしょうか?」
と言ってきた。
確かにその点についてはロッドたちも言っていたし、ノエルも言及していた。
「そればっかりは実際に行ってみなければわからないけど……俺はともかく二人は気をつけなよ」
と思った事を言ってみたところ、リリアは素直に、「うん!」と言ったのだが、クララの方は、
「あら……心配していただけるのですか? こんなに小さいのに、紳士ですわね」
とからかうような微笑みを向けてきたので、俺は肩を竦める。
ミネットもそうだが、どうにも俺は年上の女性にからかわれるような傾向があるらしい。
クララは俺の反応に不満足なようだったが、ことさらに喜ばせるような反応をさせることもないだろう。
それから、俺達は明日バトスに向かうことを決めたのだが、そのための準備を始めたときに、収納袋の存在を知ったクララがだいぶ驚いていた。
「神獣さまに、収納袋などと……私がからかわれているかのような気がしてきてしまいますわ……」
そんな風に言いながら。
ちなみに今日の宿はどうするのかと尋ねたところ、彼女は俺達の宿に移動してきて、それからプリムラを抱き枕にして眠っていた。
他人にプリムラを渡すことに不安は無いのかとリリアに尋ねたところ、心鎖でつながっているから大丈夫なのだと言う。
俺としてはクララがそのままプリムラを連れて逃げないかが不安だったが、そのような行動に出ることもなく、彼女はゆっくりと朝まで眠っていた。
信用していいかどうかはまだ保留だが、即座に行動に出ると言う事も無いらしい。
しばらく一緒に過ごして、徐々に知っていければいい。
そう思ったのだった。