第68話 加入者
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女性のあまりにも突然の挨拶に、俺もリリアも驚く。
あの白猫は魔物だったのではないのか。
いや……あらためて考えてみると、あのような姿の魔物は見たことがない。
俺が知らないだけかもしれないが……。
「――貴女は?」
努めて冷静にそう尋ねると、真っ白な髪と海のような青い瞳を持ったその細身の女性は、
「……申し訳なく存じます。自己紹介がまだでしたね。私の名はクララ=メリア=フェレス。獣人国家アルケーオ連合王国のフェレス氏族の者です。本来ならこうやって姿を見せるはずではなかったのですが、人魔――神獣さまがそこにおられることが確認されたとなると、黙ってもいられず、こうやって姿を現すことをお許しください」
丁寧に説明する女性の頭には、よく見ると猫の耳が生えており、さらにはお尻あたりでゆらゆらと尻尾が揺れている。
どちらも真っ白でふわふわしている。
プリムラがゆれる尻尾が気になる様で、瞳を柱時計の振り子のように動かしながら見つめている。
いつか引っ掴みそうな気がしたのでプリムラを引き戻したい衝動にかられたが、クララもリリアもそちらには注意を払っていない。
真面目な空気が支配する中で、彼女の挙動を気にしてそわそわしている、というのは気が小さ過ぎなのかもしれないと感じた。
しかし、グインは俺と似たような心境のようで、プリムラがクララの尻尾に手を伸ばしかけたところで「あぁっ」と俺と同じタイミングで声をあげた。
お互いにお互いが同じ反応をしたことに俺達は目を合わせて笑い合ったが、女性陣二人には意味が分からなかったらしい。
「……どうされましたか?」
「どうしたの、ユキト」
そう尋ねられてしまった。
言うべきかどうか迷ったが、クララも突然尻尾を引っ張られてはたまったものではないだろうと言う事にする。
「その……プリムラがクララさんの尻尾に興味津々なようで……」
クララの後ろをうろうろしながら「みゅ~……」と言っているプリムラ。
そこに焦点を合わせたクララは、少し驚きつつも、遊んでやろうと言うことなのか自分の尻尾を横に上にと動かした。
「みゅっ! ……みゅ……みゅっ!」
プリムラはそれを捕まえようとするが、クララの方が一枚上手のようである。
捕まる直前でひゅっと逃げてしまう。
「……ふふ。と言う訳で、問題ありませんわ。話を進めても?」
と言うので、俺とリリアは頷いた。
「先ほども申しあげました通り、私は獣人国家アルケーオ連合の者です。実は連合と魔物調教師組合とはかなり昔から交流がありまして……それは、初めて人魔を従えた魔物調教師が現れたときからだと言われております。グインさまがご説明されたように、我々にとって、人魔と呼ばれる存在は――神獣、と呼ばれており、崇拝の対象です。ですから、その際に、今後同じような魔物調教師が現れたときには連絡をし、引きあわせてもらえるよう、約束をしているのです。ただ……今回はたまたま私がハルヴァーンに滞在しておりまして、昨日、神獣さまの気配を感じましたので、グイン様にそのことについてご相談申し上げたのです。すると、もしかしたら、とリリア様のお話をされるではありませんか。そうなると、そわそわとしていてもたってもいられず、勝手ながら、グイン様に拝み倒しまして、誠に申し訳ないと思いながらも同席させていただいたのです。騙すような行動に出たこと、切にお詫び申し上げます」
勝手に、というあたりが非常に問題な気がするが、どうしても神獣の在不在について確認したかった、ということなら、話は、分からないではない。
獣人にとって、人魔が神として尊崇の対象だと言うのなら、その存在、居場所を知っておきたいと言うのは分かる。
しかし、それ以上の――たとえばプリムラをつれていくとか、そう言う話なら問題だ。
不安に思ったのはリリアも同じようで、
「……あの、プリムラを連れていったりしない……ですよね?」
そう尋ねると、クララは笑って、
「あぁ、いえ、そんなことは致しませんわ。ただ、私たちとしましては、神獣さまがこの世に確かにいらっしゃる、ということを知っておきたかった、というだけですので……。それに、獣人国家でも神獣さまの実在を知る者は少数です。それぞれの氏族の長、それに準じる者のみ……。ですから、それについてはお気になさらなくても結構です」
「そうなんですか……よかった。じゃあ、お話はそれだけですか?」
リリアが確認すると、彼女はさらっと、しかし非常に重要な台詞を言った。
「ええ、そうですね。あとは、お二人のパーティに私を加えて頂きたいと言うくらいで……他に何かありましたか、グインさま?」
「いや、ないのう……ないが、二人が驚いておるぞ」
「……はて。何か驚くようなことを私が申し上げましたでしょうか……?」
言っただろう。
と突っ込んでも意味のなさそうな表情だ。
顎に人差し指を当てて首を傾げている。
なるほど、この人は天然寄りの人なのかもしれないと俺にはそれだけで分かった。
リリアは、
「ぱ、パーティに!? ユキト! パーティに新規加入者が! 早く契約を!」
と言って俺の肩をがくがく揺すっている。
リリアはパーティと言うものに憧れを持っており、いつか大きなパーティになったらいいなぁとかよく語っているものだから、降ってわいた加入者の出現に慌てているのだろう。
正直なところ、それなりに頑張ってやっていけばパーティ加入者などそのうち山のようにやってくるだろう、と俺は予測しているのだが、今の時点で何の実績もない俺達だ。
名前も知られてないし、存在すら知られていない。
そして一般的に普通のパーティはそれほど加入者がやってくるということは少なく、仲のいい者同士で固まるものだ。
ある程度以上強くなっていけば一流同士の引き抜き合戦染みたものもないではないが、今の俺たちの状況からすれば遠い話である。
だから、リリアとしては誰かパーティに入ってくれると言うのならぜひにも、という感じなのだろう。
すれてないから悪人ですら入れそうなところが不安なので、こういうときは俺がストッパーにならなければ、と強く感じる瞬間でもある。
俺はクララに言った。
「俺達のパーティに、と言う事だけど、まず理由から聞こうかな」
「理由、ですか? 神獣さまがいらっしゃるから、ですわ」
端的な理由だ。
しかしこの話の流れでそれ以外の答えが出るとは思わなかったから、不思議ではない。
と、思ったところ、クララは続けた。
「それに……」
「それに?」
「なんだかお二人に興味が湧いたのです。楽しそうですし……何か、人には言えないような秘密をお持ちのような……」
俺は少しぎくりとした。
リリアはどうだろう。
その顔を見れないが、もしかしたら似たような表情をしていたのかもしれない。
クララが言ったからだ。
「お二人とも、そんな顔しないでください。図星を指された感じが出過ぎですわ」
と微笑みながら。
それからクララは、
「ま、そういうわけですので……どうか私を連れて行ってくださいな。こう見えて私、弱くはありませんよ? 冒険者の経験はありませんが……そこそこ働けると思います」
と、先ほどまでより砕けた調子で言った。
妙にすっと距離を縮められた感覚があるが、不快ではない。
悪人、という感じもしないが、あくまで少し話しただけの直感であり、本当にそうなのかは分からない。
どうしたものか、と思ったがリリアが、
「ユキト、ユキトっ!」
と目をきらきらさせて期待しているのが目に入った。
そんな彼女を見て、俺は少し考えてみる。
そもそも、黒銀の竜爪などという中二病パーティを作ったのは、リリアの趣味を満たすためと言うのがほとんど大半を占めている。
俺としては始めから一人で冒険者をやっていくつもりだったのだから。
ただ、リリアと出会い、パーティを組んでほしいと言い、さらに恥ずかしい名前を付けて、このパーティが出来た訳である。
だから、これについては、主導権はリリアにあるのかもしれないとふと思ってしまった。
だから俺は、
「……まぁ、リリアがいいと思うならそれでいいんじゃないかな?」
そう言って、クララの加入を認めたのだった。